表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

第一章 存在の可能性

 思いのほか一日で元気になったフィリアと共に、俺はいつも通り攻略を始めた。

 二十一層の雪原は障害物が無く、歩く場所だけ雪を溶かして楽に進んだ。


 そして半分となる二十五層。そこは、ボスだけのモンスターハウスだった。のだが、一体一体の縄張りというものがあるようで、順番に倒して行く事で難なく突破。


 二十六層からは荒廃した都市や遺跡で、骸骨剣士などのアンデッドたちが敵だったが、回復系の魔法を使える俺の敵では無かった。おまけに武器をドロップしてくれるので、せっかくの魔法使い固有のアイテム収納能力が無駄にならない。

 そして敵が人型と言う事も有り、二十八層のボス、嘆きの騎士ドロップアイテム、[王族殺しの剣]は二メートルを超える長剣だが、そのボスや剣の名称から何かストーリーを感じさせる。二十八層が廃れた城のような内装であるだけに。


 しかしこのアンデット系の魔物、いろんな意味でフィリアの天敵ではあった。銃撃で頭部が吹き飛んでも普通に襲ってくるし、粉々に砕かないといつまでも動く面倒臭い敵なのだ。そして、腐敗臭に蠅がたかるゾンビ系魔物は、見た瞬間ぐいぐいと袖を引っ張って、殲滅しろと上目遣いで訴えて来た。

 調べれば色々いいアイテムやストーリーなんかが見つかりそうだったが、フィリアに嫌な思いをさせるのもアレなので、やむなく攻略を急いだ。


 三十一層が溶岩地帯であることを確認して三日目の攻略は終了した。

 このペースならば、あと二日で五十層に到達出来ると考えた十二月月二十七日。

 そして、早速止まった二十八日である。


「溶岩……暑い……」


 が原因だ。

 きわどい忍び装束を着ていてこれ以上脱ぐならもう裸だろというフィリアだが、それでも暑いらしい。ぽたぽたと滴る汗を拭っている。しかし、俺は全く熱さなど感じない。

 暑いと不快度指数が高まるようで、フィリアは恨めしそうに俺を睨んでいた。


「……何で、大丈夫なの」

「……俺に聞かれても困る」


 むしろ、どうしてお前が駄目なのか俺は聞きたい。仮にどちらかが環境の影響を受けないのなら、どう考えても召還獣の方だろ。

 チートすぎるから、こういう細かな所で制限を掛けているのだろうか。

 ちなみに雪原は、以前サラが話していたふかふかモコモコの素材を使った装備で突破した。

 その出来上がった装備と言うのが、思わず抱きつきたくなる可愛い着ぐるみだ。ペンギンをモチーフにしたとか言っていたが、その所為で普通の戦闘では完全にフィリアは戦力外だった。ぶすっとした顔でペンギン歩きするフィリアが可愛かったので良しとする。

 閑話休題。


「そうだ。効くかどうか解らないが、[空気調整]でも使うか?」

「…………。いい」


 長考した末に、何故か首を縦に振らないフィリア。正直、吹雪や火炎に耐性を付けるというこの魔法は、結構あてに出来ると思うのだが。

 けれど、フィリアが断った理由も俺は思い当たる節がある。

 このエリアに出現する魔物の大半が、不定形なためだ。

 フィリアのチートが光るのは、クリティカルの部位が見つけ易い相手だ。端的に言えば頭部を有した魔物である。それが三十一層から始まった溶岩地帯ではあまり出現しないし、出現しても硬い。

 さらに出現する魔物の多くが熱による攻撃を行って来て、攻撃を喰らうと状態異常[火傷]となる。一度、俺がミスして攻撃を喰らったのだが、装備が溶けて肌が赤くヒリヒリした。これを喰らいたくなくて、どうしても行動が慎重になる。

 そしてさらに、溶岩から魔物が出現するのだが、そいつらはその身体自体が高熱で、熱を感知するフィリアは接近出来ない。さらに、溶岩に意志を持たせたような不定形の魔物、マグマウォーリアは物理攻撃じゃ倒せない。

