ハクチーの遊園地デビュー
「朝倉、どうした?」
ハクチーの声に、朝倉は顔をあげる。
「えっ?」
「なんか元気ない。お腹でも痛いのか?」
「いや、お腹というより頭だな」
朝倉は苦笑しつつ答えた。
彼の頭を悩ませているもの、それは先日の正岡の話だった。
(簡単さ。主人公の刑事は、議員をゆすろうと考えたわけだ。劇団員と組んで、議員が犯した罪の証拠を集めていく。そして、ふたりして議員から金をむしり取ろうと提案するんだよ。まあ、少なくとも二億はいけるんじゃないかな)
二億、か……。
ふたりで山分けしたら一億だ。大金ではあるが、それでも一生を遊んで暮らせる……という額ではない。しかも、田中健太郎に一生狙われることとなるのではないか。
なにせ、あの男は劇団員全員を殺そうとした男なのだ。
俺がいなくなったら、ハクチーはどうなるんだろう?
そんなことを思いつつ、ハクチーの方を見た。彼女は、心配そうに自分の顔を見つめている。
「いや、大丈夫だから。ちょっと頭が痛いだけだから」
「だったら、病院行って薬買おう」
「いいよ。俺は病院が嫌いなんだ」
これは彼の本音であった。医者の中には、朝倉の付けているゴムのマスクを見抜く者がいる。やはり、何人もの人間の顔色を見てきたがゆえ、だろうか。
「なぜ病院嫌い? 注射が嫌なのか?」
聞いてきたハクチーに、朝倉は仕方なく答える。
「ああ、注射が嫌いなんだよ」
そう言って、テレビの画面に視線を移す。が、彼の目は画面に釘付けになってしまった。
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そうか。
海外だったら、一億でも暮らせるんじゃないか。
それに、南方の人たちはおおらかだと聞いた。ハクチーのことも、受け入れてくれるんじゃないか。
そう、朝倉にとって何よりの不安は、ハクチーの今後であった。しかし、海外ならば彼女でも受け入れてもらえるかもしれない。
何より、田中健太郎から逃げることができる──
朝倉は、腹を括った。もう、復讐などどうでもいい。今は、ハクチーのことだけを考えて生きるべきなのだ。
ならば、田中健太郎を殺すよりも、生かして金を巻き上げる方がいい。その金で、ハクチーが生きていくのに困らないような生活環境を整えてあげればいい。
そうすれば、自分が死んでも問題ない。
次の瞬間、朝倉は立ち上がった。
「ハクチー、遊園地行こうぜ」
そう、海外に脱出する前に、日本での楽しい思い出を作ってあげたい……朝倉は、そう考えたのだ。
「ユウエンチ何それ?」
「いろんな乗り物に乗ったりできる、とっても楽しい場所だ。行こうぜ」
「うん、わかった」
こうして、ふたりは電車に乗り遊園地へとやってきた。
入った途端にハクチーは目を輝かせ、キョロキョロしている。野性の勘が「ここは楽しい場所だよ」と、彼女に教えてくれているのかもしれない。
「なんか乗りたいのあるか?」
尋ねた朝倉に、ハクチーはあるものを指差す。
「朝倉、あれに乗りたい」
「えっ、あれか!?」
それほ、垂直落下式のジェットコースターであった。地上三十メートルの高さから急降下する……
というのが売り文句である。
「うん、乗りたい」
ハクチーは、満面の笑みを浮かべて答えた。
対照的に、朝倉の顔は引きつっている。この男は絶叫系のマシンが大の苦手なのだ。今までは、こういったマシンに乗るのを避けてきた。
ましてや、垂直落下式のジェットコースターなど……想像するだけでおかしくなりそうだ。
しかし、ハクチーに満面の笑みを浮かべて見つめられては、乗らないわけにもいかなかった。
「う、ううう……よし、わかった。上等だよ。乗ろう。乗ってやる。乗ってやろうじゃねえか」
自らに活を入れ、ハクチーと共に乗り込んでいった。
ジェットコースターに乗った後、朝倉はベンチに座りこんでいた。
これは、拷問以外の何ものでもない。もはや、何も考えられない状態だ。たとえるなら、真っ白な灰状態だろうか。普段クールな朝倉だが、今はクールを通り越して死人のようになっていた。
「朝倉ぁ! すっごく楽しかったぞ!」
朝倉とは真逆な態度のハクチーは、はしゃぎながら降りてきた。それ以前に、乗っている間ずっと大声で笑っていたのだ。他の者たちも、さすがにドン引きしていた。
