表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/53

テンションアップダウン第六回 雨月ユイトの失敗

 久し振りの更新です

 雨月ユイトは失敗した。

 雨月ユイトの女装は完璧だった。だからこそ、油断が生じたのだろう。

 現在の時より戻ること一年。

 時期にして九月、学校が文化祭ムードに包まれつつある日。雨月ユイトの女装が遂にバレる。

 この出来事は奇妙な偶然の連続が招いた結果だった。


            ☆   ☆   ☆


 少しずつ寒くなる風を肌で感じながらボクは廊下を歩いていた。

 窓から見下ろす景色は文化祭に染まり、学園の生徒たちが忙しさと楽しさの混じり合った表情で動いている。

 かく言うボクも、一応文化祭の準備で忙しい身だ。

 ボクらの部活はこの時期、他の部活の準備を手伝うのが主な仕事になる。

 ボクもさっきまでソフト部の手伝いをしており、たまたま作業が早く終ったので次の部活の手伝いに行こうと考え、そのために部室へ戻っている最中だ。

 ちなみに吠天先輩は華道部、マナ先輩は茶道部、フィーは弓道部の方に手伝いに向かった。

 みんなもそろそろ戻ってきているだろうかなど、色々考えているうちに部室の前に着く。

「戻りましたよー」

 喋りながらノブを回し中に入る。

「「……え?」」

「…………え?」


 目の前の光景が理解できず思考が停止した。


 部室内にいたのは何時も通りの吠天先輩とマナ先輩にそっくりな顔をした、女性物の下着を着けている男。

「誰?! 何で? ここは何処!!? ボクはシャケ?」

「『落ち着いて! ね? 大丈夫だから! どうどうどう……』」

 慌てふためくボクを宥めようと、必死に文字を打つ吠天先輩。

「吠天パイセンは誰なんですか! ボクは何処ですか?」

 あまりにも酷い混乱を見せるボクの事を宥めようと、今度は男の方が口を開く。

「この姿で話をするのは初めてだよね。俺は雨月ユイト、マナの兄貴だよ」

 雨月ユイトと名乗った男は静かに手を差し出す。

「っ!!? ボクは吠天先輩に聞いたんだ、どこぞのおにいたんは黙ってて!!!」

 差し出された手を振り払い、彼の首に手刀を打ちこむ。

 不思議そうな表情をした彼だったが、遅れてきた鈍痛に表情を歪ませる。

「『ちょっとぉ!? 何してんの!』」

 変な技を目の前で見せられ、慌てた様子でボクらの間に割って入る吠天先輩。

 歯を剥き出しにして威嚇するボクをユイトは冷や汗をかきながら見つめる。


「マナ先輩のお兄さんってどう言うことですか!」

「『声が大きい! 色々あるんだよ彼らには……』」

 ボクは落ち着いてから改めて説明を受けた。

 マナ先輩とユイトの関係、何故男であるユイトがここにいるのか。納得はしていないが理解はした。

「……いつからですか?」

 ボクの質問の意味が理解できなかったのか、二人は揃って首を捻る。

「マナ先輩とユイトさんはいつからですか入れ替わっていたんですか!」

