御伽噺でもテンションアップダウン 兎と亀と
兎と亀と言う話をご存知だろうか。
簡単に説明してしまうと、兎と亀がゴールを目指して競走すると言うものだ。
「兎と亀」の話では亀が一番にゴールして、亀の勝利で終わる。
だがしかし、それは兎が亀を侮っていたからである。
だからこそ、「もしも」兎が「別の」性格だったらどうだろうか。
つまり、ボクらが兎と亀をやったらどうなるのか……。
☆ ☆ ☆
「まず最初に聞きたいのは何でアタシが亀なの?」
開口一番にそんなことを言うのは部活の顧問である灰頭梅華こと梅ちゃん先生である。
「そんなことをボクに言われても困るんですが」
梅ちゃん先生の方を見ないで喋る。
「……こっちを見なさいよ」
「…………嫌です」
梅ちゃん先生がわざわざボクの視界に入って来るため、慌てて顔を逸らす。
「……若さって良いわね」
梅ちゃん先生の一言に思わず吹き出してしまった。
「……そんな事より、ここは何処ですか? 見たところ一本道がず~……っと続いているだけで、遙か彼方にゴールの看板が見えるぐらい」
大小様々な山を超えた先に、ゴールの看板が立てられている。今いる場所から直線距離で十キロは離れているだろう。
「そんな事? アタシの格好がそんな事!?」
梅ちゃん先生が叫ぶ。
「何でアタシが亀の着ぐるみであなたがバニーガール姿なのよ!」
「知らないですよ、そんなの着ぐるみを着せた奴らに聞いてください」
顔以外が亀の格好になっている梅ちゃん、その姿は本当に滑稽で笑える。
現在の状況がイマイチ分からない中、一つだけ分かることがある。それは着ぐるみを着せた奴らは悪意があって、ボクらにこんな格好をさせたと言うことだ。
「……あれ?」
梅ちゃん先生はボクの格好を見ながら、何か違和感を感じている風の顔をする。
「…………あっ」
梅ちゃん先生は一瞬驚いた顔をした、が直ぐにその顔には憐れみが浮かぶ。
「…………」
梅ちゃん先生のその表情に耐えられなくなり―――。
―――胸の詰め物を抜き取った。
「……これはスゴいものですよ、カップ数が二段階上昇するんですよ、何でボクはこれを着けているんですか?」
「……ごめんね」
梅ちゃん先生がいたたまれなさを感じ口を閉ざす。
ボクもそのまま黙ってしまったので二人の間に沈黙が流れる。
沈黙が流れる中、ふいに背後から肩を叩かれた。
振り返ると、そこには我が部活の名誉マスコットであるフィーがいた。
「……お届け物です」
「「なにしてるの? そんな格好で」」
フィーは、ザ・郵便配達の人って感じの格好だった。
「…お届け物です」
「フィー、ここは何処なの? 他のみんなは? 胸のパットは嫌がらせ!?」
「そんなどうでも良さそうな事よりもアタシのこの格好が問題よ! 確かに最近じゃあバニーガールみたいな若い子向けの衣装に抵抗を感じ始めてるけど亀はないんじゃないかしら! もう少し可愛い動物でも良いんじゃない!?」
「それこそ今はどうでも良い事でしょう! 梅ちゃん先生の愚痴なんか聞くより今の状況をハッキリさせなきゃ!」
「そんな事分かってるけど! アタシだって譲れない!?」
しばらく、ボクらの言い争いは続く、終止符を打ったのはフィーだった。
「お届け物です!!!」
「「!」」
ボクらは怒気をはらんだ声に驚く。
「……さっさと受け取ってください、じゃないと話が始まりません」
フィーが無造作に投げたダンボールを慌ててキャッチする。
「……それでは」
フィーは踵を返し何処かへ消える。
残されたボクらはフィーの寄越したダンボールを開ける。
「何かしらね」
「嫌な予感がするのは確かです」
ダンボールを開けてみると中には画面に紙が貼られている一台のタブレットとそれぞれの名前が書かれた袋が入っていた。
「どうします?」
「タブレットの電源を一番最初に点けろって貼ってある紙に書いてるから、点ければいいんじゃない?」
「あえて無視して袋を開けますか?」
などと良いながら素直にタブレットに電源をいれた。
少し待つと、画面に自動で動画が流れ始める。
「『やぁ、二人とも私は―――』」
「吠天先輩ですよね」
「丹沙よね」
「『―――……まぁそうですけど』」
仮面を着け変声機まで使っていたのに、指摘された途端外してしまう。画面には何時もの吠天先輩が映る。
「これってライブ映像ですよね?」
「『違う違う録画だよ』」
「「……」」
良くあるやり取りだと感じた。
「それで何がしたいの?」
「『よくぞ聞いてくれた! 二人は兎と亀って話しを知ってるかい?』」
「「まぁ、そこそこには」」
「『私はね思うわけだ、ウサギしゃんがカメしゃんに負けるわけがないって!』」
「「(ウサギしゃん? カメしゃん?)」」
気になったが、聞いちゃいけない気がしたのでスルーする。
「『だから、私達の部活内で運動神経が良い二人を拉致して、実際にゴール目指して走ってもらおうと考えてね!』」
コイツは何を言っているんだ? 頭が腐ってるのか?
