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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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30/31

終幕

 突然、銃声が響いた。

 朝倉は舌打ちする。銀星会のバカな組員が、先走って銃を撃ったのだ。こういう時は、臆病なものほど銃をぶっ放す。怖いからこそ、その怖さから逃れるために銃声で己を誤魔化そうとするのだ。

 案の定、兄貴分らしき男の罵声が聞こえてきた。


「バカ野郎! 無駄撃ちすんじゃねえ! 弾丸(たま)がもったいないだろうがぁ!」


「す、すみません!」


 なんと愚かな連中なのだろうか。あれでは、いる場所が丸わかりだ。

 まあいい。ああいうバカな連中なら、こちらもやりやすい。朝倉は、ゆっくりと階段を昇っていった。


 上がりながら、朝倉の胸の中に様々な思い出が去来する。劇団の仲間たち……伊達や山崎や東郷、そして緒方。

 もし死後の世界があるのだとすれば、あいつらは確実に天国だ。今頃、幸せに暮らしているのだろう。いや、そうであって欲しい。

 でなければ、あまりにも不公平だ。あんな理不尽な死に様を晒したのだから──


 思わず涙が溢れてきた。手で拭い、そっと呟く。


「お前らの仇は討ったぞ。田中健太郎は、もうおしまいだ。あと、残るは銀星会だけだ」


 そう、銀星会は田中健太郎のスキャンダルにより、かなりのダメージを受けた。その前にも、ハクチーの暴れっぷりにより、相当の数の兵隊を失っているはずだ。

 さらに、ここで朝倉の仕掛けた罠により、銀星会はさらに多くの兵隊を失う。もう、以前のような勢いを取り戻すのは不可能だ。それどころか、他勢力に呑み込まれる可能性も高い。

 いずれにせよ、銀星会も終わりだ──


 それにしても、あの成宮はいい仕事をしてくれた。

 環境大臣である田中健太郎がひとりになるタイミングを、一円の情報料ももらわずに教えてくれた。しかも、その情報に間違いはない。時間も場所も、寸分の狂いもない。

 しかも、その代償は……自分の居場所を銀星会に教えること、だ。情報を情報で売るとは。なんとも変わった男である。


 そんなことを思いながら、朝倉は階段を上がって行った。が、思わず顔をしかめる。

 いったい何が起きたのか、階段が瓦礫の山で塞がれているのだ。前回きた時に、きっちり確かめておくべきだった。

 舌打ちしつつ、朝倉は周囲を見回した。こうなっては、外階段を使うしかない。

 その時、またしても聞こえてきた銃声。


「バカ野郎、無駄撃ちするなって言ってんだろうが!」


「す、すんません! 人影が見えたんで」


「アホがぁ! あれはウチの人間だ! 仲間撃ってどうすんだ!」


 聞こえてくる内容は、まるでコントのようである。朝倉は苦笑しつつ、外階段へと向かった。

 通路の突き当りにあるドアを開け、外階段を上がっていく。と、響き渡る銃声。そして肌を突き刺し肉を貫く痛み──


 撃たれたのだ、と気づくより早く、朝倉は反射的に撃ち返していた。同時に階段を上がっていき、すぐにその場を離れる。

 直後、声が聞こえてきた。


「朝倉がいたぞ!」


「五階に向かってるぞ!」


「さっさと殺せ!」


 罵声と、耳をつんざくような銃声。しかし、朝倉はすぐさま動いた。痛みに耐え、素早く中へと入る。こうなると、あとは中の階段が使えることを祈るしかない。

 その時だった。突然、片足が動かなくなる。


 何が起きたのか、右足の感覚がなくなってしまったのだ。懸命に動かそうとするが。動いてくれない。

 ひょっとして、銃弾がどこかの神経を貫いたのか。


 まあいい。あと少しだ。あと少しで、屋上まで行ける。


 そう、幸いにも、ここの階段は使用することができた。あとは、二階分だけ上がればいい。そこまでなら、足一本でも充分だ。

 朝倉は、痛みをこらえながら階段を上がっていく。

 だが、最上階に辿り着いた時だった。今度は、左足が動かなくなったのだ。朝倉は両手で這うようにして動きながら、どうにか屋上へと到着した。

 必死の形相で這いずり、どうにか青空の下に出る。

 最期くらい、青空を見ながら死にたかった。




 朝倉は、その場に寝転んだ。もはや、麻痺は下半身全体に広がっている。立つことすらできない。

 だが、それでも計画に支障はなかった。あとは、持っているスイッチを押すだけだ。そうなれば、この廃ビル数カ所に仕掛けられていた爆薬が爆発する。

 無論、ビルひとつを丸ごと吹き飛ばすようなものではない。だが、土台となる部分を爆薬により破壊する。そうなれば、このビルは形を保てなくなり崩れ落ちる。そうなれば、中にいる人間も死ぬ。

