17.贖罪
よう。
そう挨拶した俺に、戦士の奴は苦笑を浮かべて目礼を返してくれた。
こっちの格好は最後の冒険の時のまま。
横には魔王まで昔の格好のままで居る。
そんな俺達とは対照的なのが僧侶と戦士だった。
「久しぶりだな。僧侶……。
いや、今は救済者様だったか」
真っ白な教会の司祭の服を着た女、僧侶の側には純白の鎧……聖騎士の鎧を身につけた男、戦士の姿があった。
無言のままで、二人して立ち尽くしている。
服装以外は、喧嘩別れした時のままだった。
それがお互いの立場の違いと時間の流れを感じさせるようで何処か寂しく、変わらないでいてくれている部分が何処か懐かしかった。
「あー、あれだ。
色々、こっちも準備とかで忙しかったもんでな。
……その……悪かった。
俺達夫婦が忙しい間、子供を預かってもらっていて」
つまりは、そういう事にしとこうぜってことさ。
幸いというべきか、愛娘は眠っていて何も言わないからな。
今は戦士のやつがお姫様抱っこしてくれている。
両手が塞がっているって事は、戦う気もなければ、傷つける気もないってことだろう。
……まあ、最初から分かってたけどな。
僧侶の奴が、こういうときに魔族とはいえ子供に手を出せる訳がない。
そんなことが出来るような器用な奴じゃないんだよ。
それを分かっていたからこそ、俺達も大して焦ってなかった。
子供を預かってて貰ったって感覚なのは嘘でも何でもなかったんだ。
最初から、怒ってもいないってことさ。
──さあ、娘を返してくれ。
そう仕草で示した俺に戦士はわずかにためらう素振りを見せた。
どうやら先に僧侶と話をつけてやってくれってことらしい。
相変わらず無駄に優しい奴。
お前がちゃんと叱ってやれよと言いたい気持ちもないわけではないが。
……まあ、いいか。これも惚れた弱みってやつだ。
「あー、アレだ。ありがとな?」
さーて、どう話を切り出すかな。
「ちゃんと手紙置いていってくれたから、何処に行ったか探さないで済んだ。
それにお前が預かってくれていれば、心置きなく無茶出来るってなもんだしな。
……うん、助かったよ。だからな、その……えーと、アレだ」
あーもー、めんどくせぇ。
「わーた、わーた。ちゃんと言うよ。それでいいんだろ?」
ちゃんとお前から求められた通りの結果を出してみせたぞ。
だから、お前が誘拐していったうちの娘を返してもらうからな。
そして、俺達に今後は干渉しないでくれ。
俺たちは、自分達からは何もしない。
必要なら今回みたいに助けてやっても良い。
だが、自ら何かを求めたりはしない。
……だから、そっとしておいてくれ。
俺たちは静かに暮らしたいだけなんだ。
淡々と棒読み状態で、それだけ言い放った。
そんな俺の感情のこもってない言葉ですら、僧侶の心はズタズタになったのかもな。
その小さな肩がプルプル小さく震えていた。
……泣いてるのかもな。
あーもー。ったく。……どうしろってんだ。
まさか、ほんとに殺して下さいって言ってんのか?
馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。
「おい!」
ビクッ!
「……怒ってないから。
許すも許さないもないから。
だから、その……もう泣くなよ」
浮気じゃないからな。
そう視線で苦笑を浮かべている妻に一応言い訳をしておいて。
一つため息をつくと、俺は僧侶の奴を抱きしめてやった。
「お前は!ほんっとに!めんどくさい女だな!」
ギュッと力いっぱい抱きしめながら。
「何処の世界に幼馴染を殺したがる奴がいる!
その濁った目ん玉をよーく洗って、しっかりまわりを見回してみろよ!
おまえのこと心配してるやつが、どれだけ居るとおもってんだ!」
少なくとも、俺に魔法使い、戦士。最低でも3人はいるぞ。
「自己嫌悪? おーけー。結構な話じゃないか。
自分のやったことを許せるのは自分だけだったよな。救済者さんよ。
昔、へましてへこんでた俺に何って言って説教したか、忘れたのか?」
背中をポンポンって叩いてやりながら。
「……覚えてるだろ?
