朝倉とハクチーの休日
「朝倉あれは何してる?」
不意に聞いてきたハクチー。最近、さらに質問が多くなってきた。
朝倉は、面倒くさそうに顔をあげる。昨日は、いきなり正岡刑事が現れ大変だった。どうにか誤魔化せたか……と思いきや、自分の演技を見抜かれていた。あの時にハクチーさえ来なければ、どうにか丸め込むこともできたのだ。
奴は、また来るだろう。その時、どう対応するか。今度は、違う演技でいくか? いや、昨日のキャラのまま押し通そう。
などと思いつつ、テレビの画面を観る。途端に顔をしかめていた。
映っているのは、若い男女が抱き合い猛烈な勢いで互いの唇を奪い合っているというものだったからだ。
何をしているかは、バカでもわかる。問題なのは、ハクチーという異次元の存在にもわかるよう説明する方法だ。
「あれか? あれはだな……」
それきり言葉に詰まった。さて、あの行為を何と言って説明したらいいのだろうか。
「何してる?」
一向に答えを出さない朝倉に苛立ったのか、ハクチーはなおも聞いてきた。
朝倉は、かつてないほど頭をフル回転させる。と、ひとつ考えが浮かんだ。
「あの……あれはな、ああいう人なんだよ」
「ああいう人? どういうこと?」
当然、納得するはずもない。ハクチーは、首を傾げながら聞いてきた。
「つまりだ、あれはああするのが好きな人なんだよ。ハクチーは、ああいうことしたいか?」
「したくはない。したくはないけど……」
今度は、ハクチーが言葉に詰まっていた。そこを、朝倉はすかさずたたみかける。
「世の中には、いろんな人がいる。ああいうのが好きな人もいる。だけどな、全てを理解する必要はないんだぞ」
「うんわかった」
なんとも苦しい言い訳だが、ハクチーはどうにか納得してくれたらしい。ようやく静かにテレビを観ている。
朝倉はホッとした。と同時に、昨今のテレビ事情にも深く感謝した。昭和の時代は、真っ昼間から全裸のラブシーンなどが堂々とテレビで放送されていたと聞く。そんなものを観て「朝倉あれは何してる?」と聞かれたら、どう答えればいいのだろう。「だから、ナニしてるんだよ」としか答えようがない。
しばらくは、ハクチーもおとなしくテレビを観ていたか……それも、長くは続かなかった。
「朝倉あれはなぜ闘ってる?」
再びの声に、朝倉は顔をあげる。
テレビの画面には、ふたりの大男が映っていた。どちらも筋肉もりもりで、パンツ一丁というスタイルだ。ロープを張られたリングの上を、所狭しと飛び回り取っ組み合い、さらに技を掛け合っていた。
これまた、説明が厄介な代物ではある。ただ、裸の男女が取っ組み合うよりはマシだ。
「あれはな、プロレスというものなんだよ」
「プロレス何それ? なぜ闘う?」
またしても、真顔で聞いてきたハクチー。朝倉は、どう答えたものか頭で考えた。
「うーんとな……何と言うか、これは思想の違いで闘う人たちなんだ」
「シソウ何それわからない」
確かにわからないだろう。言っている朝倉ですら、自分が何を言っているのかわかっていない。あれはショービジネスだ、と言ってしまえば簡単なのだが、今度はショービジネスという言葉を説明しなくてはならない。
「つまりアレだ。あのう……どっちのやり方が正しいかで揉めて闘ってんだよ」
これまた、無理やりと言おうか投げやりと言おうか、考えすぎた挙げ句さらにわけのわからない方向へと行ってしまった……。
「難しい。面倒くさい。さっさと殺せばいい」
物騒なことを言ってきたハクチーに、朝倉もとんちのような答えを返していく。
「ところがな、殺すとマズイんだ。まず、殺すと警察が来る。次に、殺すと試合ができなくなる。だから殺さないんだ」
「シアイ何それ?」
やはり、そうきたか。朝倉は、頭をフル回転させつつ答えていく。
「試合は、こうやって闘いを見せることだ。観客を集めて試合をすると、金をもらえるんだ。殺してしまうと、試合ができない。そうなると、金がもらえない」
「カンキャク何それ?」
これもわからんか……などと思いつつ、朝倉はテレビ画面を指差す。
「観客は、こいつらだ。ここで見ている連中だよ」
「闘うとこいつらが金くれるのか?」
「そうだ。で、こっちの奴らは闘うことで金もらってるんだ」
言いながら、朝倉はプロレスラーを指差した。
「じゃあハクチーも闘えば金もらえるか?」
「それは無理だ。ハクチーは強すぎて、相手を殺しちまうからな。殺したら、こいつらは金をくれない」
「殺したら金くれない……」
