情報屋・成宮
朝倉風太郎と正岡敦は、真幌市内にあるマンションの一室にいた。どちらもスーツ姿で応接室のソファーに腰掛け、真っすぐ前を向いている。
そんな彼らの目の前には、スーツ姿の男が座っていた。
見た感じの年齢は、二十代後半から三十代前半か。朝倉よりは、少しばかり年上に見える。中肉中背で、いかにも軽薄そうな雰囲気を漂わせていた。もっとも、顔立ちそのものは悪くない。人懐こい笑顔は、大抵の人から好感を持たれそうだ。
もっとも、その見た目に騙された者はとんでもない目に遭わされる。彼こそは、裏の世界の情報通として知られる成宮亮なのだ。ふたりが今いるのも、この成宮の事務所である。
さらに成宮の横には、奇妙な若者が控えていた。彫りの深い顔立ちは、外国人もしくは外国人の血が混じっていることを窺わせる。肌は浅黒い色だ。身長はさほど高くないが、鍛えぬかれた体つきなのは黒のトレーナー越しにも見てとれる。短髪に鋭い顔つきは軍人を連想させるが、同時にあどけない雰囲気をも漂わせていた。先ほどから突っ立ったまま、朝倉に鋭い視線を送っている。
なんとも不思議なコンビだ。
まず口火を切ったのは、成宮であった。
「朝倉風太郎さん、だったっけ。俺に何の用?」
「環境大臣・田中健太郎がひとりになるタイミングを知りたい。教えてくれ」
途端に、成宮の表情が歪む。
「うーん、そいつはね、ものすごく高くつくよ。あんた、その情報に見合う額を払えるようには見えないな」
「ああ、確かに俺には金はない。だがな、別のものならある」
「なんだよ?」
「情報だ。あんた、情報を情報で売ってくれるそうだな。だったら、とっておきの情報を教えてやるよ」
言うと同時に、朝倉は顔のマスクを剥ぎ取ってみせる。
火傷の痕に覆われた、醜い顔が露わになった。
大抵の者なら、悲鳴をあげて逃げ去るところだ。しかし、成宮は表情ひとつ変えない。横に立っている若者も、平然としておりピクリとも動かない。
「うわぁ、そりゃあ痛そうだな……けどね、そんな面を見せたところで、悪いが情報は売れないよ」
成宮の言葉に、朝倉はかぶりを振った。
「違う。話はここからだ。俺がなぜ、こんな面になったのか……順を負って話してやる。最後まで聞きな」
そう言うと、朝倉は己の身に起きた事件について語り始めた。劇団員だったこと。偶然、環境大臣である田中健太郎が死体を運ぶのを見てしまったこと。そして銀星会に、劇団の稽古場を爆破されたこと。顔を失い、復讐の鬼と化し銀星会のシマを襲撃したこと。
ただし、ハクチーのことは一切話さなかった。
一方、朝倉が語っている間、成宮は一切口を挟まなかった。ただ黙ったまま、聞き役に徹していた。
「こんな男の情報を、あんたは銀星会に教えることができるんだ。だから、田中健太郎の情報をくれ。頼む」
そう言うと、朝倉は頭を下げた。しかし、成宮の方はクールな態度である。
「要は、あんたは田中健太郎に復讐する。その後で、俺が銀星会に情報を流す。それで、俺は大儲けってわけか。けどな、現役の環境大臣との情報と比べるとな……」
そこで、成宮は下を向いた。しかし、すぐに顔をあげる。
「はっきり言うとね、俺もあの環境大臣は嫌いなんだ。ああいうバカなボンボンがろくでもない目に遭うシーンは、是非とも見てみたい。いいよ、あいつの情報売るよ」
「本当か?」
「ああ。その代わり、ひとつ条件がある。あんた、田中健太郎をどうする気だ? まず、それを聞かせてくれ」
「殺しはしない。ただ、あいつの罪を暴いてやる」
「そうか。だったら構わない。できるだけ派手にやってくれ。その後で、あんたの情報を銀星会に売る。その方が、あんたの値打ちも上がるしな。ただし、あんた生きていられねえよ。それはわかってるの?」
そう言って、成宮は顔を近づけていく。朝倉の恐ろしい顔に怯みもせず、むしろ顔を近づけていけるのは成宮くらいのものであろう。
「もちろんだ。こいつの罪さえ暴ければ、もう死んでもいい」
