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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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21/31

とあるウェブ小説の話

 その時、ふたりはテレビを観ながら話していた。


「朝倉、あれは強いのか?」


 言われた朝倉は、テレビに視線を移す。

 画面では、特撮ヒーロー番組が放送していた。かっこいいコスチュームのヒーローが、奇怪なデザインの怪人と闘っている。

 朝倉は、バカにしたようにフンと鼻を鳴らした。かつて、ヒーローもののオーディションを受けた記憶が蘇ったのだ。

 その時は、ふざけたことを言ってきた審査員と口論になり、コスチュームを叩きつけ椅子を蹴り倒し帰った。


「あんなのより、お前の方が十倍くらい強いよ」


「そ、そうなのか?」


「ああ、間違いねえよ」


 言った時だった。ハクチーの表情が変わる。


「朝倉、誰か来る」


「どういうことだ?」


「わかんない。でも、誰かこっちに来る。変な感じだ」


 ハクチーは、真顔でそんなことを言ってきた。らしくもないセリフだ……などと思っていると、外から大声が聞こえてきた。


「よう朝倉さん、お巡りさんの正岡だ。ちょいと外で話をしねえか」


 聞いた瞬間、朝倉の表情が渋くなる。素早くゴム製の仮面をつけ、ハクチーに見せた。


「俺の顔、おかしくないか?」


「うん、大丈夫」


「俺は外で正岡さんと話してくる。だから、おとなしくテレビ観て待っててくれ」


「わかった」


 ハクチーが返事をすると、朝倉はそっとドアを開けた。


「で、何の用です?」


「ちょっと、おじさんと話でもしねえか? できることなら、この中でよ」


「無理です。あなたを入れたくありません。外で話しましょう」


 そう言うと、有無を言わさぬ勢いで外に出てドアを閉める。

 だが、正岡は機嫌を害した様子もなく語り出した。


「最近なあ、俺は暇つぶしにウェブ小説を読んでるんだよ」


「はあ? ウェブ小説? あの異世界に行ってモテモテになるアレですか?」


 そんなことを言いながらも、油断はしていなかった。この男が、ウェブ小説などといった無駄話をしに来るはずがないのだ。


「バカ野郎、俺がそんなもん読むわけねえだろ。ウェブ小説にも、いろいろあるんだよ。今日はな、おすすめの奴を教えてやる」


「はあ……」


「その小説の始まりはな、金星組っていうヤクザの経営する店舗が襲われるとこから始まるんだよ。それも、立て続けに三軒だ」


 朝倉は、思わず声を発しそうになった。しかし、どうにか表情ひとつ変えず乗り切る。

 このウェブ小説とやらは、朝倉のこれまでやってきたことだ。俺はそれを知っているぞ……と、言いにきたのだ。


「金星組や警察は、新興勢力の犯行じゃないかと思う。しかしだ、主人公の刑事は違うんだよな。この一連の事件を、金星組に恨みを持つ者のやったことだと推理する」


「それはまた、なぜです?」


「簡単さ。やっていることはとんでもねえ。が、ところどころに素人っぽさがある。何より、組員以外の人間は傷つけていない。外国人だったら、無関係の人間もお構いなしに潰しにくるはずだからな」


「ほう、そりゃまた厄介な犯人ですなあ」


 とぼけた態度で答える朝倉に、正岡の表情も険しくなった。しかし、口調は変わらない。


「そうなんだよな。実に厄介な奴なんだよ。裏社会に属してる人間なら、どこからか情報は漏れてくる。ところが、こいつはもともとが表社会の人間だから情報がない。しかも、防犯カメラにもそれらしき人物が映っていないんだよ」


「そうですか。とんでもない奴ですね」


「ところがだ、主人公の刑事は偶然から、その犯人に繋がる情報を知るんだよ」


「偶然? そりゃまた御都合主義ですなあ」


 言いながらも、朝倉の心臓は早鐘のような状態になっていた。ここからが本題だ。


「まあ、御都合主義といやあ御都合主義だが、必然たり得ない偶然はないって言葉もあるんだよ。刑事はある日、顔見知りのチンピラを職質した。そしたら、なんとシャブのパケを持ってたんだよ」


「いやあ、その刑事さんツイてますね」


「いやいや、ツイているのはそこからだ。刑事は、そのチンピラを逮捕しようとした。ところが、チンピラは泣いて頼むんだよ……凄いネタを教えるから、見逃してくれって」


「凄いネタ?」


「ああ。で、聞いてみたら、とんでもねえ話なんだよ。なんと、とある大物議員のスキャンダルだ」


「スキャンダル? てことは、愛人とホテルから出てきたとか、そんな話ですか?」


「いいや違う。そんなもんじゃねえんだ。なんと、その議員が友人を殴って殺しちまって、チンピラの知り合いが死体を運んだ……っていう話なんだよ。一年くらい前の話だが、その知り合いってのが酔っ払って吹聴してたんだとよ」