俺は昔、大ヘマをして村一つを壊滅においやったことがあった。
後で考えてみれば他に幾らでもやりようもあったかもしれない。
でも、その時には、俺は自分の選択がベストだと思っていたんだ。
……結果は大失敗だったよな。
死傷者多数を出してしまった事に加えて、仲良くなった子供達が全員死んだ……」
俺はあの時ほど自分の馬鹿さ加減に呆れ返ったことはなかった。
あれだけ酒を浴びるほど飲んだ事もなかった。
どれだけ慰められても、俺は自分を許すことが出来なかった。
……毎夜のように悪夢を見た。
あの子達が……腐りかけた子供達が俺の足元に這い寄ってくるんだ。
そこから逃げたいのに、俺はまるで石像になったように動けない。
動けない俺に、その子達は言うのだ。
おにいちゃん、たすけて。
おにいちゃん、くるしいよって。
おにいちゃん、ぼくをころして。わたしをころして。
それなのに、俺は動けないんだ。
それなのに、俺は魔法もつかってやれないんだ。
そして、気がつくんだ。
俺なんかの力じゃ、誰も救えないんだったって。
……地獄だったよ。
そんな地獄から俺を救ってくれたのが僧侶のやつだった。
いろんなものを俺に捧げてくれた。
そのお陰で、おれは自分を殺さないで済んだ。
悪夢の中の子供たちに、ようやく謝る事が出来た。
あやまって……許してもらえることが出来た。
自己嫌悪と罪悪感に殺されかけていた俺を救ったのは僧侶の愛情だった。
だから、俺は、あの時に受け取ったものを返さなきゃならない。
あの時の俺と同じように、自分で自分を殺そうとしている奴に。
「……あのとき、俺にくれた言葉を返すよ。
自分を許してやってくれ。
……お前はよくやった。
俺は、お前を責めたりはしない。
誰にもお前を責めさせたりしない。
みんなでお前を守ってやる。
お前をいじめる奴は俺がぶん殴ってやるぜ。
だから……もう泣かないでくれ」
流石に、ここから先は妻には聞かせられない。
耳元に口を寄せて、小声で、そっと続ける。
「……惚れた女が泣いてる姿なんて、見たくないんだよ。
大好きな女が自己嫌悪の沼に沈んで腐ってる姿なんて見たいはずないだろ?」
だから、顔を上げてくれ。
ささやいた言葉が、ようやく心に届いてくれたのかもしれない。
「……」
まだ何も言ってくれないけど。
それでも、僧侶はようやく顔を上げてくれた。
涙をいっぱいに貯めた愛嬌のあるタレ目が。
昔から何ひとつ変わってない、俺の大好きだった目をした女のままだった。
その目が、俺のことだけを見つめていた。
──駄目だ。この目を見てたら止まれなくなりそうだ。
い、今は横に奥さんがいるからな!
いや、いなければ良いって問題でもないんだが……。
「……今回のことでよく分った」
「なに?」
「やっぱり独占はよくないと思う」
「そう?」
「……うん。だから、ちょっと分けて?」
な、何を言ってるのか分からないが、何かとても不穏な空気が漂ってる気がするぞ!
「勇者」
そして、いつだって地雷って奴は踏むまで分からないんだと思う。
「好き」
さて。俺はどうしたらいいと思う……?
……おい、糞戦士。
その「おめでとう」ってツラはナンダ?
お前、僧侶に惚れてたんじゃなかったのかよ。
どこの年頃の娘を抱えたおっさんだ、お前は。
……はぁ!? お前、結婚してたの!?
相手は!? ……へ? ああ、あの子……。
あ、そーなの。へー。ふーん。もう子供までいるんだ。
そりゃ、おめでとう……。って、そうじゃない!
この状況をどうしたらいいかってことだよ!
「……アナタ。コレ以上増えたら、分かってますわよね?」
ニッコリ笑う奥さんの顔がとっても怖かったです……。




