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生贄少女と彼女の転生騎士  作者: 遠出八千代
最終章 精霊島編
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最終話


 センペルビウムは手を差し出した。

 先ほどの甘言もあってか、にやついた笑みを掲げている。

 周りを漂う亡霊たちも、笑い声をあげた。

 笑い声はホール全体に反響する。だが、スノードは真っ直ぐに目の前のセンペルビウムを見返す。


「断る。この場にベルがいたら、絶対に了承しないからな」

 にべもなく、スノードは即答した。その様子にセンペルビウムはため息をつく。

「はぁ、今更どうすることも出来ない。聖剣は私が守っているし、後方には何千もの亡霊がいる。もう君は詰んでいるんだ。愛する人だけでも助けるべきじゃないかな」 


「俺は聖剣を破壊する!ベルも絶対に守る!」

「何を言う、現にベル様を守れていないじゃないか」

「どうかな!」

 スノードは手斧を真っ直ぐに投げた。

 投擲された斧は回転しながら聖剣に向かっていく。それに驚いたのは亡霊たちだ、彼らは空中を舞い、四方八方に飛んでいく。

 センペルビウムでさえ振り向き、手斧の行き先を確認する。だが、手斧は聖剣の隣を掠め地面に突き刺さった。センペルビウムは内心ほっとした。まさかここから斧を投げるとは思いもしなかったからだ。もしかしたら聖剣に当たるかもしれないとも思ったが、結局そんなことはなかった。この男は何がしたかったのか、要領を得ない。

 センペルビウムはスノードを再度見返した。


「馬鹿め!そんなことで破壊されるわけが――」

「あぁ、当たらないさ!」

 スノードはすでにセンペルビウムの目の前まで駆け寄ってくる。わき目も振らず彼は真っ直ぐにこちらに向かってきた。

 しまった。そう思った時、センペルビウムは幾分判断が遅かった。

 スノードはそのままセンペルビウムの顔面を殴りつける。


「うおおおおお!!」

 渾身の一撃を受けたセンペルビウムは真横に吹き飛ぶ、地面に伏す。先ほどの投擲は囮だったのだ。手斧を投げて皆の視線を注目させ、その間に彼はセンペルビウムを殴り飛ばした。

 スノードは一歩ずつ聖剣に近づき、地面に刺さる手斧を拾いあげる。


「クソ、奴の体に取り付け!亡霊たち」

 ここにいる自分では、あの男の行動を止められない。

 センペルビウムは亡霊たちに叫ぶ。

 亡霊たちもその言葉にハッとしたのか、次々とスノードの体に何体も入っていった。青白い光が一つずつスノードに飲み込まれるが、だがスノードはそれを無視して、一歩一歩前に進む。

「なぜだ、もう肉体を乗っ取られて動けないはずだ。どこにそんな力が!!」

 スノードは苦悶の表情を掲げ、それでも聖剣の前にたどり着く。

 こんな事態500年間起きることはなかった。あの男の強靭な意思によるものなのか。どうやって亡霊たちの憑依を耐えているのか、その判断がセンペルビウムにはつかなかった。初めて、焦燥感のような、焦りのような、そんな感情をセンペルビウムは覚えた。


 スノードの地面に刺さった斧を引き抜く、彼は手斧を天に掲げた。まるでそれは、本当に聖剣を抜き取った勇者のような出で立ちだった。


「や、やめろ!やめてくれ。君が現れるまで私たちは平和に暮らしていたんだ」

「知ったことか。死人なら死人らしく、さっさと成仏するんだな!これで終わりだ!!」

 センペルビウムの懇願を無視し、スノードが勢いよく手斧を振り下げる。

 鉄と鉄がぶつかり合う金属音と、聖剣は刃の部分が二つに折れたかと思うと、はち切れんばかりに粉々に飛び散った。

「…死にたくない。ベル様…わ、私は。あなたと一緒にいたかっただけなのに」

 センペルビウムは地面に這いつくばり、そんな言葉をのたまう。すると、スノードの体にとりついていた亡霊たちも次第に離れていく、彼らの依り代たる聖剣は砕かれ、他人の体にさえ乗り移れない。センペルビウムも苦しみだす。

 彼はうめき声をあげ、スノードをにらみつけた。

「な、なんだ。聖剣の破片が光って」 

 絨毯に飛び散った聖剣の破片が、黒々とした瘴気を発している。どんどんと瘴気は大きくなり、ホール全体を包み込んでしまう程だった。そして、それが大理石の地面に染み込んでいく。