即答した朝倉を、成宮はじっと見つめた。
ややあって、横に立っている若者へと視線を向ける。
「レン、どう思う?」
「こいつは本気だよ。命捨てる気だ」
レンと呼ばれた若者は、ぶっきらぼうな口調で答えた。顔には何の感情も浮かんでおらず、鋭い目で朝倉を見つめている。
途端に、成宮はニッコリ微笑んだ。
「よし、わかった。レンが言うなら信用しよう。いいか、田中健太郎がひとりになる瞬間は……」
・・・
翌日の昼、田中健太郎は会員制サウナにいた。この最上階フロアは、政財界の重鎮たちの隠れ家として知られている。
分厚いガラスの向こうに街の風景が広がり、室内にはジャズが流れていた。また、アロマの香りが漂っている。
田中はバスローブ姿で水を飲み干し、控え室へと歩いていく。だが、控え室の扉を開けた瞬間、室内に漂う空気が一変した。
照明の落とされた薄暗い空間に、黒いフードを被った影がふたりいた。声を発する間もなく、強靭な腕が口を押さえ、背後からもうひとりが腕を拘束する。
バスローブの布ずれの音だけが、静まり返った高級サウナに響いた。
気がつくと、田中は見知らぬ場所にいた。灰色のコンクリートの壁に覆われた狭い部屋だ。窓はなく、天井も低い。異様なくらい静かで、周囲から音はいっさい聞こえてこない。ただ、鉄製の古びたドアがあるだけだ。
そんな部屋で、田中パイプ椅子に座らせられていた。両手と両足をダクトテープで縛られ、身動き出来ない状態である。
しかも全裸だ──
そんな彼の目の前にいるのは、ジャージ姿の朝倉である。顔には、いつも通りゴム製のマスクを付けていた。手には、大量のアイスピックが入ったバケツをぶら下げている。
「こ、ここはどこだ……」
呆然とした表情で聞いてきた田中に、朝倉は恭しい態度で頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私の名は朝倉風太郎、闇の世界の道化師です」
「は、はあ? 何を言って……」
そこで、ようやく自分の置かれた状況に気づいたらしい。足が震え出した。それでも、どうにか威厳を保とうとする。
「お、おい! 俺が誰だかわかっているのか!? 環境大臣の田中健太郎だぞ! 俺に何かあれば、国中の警察官とヤクザを敵に回すことになるんだぞ!」
そこで、朝倉はニヤリと笑った。
「今、ヤクザって言いましたね? つまり、あなたはヤクザと繋がりがあるというのですね?」
「当たり前だ! 俺はヤクザくらい簡単に動かせるんだよ! てめえみたいなチンピラなんかな、俺が一声かけりゃ今すぐ殺せるんだ!」
喚き散らす田中だったが、朝倉の次の言葉を聞いた瞬間に青ざめる。
「わかりました。ちなみに、この部屋の模様は全て録画されていますよ。これはスキャンダルですね。環境大臣の田中健太郎先生が、ヤクザと繋がりがあったとは……いやぁ、国民の皆さんが聞いたらどう思うでしょうねえ?」
今や、田中の全身がガタガタ震え出していた。彼は恐怖のあまり、絶対に言ってはならないことを言ってしまったのだ。これはもう、政治家生命が終わったも同然である。
そんな田中を、朝倉は冷ややかな目で見つめる。
「さて、田中先生……あなたは一年ほど前、真幌市の外れにある駐車場で、銀星会のヤクザと会っていましたよね?」
「へっ?」
田中は顔をあげた。なぜ、それを知っている? とでも言わんばかりの表情だ。
しかし、朝倉は容赦しない。
「会いましたよ、ね?」
言いながら、バケツの中からアイスピックを一本取り出す。
次の瞬間、田中の太ももに突き刺した──
「うぎゃあぁ!」
田中の口から、凄まじい悲鳴があがる。だが、朝倉は構わず続けた。
「いたのか、いなかったのか、どっちですか?」
「いました! 確かにいました!」
叫ぶ田中を見て、朝倉はニヤリと笑う。
「やっと認めてくれましたか。しかしね、まだ始まったばかりですよ」




