田中の断罪
翌日、真幌市の繁華街では大変な騒ぎになっていた。
環境大臣の田中健太郎が、全裸で縛られ路地裏に放置されていたのだ。しかも、こんな言葉が大音量で流れ続けている。
(友人の増田信夫を殺したのは、この俺だ! 友人の増田信夫を殺したのは、この俺だ!)
音声は録音機器とスピーカーによりループ再生され続け、あちこちから集まってきた野次馬たちがスマホで撮影する。一時は警官隊が投入され付近を通行禁止にせざるを得なくなったほどだった。
しかも、ほぼ同時期に田中が罪を自供した動画が、ネットに拡散される。
内容は、椅子に縛られた田中が己の犯した罪について語っていくものだ。友人の増田信夫とふたりきりで酒を飲んでいたが、些細なことから口論になり、弾みで増田を殴ってしまった。
そこまでは、よくある話だった。ところが、増田はコンクリートの壁に頭を打ち、さらに倒れてアスファルトの地面に再度頭を打つ。その時、頭から血が流れるのを見た。
これはまずいと思い、起き上がらせようとした。だが、動こうとしない。話しかけても反応がなかった。胸に耳を押し付けてみたが、何も聞こえなかった。
この時、田中は悟った……増田を殺してしまったのだ、と。
この後の田中の行動は、おおよそ環境大臣らしからぬものであった。
まず、彼は増田の死体を車に乗せた。そのまま、真幌市の方へと走らせた。自らの手で始末しようと思ったのだ。
だが、すぐに思い直す。こういう時は、プロに相談すべきだ。幸い、いざという時のために仲良くしている連中がいるではないか。
田中は、すぐさま銀星会の幹部に連絡した。すると、幹部はこう言った。
(何の問題もありません。死体さえなければ、ただの行方不明です。ウチの人間が、すぐに死体を引き取りに行きます。ですから、最寄りの駐車場に車を停め動かないでください)
田中は、言われた通りにした。近くの駐車場に車を停め、相手方の来るのを待ったのである。
相手は、すぐに現れた。チンピラのような二人組だったが、この際だ。贅沢は言っていられない。早く死体を運んでほしかった。
ところが、そこで事件が起こる。どこかの若者が駐車場の外に現れ、何やら叫びだしたのだ。どうやら、自分たちに叫んでいるのではないらしい。
田中もヤクザたちも、呆気に取られた。だが、ヤクザたちはすぐさま行動を開始した。自分たちのしたことを見ていたのか、確かめようとしたのだ。
すると、トラックの陰に隠れていた男女が走り出した。叫んでいた若者の手を引き、そばにあった居酒屋へと駆け込む。
しばらく見張っていると、次々とタクシーが呼ばれる。さらに、そのタクシーに乗り込んでいく者たち……これは妙だと思い、ヤクザたちは調べてみた。
結果、とある劇団がそこで打ち上げをしていたことがわかる。ヤクザたちは、さっそく劇団の稽古場に爆弾を仕掛けた。
稽古場は爆破し、劇団員たちは全員死亡。舞台で使用する火薬の取り扱いを間違った挙句の事故で処理された。
それら全ての真相を、田中はカメラの前で語ったのである。当然、ネットでは大変な話題となった。
もっとも、警察により救出された田中は、一切をノーコメントで押し通した。翌日には、あの動画は脅迫されて作られたものであり真っ赤な嘘である……とコメントする。
しかし、マスコミは放っておかなかった。増田信夫の両親宅まで行き、本人が行方不明であることを突き止める。この事実が発覚したことにより、世論は田中健太郎を叩く方向へと進む。
トドメとなったのが、正岡刑事が増田の死体を処分した銀星会の構成員を逮捕したことだった。この構成員もまた、命を狙われる羽目になり、殺されるくらいなら……と、正岡刑事に己の罪を自白したのである。
やがて、田中健太郎は逮捕された。環境大臣が、殺人により逮捕という前代未聞の事態である。さらに、事故として処理された劇団員たちの事件もまた、徐々に解明されつつある。この全てが発覚すれば、田中健太郎は間違いなく死刑であろう。
