御伽噺でもテンションアップダウン ヘンゼルはグレテル
深い森の中、二人の少女は歩いていた。
「何で私がこんなに酷い目に合わなきゃいけないの!」
一人の少女は同じような話しをさっきからずっと喋っている。
少女の名は磯川原宇美。最近同級生や先輩、後輩から酷い扱いを受けている可哀想な子だ。
「…………」
もう一人は黙々とイヤホンを使い音楽を聞いている。
名前はフィールガルシア・リ・ヒルデガルデ。地球人ではあり得ないような名前をしているが誰も言わない。
「……また新しく曲買わなきゃ」
フィールは先輩である宇美の話を無視して一人呟く。
「フィーちゃぁん!? 何で無視するの!」
後輩に無視され、半泣きになりながら抗議する宇美。
フィールの肩を掴むことで彼女はやっとイヤホンを耳から外す。
「ッチ、……どうしたんですか?」
「舌打ちするなぁ! 私は先輩だぞ」
「確かに先輩は先輩ですよ、しかし語尾に『だぞ』を付けてる人に対する態度としては、間違えてはいないと思います」
「…………」
「私は間違った事を言いましたか?」
フィールの言葉に宇美は叫ぶ。
「何でこう言う時だけ饒舌なの!?」
宇美が冷静になるのを待つこと数分。
フィールは疲れ顔で話しかける。
「……それでどうしたんですか?」
「私もね、最近色々思うことが多々あるんだよ。今日だっていきなり、『お前はグレーテルな』って言われて此処に連れてこられたし! この前はお花を摘んでたら後ろから殴られて気絶させられて、気が付いたら血糊をぶっかけられてたり!」
「…………」
「その前はあの子に『お前の良いところを答えられなかったボクを許してくれ』なんてよく分からない事を言われるし!」
喋りながら動き回る宇美をフィールは変な汗をかきながら聞く。
ちなみに兎と亀に出てきた問題を作ったのはフィールで、宇美を気絶させ血糊をぶっかけたのもフィールだ。
「…………それは色々大変でしたね」
「大変大変超大変だよ! だからもっと私に優しくしてよ」
頬を膨らませて言う宇美、この顔が普通に可愛いと感じた人は眼科で受診すべきだ。
フィールは少しだけ感じた罪悪感を振り払うように喋る。
「……今日一日だけは先輩に優しくしてあげますよ」
「普段から優しくして欲しいな!」
宇美は最近ツッコミをする機会が増えてきたなぁと感じている。
「……無理ですよ、私は敵に塩を送る事はしません」
「無理って何!? フィーちゃんが送ってくるのは腐ったザリガニぐらいだよ!」
実際に送られたのは生きたザリガニだ。
ちなみに、宇美は最近いじられたりする事を嬉しく感じ始めているので「敵に塩を送る」は間違っている。
そんな変態をフィールは無表情で見つめる。
「……私と先輩は恋敵、つまりはライバル何ですよ? 本当なら血で血を洗う闘いをするべき何ですよ!」
全国の恋敵たちが、血で血を洗う闘いをしていたら日本列島は真っ赤に染まるだろう。
「暴力は良くないよ~、話し合いをしようよ!」
「……私は徹底的に闘いますよ!」
フィールは可愛らしくシャドーボクシングをする。
宇美はそんな彼女をお母さん目線で見つめる。
「ふぇ!?」
フィールの右手が偶然にも宇美に付いている二房の果実に当たった。
「…………」
もう一度宇美の胸に触る。
「ふぇあ! フィーちゃん何するの!?」
「…………これが敗北感」
フィールは両膝を土につける。
自分の何倍もある質量を前にして敗北感に包まれていた。
「……恥ずかしいから触っちゃ駄目だよぉ~」
顔を赤くして抗議する宇美。
「……早急に爆散してください」
死んだ魚のような目をしたフィールは地面に唾を吐き捨てるように言う。
「人間は自力で爆散出来ないよ!」
「……先輩は人じゃないでしょ?」
「私は人だよ!!」
宇美は天に向かって吠える。
フィールは鬱陶しそうに眉をひそめた。
「……一々リアクションがデカいです」
フィールの言葉に悲しそうな表情で返す。
また少し、罪悪感を感じたのだろう、フィールがそっぽを向きながら口を開く。
「……別に先輩の事が嫌いだから言った訳じゃありませんよ」
フィールの言葉に、えへへと笑いながら照れ始める。
「フィーちゃんはツンデレだね」
「……先輩には迅速にくたばっていただきたいです」
フィールの言葉も今の宇美には刺さらない。
宇美が嬉しそうに笑う姿は、見ている側まで恥ずかしくする。
「……馬鹿みたいに笑ってないでシャキッとしてください、着きますよ」
「彼処にある物置部屋が目的地?」
自分たちの前方にある古びた小さな家を指さしながら、宇美は後輩に訊ねる。
フィールは首を縦に振り、そしてため息を吐く。
「……その台詞は様々な人に喧嘩を売ることになりますよ」
「ふぇ? 何で?」
宇美はフィールの言葉に首を傾げて訊ねる。
「……あれが普通ですよ、サイズ的に」
「そうなの!?」
