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テンションアップダウン第六回雨月ユイトの挑戦

「……完璧だ」

 姿鏡に写った自分の姿に思わず見とれてしまうユイト。

 鏡に写る姿はどこからどう見ても妹のマナそのものであった。

「流石マナちゃんだ、可愛すぎるぜ……。やっぱり俺に似て美形だな、最高に可愛いぜ!今の俺も可愛いけど!」

「「「……坊ちゃま」」」

 妹の恰好をして自画自賛中のユイトを、幼少期から見守っていた使用人たちは泣きそうな顔で見ている。

 しかしそんな使用人たちの心情などお構い無しに姿鏡を見てニヤニヤしているユイト。

 雨月ユイトが考え出した答えは妹の制服を着て妹の代わりに学校に行く事だった。

 メイドたちに言って化粧を施してもらった、お陰でどこからどう見ても妹そのものである、わざわざ化粧をしなくても似ているのに何故化粧をしたのか謎だ。

「坊ちゃまそろそろ……」

 初老の男に言われユイトは腕に巻いた時計を確認する、ちなみにユイト腕時計は妹からのプレゼントである。

 時刻は六時半、着替えに時間がかかると考え早めに起きていたが、あまり意味はなかったようだ。

「本日から……お嬢様の代役として学園に通われるのでしたらそろそろ御朝食を…」

「そうだな……行くわよ」

 これから必要であろうマナの声まねを何故か突然しだす、使用人たちはあまりのそっくり具合に度肝を抜いていた。


 使用人たちを引き連れて部屋を後にしたユイト、女装が楽しいのか知らないがやたらとスキップしている。

「お腹空いたー」

 終始上機嫌で勢いよく扉を開く。

「遅かったわね先に頂いてるわよ」

 部屋に入るとユイトにとって良く見知った人物が二人程いた。

 一人はユイトと同じ服装の女の子、椅子に座ってスプーンを動かしている、もう一人は黒い服に黒い眼鏡の男、女の子の斜め後ろで待機している。

「……何で」

 食事中の女の子、吠天丹沙は妹であるマナの、友人以上婚約者未満な存在である。

「夏休みに風邪をひいたって聞いてね……学校に行けるのか分からなかったから寄ってみたんだ、ちなみに朝食はついで」

 丹沙はユイトの姿を遠慮なくジロジロ見てくる、内心焦るユイト。

「ご、ごめんねー丹沙……昨日退院したんだけど忙しくてさ、連絡し忘れちゃって」

 感がかなり鋭い丹沙に自身がマナに変装していると悟られないよう、脳をフル回転させマナの喋り方と癖を真似る。

「そうだったの?……へぇー」

 丹沙は頻りに頷き何かを理解したと言わんばかりの表情をする、後ろに立っている鰍眞の額に汗が浮かんでいる。そのことが妙に気になるユイト。

「早く座って食べなよ」

「う、うん」

 丹沙に促され焦らないよう慎重に腰を椅子に下ろす。

 ユイトが椅子に座ると執事が食事を並べていく、今日は目玉焼きやベーコンなどのオーソドックスな朝食だ。

 クロワッサンを食べやすいように千切ってから口に運ぶ、千切ってから運ぶ、千切ってから…運ぶ、千切って……。

 恐る恐る、顔を上げるユイト。


 丹沙が見ていた。


 ユイトの全身からありとあらゆる水分が吹き出す。

 ユイトが感じていたのは丹沙の視線であった。例えるなら視線で人を殺傷出来るようなやつだ。

 お互いに超絶長い机の端と端、お誕生席の主役が座る位置とその対極に座っているのに、ユイトは意識を丹沙に飲み込まれてしまったかのように微動だにしない。

 直ぐにユイトは食事に集中しだす、丹沙からの視線を無視するかのように。だが一度丹沙の視線を意識したせいなのか、ユイトの味覚は既に機能していない。

 時計の針が進む音と食器の当たる微かな音が室内を支配する。

「……ねぇマナ?」

「!?…………何?」

