18.お伽話のルール
「むかーし、むかーし、あるところに、それはそれは質の悪い女王様がいました。
悪い女王様は悪事の限りを尽くして、国の人々をとっても苦しめていたのです」
なんだか表現がオーバーになってる気がする……。
それに、あの絵本の敵役って女王だったか?
ペラッ。
「人々は大声で助けを求めます。
誰でもいいから、アイツを何とかしてくれ、と。
しかし、どれだけ文句を言われても、女王様は悪事をやめようとはしません」
なにかさっきから妙な視線を感じる……。
具体的には横のほうから『いい加減、アイツを止めろ』的な。
「悪い女王様の力は強大で、誰にもどうすることも出来ませんでした。
軍隊ですら悪い女王様を相手にしては叩き潰される程だったのです。
そう。……悪い女王様には、これまで誰も逆らえなかったのです」
ペラッ。
「そんな強くて悪くて質の悪い、手に負えない女王様を倒すべく、4人の勇者が立ち上がります。
それは、伝説の勇者と3人の頼りになる仲間達でした」
ペラッ。
「4人は協力しあいながら、長い旅路を歩んでいきます。
悪い女王様が用意した質の悪い罠を破り、沢山の困難を乗り越えていきます。
時には助けを求めてきた街の人々を救ったり、時には困ってる村人の願いを叶えながら……。
いろいろな人を助けて、いろいろな人に助けられて、4人は旅を続けていきます。
時に挫けそうになったり、時に泣きたくなったりしながらも。
それでも励まし合いながら、悪い女王様の城を目指して旅していたのです」
なんだかやけに具体的だけど……。
まあ、自分達のことだしなぁ。
「……すべては、魔物の国の奥深くに居る悪い女王様を倒すために」
そう。すべては魔物の王、魔王を倒すためにやってきた事だったはずなのにな……。
ペラッ。
「とっても長い……長くて辛くて苦しい戦いの日々が過ぎて行きました。
普通なら、もう諦めていたかもしれません。でも、勇者は諦めません。
勇者が諦めないから、他の3人も諦めなかったのかもしれません。
どんなに不可能だと思っていたことでも、この人なら……。
この人と一緒なら、最後までやり遂げることが出来そうな気がする。
勇者とは、そんな勇気を与えてくれるような人でした。
そんな人を心の支えにして慕ってしまうのは、むしろ当たり前のことだったのです……」
子供の前で赤くなった頬をおさえてクネクネ身悶えるのは、子供の教育上あまり良ろしくない気がするのだが……?
コホンッ。
「はっ!?
……えー、えーと、何処まで読んだんだっけ……。
え? それでも諦めずに旅をしていたって下り?
あ、そっかー。うん。もう大丈夫。
それじゃ、そこから再開するね。
……こほん。えーと。それは、長く辛い旅でした。
それでも4人は諦めることなく旅を続けたのです」
ペラッ。
「そして、ついに勇者と仲間達は悪い女王様の城に辿りつきます。
そこには大勢の部下に守られた悪い女王様が待ち構えていました」
「えっとねー。わたしも、そこにいたんだよー」
「……そっか。あの時には、あなたも、そこにいたのよね。
というか、あの時には、みんながそこにいたってことか。
こう考えたら……なんだか不思議な気持ちになるわねぇ」
ペラッ。
「よく来たな、勇者め。
お前の旅は、ここまでだ。
私が手ずから、お前の旅を終わらせてやろう。
悪い女王様は、勇者にそう宣言します」
さりげなくピンポイントで俺狙いに話が変わってないか……?
ペラッ。
「最初から覚悟していた勇者は、そんな脅しには怯みません。
ああ、そうさ。ここで俺達の旅はおしまいだ。
なぜなら、お前を倒して、あとは帰るだけだからな!