ハクチーは、朝倉の言葉を繰り返していた。何か思うところがあるのだろうか。
仕方ないので、強引に丸め込みにかかる。
「だから、ハクチーは俺と一緒に仕事をして金をもらってる。悪いヤクザを殺す仕事だ。俺とハクチーが殺すのは、悪いヤクザだけ……わかったか?」
何ともふざけた答えだ。言っていて、あまりのアホらしさに笑いそうになっていた。
「うんわかった」
そんなアホな答えでも、ハクチーは納得してくれたようだ。が、今度は朝倉の中に疑問が湧いてきた。
「ハクチー、お前は金が欲しいのか? 何か買いたいものでもあるのか?」
「お金いらない。前はご飯食べるのに必要だった。でも今は朝倉がご飯くれる。だからお金いらない」
「服はどうだ? 欲しくないか?」
「いらない。ハクチーこれ好き」
言いながら、ハクチーは己の服を指さす。
「じゃあ、こういうキラキラしたのはどうだ? 着けてみたくないか?」
そう言うと、朝倉はスマホを操作し画面を見せる。そこに映し出されたのは、ピアスやらネックレスやらリングやらブレスレットなどをゴテゴテと着けた女だった。
「いらない。面倒くさい」
ハクチーは即答する。確かに、こんなものに興味はなさそうだ。
「そ、そうか……」
では何が欲しいのだろう、と考える朝倉だったが、ハクチーはすかさず言葉を返してきた。
「でも金は欲しい」
「なぜ金が欲しいんだ?」
「朝倉が欲しがっているから」
聞いた瞬間、朝倉の目から涙が溢れそうになった。自分は何をやっているのだろう。こんな無知で無垢な少女を騙して、人殺し……いや、個人的な復讐劇を手伝わせている。
(ああ、本当にひどい奴だよ。自分の手を汚さず、馬鹿力はあるが頭の悪い相棒に殺しをやらせてんだからな)
昨日、正岡にいわれた言葉だ。確かに、その通りである。自分は、本当にひどい奴だ。
なのに、ハクチーは……。
「朝倉どした?」
ハクチーに言われ、慌てて目を拭きごまかした。
「いや、何でもない。何でもないんだ」
そう、何でもない。
今さら善人ぶったところで、もう戻ることはできない。この先、何をしたところで……自分が人殺しであることに代わりはないのだ。
それに……何の罪もないのに、無残に死んでいった劇団員たち。悪魔に魂を売ってでも、彼らの無念を晴らすと誓ったのだ。
余計なことは考えるな。
俺は、銀星会と田中健太郎を潰す。
今は、それだけに集中しろ。
「朝倉あいつはなぜ溺れない?」
またしても聞こえてきた声に、朝倉は仕方なく顔をあげた。
ダイビングスーツを着た者が、海の中を潜っている。魚や海亀などが泳いでいる中、ダイバーは優雅な動きで、さらに深く潜っていく。
「ああ、あれはな、背中にタンク背負ってるだろ。あそこから空気を吸ってる。だから溺れない」
「タンク何それ?」
「タンクは……あいつが背中に背負ってる変なものだ。あれがあると、水の中でも息ができる」
言いながら、朝倉はダイバーの背中を指差す。ハクチーはというと、真剣な表情で頷いた。
「そうか。わかった」
答えると、再びテレビの画面を見つめる。プロレスを観ていた時よりも、さらに真剣だ。
ひょっとしたら、ハクチーは海に潜ってみたいのだろうか。
「ハクチーは、あれをやってみたいか? 海の中を泳いでみたいか?」
「うん泳いでみたい」
ハクチーは即答した。朝倉としても、やりたいことはやらせてあげたい。とはいえ、ハクチーにいきなりスキューバダイビングをやらせるのは、さすがに無理がある。
「そうか。じゃあ、まずは普通に海で泳ぐことから始めよう」
「うんわかった」
そこで、またしても疑問が浮かんだ。
「ところで……お前、泳げるのか?」
「うん泳げる。前は池に潜って魚とって食ってた。でも警官きたら逃げてた」
朝倉は、思わずそのシーンを想像する。池にザブンと飛び込み、手づかみで魚を獲り「獲った!」と絶叫するハクチー……なかなかシュールな光景である。
「お前、本当にワイルドだなぁ……」
思わず声に出すと、さっそくハクチーが食いついてきた。
「ワイルド何それ?」
「ハクチーは凄いってことだ」
言った途端、ハクチーの表情が変わる。
「えへへへ……ハクチー凄いか?」
言いながら、頭をポリポリ掻き始めた。その頬は赤く染まっている。凄いと言われたのが、本当に嬉しいらしい。
考えてみれば、ハクチーの周囲には、彼女を褒めてくれる人間などいなかったのだろう。ハクチーを見てバカにするか嘲るか嫌悪するか、その三つの反応しかなかったのではないか……。
「ああ、本当に凄いよ」