 そのため、ここでの戦いはほとんど俺のMP頼みとなっている。レベルアップボーナスも早々来ないのでMPは節約させたい、というのがフィリアの考えだと思う。

 が、そんな辛い思いはさせたくない。

 消費MP4の味方全体魔法、[空気調整]を発動。薄水色の粒子が俺達を包み込んだ。


「あっ……」


 こちらを一瞬見るフィリアだが、その後は驚いたように目をパチクリさせていた。効果はあったようだ。

 と、忘れていたとこちらを向いて、軽く微笑む。


「ありがと」

「どういたしまして」


 なんて言いながら本日六本目のエーテルを飲む。未だ三十二層。今日は三十五層まで行けるかどうか。Level的にボス以外に敵はいないがこの溶岩地帯、歩きづらいのだ。

 溶岩地帯と言っているが、それが具体的にどんな地形かというと、洞窟の壁がなくなり、代わりに溶岩に置き換わったような、感じこそしないが視覚的に暑いエリアだ。

 ごぽごぽと音をたてているのは、フロア全体の半数を占めるマグマ。足を突っ込んだらどうなるか、試したくはない。奥には少し広めの場所が見え、そこがボスフロアだろう。

 十一層の森から廃都・遺跡を除いた全てがそうなのだが、普通にボス戦に雑魚が参加してくる。もっとも、俺達の場合ボスは楽勝なので特に問題はない。


「じゃあ、暑さも大丈夫になった所で、さっさと攻略するか」


 頷くフィリアは、心無しか今までで一番強く頷いたように見えた。

 結局その日は三十五層まで攻略し、三十六層が沼地であることに嫌気を覚えて洞窟を出た。



☆☆☆



「お、御主! もしやブラボーでは無いか!?」

「は?」


 十二月二十九日は、いつにも増して意味不明な廚爺の話から始まった。

 二日に一回、朝のジョギングでもしているのだろうか。


「ちっ、忌々しいサタンの呪いが! 儂をまだ苦しめるか」


 うむむと唸る廚爺。髭を撫で、なんじゃったかな、と思案顔。

 どうやら、ブラボーは何かの言い間違いらしい。


「まあ良い。御主、ヘロじゃないの」

「ああ、俺はヘロじゃない」


 ちらりとフィリアにアイコンタクト。『ヘロって何?』

 知らないと首を振られた。


「御主がここにいると言う事はつまり、これも一つの運命か……」


 本日の廚爺のお話は、自己完結した。いつも以上に良く解らなかった。

 と思ったら、まだ続く。


「御主がいると言う事は彼奴もおるだろう。探し出すが良い、ブラジャーよ」

「それ絶対違うだろ」


 誰かを見つければいいのだろうが、後半で伝えたい内容がまるで解らない。しかし、ブラは合っているようだ。言わなくても良いと思うがサイズじゃなくて、スペルが。


「世界はどう足掻こうと、混沌に向かう。御主がここにおると言う事は、そういう事じゃ」

「どういう——」


 世界規模の話だとは思わなかった。

 俺の言葉を廚爺の人差し指が止めた。最後まで聞けと言うようだ。


「彼奴等の企みはもう止められん。故に、御主は問われるだろう。このまま先に進むか、停滞するかを。ブラベー」


 ベイベーみたいに言われても、原型が何だったかはさっぱり解らない。

 だが、その問われる内容は解った。

 それはもう答えたから良い。

 廚爺は空を見上げ、遠い昔話のように語り出す。


「七つの願いがこの世界を作った。御主は既に五つの願いを垣間見ておるじゃろう」

「それは、リアルの話か?」

「そうじゃな」


 七つの願い。七つで一つの願いではなく。

 このゲームは、七人の思惑が生んだ物と言う事か。

 クリアするにあたって、俺は確かにこのゲームの本質を知りたがった。だが、既にその半分以上を知るヒントをもらっている?

 いや、俺の何を知っているんだか解らない廚爺の話だ。いや、それよりも何よりも、廚爺はリアルでこのゲームに関わっていたと言うのか。


「時に廚爺、アンタリアルじゃ何やってたんだ?」


 俺のその言葉に、廚爺はフッと笑みを浮かべた。

 不敵な笑みだ。


「エージェントじゃよ」


 いつかの武勇伝との一貫性有り。ただし、俺にその手の話の興味は無い。

 それで本日の話を終えて、門へと向かう。

 その最中、もしかしてと俺は思った。

 ゲーム開発の真意を知り、エージェント。廚爺は、このゲームの産業スパイだったのではないかと。


「ちゅ——」


 それを確かめようと振り返れば、そこに廚爺の姿は無かった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 沼地は空を飛んで回避。引きずり込もうとスタンバイしていた魔物には申し訳ないが、雷系魔法で攻撃し、ぷかぷか腹を見せて浮いている所を素通り。今回もフィリアは役割無し。ボスも不定形だったためだ。

 だが、問題ない。

 フィリアを背負って飛んでいたため、問題ないのだ。耳元に息を吹きかけると言う悪戯も、快く許した。その際に背中で動いてギュッと抱きしめてくるフィリアが……何でも無い。

