急な申し出
遊園地で遊んだ翌日、朝倉は正岡に電話した。
「正岡さん、こないだの件だけど──」
(あれな、なかったことにしてくれ。俺の口からは、これ以上言えねえんだ)
正岡の声は、ひどく沈んでいた。単純に、儲け話がなくなったがゆえの落胆かと思ったが……どうも、それだけではないらしい。
とはいえ…なくなったなら、これ以上かかわる必要もない……と思った瞬間、正岡の口からとんでもない言葉が飛び出した。
(お前さんに、ひとつ忠告する。できるだけ早く、それも遠くに逃げるんだ)
「はあ? 何を言ってんだよ。なんで逃げなきゃ……」
そこまで言って、朝倉はハッとなった。
この正岡は刑事だ。当然、他の刑事たちの動きも耳に入ってくるだろう。
ひょっとして、自分とハクチーのことを知られてしまったのか?
「もしかして、他の刑事が俺たちに気づいたのか?」
(もっとヤバい連中だ。そいつらは、お前らを殺しに行く。俺に言えるのは、そこまでだ。もう連絡してくんじゃねえ)
それきり、通話は切れてしまった。
朝倉は、スマホを手に呆然となる。ヤバい連中とは、間違いなく銀星会だろう。こうなった以上、一刻も早く逃げなくてはならない。
そこに、突然のメール着信の音が鳴る。画面を見てみると、こんなメッセージが表示されていた。
(私の名前はシオンといい、この業界で色々と手広く商売をさせてもらっています。あなた方が困った状況にいると、ある方から伺い、お役に立ちたいと思いメールしました。我々なら、海外へ逃れる手筈を整えられます。つきましては、詳しい話をするために一度お会いしたいと考えております。今日の午後九時でどうでしょうか? なお、来る際にはおひとりでお願いします)
文面の下には、住所が載っている。指定場所であろう。なぜ、こんなものが届いたのだろう。全く覚えがない。
「なんだこれ……」
朝倉は、そう呟くしかなかった。詐欺メールだろうか? だが、詐欺にしては急な話だ。よりによって今夜九時とは早すぎる。
今は三時少し前だ。あと六時間後に、得体の知れぬ何者かと接触する……はっきり言って気は進まない。
とりあえずは無視しようと決めた時、ある考えが浮かんだ。
正岡の奴、すぐに逃げろって言ってたな……。
(お前さんに、ひとつ忠告する。できるだけ早く、それも遠くに逃げるんだ)
正岡のセリフが蘇る。ひょっとしたら、正岡が自分らを助けるため
すぐに返信した。
(ありがとうございます。では、午後九時にひとりで伺いますので、よろしくお願いします)
すると、数秒でメッセージが返ってきた。
(了解しました。よろしくお願いします)
「朝倉、チョコケーキ食べていいか?」
「えっ? ああ、いいよ」
やがて八時になり、朝倉は立ち上がった。
「ハクチー、俺は出かけてくる。だから、ここでおとなしく待ってろ」
「うん、わかった」
ハクチーは、テレビを観ながら答えた。朝倉はそのまま出ていこうとしたが、すぐに足を止める。万が一、自分のいない間に何かあったら?