 これこそが、朝倉の描いた脚本のラストであった。


 ふと、ハクチーのことを思い出した。あいつは、今も眠っているのだろうか。


「ハクチー、なんで人を殺しちゃいけないか、ちゃんと教えてあげられなかったな」


 そう言って、朝倉は空を見上げた。


「ハクチー……人が死ねばな、涙を流す誰かがいるんだよ。誰かが殺されたら、悲しむ奴がいる。苦しむ奴もいる。俺みたいに、おかしくなる奴もいる。誰にも、こんな思いをさせちゃいけないんだ。だから、人を殺しちゃいけないんだよ」


 そう、朝倉がその見本のようなものだった。

 仲間であった劇団員を殺され、朝倉は狂ってしまった。復讐のため、人間ではないものになりたかったし、必死でなろうとした。

 だが、結局はなれなかった。今は、それでいいと思っている。


「だからよ、ハクチー……人殺しなんてやめて、幸せに生きるんだぞ」


 そう言って、笑みを浮かべた。

 脳裏に蘇るのは、彼女との思い出だ。初めて会った時は、裏カジノで食べ物を漁っていた。おおよそ人間とは呼べないような姿だった。

 それから……一緒にテレビを観たり、ご飯を食べたり、電車に乗って出かけたり、動物園に行ったり、遊園地に行ったりした。

 

 随分と、人間らしくなったな。


(あさくらと ゆうえんちいった いっぱい いっぱい あそんだ ほんとうに たのしかった またいきたい)


 ハクチーのノートに書かれていた一文だ。遊園地は、彼女にとって人生で一番楽しい体験だったのだろう。


 ごめんな、俺はもう連れて行ってやれねえよ。

 山野さんに、連れて行ってもらってくれ。


 そんな思い出を掻き消す罵声が、下から聞こえてきた。


「おい、朝倉のアホは屋上にいるぞ!」


「バカな奴だな! 逃げ場のない屋上に逃げてどうすんだ!」


「こうなりゃ、生きたまま捕まえようや!」


 ヤクザたちの声だ。好き勝手なことを言っている。もう、すぐそこまで迫ってきていた。

 もっとも、今さら襲い。


 朝倉は、スイッチを高々と掲げた。


「あとは沈黙だ」


 シェイクスピアの、リア王のセリフを吐く。そして、ボタンを押した。

 その時、目の前に信じられない者が現れる──


「朝倉! 早く帰るぞ!」


 突然、ビルの屋上によじ登り叫んだ者、それはハクチーだったのだ。顔の半分に包帯を巻いており、左手にも包帯を巻いている。しかし、何事もなかったかのようにツカツカと歩いてくるのだ。

 どうやら、外壁をよじ登ってきたらしい──


「バ、バカ! なんで来やがった!」


 叫んだ時には、もう遅かった。ビルの倒壊が始まったのだ。まず数カ所に仕掛けておいた爆薬が爆発し、ビルの土台が破壊された。それにより、ビルは形を保てず崩れ落ちる。崩れるジェンガのように、残骸の山となるだけだ。

 そうなれば、中にいる人間は生きていられない。


 下からは、ヤクザたちの悲鳴が聞こえてきた。朝倉のいる場所も、当然ながら無事ではすまない。屋上そのものが裂け、世界がひっくり返ったかのように床が傾いた。朝倉の腹が裏返るように浮き上がり、背筋が凍るような恐怖が走る。

 落ちると思った。もはや、この滑落は避けられない。瓦礫の裂け目へと身体が引きずり込まれる。足はもう動かない。必死に腕を伸ばすが、つかめるものは何もない。

 奈落へと真っ逆さまに落ちる、その絶望を味わった刹那──


「朝倉!」


 叫ぶ声がした。ハクチーだ。崩れゆく屋上を、彼女はまるで重力を無視するかのように飛び移っていた。割れていくコンクリートの板から板へと、軽々と飛び移っていく。落下する鉄骨の隙間を縫い、一直線に朝倉へ迫る。

 彼女の片腕が伸び、朝倉の体をつかんだ。その瞬間、世界の全ての音が遠のいた。

 ハクチーは、朝倉を担ぎあげたまま瓦礫の雨の中を疾走していく。彼女の動きは人間のものではない。足場など存在しない崩落の只中で、次の一歩を確信しているかのように迷いがない。


 恐怖に震える朝倉を抱えたまま、彼女は瓦礫の雪崩を駆け上がり、落ちゆく大地を飛び越えていく。ほんの一瞬でも遅れれば、ふたりとも奈落に呑まれる。

 それでもハクチーは迷わない。屋上の(へり)まで辿り着く。この間、ほんの数秒しか経っていない。

 次の瞬間、屋上から飛んだ──







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