「『だからよろしくね!』」
「「嫌!」」
「『え!? 何で!』」
何でやってくれると思ったのだろうか、馬鹿なのだろうか。
「『ふっふっふっ、断ることは最初から分かっていたのだよ』」
「「(なら拉致るなよ、あとキャラが分からないよ)」」
不適に笑う吠天先輩をボクらは残念な者を見る目で見る。
「『君たちの元に届いたダンボールの中にそれぞれに宛てた袋が入っているだろう? それを開けたまえ!』」
手元にある袋を開けるとボクのには封筒が一つだけ入っていた。
封筒以外には何も入っていない事を確認し封を切る。
中には手紙と裏向きで写真が一枚入っていた。
写真をひっくり返し確認する。
写真(ボクのメイド服姿)
「ふぁっきゅー!」
勢いよく写真を手刀で切り裂く。
直ぐに同封された手紙を読む。
「『この手紙と同封されている写真を高校のパンフレットに乗せられたくなければ全力でゴールを目指せ』」
「クソったれぇぇぇえええ!!」
怒りを拳に乗せて地面を殴る。
拳に痛みが広がるが気にせずもう一回。
「どーしたの~? そんなに殴ったら痛いよ?」
背後から梅ちゃん先生が声をかけてくる。
「梅ちゃん先生の袋には何が―――」
背後を振り返る、そこには顔を赤くした梅ちゃん先生が立っていた。
不自然な笑顔を浮かべた梅ちゃん先生が、後数センチでキスができる距離に顔を近づける。
「アブなスティック!」
バックジャンプで梅ちゃん先生から距離をとる、顔を掴もうとした梅ちゃん先生の手が空を切る。
「何で距離をとるの? ねぇ!?」
トロンとした瞳をこちらに向ける梅ちゃん先生。
ボクの本能が危険を知らせる。このままでは、キスされる(やられる)と。
「先手必勝ぅ!」
スタートと書かれた門を走り抜ける。すると背後で扉が閉まる音がした。
「『ただ今より門を一時的に閉じます、亀の人はその場で待機してください』」
門の所に付けられたらスピーカーから吠天先輩の声がする。
「開けなさいよ! 逃げられちゃうじゃない!」
扉を力一杯殴る音を背に、与えられたら猶予を最大限に活かすため走る。
目指すは最初の山!