 

 四十一層。そこは、見た事も無い光景が広がっていた。

 層の構造は森とそう変わらない。ぎゃーぎゃーとけたたましい鳥の声が聞こえる。群生したシダ植物とかソテツなんかが目立つ。やけに大きな葉を持つ植物は、熱帯雨林のものだろうか。ばきばきとその植物達が踏み倒される音。地震のような揺れが時折ある。

 遠くでドラゴンに似た咆哮が聞こえた。

 今、鱗に覆われた巨大なトカゲみたいな奴の姿がちらりと見えた。


「きょ、恐竜……」


 という訳で、地形は古代。

 見た目こそ凶暴であったが、正直恐竜型の魔物は弱かった。フィリアの狙撃でだいたい倒せるし、俺の[吹雪系][火炎系]の魔法で動きを止められる。残念ながら、彼らは変温動物のようだ。おまけに襲撃は騒々しい。負ける要素ゼロだった。


「じゃあ、今日はこれで終わりにして帰るか」


 四十六層から再び洞窟になるのを確認して、俺達はエデンの帰路についた。今日はまだ日が昇っていたので、魔法[脱出]で洞窟から出た後、歩いてエデンに戻る事にする。


「あと四層か……」


 長いようで短かったこの五日間。フィリアの圧倒的暴力、俺の汎用性の高い魔法の前に、本来なら知略を巡らせるべきであったろう洞窟の攻略は、実にあっさりとしたものだった。


「……ん」


 物思いに耽っていると、フィリアに裾を引っ張られた。


「あれ」


 道の先の何かを指すフィリア。森の奥で閃光が走った。

 誰かが戦っているようだ。


「……一応、見ておくか」


 トラブルになりそうであまり行きたくないが、危ないなら助けた方が良いだろう。




「なっ……」


 俺はその光景を見て、絶句した。

 この森で最も気をつけなければならないであろう魔物、ロックベアーがいた。岩のような硬い皮膚に鋭い爪を持った、二足歩行の熊だ。俺がこの森でレベル上げをやった時にも、何度か出現した魔物である。強さとしては、洞窟五層の魔物と引けを取らないレベルだ。

 それと、たった一人で渡り合っている少年がいた。

 彼が使うのは、刀。

 刀だけだ。


「はぁ、はぁ……」


 もうHPは無くなっているのだろう。額から血を流しており、呼吸が荒い。だが、ロックベアーの丸太のような腕、振るわれる爪を捌くその刀に迷いは無い。

 スキルが発動し、少年の身体が人間の動きを越えた。

 一瞬、少年の姿が霞んだ。直後、ロックベアーの殴るような攻撃がヒット。したかのように見えるが、それは残像。いつの間にかロックベアーの背後へと回り込んでおり、抜刀体勢が整っていた。