「九月の頭には既に入れ替わっていたよ」

「っ!? ……本当ですか吠天先輩」

 先輩は即答せず、ボクらの間に重苦し沈黙が流れる。

 沈黙の中、僅かな希望を抱くボクは早々と絶望へと叩き落とされた。

「『…………本当だよ』」


 気がついた時には部室を飛び出していた……。


            ☆   ☆   ☆


 ボクはマナ先輩のことを尊敬している。なんだかんだ言いつつもみんなの世話をする、あの人の後ろ姿をボクは憧れの眼差しで追っていた。

 あの人のように細かいところに目がいく彼女に憧れていたのに、様々なことに常に気を使っている彼女に憧れていたのに、ボクは彼女を理解していない。

 彼女が身体が弱いとは聞いていた、しかし普段の姿から彼女に対して、心のどこかであの人なら大丈夫だろうと言う無責任な信頼が存在した。

 雨月マナと言う人間は自分の辛く弱っている姿を他人には決して見せない。そんな女性なのだろう。

 思わず悲しくて零れそうになる粒を空を見上げて誤魔化す、ボクは誰も来ない独りの空間でも泣くことはしない。涙は弱さだから。

「ちょっとそこの君! こんな場所で何をしてるの!!!」

 ボクを包んでいた哀愁を祓うように甲高い笛の音が校舎裏に響く。

 驚きで涙が引っ込んだボクはゆっくりと振り返り、バカデカイ声の主を見る。

 高等部の制服に二年生のリボンを巻き、ホイッスルをくわえた姿で仁王立ちしている生徒が後にいた。

「……誰?」

 全く知らない人だった。

「人に訪ねる時は自分から! 失礼だよ君」

 初対面なのに思い切り笛を鳴らしたことは失礼じゃないのか。

「…………荻窪ハルマンでーす」

 面倒なのでとりあえず嘘を吐いてみた。

「ハルマンさん? ハルマンさん……、ハルマンさんですか! 外国人のかたならしょうがないですね。私は豆渇乃乃まめかわきののデース、風紀委員の副委員長やってマース、二年生デース、ヨロシクデース!」

 そう言って豆渇先輩は左腕に着いてる腕章を見せてくる。その腕章には「副委員長」と書かれていた、どうやら言っていることは間違いないようだ。

「ハルマンさんは何でこんな物置しか無いようなこと場所にいるんデースか?」

 豆渇先輩がボクがこんな所に居ることに疑問を抱き聞いてくる。話し方が若干うざいのは目を瞑る。

「あー……、迷子になりました」

 試しに適当なことを言ってみる。

「そうなんですか!? 実は私もですよ」

 ボクの口から吐き出されるしょうもない嘘をと信じているのか、安心感を与えようとにこやかに笑いかけてくる。さすがに罪悪感が湧いてきた。

 ボクが本当の事を言おうか悩んでいると、豆渇先輩がボクの手を引っ張り歩き出す。

「豆渇さん?!」

「大丈夫大丈夫! 全部私に任せて、私が貴女を送り無事に送り届けてあげるよ」

 満面の笑みを浮かべこちらに向かいはっきりと言う。

 彼女の握力は細い見た目と反するように強かった。


「…………」

「……………………」

「……?」

「……………!!!」

「っ!? …………」

「!?」

 