☆ ☆ ☆
「さて、ここからは解説を吠天丹沙が」
「……実況をフィールがお送りします」
モニターの沢山付いた部屋の中央、二つの椅子に長机が一つ。
彼女らはモニターを確認しながらマイクを握る。
「さてはて、実況のフィーちゃん! 今の状況は?」
「……只今、兎が第一関門であるファーストマウンテン頂上付近です」
「今回の兎と亀レースは三つの山を越えた先にあるゴールを目指すと言うもの、兎は亀に捕まらずに逃げ切れたら勝ち! 亀は兎がゴールに着く前に捕まえられたら勝ち!」
「……それだと扉が閉じて動けなかった亀は不利じゃないですか?」
スタート地点が映し出されたモニターに扉が邪魔をし動けない梅華がいた。
「ノープロだよフィーちゃん! その為の関門何だよ! ちなみに閉ざされた門は兎が関門を突破したら開くよ」
「……関門突破の後じゃ本当に間に合いませんよ?」
フィーが企画の心配をするが、吠天は大袈裟に肩をすくめる。
「フィーちゃんは分かってないよ、お酒を飲んだ梅ちゃん先生は―――」
「―――獣より速い」
「……知ってます」
☆ ☆ ☆
顔を伝い顎から落ちる汗を煩わしく思いながら走る。
舗装された道を走ること二分、ついに開けた場所に出た。
「……何だ?」
開けた山の頂上に人工物が立ち、行く手を遮る。
息を整えながら近づく。
「『関所クイズぅ~』」
突然頭上のスピーカーから喧しい音がしたためびっくりした。
「『……今から出されるクイズに正解すると扉を開くための鍵が―――』」
「ふんぬぅ!」
関所とやらにあった木製の扉をとりあえず殴り、破壊する。
「『……関門突破を確認したので亀がスタートします』」
「んな!?」
スピーカーが不吉なことを呟いたため急いでスタートを視認する。
「何か凄い土煙あげながら来てる!」
地震でも起こすんじゃないかと錯覚するような走りを見せる梅ちゃん先生。
ボクも直ぐに壊れた(壊した)扉をくぐり走り出す。
☆ ☆ ☆
「「…………」」
モニターに映っている破壊された扉を呆然と眺める二人。
「……予定と大分違いますが第一関門クリアーです」
「これは扉の素材を変えるしかないね」
吠天は近くにいた使用人に声をかけて扉を変えさせる。
「……あの使用人って梅ちゃん先生の彼氏ですよね?」
「そだよ、今日はあの二人のデートをぶっ潰してこの企画をしてるからね」
こいつの性格歪みすぎだろと内心思うフィール。
「……梅ちゃん先生早いですねもう第一関門に到着ですよ」
「あれー……、障害物は?」
梅華が走る道の途中途中には、様々な罠が仕掛けられていた。しかし。
「……全部かわされてますよ」
人間離れした体術で全部の罠を避ける梅ちゃんを見ながら、二人は冷めた紅茶を口に含む。
「とりあえず……」
吠天は自らのタブレット型端末を操作し、自分の使用人に電話する。
「黒、扉を変え終わったらお姉ちゃんを止めて、……お願いお義兄ちゃん」
相手が何かを言おうとしていたが構わず切る吠天。
「……では、話も終わったことなので実況を続けましょう」
☆ ☆ ☆
「ん?」
二つ目の山の頂上付近。疲れた顔をした人物がこちらに向かって歩いてくる。
「よぅ!」
相手もこちらに気がつき手を挙げて挨拶をしてくる。
ボクは思わず立ち止まってしまう。
「詩原鰍眞!」
詩原鰍眞は灰頭梅華の婚約者であり
「さんを付けろ、年上だぞコラ」
相変わらずのチンピラ具合に笑いが出てくる。
「なにしてんの?」
「丹沙に頼まれてな」
顔をニヤつかせながら言う詩原鰍眞。
「気持ち悪ぅ」
正直気持ちが悪かった。
「気持ち悪いだと!? ちょっ、おまっ!」
気持ち悪いと言われた詩原鰍眞はとても残念な顔をする。
「現役JKに言われたらお仕舞いだね」
笑顔でトドメを刺す。
「んぐぅ! ……丹沙も俺のことを」
内心で勝利の余韻に浸りながら先を急ぐ。
「『第二の関門へようこそ! ここではクイズを答えてもらうよ』」
二つ目の山を登りきると、また関所っぽい何かが立ちはだかる。