勇者は剣を抜き放って、不敵に笑って見せるのでした」
ペラッ。
「最後の戦いが始まりました。
仲間の助けを借りながら、勇者は必死に戦います。
悪い女王様も部下に助けられながら戦います。
ちょっと変則的だったけど、勇者と女王様は一騎打ちで戦ったのです。
何度も何度も斬りつけあいながら……悪い女王様を、ついに倒したのでした」
ペラッ。
「とどめだ、悪い女王。
勇者は、剣を振りかぶります」
「そこで、やめてって叫んで、女の子が出てくるのね」
「……そう。ほんとは、ここで悪い女王様が死ぬはずだったのよね。
そして、何故か、そうなっても何も変わりませんでしたとさって。
そうやってお話が終わるはずだったんだけど……」
パタン。
現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものさ。
「現実には、魔王は死ななかったし、勇者は魔王を殺せなかった。
勇者の仲間達は、それを見逃してしまったし、その時にはそれで上手くいくと思ったのよね。
その結果、そんな気はずっとしてたんだけど、みんなの予想通りに、やっぱり世界は何も変わってくれなかったし、魔王を倒しそこねちゃった勇者は、なぜか魔王を奥さんにした上で大魔王なんかに祭り上げられちゃったし、私達はなんとなく大魔王の手下なんかになっちゃう訳だけど……。
まあ、これはこれで良い終わり方なのかもしれないわね」
そう。お伽話ってヤツの最後はかならず、あの台詞でしめなきゃならない。
それがお伽話のルールだからな。
「それじゃあ、最後はメデタシ、メデタシ?」
「そう、ね。きっと、そうしてみせましょう。
あなたと、おとうさんと、おかあさんと、私達ふたり。みんなの力と努力でね」
「は~い!」
あの娘の仕事はいつだって変わらない。
皆んなに幸せを運んでくること。
皆んなに幸せを感じさせること。
これはきっとあの子の運んでくれた幸せの形なのだろうと思う。
妻がいて、娘がいて、頼りになる仲間達がいて……。
「たのもー!」
バタァン!
……たまぁに、こうして腕自慢のお客さんがやってくるのが面倒っちゃ面倒だが。
「また、"勇者"ぁ?」
「……偽物」
「わかってるわよ。っていうか、本物はここにいるじゃないの!」
生きた伝説な勇者も魔王も魔法使いに僧侶まで。
色々取り揃えてるが、誰と戦いに来た?
……って、俺に決まってるか。
趣味の悪い王座の上でため息をつくのが、最近の俺の役目。
ま、これも身から出た錆って奴だ。
「……また性懲りもなく"女"が送り込まれてきたのですね」
青筋浮かべた魔王に相手させると流石に可哀想だ。
主に相手の命が危ない的な意味で……。
「……新しい攻撃魔法を試す良い機会」
「対人特化型の自動追尾砲台?」
「あの程度の相手なら、20人までなら簡単に殲滅出来る……」
二人がうだうだ物騒なことを言ってる横で、鞘から馬鹿デカイ剣を引きぬいてる妻は、多分一人で相手するつもりなのだろう。
だけど、あの剣って、確かドラゴンとかの超大型の魔獣を相手する時に使ってるヤバイのだったよーな……?
「こないだみたいに手加減しておいてあげたら、同じ自称“勇者”がしつこくやってきましたからね。……今度は普通に相手をしてあげますわ」
普通って書いて、必ず殺すって感じだな……。
というか、今回は骨まで残さんって感じだ。
「あー、まあ、今回は、俺が相手するよ。
……ほら。たまには体も動かないと色々鈍るしさ?
こんなでも一応は、大魔王って呼ばれてる訳だし?」
相変わらず女には甘いのねって目でみるな、お前ら。
「おとうさん、がんばって~」
ああ~、お前だけが俺の味方だぜ~。
「大魔王!覚悟!」
問答無用で斬りかかってくる女剣士の剣を、余裕をもってかわして。
「てい」
振りぬいた相手の剣の勢いを利用して、体をグルンと大回転させる。
「きゃぁっ!」
セオリー通り背中から落とすんだけど、呼吸が止まらないように優しく落とすのがコツだ。
確か、CQCっていうんだっけ? こういうの。まあ、組み打ち術だよな。簡単に言えば。
「わるいな」
バチィッ!