「喋らないの!!?」

 無言で繰り広げられた目の前の状況にに対して思わずツッコミを入れてしまった。

 怯えた状態で頭を守っている豆渇先輩と革張りの椅子にふんぞり返って座っている偉そうな女生徒がこちらを見る。

「誰?」

 今こちらを認識したと言わんばかりの口調で尋ねてくる。

「人に訪ねるときは自分からって習わなかったんですか?」

 先ほど自分が言われたことを嫌味ったらしく言う。がしかし。

「ハルマンさん、名乗ってください」

 ボクに言った豆渇先輩が自分の言葉を曲げる。

「え? さっき先輩も言いましたよね?!」

「いいから! ……良いから本名を名乗ってください」

 彼女の尋常ならざる姿を目の当たりにしてしまい、出かけた言葉を飲み込む。

 この一連のやり取りを間近で見ていた偉そうな女生徒は豆渇先輩の態度をさも当然の事のよう気にも止めていない。

「…………荻窪ハルマンでーす」

「……お願いだからちゃんと名乗って」

 懲りずに適当な偽名で名乗ると、豆渇先輩がボクにしか分からないように服を引っ張り、分からないような声量で言う。微かな震えが指先から伝わる。

 小声で会話をしていたのにも関わらず、女生徒の耳には届いているようで。

「いいのよ乃乃、わざわざ小声で言わなくても。始めまして……本名ではなくハルマンさん、とお呼びすればいいのかしら?」

「…………」

「…………まぁいいわ、私の名前は鳥望島長瀞(とりぼうしまながとろ)。よろしくね」

 鳥望島長瀞。この名は後々いやと言うほど脳に刻まれる事になるのだが、この時のボクは豆渇先輩と同じ二年生だと言うことしか気にしなかった……。


「いやいやー、ごめんねハルマンちゃんに変なところを見せちゃって」

 下手な笑顔でこちらを向く豆渇先輩。

「……別に、それよりも先輩こそ大丈夫なんですか?」

 先程の怯え方は明らかに普通じゃない。

 あれからボクを送っていくと言う名目で会室を出た豆渇先輩であったが、先程から全体的に雰囲気が暗く重い。

「大丈夫だよー、こう見えて私は元気が取り柄だから!」

 割りと見たまんまの取り柄である。しかし、今の浮かべている下手くそな笑みは元気とは真逆であった。

「それと私が無理矢理ハルマンちゃんを引っ張って行ったせいで巻き込んじゃってごめんね……」

 弱々しく吐き出される彼女の言葉をボクはただ聞くことしか出来なかった。

 そんな重苦しい空気を払拭するかのようにボクらの方へと人が向かってくる。

「……先輩!」

 ボクをそう呼ぶ後輩がボクの胸へと飛び込んで来る。

「フィー?!」

 思わぬ状況に目を白黒、頭の中をぐるぐるさせ戸惑ってしまう。

「心配しました探しました! 何があったんですか!!」

 瞳を潤ませる彼女は肩で呼吸している。

 息を整えること数十秒。落ち着いた彼女は改めて口を開く。

「……先輩、部室で何かありましたか?」

 開口一番にこの疑問を投げ掛けられ少し驚く。

「…………」

「……さっき、部室に戻ったら吠天先輩は泣いていてマナ先輩は凄く暗かったんです。私、先輩が部室から走って出ていくのを見たんです! それで、先輩が心配で! 心配で!!!」