一つ目と同様に扉を破壊しようとする。がしかし、素材が木製から鉄に変えられていた。
「詩原鰍眞がやったんだな」
先ほど会ったら人物に苛立ちを覚える。
「問題を早く!」
仕方がないので問題を解くことにした。
「『第一問、一般的にバルト三ご―――』」
「ラトビア、エストニア、リトアニア!」
「『……正解です』」
相手が問題を言い切る前に答えを叫ぶ。
「『第二問、世界三大料―――』」
「中華、フランス、トルコ!」
「『―――理はそうですが世界三大スープ―――』」
「トムヤムクン、ボルシチ、フカヒレのスープ!」
また問題を言い切る前に答える。
「『最終問題、三種の神器と―――』」
「天叢雲剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、カラーテレビ、車、クーラー」
「『―――正解です、扉が開きます』」
とりあえず、それっぽい答えを全部言ったら正解した。
音とともに扉が開く。
最後の山へ向け走り出す。
☆ ☆ ☆
「規格外ね」
「……ですね」
二人の少女は画面に映し出されているボクっ娘ではなく、酒乱の狂戦士を見ていた。
「……正直、怖いんですけど」
梅華は手に持った盾で罠を避けている。梅華の手には酒瓶と詩原鰍眞のなれの果てが握られていた。
「……やっぱりデートの邪魔をしたのがまずかったんですよ」
怯えるフィールを余所に、吠天丹沙は帰り支度を始めていた。
「……逃げるんですか!?」
「いいえ、逃げる準備です」
淡々と告げる吠天。その手は微かに震えていた。
「……私も準備しよう」
フィーも静かに片付け始める。
☆ ☆ ☆
「これが終わったら吠天先輩を血祭りにしてやる!」
最後にして最大の山。
その山の中腹にある広場で少し休憩を取る。
用意されていた水とバナナ、そして双眼鏡。
水を口に含みながら双眼鏡で先生を探す。
梅ちゃん先生はすぐに見つかった、第二の山を降りた辺りにいた。
「……え?」
ニコリと笑う梅ちゃん先生と目が合う。
緑の色をしていた亀の衣装が所々赤黒く染まっていた。
手には酒瓶とぼろ雑巾のような詩原鰍眞。
詩原鰍眞を引きずっているため歩行スピードは速くはないが、着実に此方へと近づいてくる。
その姿は兎と亀に出てくる亀を思わせた。
「っ!」
手に持った物を全て捨て、頭のウサ耳を外し、捨てる。
いつもの酒癖の悪さではなく、怒りと憎しみを感じさせる姿だった。
最後の門までやってきた。
汗のせいで少し張り付いているバニー衣装も既に気にならない。
「最後の問題を! 早ぐじて!」
疲れすぎて身体から変なん液体が出そうだ。
「『この関門で出される問題は一門だけです。答えられれば扉は開きます』」
疲れと熱で鈍くなる思考、ボクは必死で問題に集中する。
「『最終問題。―――。』」
「えっ?」
問題を聞いていなかった訳ではない、理解できなかった訳ではない。
単純な話だ。
問題に正解がないのだ。
「そんな問題、解ける訳ないだろ!」
「『お答えください』」
無情な声がスピーカーから聞こえる。
時間がない今、下手にゴネても時間の無駄だ。
ボクは考える、頭を使い考える。
「これしかない!」
自分の中に出てきた答えを口にする。
数秒後閉ざされた扉が開かれた。
扉を抜けようと足を踏み出そうとしたとき。ふと、頭に何かが付けられる。
「やっぱりウサ耳は若い子に似合うよ、ねぇ?」
耳元で囁くように言われる言葉、全身に衝撃が走る。
「ねぇ? こっちを向いてよ」
優しい声色なのに、振り向くことが出来ない。
何故なら足元から低い呻き声と共に聞こえるからだ。
「にぃ、げ、ろぉ」
詩原鰍眞の最後の言葉だろう。言った後、鈍い音がした。
自然に足が震える、ボクが兎の恰好だからなのか、梅ちゃん先生(肉食獣)にはかなわない。
「いやぁぁぁあああ!」
首を掴まれ抵抗出来ずに引きずられる。
開いた扉が遠退いていく……。