まだ討たれてやる訳にはいかないので、ニッコリ笑って電撃制裁。
「……それじゃ、ちょっと届けてくる」
気絶させた女の子を肩に担いで、俺はいつものように飛んでいく。
向かう先は、いつもの場所。
「若いの、届け物だ」
「あ、お疲れ様です」
こうして時々、王都にやってきては、知り合いや王様に挨拶して。
「大魔王殿。ちょっと良いかね?」
「なんです、宰相さん」
「最近、南海沖に出没してるシーサンペントなんだが……」
「ああ。あれは単なる害獣なんで始末して良いですよ」
「いやぁ、それなんだがな……」
「……なんだったら始末の依頼も受けますけど? 有料ですけど」
「出来るだけ安く頼むよ……」
たまに、こうして適当に面倒くさい政治とか仕事の話もしたりして。
帰り道に4人分のおみやげもたっぷりと買ってっと。
……ついでに甘いモノもなんか仕入れておくかなー。
「あ、あのっ!?」
「ん……? 君は……。え~と。誰だっけ?」
ガチガチに緊張してたのに、その一言でコケッとなる。
何処かで見たことある娘だなーって思ってたら、今朝、気絶させた娘だった。
私服だったんで気が付かなかった。
「丁度いいや。よかったら、甘いモノの美味しい店教えてくれないか?」
そんな俺の言葉でキョトンとなっていた顔が、数秒で笑みに変わる。
「……甘いモノ、好きなんですか?」
「娘と嫁さんと、愛人二人へのおみやげにと思ってな」
大きな背負い袋に沢山つまった品々を楽しみにしてる4人が魔王城で待ってる訳で。
「奥さんと娘さんは良いとして、愛人、ですか……?」
「結婚する前に仲がよかった二人から、嫁さんに『私達も混ぜて』なんて直談判されてね……。
なかなか想像出来ないだろうけど、こっちもいろいろ事情が複雑なんだよ」
一応、嫁公認で同居状態、かつ娘との関係も良好なんで、さほど波風は立ってないんだが……。
城の外ではあちこちから苦情は寄せられていたりするな。
具体的には王都のアカデミーとか教会とか。
……まあ、大魔王様のやることだからな。
大抵の不条理なこととか不道徳なこととかが『アイツは大魔王だからな』の一言で片付いてしまうのが色々納得のいかない所ではあるんだが……。
まあ、よくよく考えるまでもなく実態は勇者時代と大して変わってないんだろうし、なんとなく収まるべきモノが収まるべき所にはまった気もしてるし、概ね悪い方向には転がっていない気はするから、これはこれで良しとしておくべきなのだろう。
どうせ勇者の肩書きに拘りも未練もなかったんだから、今さら周囲から大魔王呼ばわりされても大して気にならんというのが正直な所だったりするのだ。
「へー……。愛人かー……」
そっか、そっか。これをみんな狙ってたのか……納得。
とかなんとか、なにやらおかしな台詞が横のほうから聞こえた気がしてきたけど、俺は何も聞こえなかったからな!
だから、横のお嬢さんも『がんばるぞ、おー』なんて言ってないで!
というか、街の奴らもなんでそんなに微笑ましいモノを見る目で見てんだ!
「……相変わらずみたいだな」
そんな大魔王らしくガルルルルと周囲を威嚇してた俺に苦笑交じりに声をかけてくる男がいた。
子供を抱いて、横には女性を連れている。
見るからに幸せそうな一家のお父さんだが、その中身はお父さんよりというよりも苦労人という言葉のほうがお似合いだということを俺は良く知っていた。
「よっ、久しぶり」
戦士のヤツは護衛の仕事から開放されて、ようやく引退できたのか、最近では鎧を着てる姿を見ることのほうが珍しくなっている。
それとは対照的なのが俺だな。
こいつが鎧姿ばかりだった頃には私服しか着てなかった俺だが、こいつが私服ばかりになった頃から、俺は自分の役割どおりの格好を……大魔王らしい金の飾りをふんだんに散りばめられた黒い着衣にマントといった、やたらと悪趣味でド派手な格好で日常生活を過ごしていたりする……。
変われば変わるものだと感じたのはお互い様だったのかもな。
「よかったら、一緒にどうだ?」
「……頂こう」
抱いていた子供を奥さんに預けて、一人テーブルに着く。
旦那を大魔王のところに残してゆっくりと去っていく母と子の後姿を見送りながら。
「もうすっかりお父さんだな」
「それ以外の何者でもないな」
それを否定したくないし、そうありたいってトコか。
「お前らしいよ」
「ああ」
こいつとの会話はいつもこうだ。
たいていが1フレーズ同士のやりとり。
それでも意味が通じるってんだから謎だよな。
「……変な事を聞くようだが」
横から抱きつかれたり『はい、あーん』などという邪魔が入るのに辟易しながら。
「お前は、今、幸せか?」
真顔で、こんなことを聞いてくるんだからな。
だから、俺は、こいつがちょっと苦手なんだ。
「当たり前だろ」
美人の奥さんと、かわいい娘がいて、愛人まで二人いるんだぞ?