 突然話しかけられ焦るユイト、心臓は凄まじい速さで動く。例えるなら好きな人と見つめ合った中学生のような心臓の鼓動だ。

 ユイトの問いかけにゆっくりとした動きで人差し指をこちらに向ける。

 それに合わせてユイトの身体に自然と力が入る。

「それ……何もかけないの?」

「んへ?」

 丹沙の言葉の意味を理解できないユイト、丹沙の指し示す『それ』を探す。

「それ……目玉焼きだよ」

 丹沙に言われ彼は目玉焼きを見る、確かに何もかけていなかった。

 ユイトは目玉焼きには醤油をかける派で度々妹と喧嘩をしていた、昔の話ではあるが。

「何時もかけていたわよね……はい」

「ありがと」

 何故か使用人ではなく丹沙が直々に手渡ししてくれた、どうやら丹沙は既に食べ終えていたようだ。

 ユイトも丹沙に多少警戒しながらもお礼を言って受け取る。

 丹沙の視線のせいで緊張していたが今のやりとりで大分落ち着き、ようやく味が分かり始めたユイト。

 瓶に入れられた液体を黄身を中心にかける、独特の香りが彼の鼻をくすぐる。

 口に入れたときに広がる白身の食感と醤油のしょっぱさ、やはり目玉焼きには醤油の組み合わせがベストだと再認識させられる美味さ、ユイトは何度も噛み味わう。

「美味しい?」

「うん……」

 丹沙が優しく微笑みそれにつられてユイトもはにかむ。

「美味しい?……」


「醤油味の目玉焼き」


 一瞬理解できなかったユイトだったが直ぐに分かりまた身体から液体を垂れ流す。

 しかしユイトは慌てていなかった、妹の好みを理解しているユイトに死角はない!

「……醤油も美味しいけどやっぱり何時もどおり塩をかけるわ」

 ユイトは内心ほくそ笑んでいた、丹沙に勝ったと確信したからだ。

 後ろにいた使用人に声をかけ塩をかけてもらう。

 目の前で岩塩はゴリゴリ削られながら目玉焼きの上に降り注ぐ、勝利を確信したユイトは微笑みを浮かべる。

「そう言えば知ってる?」

「何を?」

 勝利を確信したユイトに丹沙は話しかける、ユイトも余裕そうに程よく塩のかけられた目玉焼きを一口サイズに切りながら耳を傾ける。

「マナってさー」

「?」

 妹の名前が出たことを一瞬疑問に思ったが気にせず切り分けた目玉焼きを口に運ぶ。


「マナって入院してから食事に気を使って目玉焼きには何もかけないようにしているんだってさ」


 その言葉と同時に目玉焼きを口に入れたユイト、口の中に広がる塩辛さを感じた事で味覚がまだあることを確認した。

「美味しい?醤油と塩がかかった目玉焼きは」

 ユイトは無言で咀嚼する。

「塩分を沢山摂取しても平気なくらい元気になったんだねー」

 ユイトは無言で咀嚼を続ける。

「お兄さんとあれだけ喧嘩してたのに今じゃ喜んで醤油をかけてたしね、もしかしたらトンカツにはドレッシングをかけたりするの?」

 ユイトは無言で咀嚼を続ける、ちなみにユイトはトンカツにはドレッシング派だ。


 彼が食事を終えると丹沙は鰍眞を連れて部屋を出て行った。

 ユイトも直ぐに鞄を用意して、自分に違和感がないかをチェックすると既に用意されていた車に乗り込む、勿論車はリムジンだ。


「坊ちゃま、どうかバレないようにお気をつけて……」

「わかってるよ、バレるようなへまはやらかさいよ」

 運転手をしている初老の執事は何か言いたげだったが黙り込んだ。

 ユイトは会話が終わると目を瞑り考え事をしだす、これから妹の代わりとしてちゃんと出来るかどうか、丹沙は何故言ってこないかなど、不安二割女子校に入れる期待八割で思考していた。

 リムジンはゆっくりと、そして確実にマナの通う学校へと進んでいく。

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