度肝を抜かれましたと言わんばかりの表情でリアクションする宇美。
そんな宇美の言動に、フィールは青筋を浮かべる。
「とりあえず行くよ! 遅れないでねフィーちゃん」
「…………はい」
握り締めた拳を解かずに後を追う。
「すみませーん、誰か居ますか?」
「…………」
家の前まで来ると改めて小ささを認識する。
二人は並んで扉の前に立ちノックをした。
「誰だよ、……ってフィーとお前か」
気怠げに家から出てきた人物は訪問者を確認すると、表情をコロコロと変えみせる。
宇美の同級生でフィーの先輩である少女は、魔女っぽい衣装に身を包み、少女向けアニメに出てきそうな魔法の杖を片手に持っていた。
そんな恰好の少女に少し塩度の高い眼差しを向ける。
「何だよ二人とも」
「「いや、別に」」
声を揃え視線を逸らす。
そんな二人を不満げに見つめ、中に招き入れる。
「中は思いの外綺麗だね」
「ボクが居ると直ぐに汚れるとでも言いたいの?」
中の様子を素直に褒めただけで睨まれる宇美。
「まぁとりあえず適当に掛けなよ」
「……失礼します」
中央にある丸机を囲うようにして座る。
「…………」
「…………」
「…………」
何故か座った途端に口を閉ざす三人。
誰が最初に口を開くのか、珍しいことに最初は彼女だった。
「んでさ、ボクらは何をすれば良いの?」
「……さぁ?」
先輩である彼女の言葉に首を傾げる。
「大体吠天先輩もよく分からないよな! グリム兄弟の書いた一番最初の童話集を読めばこんな事思い浮かべないだろうに」
「……話の内容が違うんですか?」
疑問を口にするフィール、彼女は軽く説明する。
「……結局先輩は何がしたかったんですかね?」
「それは分からないけど、何かを考えているのは確かだよ」
「「「…………」」」
「ごめん、今の言葉は訂正するよ」
「……はい、それが正しいと思います」
「だね~」
吠天先輩は何も考えていない、それが三人が出した結論だった。
「早く終わらないかな……」
ボクっ娘はため息混じりにこぼす。
「……どうすれば終わりになるんですか?」
今回の事を詳しく知らされていないフィールが首を傾ける。
魔女の役目を任された彼女は、少し間を置いてから口に出す。
「ボクが二人を倒したらそこで終了らしいけど……」
「意味が分からないね!?」
宇美の表情が驚愕に染まる。
フィールがおもむろに立ち上がった。
「……なら二人で襲って早々と倒されましょう」
「そうだね! それが一番早いね!!」
続いて宇美も立ち上がる。
立っている二人を見てから彼女は口を開く。
「良いの? それで」
「勿論! でもちゃんと手加減してね?」
宇美の言葉に首を縦に振る。
「行くよフィーちゃん!」
「……はいはい」
彼女が立ち上がると同時に二人は襲いかかる。
「……ふっ!」
襲いかかってきた宇美の腕を掴み、反対側へと投げ、フィールの腕を掴み、抱き締める。
「「!!?」」
目を白黒させる二人。
そんな二人の様子を見て、不適に笑う。
「……せん、ぱい?」
「わざわざ、ボクに捕まりに来るなんて……、だーから貴様らはアホなのだ!」
高笑いをしつつ、フィールの頭をなでなでしている。
「何で私への扱いが酷いの!?」
「だって海苔ちゃんだし……」
「理由になってないよ!?」
大体のことを「海苔ちゃんだし」で片付けられてしまう宇美。
「うぅっ……ひどいよぉ」
半泣きになる宇美、それを見た二人は気まずそうな表情をする。
「……しょうがないな、もう一回来な」
抱き締めていたフィールを放し、両手を広げる。
「絶対受け止めてよ?」
「うん」
「絶対絶対絶対、受け止めてよ?」
「うんうんうん」
「…………」
「…………」
見つめ合う事数秒、宇美は走り出す。
勢いよく走り出し宇美は跳ぶ。
「……ふっ!」
彼女は宇美の左手を、フィールは右手をそれぞれ掴み、反対側へと投げる。
「うひゃぁぁぁあああ!」
設置された家具を巻き込み転がる。
痛みを我慢し、立ち上がる宇美。
「なん……で……」
「「だーから貴様はアホなのだ!」」
宇美をバカにするように、二人は同じポーズをする。
「…………」
「「…………」」
三人の間に絶妙な空気が流れる。
「バカバカバカ! 二人のバーカ! もう知らないもん、グレてやるもん!!!」
半泣きで家を飛び出す宇美。
残された二人の間を沈黙が通る。
「……帰ろうか」
「……帰りましょう」
宇美の後を追うように歩き出す二人。
この後、宇美が三日間ふてくされていたが特に問題はない。
みなさんお久しぶりです、色です。
かなり遅れてですが無事、無事? 更新になりました。
ゴールデンウイークに更新したのですが、なぜ本編を書かずによく分からない話を書いたのか……残念ながら深い意味は無いんですよ。
今後は、ちゃんと本編を完結すべく書いていきたいと思います。目標は今年中に!
それではみなさんまた会いましょう!