 地鳴りと共に、緩やかな振動が始まる。王城が揺れ始めたのだ。

「地震なのか?どうして!?」

「何千もの魂を膨大な魔力を用いて聖剣に宿していたんだ。破壊したら…魔力が暴走してこの島が滅びる…お前も道ずれにしてやる。スノード!!」

 センペルビウムの体から、青白い魂が抜けたかと思うと、スノード目掛け、飛び掛かってくる。

 スノードは手斧で振り払うと、それは煙のように跡形もなく消えていく。まるで幻の様に――

 それが精霊王と呼ばれた男の末路だった。


 亡霊たちが倒され、島全体で揺れが始まる。

 地震が始まったのだ。

 地面からは地鳴りがゴウゴウと響き始める。スノードは王城から出て、先ほどの階段の近くであった少女を探したが、姿はすでになくあきらめてベルを探すことにした。

 もうあまり時間もない。この島が滅びるまであとどれだけの時間があるのだろうか。スノードは焦り、再び来た道を戻っていく。何十分か走ると、そこにベルが倒れていた。あたりは、爆心地のように家々は崩れ、レンガの山が出来ている。彼女は気を失っているようで、服全体がボロボロに擦り切れ、煤だらけだった。けれど息はある。

 「よかった」とスノードは独り言をつぶやく。

 きっと彼女は限界まで自分のために戦ってくれたのだろう。

 ベルの安否がわかり、安堵したスノードは彼女を背負って海岸を目指す。だが、ここから海岸まで向かうとなると何時間必要なのか、それまでに島が沈まなければいいのだが、スノードもずっと走り続けたせいで足も限界だった。棒のようになり、何とか前に進んではいるものの、本当にこの島からの脱出まで間に合うのか、正直不安を感じていた。


 もう駄目かもしれない、スノードがそう思った時、あの男の声が聞こえてくる。

 ここにいるはずがない。憎たらしい男の声だ。


「やぁ、三流騎士、私は自分の領地で待っていると言ったんだがな。あまりにも来ないもので、こっちから迎えにきてやったぞ」

「お、お前はルースター・ランド、どうして…」

 目の前に現れたのはルースター・ランドだった。彼は以前決闘した時に着こんでいた純白の甲冑を携え、ここに現れた。彼は馬を何頭か引き連れているようで、さしものスノードもこれには驚く。なぜ彼がここにいるのか、不思議でならなかった。

(これは夢か何かか?)


「生贄に出されたと、とあるレディから話を聞いてな。ここまで船で迎えに来たんだ」

 階段で会ったあの少女だ。絶対にそうだ、確信に近い思いをスノードは感じていた。

「…彼女はどうなったか知らないか?」

「ああ、海岸まで着て別の船に一人で乗っていったよ。そこで君たちのことを教えられてね、ここまで私は向かえに来たんだ」

「そうか…」

「別れ際、彼女は私に不思議なことを言っていたな。結局ライラックの一人勝ちね、とな。君には言葉の意味がわかるか?」

 スノードは首を横に振った。もしかしたら500年前の出来事なのかもしれないが、心当たりはなかった。

だが、それよりも今ホッとしている。あの少女が無事であったこともそうだが、ようやく自分は助かるのだと安心できた。それに彼女に一度ちゃんとお礼を伝えたかったのだが、もうここを離れたとなればどうしようもない。いずれ逢える時を待とう、彼女とはまた巡り合うようなそんな予感がした。そしてスノードは心の底から、あの少女と目の前のルースターに感謝した。

「すまない、助かった」

「礼はいい、早くこの島から脱出するぞ」



 次にベルが目を覚ましたのは、船の上だった。


 ベルが薄目を開けると、目の前にはスノードとルースターが自分の顔を覗き込んでくる。

「う、うん。ここは…」

「起きたのかベル!!!」

 彼女が上半身を起こすと、辺りにはルースターの部下らしき人間たちが船の操縦を行っていた。船は自分たちがここに来たボロボロの船とは違い、大きな帆と何十人も乗れる大型の船だった。馬小屋すらある。それが水面に揺られ、島から何とか脱出出来たようだった。

「私たちはどうなったの?」

「助かったんだよ、俺たち」

「この私のおかげでな」

「な、なんだと!?いや、まあ、確かにそうだな。ありがとう助かったよ」

「なんだ君は、気持ちの悪い。まぁ、まずは私の領地についたら訓練だな。サー・スノード君はその性格の割に、少々弱すぎる」

「たく、わかったよ。でも頼む、少しの間休ませてくれ…」

「何を言っているんだ君は」

 その後、スノードとルースターはギャーギャー言い争いを始めたようで、その様子をベルは微笑ましく思っていた。これまでの経緯を彼から聞くと、どうやら自分たちの住んでいた村はなくなってしまい、これからルースターの領地に向かうらしい。そこで当面は暮らすことになった。

 色々思うことはあるが、まずはスノードの言うように休みたい気分だった。今はとても疲れている。

 ようやく戦いは終わった。色々と考える時間がほしい。


 ベルは沈みゆく精霊島を見やる。

 500年前の因縁深い島が沈んでいく。

 自分たちはあの島のことを覚えてはいないが、きっと色んな人間があの島での出来事で不幸になった。けれど、これから島自体なくなるのだ、生贄も必要ない。

 もうだれもあの島のせいで不幸になる人間はいない。ベルは哀愁のような、故郷を失ったような気持ちになる、何故そう思ったのか彼女自身分からなかった。

 そして、ぽつりと言葉が出た。



「さよなら、精霊島…」



 島はどんどん遠ざかっていき、やがてそれは見えなくなった。






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