「ハクチー、俺のいない間に誰か訪ねて来ても、絶対にドアを開けるな。相手が何を言おうと、絶対にだぞ」
「うん、わかった」
「もし、ドアをぶち破って入って来るような奴らがいたら、構わないから全員殺せ」
「うん、わかった。約束した」
それまでテレビを観ていたハクチーは、こちらを向いて答えた。その表情は真剣そのもので、朝倉は面食らいながら頷く。
「お、おう。じゃあ、頼んだぞ」
そう言うと、家を出ていった。ハクチーの態度に違和感を覚えたものの、今はそれどころではない。これから、裏の商売人と会わねばならないのだ。
正直、相手が何者かわからない。罠という可能性もある。しかし、このままでは埒があかない。
ここは、一度会ってみよう。
朝倉はタクシーに乗り、指定された場所へと向かった。
指定された場所に到着したのは、八時五十分になった頃だった。道路沿いにある駐車場の中に来てくれ、とのことだった。
だが駐車場を外から見て、朝倉は思わず苦笑した。遠目から見ても、人が乗っているのが丸わかりな車が五台ある。この時点で、もう無理だ。そもそも、ひとりで来てくれと指定している時点から罠と疑っていた。
そして実際に来てみれば、やはり罠であった。こうなると、一刻も早く逃げなくてはならない。朝倉は、速やかにその場を離れていった。
まず自宅に帰り、引っ越しの準備をしよう。そして、すぐにあの家を離れるのだ。それからのことは、後で考える。
朝倉は甘かった。
駐車場にいた連中が、何もせず朝倉を返した理由……それは、朝倉が化け物のような人間だと聞かされていたからである。確実に殺せる場合だけ攻撃しろ、そうでなければ放っておけ……西村から、そう言われていたのだ。
・・・
朝倉が、急いで家に帰ろうとしていた時──
「おい、誰かいるか?」
外から、いきなり声が聞こえてきた。野太い男のものだ。ハクチーは、テレビを観ながら答える。
「いる」
「開けてくれよ」
また、同じ男の声だ。何か嫌な匂いも漂ってきた。あれは、火薬の匂いだ。
「駄目。朝倉、開けるなって言った。だから、開けてやんない」
「なあ、俺は朝倉さんの友だちなんだよ。だから開けてくれ」
「朝倉、友だちいない言ってた。お前、嘘ついてる。ハクチーわかる」
ハクチーが言った時、カシャッという金属音がした。
「仕方ねえなあ」
直後、凄まじい量の銃弾が撃ち込まれる。鉛の弾丸は、瞬時にドアを破壊し室内を穴だらけにしてしまった。
続いて、三人の男が入ってくる。いずれも二十代の若者で、自動小銃を構えゴーグルを付けていた。腰には、拳銃と無線機をぶら下げている。
「やべえ、ドアに穴あけちまった」
「まあ、何とか誤魔化せんだろ」
「あとは朝倉だけか」
三人組は、呑気な表情で言い合っていた。
彼らは、銃の撃ち方は知っているし撃った経験もある。だが、それだけだった。実戦経験はない。その実戦経験の無さゆえ、致命的なミスを犯していた。
室内が穴だらけなのに、死体が転がっていないという異常事態に気づいていなかったのだ。
突然、上から落ちてきたものがいる。言うまでもなくハクチーだ。野性の勘で、外にいる者が銃を抜いたことに気づき、天井に飛びつき僅かな突起や出っ張りにつかまった。そのまま張り付いていたのである。
彼女は、久しぶりに凶暴化していた。
「お前、ドアぶち破ったな。悪い奴だ。ハクチー、お前ら殺す」
「はあ? 何いってんだこのガキ」
ひとりが、困惑しつつも銃口を向けた時だった。
「ハクチー、全員殺す。朝倉と約束した」
直後、ハクチーは動いた。三人組を、瞬時に撲殺する。全員、何が起きたのかわからぬまま絶命していった。
そのまま外に出ていこうとしたハクチーだったが、彼女の鼻が嫌な匂いを嗅ぎ付けた。
すぐに立ち止まり、パッと天井に登りつく。屋根裏に入り込み、壁に空いた小さな穴から、外の様子を窺った。
外は暗闇に覆われているが、ハクチーは夜目が利く。草むらのところに、あとふたりいる。さらに、遠くにも潜んでいるのがわかった。
逃げるだけならば、簡単だった。この辺りは、車で走るのが難しい地形であり、しかも暗い。ハクチーが闇に紛れて外に出て、そのスピードを活かせば無傷で逃げられた……はずだった。
しかし、ハクチーはそうしなかった。下に降りると、死体を持ち上げる。
ドアの壊れた部分から、三人組の死体を立て続けに放り投げた──
死体は夜空を舞い、高々と飛んでいく。見張りの者たちは何が起きたのかわからず、飛んできたものを確認しようと動き出した。
そこに、ハクチーは襲いかかった。自動小銃で武装したヤクザたちだが、一瞬のうちに五人殺されてしまったのである。