「はぁああああ!」


 刀の所有スキル、[スライドスラッシュ]。

 蒼色に煌めく光を纏った剣が、ロックベアーを一刀両断した。

 綺麗な一撃だ。

 ロックベアーは結晶となり粉々に砕けち——らない。

 剣を振り切った直後、少年はロックベアーの身体から吹き出す血を浴びて、真っ赤に染まった。

 当初、俺も彼と同様剣を使っていたから解る。あれは、気持ち悪い。

 生き物を殺したという事を直に伝えて来るのだ。手には骨を断った感触、身体はつい先ほどまで生きていた暖かい体液を感じる。

 だからこそ、多くの冒険者達がこのゲームのクリアを諦めた。

 だが。


「すまない……」


 その少年は、申し訳なさそうに俯いた。

 この殺戮が、必要だったのだと言いたげに。


「——っ」


 もう俺には解ってしまった。何故少年が戦うのか。

 だから、俺は思わずその答えを口ずさむ。


「魔法使いは……倒さなければ強くなれない」

「誰だ!?」


 思いっきり気付かれてしまった。いや、気付かれたかったと言うか、話してみたくなったのだ。茂みから出て、ばつが悪そうに頭を掻きながら、俺はそいつに声をかける。


「お前と同じ、魔法使いだ」




 血まみれの身体は俺の[水流]で洗い流してやった。


「僕の名前はカイト。君と同じ魔法使いだ。よろしく」


 握手を交わし、俺達はエデンへの帰路を共にしていた。フィリアはいつの間にか消えている。


「やっぱりお前も仲間を作れなかったのか?」

「いや、仲間はいたよ。……けど、デスゲームだからさ」


 その先は聞かずとも解る。カイトの仲間は攻略を諦めたか、カイトを捨てたのだ。


「彼らを責める事は出来ない。仕方がない事だ」

「そうだな。こういうのは、意志の問題だ。無理にやっても良い方向には転がらない。多少無理矢理でも、自分がやるって意志がなきゃ」


 実体験だから間違いない。嫌だ嫌だと思っている間は、本当に何をしても駄目だった。だが俺がやらなきゃ駄目だ、俺がやるんだと思えば、面白い程良い方向に進んだ。

 人生、楽しんだもん勝ちである。


「そうだね。……うん。僕もそうだ」


 頷き、ぎゅっと唇を噛み締めるカイト。


「僕は、家族に会いたい。現実に残して来た友達に会いたい。だから、ゲームを攻略する。待ってるだけじゃ駄目だと思うんだ」


 その意志を見て、素直に俺は羨ましいと思った。

 家族がいる事とか。現実に友達がいることとか。

 きっと、これが世間一般なのだ。俺やサラがおかしなだけで、今も洞窟攻略を目指している他の冒険者は、彼と同じような意志を持っているだろう。

 現実にある大切なものを失わないために、必死に戦うのだ。


「だから多少辛くったって、早くLevelを上げて、他の冒険者に認めてもらう。魔法使いだって、役立たずじゃないって証明したい。一人で攻略なんて無理に決まってる」


 同意する。このままだったらカイト、間違いなく第一層で詰む。


「……そっか。じゃあ、頑張れよ」

「……ああ。君も頑張って」


 そう言って、俺達は別れた。

 お互い、解っている。

 俺達魔法使いは、魔物を倒さなければ強くなれない。Levelが上がらない。

 それは、仲間がいない方が早いのだ。

 もっとも俺が奴を仲間に誘わなかったのは、みみっちい事だが嫉妬である。

 そんなに充実した現実を送ってるんだったら、こんなゲームに参加するなよと。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 宿屋に帰ると、フィリアが既にベッドで眠っていた。よく考えてみると、完全にこの部屋に住み着いている。だからと言って、他に空いている部屋も無いだろうし仕方ないか。

 何の疑問も無く一緒に寝ているが、年頃の男女が一緒と言うのはまずいような気もする。

 俺にその気がないのかと言われれば、無い訳ではないから確かにまずい。フィリアは可愛いし、扇情的な格好をしているので、結構理性を保つのは苦労する。と言っても俺の場合、数秒で寝られるくせに、一度寝始めると朝日が昇るまで大抵起きないので、寝てしまえば関係ない。

 第一、時と場所くらい選ぶし、俺は相手の気持ちを尊重したい。要するに、今は無い。


「……って、馬鹿馬鹿しい」


 夕食がまだだったのを思い出したので、俺は久々にエデンの街を回る事にした。




 大通りも、たった五日で大きく変化していた。


「どうして流行った」


 と苦言を呈したくなるような、縁日で見るような提灯をぶら下げた屋台が並んでいる。さすがは十万人近くいる街、それなりにどこも繁盛しているようだった。デスゲーム宣言から五日目とは思えない活気だ。

 匂いに釣られて、俺も牛串を焼いている屋台に寄ってみた。

 魔物を倒す事で加算されるため、ptはかなり余裕がある。値段を気にせず買い物が出来るくらいにだ。そう言えば、不死鳥の尾羽も買えるようになっていたな。HP全損で死亡しないこの世界でも、やはり復活系アイテムは欲しい。後で買おう。


「へいらっっしゃい!」


 やけに元気な少々太めの男がやっている屋台だ。客が居ない時に自分で焼いて、自分で喰ってるのが印象的。その焼き方が特に気に入った。


「二本くれ。いくらだ?」

「一本10ptだ。毎度!」


 勘定し終わると、男はクーラーボックスらしき物から牛串を取り出し、二本纏めて持った。そしてハンドパワー、遠赤外線。じゅわじゅわと肉の焼ける音、焼き肉の良い匂いが立ち込める。