 一生懸命にボクに伝えようとしてフィーは言葉を紡ぐ、彼女も作業が一段落し部室に戻る途中だったのだろう、頬には絵の具が付着している。

 そんな彼女の思いが直接伝わり、胸が締め付けられる思いだ。

 自分より年下の子の姿を見せられ自分の中で小さな勇気が顔を見せる始めた。

「ありがとねフィー、ボクは大丈夫だよ」

「……先輩」

 ボクは豆渇先輩のように少し下手くそな笑みを浮かべた後、ゆっくりとフィーの背中に手を回し抱き締めた。

 暫く彼女の温もりを感じ、そして手を緩める。

 フィーも名残惜しそうにしつつも手をほどく。

「……喧嘩したら仲直りですよね」

「そうだね」

 喧嘩とは少し違うかなと思いつつもその言葉を仕舞う。

「……戻れますか?」

「戻りますとも」

 彼女はそっと手を伸ばし、ボクはそっと手を握る。

「…………ハルマンちゃん?」

 ボクらが歩き出そうとした矢先に豆渇先輩が気まずそうに声を出す。

「先輩も来てください」

 ボクはそう言って今度はボクが先輩の手を引き前に進む。


 部屋の中はやはり重たい空気に支配されていた。

 五人が一つのテーブルを囲うようにソファーに腰かける。

 先程の事をどう切り出すべきか悩んで口を閉ざすボク。

 部外者がいる状況でどう話をするか考えているユイト。

 状況が理解できず座って待っているフィー。

 借りてきた猫のように大人しくお茶を飲んでいる豆渇先輩。

 重苦しい空気に耐えきれず敦盛を舞う吠天先輩。


 ……………………。


 この状況からどう話を進めるかを悩んでいるボク。

 豆渇先輩とフィーのことが気になり話を切り出せないユイト。

 少しずつ自分が邪魔なのでは? と思い始めるフィー。

 お茶を飲み干してしまいお代わりを貰うか悩んでいる豆渇先輩

 空気が好転してきたのではないかと思いつつ舞うのを止めない吠天先輩。


「おかしくない!? 意味分からん!!!」


 空気を壊したのはボクの叫びだった。

 ボクが突然叫んだことにより一同が一度動きを止める。

「何であんたはこの空気の中で舞えるんだよ!」

 自分にツッコミが入った事をようやく理解した吠天先輩が、急いで扇子を仕舞い端末を操作し始める。

「『一緒に舞う?』」

「舞わねーよ! 舞うわけないだろ!! 今ここで!!!」

 空気はいい感じでぶっ壊れたが、最早軽いパニック状態である。

「『だいたい何でここに乃乃がいるの? そこからおかしいのよ!』」

「さっき色々あったんだよ! ですよね?」

「お茶のお代わり貰っていい?」

「あんたはあんたで自由か!?」

「……今新しいお茶を入れますね」

「フィーも律儀に仕事をしなくていいんだよ!」

「『ダメよ! この会の信条としてお客様はもてなさなければ!』」

「今はそれよりも大事な話があるだろ?!」

「出来ればコーラかサイダーがあれば……」

「仮にも淑女だろ?! 空気を読め! むしろ空気を飲め!」

「……貴様は泥水でも啜ってろ下さい」

「急に辛辣だなぁ! おい!」

「『落ち着きなさい!!!』」

「落ち着きたいよ! 落ち着きたいから敦盛を舞うな!」

 ツッコミの嵐が過ぎるまで続き、切りの良いところでユイトが口を開いた。

「これから大切な話があるから乃乃とフィーちゃんはこの部屋から一度出てもらえるかしら」

 ユイトの言葉に二人は寂しそうな顔をするが黙って部屋を後にする。

 二人が部屋から遠ざかったの事を確認し、改めて口を開く。

「マナ先輩のモノマネがお上手ですね。雨月ユイトさん」

「……生まれたときから一緒にいるからね、特徴は分かるよ」

 再び口を閉ざし沈黙が場を一瞬支配するが、再度ユイトが閉ざした口を開く。

「どこから話せば良いか分からないけど、全部説明はするつもりだよ」

 そう前置きをしてから彼は語り出す。自分の事、マナ先輩の事、何故自分が此処にいるのか、マナ先輩の今の状況、このままではマナ先輩がどうなってしまうのか、その為にどうすべきか。彼は夢中で話す、自分と瓜二つの最愛の妹の為に。

 そんな彼を、ボクは終始冷ややかな目で見ていた。


「一から十まで協力してくれとは言わない! ただ、この事は黙っていて欲しい。……お願いします」

 語り終えた彼はすぐに立ち上がり、額を床に擦り付けるように土下座する。

「……状況は分かりました、理解しました。しかし、それにハイと言うことは今のボクには出来ません」

 ユイトは何かを口に出そうとしたが堪えて飲み込む。

「……理由を聞かせてもらえないかな?」

「理由は簡単です。……ボクが男の人が嫌いだからですよ」

 ボクの言葉を聞き吠天先輩が勢いよく立ち上がる。

「『そんな理由で! …………冷たいよ』」

 吠天先輩が悲しそうに目を伏せる。その目には涙が溢れ、今にも溢れそうな状態だった。

「……ですがボクも吠天先輩やマナ先輩には度々助けられました。ですのでこの件は黙っておきます」

「『…………マナの為にありがとう』」

 言葉の続きを聞き嬉しそうに涙を溢す。がしかしそんな様子はお構いなしに言葉は更に続く。

「黙っておきますがこちらから一つのお願いがあります」

 二人はお願いと言う言葉に反応し静かにこちらを見る。

「『お願いって?』」

 恐る恐ると言った感じで聞く先輩。

 暫く黙ったあとゆっくりと、そして突き放すように告げる。


「出来る限りボクの前には現れず、この部屋にも……来ないでください」


 ボクの口から出た言葉に二人は黙る。

 後に、ボクは雨月ユイトと言う人物をもっと理解するべきだったと後に後悔するのである。

 しかしこの時はそんなことを微塵も考えず、自分の事のみを考えていた。

 重苦しい部屋を支配したのは無情にも時を刻み続ける時計の音のみであった…………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