これで不幸だとか言ってたら世界中の男どもに殺されるぜ。
……あー、横の娘が『私も、私も!』とか言ってるが気にしたら駄目だからな?
「そうか。なら良いんだ」
その返事は、えらく嬉しそうなモノだった。
「……そんなに不幸そうだったか?」
横からぐりぐりと差し出されるフォークに刺さったうっとうしいケーキを仕方なしに頬張る俺に、戦士はコーヒーを片手にうっすらと笑って見せていた。
「お前は気が付いてなかっただろうが……。
旅をしているとき、ずっと俺達はお前の表情が気になっていた。
……どこに居ても、何をしても、何をしていても、どんなに楽しそうにはしゃいでいても。
ふとした瞬間に、お前はいつも怯えたような顔をする事があった」
怯え、か。
「お前は色々な意味で"特殊"で"特別"だった。
いつも俺達は、そんなお前の力に助けられていたし、周囲も、そんなお前を頼っていた。
……でも、俺は、こうも思うんだ。
俺達は、そんなお前のことを、本当の意味で受け入れることが出来てたのか、とな」
いつも何処か疎外感を感じているように見えていたんだろう。
街でノンビリしてるときも、酒を飲んで騒いでいるときですら。
俺の心には、いつもどこか空虚な部分があった。
──違う。ここに俺の居場所はない。俺は、一人だ。
いつもどこかに、そんな想いがあった気がする。
広い世界にたった一人しか居ない感覚。
この感覚に、いつか俺は殺される気がしていた。
……それを救ってくれたのは、俺の半身だった。
「そんなお前を始めて"ありのままのお前"のままに受け止めることが出来たのが、よりにもよって天敵であるはずの魔王だったというのは、最初、何の皮肉かと思ったものだ。
運命というもの意地悪さに、ずいぶんと歯噛みしたものだが……」
クイッとコーヒーを飲み干して。
「……きっと、ヤツも同じだったのだろう」
ああ。魔族の中ですら、あいつは浮いていたんだろう。……俺と同じように。
「運命は、惹かれあっていたお前達に殺し合いを強要していた。
……そんな運命をひっくり返して見せたんだ。
あの子は、本当の意味で世界を救った救世主だった。
そして、俺達では救えなかったお前達の心まで救ってみせた……」
──本当の英雄は、あの子だ。
立ち去っていく戦士の背中はずいぶんと小さく見えた。
それは、かつて英雄に憧れ、英雄と呼ばれた奴の色んな"現実の姿"ってヤツを見せつけられて、色んなことを悟らされた男の姿ってヤツだったのかもしれない。
「……男の人って、色々大変だね~」
「英雄なんて、憧れるもんじゃない。
……勇者なんて、ロクなもんじゃないんだぞ?」
「それでもいいよ」
「そうか?」
「だって、勇者じゃないと大魔王に挑めないじゃない」
そういうモンなのかね。
「勝って旦那様にするのも良いけど、どうせなら負けた方が格好つくかな。
それで、奥さん……はもう居るから、愛人?」
「おいおい」
「まあ、どっちでもいいから、私はそれを目指すことにしたの!」
そう。お伽話ってヤツは最後は必ず"あの台詞"でしめなきゃならない。
「それで、最後はメデタシ、メデタシというわけですか」
「うん!……って、え?」
「……あっ」
帰りが遅いから、迎えに来ました。
そうニコニコ笑う黒マント姿の愛妻(と書いて怒れる魔王様と読め)の手には、どこかで見た記憶がある"やばい武器"が……。って、鞘は!? 鞘は何処かに置き忘れてきたのかな……? ……え? 私の鞘はここにあるって? ……俺、鞘ジャナイヨ……?
「覚悟はよろしいですね」
Oh、Yeah……。
俺のハッピーエンドはもう暫く先になりそうだった。