 朝倉は舌打ちしそうになったが、どうにか堪えた。自分は、どこまで運がないのだろう。この男に、尻尾をつかまれるとは……。

 しかし、ここで引くわけにはいかなかった。どうにかごまかし、白を切り続けるしかない。


「なんか嘘くさい話ですね。どう考えてもデマじゃないですか」


「主人公も、最初はそう思ったんだ。ところがだ、半信半疑で調べてみると……いろいろ出てきたんだよ」


「何が出てきたんです?」


「まず、その議員の友人だが……調べてみると、行方不明になってんだよな。家族にも、その議員と飲んでくる……と言ったきり、ぷっつりと消息が途絶えてるんだ」


「ほう、それはヤバいですね」


 ヤバいどころの騒ぎではない。なぜ、その友人の行方を捜査しないのか……などと思いつつ、素知らぬ顔で話を聞いていた。


「ヤバいのは、ここからなんだよ。密かに調べてみたらな、恐ろしい話が出てきた。なんと、議員の車から死体が出てきたところを見た奴らがいたんだよ。それも三人だ」


「なるほど。話がどんどん大きくなってきましたね」


 言いながらも、朝倉の頭に当時の映像が浮かび上がる。

 あの時、もし自分が伊達と口論さえしなかったら……。


「しかも、その三人は劇団員だったらしい。近くの居酒屋で飲んでて、たまたま外に出てきたところで、議員の車から死体を運ぶところを見ちまったんだよ」


「なんか、サスペンスドラマみたいですね」


「サスペンスドラマなら、その劇団員たちが事件を告発するんだろう。しかし、現実は……いや、ウェブ小説はそういう展開にしなかった。翌日、劇団の稽古場にて爆発事故が起きた。団員は、ひとりを除いて全員死亡したらしい」


「悲惨な話ですねえ。怖い怖い」


 朝倉は、大袈裟に怖がって見せた。もっとも心中では、様々な感情が渦巻いている。あの事件を、他人の口から聞かされたのは初めてだ。

 湧き上がる感情を押さえつつ、正岡の次の言葉を待った。


「その生き延びた団員だがな、顔に凄い火傷を負ったんだよ。もともとはイケメンだったらしいが、化け物みたいな面になっちまったそうだ」


「なんとも救いようのない展開ですなあ」


「その劇団員は、仲間の恨みを果たすため、顔を隠して金星組に復讐を開始した……で、主人公の刑事はその劇団員を探し出し、こう言うわけだよ。復讐なんかやめて、俺と組まないか? ってな」


「何ですかそれは?」


 これは、偽らざる本音であった。まさか、こんなセリフが飛び出してくるとは……。

 一方、正岡はしたり顔で語り続ける。


「簡単さ。主人公の刑事は、議員をゆすろうと考えたわけだ。劇団員と組んで、議員が犯した罪の証拠を集めていく。そして、ふたりして議員から金をむしり取ろうと提案するんだよ。まあ、少なくとも二億はいけるんじゃないかな」


「で、その劇団員はなんと答えたんです?」


「それがなあ、連載はそこでストップしてるんだよ。作者がその先、どういう展開にするか……俺は楽しみに待ってるんだよな」


 ニヤつきながら語った正岡。

 朝倉は、改めてこの刑事の恐ろしさを知らされた。この男は、十人以上の劇団員を殺した政治家をゆすろうというのだ。

 

「なるほど……その主人公の刑事さんは、とんでもなく悪いお巡りさんなんですね」


「そうさ、とんでもなく悪いお巡りさんだよ」


 正岡が答えた時だった。突然、背後から声が聞こえてきた──


「朝倉、ドーナツ食べていいか?」


 言うまでもなく、ハクチーの声である。朝倉は飛び上がりそうになった。


「お、おい! いつの間に来たんだよ!」


「来るの、駄目だったか?」


「い、いや、そういうわけじゃないけど……とりあえず、ドーナツは三時になってからだ! わかったか?」


「なんで三時?」


 真剣な顔で聞いてきたハクチーに、朝倉はどう答えたものかと頭をフル回転させる。

 と、ベストと思われる答えが出た。


「そ、それはだな……お菓子ばっかり食べてると、強くなれないからだ」


「そ、そうなのか?」


「そうだ。お前は、いつか虎をやっつけるんだろ? だったら、お菓子でお腹いっぱいにしちゃ駄目だ。肉や野菜も食べないとな」


「うん! わかった!」


 そんなふたりのやり取りを、正岡は呆れた表情で見ている。


「お前ら、どういう関係なんだよ……」


「どういうって、こういう関係ですよ」


 開き直る朝倉に、正岡は苦笑した。


「それにしても、お嬢ちゃんは喋りが上手くなったなあ」


「えっ?」


「前は、外国人が片言で喋ってるみたいな感じだった。今は、だいぶ流暢になってる。お前さんと話しているせいかな」


 朝倉は、何も言えなかった。

 一緒に暮らしていたが、ハクチーの変化に全く気づけなかった。これは、保護者としてどうなのだろうか……。

 その時、正岡が名刺を差し出してきた。


「とりあえずよ、もし犯罪を目にしたら連絡くれや。さっきのウェブ小説の件も、よく考えといてくれ」


 そう言うと、正岡はスーツのポケットに手を突っ込む。

 缶ジュースを取り出し、ハクチーに差し出した。


「お嬢ちゃん、ジュースいるか?」


「うん、ありがとう」


 言いながら、ハクチーは受け取る。正岡は笑みを浮かべ、朝倉の方を向いた。


「そんなわけでよ、考えといてくれや。ただし、俺も気の長い方じゃないからな。そのへんは忘れんなよ」


 そう言って立ち去ろうとした正岡だったが、ハクチーが前に飛び出てくる。


「いえいえ、どういたしましてって言うんだよ!」


「あ、ああ、そうだったな。いえいえ、どういたしまして」







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