彼女は、普段めったに笑わない。そもそも、表情の変化自体が少ないのだ。
そんなハクチーが、別人のようにはしゃぎ笑っている……この姿を見られただけでも、ここに来た甲斐があるというものだ。
先ほどまで、死人のような顔をしていた朝倉だったが……今は違う。彼の表情も自然とほころんでいた。
しかし、平和な時間は長く続かない。あちこちを物珍しげに見ているハクチーは、当然ながら注意力も低下する。
結果、ヤンキー兄ちゃんと肩がぶつかってしまったのだ。
「おいコラ、どこに目ぇつけてんだ」
凄むヤンキー。どうやら彼は、ボーイッシュな格好のハクチーを男と間違えているようだ。
一方、ハクチーは普通に答える。
「目? 目ならここに付いてるぞ」
言いながら、ハクチーは真面目な顔で自身の目を指差した。
朝倉はプッと吹き出すが、ヤンキーはバカにされたと思ったらしい。ハクチーの襟首をつかむ。
「てめえ! ナメてんの……」
そこまでしか言えなかった。ハクチーはヤンキーのズボンをつかんだ……と思った次の瞬間、軽々と頭上高く持ち上げていたのだ。
「朝倉ぁ、どうする?」
持ち上げた状態のまま、ハクチーは聞いた。他の客たちも、何が起きたのかと好奇の視線を向けている。
「まあ、殺さない程度に痛めつけてポイしろ」
「わかった」
そう言うと、ハクチーはヤンキーをぶん投げたのだ。ヤンキーの体は飛んでいき、芝生にドスンと落ちた。
直後、すぐに起き上がる。その顔は、恐怖に歪んでいた。
「ば、化け物だぁ!」
叫び、逃げていった。すると、ハクチーは不思議そうな顔をする。
「朝倉、ハクチーは化け物なのか? 前にも、他の奴らに言われたことあるぞ」
その瞬間、朝倉の目から涙がこぼれそうになる。
ハクチーは、これまでずっと人間扱いされてこなかった。強いが、頭はバカな利用できる奴。おにぎりひとつで体を任せる低能女。臭く汚いホームレス。
これからは違う。誰にもハクチーをバカにさせたりしない。
「お前は……お前は、化け物なんかじゃない。誰よりも強く、誰よりも優しい人間だ。もし、お前を化け物なんて言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるよ」
その後、ふたり並んで歩いていたが……不意にハクチーが足を止める
「どうしたんだ?」
朝倉が尋ねると、ハクチーはもじもじしながら答える。
「朝倉……あのう、あれ……」
言いながら、ハクチーが指差した先には売店がある。そこには、可愛らしい人形や様々なグッズが売られていた。
しかし、ハクチーが指差しているのは……その中でも、ひときわ醜い人形だった。傷だらけの顔、ボルトが刺さった首、紺色のスーツ……そう、フランケンシュタイン博士の作った怪物をモチーフとしたキャラだ。
おそらくは、キモかわいいという路線を狙ったのだろう。ただし、朝倉の目にはただただ不気味に映った。値段も、この中では一番安い。
「なんだ? あれが欲しいのか?」
「うん、欲しい……いいか?」
上目遣いで尋ねるハクチーに、朝倉はにっこり微笑む。
「遠慮すんな。買ってやるよ」
そう言うと、朝倉はすぐに売店へと行く。怪物の人形を買い、ハクチーに手渡した。
すると、ハクチーは満面の笑みを浮かべ人形を抱きしめたのだ。彼女の女の子らしい部分を見たのは、これが初めてではないだろうか。
「嬉しい! 朝倉、ありがとう!」
「こんぐらい安いもんだよ」
そう言ったが、次の瞬間に違和感を覚えた。ハクチーは、もしや自分に気を使い一番安い人形を買ったのではないだろうか。
「おい、もっと可愛いのもあるぞ。本当に、それでよかったのか?」
尋ねたところ、ハクチーはかぶりを振った。
「これがいい」
「どこがいいんだ?」
聞いた朝倉だったが、予想もつかない答えが返ってくる。
「朝倉に似てる。だから好き」
言われて見れば、朝倉の火傷痕の残る顔と、怪物のツギハギだらけの顔には似たところがある。
朝倉はうろたえた。素顔だったら、頬は紅潮していただろう。
「バ、バカ言うな。俺はこんなに不細工なのかよ」
「うん、ブサイクだ。でも好き」
そう言って、ハクチーはニッコリ笑った。