仮にそれが叶わずとも、彼の政治生命が絶たれたのは間違いなかった。
・・・
田中が路地裏で発見されていた頃、朝倉はとある人物宅を訪れていた。オールバックの長髪にサングラス、痩けた頬……朝倉の芝居の師匠とも言える男・伊左坂だ。
久しぶりの再会に驚く伊左坂に向かい、朝倉は今後の計画を打ち明けた。
「お前、本気か? 本気で、んなことやる気なのか?」
伊左坂は、驚きの表情を浮かべて聞き返す。だが、朝倉の意思は固かった。
「はい。あとは、芝居の幕を降ろすだけです。俺の手で、幕を降ろします」
「そうか……」
そう言ったきり、伊左坂はうつむいた。だが、すぐに顔をあげる。
「なあ、お前はこれだけのことをやったんだぜ。他のことだってやれるよ。それにさ、芝居は役者だけでやるもんじゃねえ。もう一回、スタッフとして舞台にかかわってみねえか? お前の演技をよ、若い連中に伝えていくってことだってできるだろ? 十年くらい身を隠していれば、奴らだって忘れるかもしれないぜ」
その目は真剣そのものであった。本気で、朝倉の演劇界への復帰を願っているのだ。
しかし、朝倉は首を横に振った。
「いえ、もう無理なんですよ。一度、ああいう連中に喧嘩を売ったら……あとほ、死ぬか壊滅させるかのどっちかなんです。それに、情報屋とも契約しちまったんですよ。俺の居場所を銀星会に教える代わりに、田中健太郎がひとりでいる時間帯を教えてもらう……これが契約なんです。もう、逃げる気はありません」
「そうか……わかった」
伊左坂は頷いた。彼自身、裏の世界に多少なりとはいえ足を踏み入れたことがある。連中の怖さは、身をもって知っているのだ。
少しの間を置き、伊左坂は再び口を開く。
「お前に会えて、本当によかったよ。お前こそ、本物の役者だった。俺は、これからもそう言い続けるぜ。お前の舞台の映像は、ネットに流し続けてやるからな。役者・朝倉風太郎は、ネットの中で永遠に生き続けるんだ」
「ありがとうございます。これ、少ないですが受け取ってください」
そう言うと、朝倉は分厚い封筒を突き出した。半ば無理やり、彼の手に握らせる。
伊左坂は、訝しげな表情とともに中身を見た。途端に表情が変わる。
「お、おい、これどうしたんだ?」
彼がそう言うのも無理はなかった。封筒の中には、札束が入っていたからだ。
「銀星会の裏カジノを襲った時の金です。少ないですが、受け取ってください」
その後、朝倉は真幌市内にある廃ビルの中に入っていった。
ここは、かつて怪しげな店が多数入っていたところである。しかし、放火騒ぎにより二十人以上が死亡。さらに、持ち主も姿を消してしまった。空き家ならぬ空きビルなのである。国としても、下手に手をつけることができぬまま十年以上が経過してしまったのだ。
いわくつきのせいかホームレスたちも住み着こうとせず、バカな若者たちがたまに入り込む程度だ。
朝倉は、そのビルの錆びついた鉄扉を押し開けた。と、内部からむっとした湿気とカビの臭いが吹きつけてきた。足元に散らばるガラス片が小さく砕ける音を立て、やけに大きく耳に響く。
割れた窓からは、日の光が強く差し込んでいる。壁の塗装は剥がれ、黒い染みが雨漏りの跡のように垂れ下がっていた。
階段を駆け上がるたび、錆びた手すりがきしみ、床板が沈む。それでも、朝倉は上を目指し昇っていった。必要な準備は、三日前にしておいた。あとは、自分が一番上で待ち受けるだけだ。
その時、車のエンジン音が聞こえてきた。同時に、バタバタという足音。ついに、銀星会のお兄さんたちが到着したのだ。
「くぅおらぁ朝倉! 出てこんかい!」
吠える声が聞こえてきた。だが、朝倉は無視して階段を上がっていく。まだ、芝居は終わっていない。
演技を続けなくてはならないのだ。
・・・
その時、眠っていたはずのハクチーが目を開けた。
「朝倉……危ない」
言うや否や、ガバッと起きる。
直後、凄まじい勢いで出ていった──