 なんと屋台は、超能力を使用したエコロジカルな店だったのだ! なんて、ゲームじゃエコの意味は無い。

 ちゃっと垂れに付けて、仕上げにもう一ハンドパワー。タレの軽く焦げた匂いに、思わず涎が零れそうな牛串の完成だ。


「ありがとうございました!」


 とスマイル。残念ながら、先ほど肉を喰っていた時の笑顔には到底及ばない、営業スマイルだった。

 はよ喰ってみ、という顔をしているので早速一本頬張る。

 噛み締めた瞬間溢れる肉汁に、香ばしく甘い醤油風味のタレ。そして舌の上で溶ける肉。


「……美味い」

「だろ!?」


 サムズアップ、ドヤ顔の店主。悔しいが、本当に美味しい。


「住民の[調理]のスキルは凄い。素人だろうと美味い飯を作れる。だがな、俺達冒険者にだって、元々持っていた料理の才能があったりする。それを生かせばこんなもんさ!」


 どんと胸を叩く丸顔の店主。見た感じ、確かに元々料理は出来そうだ。


「というと、やっぱり冒険者なのか」

「所謂、挫折組だけどな」


 挫折組。

 死にたくない、魔物の死がリアル過ぎるなど諸々の事情で洞窟攻略を諦めた、エデン在住を選んだ者達を呼ぶ言葉らしい。

 俺の知らない間に、結構色々な単語がエデンに出来つつある。

 例えば、お巡りさん。

 システムで保護されてほぼ無敵である住民が、街の治安を守るため、文字通り街を巡り歩いてトラブルの仲介をやっている。ちなみに、ダイスケもそこに所属したらしい。

 ちなみに、俺のように洞窟攻略を目指している奴は、ワーカーと呼ばれている。


「まあ、その内誰かがクリアするだろ。それまで俺は、この楽園で優雅な暮らしを楽しむんだ!」

「優雅な暮らし?」


 デスゲームで聞くとは思わなかった単語だ。首を傾げる俺に、店主はニカリと笑みを浮かべる。


「考えてみろよ、少年。ここじゃ何もしなくても毎日喰ってけるんだ。現実じゃ生活保護受けてた俺にしちゃ、もうそれだけで天国だ。だってのに、屋台をやれて少しずつだけど金も稼げる。金があれば、欲しい物だって手に入れられるんだぞ! 俺、ふかふかのベッドで寝たい!」


 熱くなり過ぎたなと照れくさそうに頭を掻きながら、少年にはちょっと難しい話だったかな、と推定二十代後半の男は笑った。


「アンタは……現実に戻りたくないのか?」

「どうかね。現実の身体が心配かって聞かれても、特に不安はないな。どうしてデスゲームになっちまったか知らないが、仮にもこれは国策の一つな訳だろ。見えない物を心配してても仕方が無いし。そういやこれ日給十万のバイトだから、現実に戻っても悪くないか」


 と少し考えるが、一度俺を、ワーカーたる俺を見て、男は申し訳なさそうな顔をした。


「けど、こうやって毎日美味い飯が喰えるんだから……正直、こっちでも良い、かな」


 だってこの肉、現実じゃ千円は越える霜降り肉だぞ! と男は最後に高らかに吠えた。何を間違ったのか、隣でパンの屋台をしている男が盛大に頷いていた。バターの良い匂いがする。

 なるほど、屋台が流行った訳が解った。




「私が店番している間に、随分と良いもの食べて来たみたいだね?」

「すぐ近くの屋台だから、サラも食べに行けば?」

「本当!? じゃあ、行ってくるね!」


 二面相、顔を怒りから喜びに変えて、サラは屋台に向かって行った。

 ちょろい。

 これは、食事を楽しめる女の子は好きだという意味で、決してサラを馬鹿にしてはいない。

 明日の朝食のパンが入った紙袋片手に、部屋に戻ると、やはりフィリアはまだ寝ていた。

 机の上に紙袋を置いてベッドに向かう。風邪の時にサラからもらったピンクのパジャマに着替えたフィリアが、規則正しい寝息を立てて無防備な寝顔を曝していた。思わず、ちょっかいをかけたくなる。ベッドの余ったスペースに腰掛け、フィリアの前髪を梳いた。

 はだけた胸元には目を向けず、《あの子》と変わらない端整な顔立ちをじっと見つめる。フィリアの薄桃色の唇は、いつか俺の唇を奪ったあの子のものに良く似ていた。

 その感触も、現実と変わらないのだろうか。


「……何やってんだか。くだらない妄想の続きを考えてるんじゃないぞ、俺」


 魅力的な提案をしてくる悪い頭を抑え、ちょっと頭を冷やそうかと立ち上がろうとすると、袖が引かれる。行っちゃ駄目、とでも言いたげフィリアがちょいと袖を掴んでいる。

 小さな力で摘まれた袖に、思わず微笑んだ。


「……俺の記憶の塊だって言うなら、もう少し欲望に忠実でいてくれよ」


 俺の袖を掴んだ手を外し、手を握る。温かい手。ちゃんと生きている感触だ。


 生まれ変わり。

 魔法のようなそれを、魔法使いの俺が望んでもいいよな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