16.義憤
ゆっくりと引き上げていく魔物の群れ。
それをやれやれと見送りながら、俺達夫婦と魔法使いの3人は地割れの対岸へと飛んでいた。
そこにいたのは……。
「どういうことか説明してもらおうか」
まあ、当たり前の展開として、武装した兵士たちに取り囲まれてしまった。
たが、こんなことをしても何の意味もないことくらい分かっているだろうに。
無駄なことをするなと、横で妻も呆れている。
何処へでも瞬間移動できる俺たち二人に人海戦術は通用しない。
魔法使いも俺や妻が一緒なら、何処へでも瞬間移動出来るんだ。
どれだけ囲まれても何ら問題ないのが、今の俺達の状態だった。
「まあ、説明するのはやぶさかではないが……。
ちょっとお前ら、失礼すぎないか?」
誰のお陰で魔族の群れを追い払えたと思っているんだ。
「それに、お前ら。本当に、俺を、敵に回したいのか?
こっち側には、そこの地割れ作った馬鹿も一緒なんだぞ?
そこらへんを、よーく考えてから、その手の武器を構えろよ?」
そんな俺の言葉に明らかに連中は怯んだようで、一気に包囲の輪が広がっていた。
そこに、一人の若者が歩み出てくる。
「まあ、勘弁してやって下さい。
彼らは、まだ、事情がよく分かってないんですから……」
「お前か」
「はい、僕です」
歩く厚顔無恥と呼ばれた若造こと、我が娘のムコ候補No.1の男だ。
「なにやら背筋に冷たいものを感じたんですが」
「気のせいじゃないが、気のせいだと思っておけ」
「どういう意味でしょうか」
「ここだけの話なんだがな……。
魔族の女の求愛行動はな……。
すっごく、怖いんだぞ?」
マジで命がけだ。リアルな意味で。
「イマイチ意味がわかりませんが。
というか、分かりたくない気がするんですが?」
「はっはっは、若いの。人生諦めが肝心らしいぞ」
可愛い我が子とはいえ、元々が魔族、しかも魔王の娘だからな。
あの子に、あんなになつかれた以上、下手に他の女とくっついたら、後で色々と大変だぞ~と、暗に教えておいてやっているつもりだ。
……だから、妻よ。
こっそりとマントの影で脇腹をギリギリとつねるのはやめてくれ。
「王がお待ちです。詳しい話を聞かせていただけますか?」
「ああ、いいぜ。ただし、周りの兵を引かせろ。
俺と本気で喧嘩したいってのなら別だが、えらく不愉快だ」
「わかりました」
それから暫く時間はかかったが、俺たちの周囲から兵が引かれて王の待つ本陣までの人垣の通路が出来上がっていた。
「……勇者よ、久しいな」
「王様も元気そうで何よりだ」
「うむ。……色々と聞きたいことはあるが、とりあえずさっきの件から聞かせてもらえるか?」
いざ説明するとなると色々とややこしい話なのだが、指揮権について知ってる王が相手だから、まだ説明はたやすいのかもしれない。
そう思い直して、俺はさきほどのやりとりを掻い摘んで話して聞かせた。
なぜ、魔物は人間の国に大挙してやってきたのか。
それは端的に言ってしまえば、俺が原因だった。
まあ、俺というか、新しい魔王に用があったんだな。
魔族は恐れていたんだろう。
人が魔王になる。
そんな歴史上はじめてになる前代未聞な出来事がどんな未来を招くのかを。
案の定、人の魔王は人間との闘いを出来るだけ回避しろといきなり命じてきた。
これまで、こんな命令を出す魔王はいなかった。
なぜか? それは今回の魔王が人間だからだ。
そんな答えを導き出すのは簡単だったのだろう。
だが、その答えは次の不安を生む要因にしかならなかった。
コレは序の口なのではないか?
いずれ人間の利益だけを考えた命令を出されるようになるのではないか?
そうなる前に下克上を行なって、人間の魔王を誰かが討つしかないのではないか。
多分、最初は、そんな感じで集まって行ったんだと思う。
人間の魔王は人の世界に住んでいるらしい。
やはり人間か。俺たちの気持ちや不安など分かってくれるはずがない。
人の魔王、討つべし!
だが、どうする? 奴は強い上に逃げ足もはやいぞ!
大丈夫だ。必ず引っ張り出す方法が……出てこざる得ない策がある。
どうするつもりだ?
人間の国を攻めよう。
せめる!?
魔王様の命に逆らうことになるが……。
下克上のためだ。怖くても、我慢しろ。
話を聞いた限りだと、こんな感じの経緯だったらしい。
ただ、連中にとって魔王の命令に逆らうってのは、かなりの心理的なプレッシャーだったらしい。
……本当に大丈夫なのか?
他にもいくつか手は打ってあるそうだから大丈夫だ。
きっと人の魔王、勇者は戦場にあらわれる。
そして、人の群れを背後に置いている状況で奴は逃げることができなくなる!
これならきっと逃げられずに一対一で戦える!
戦って、勝てば、魔王の座はまた魔族のものだ!
そんな感じで、一応は、やる気満々だったらしい。
……あの瞬間までは、だが。
まあ、こっちにはちっちゃな攻城魔法使いがついていたからな。
反則じみた超ド級魔法が地面にでっかい地割れを刻むのを見て、一気にやる気が失せて泣きがはいった、と。
……つまりは、そういうことだったらしい。
「そこで俺が、懇切丁寧に連中の愚痴を聞いてやりながら説得に当たってたって訳です」
……最後のはもちろん大嘘だ。
流石に、人間の言うことを、そうやすやすとは聞いてはくれない。
実際に連中を説得したのは、俺の横で澄ました顔で紅茶を飲んでいる元魔王様なんだがな。
……というか、こんな禍々しい格好をした女が横にいて、誰も何も疑わないのは何故なんだ。
「所で、横にいるのが君の噂の奥方……」
「ああ!いけない、もうこんな時間だ!
王様、こっちにも次の予定が色々詰まってるんで行っていいですかね!?
具体的には裏山に巣を作って悪さをしてるオークを、今週中に退治しないといけないんですよ!」
なにやら雲行きが急に怪しくなりかけたんで、急いで脱出だ。
僧侶のヤツのことだから、絶対にうちの子供に手を出してないと断言できるが、流石にそろそろ迎えにいってやらないといけないだろう。
「それじゃ、また!」
「そうか。では、またな。勇者よ。
……3人とも、色々と世話をかけた。ご苦労だったな」
いろいろと察してくれている部分はあったんだろう。
適当過ぎる挨拶をして別れを告げる俺を、王は黙って見逃してくれた。
そんな訳で適当に説明を終えた俺は、妻と魔法使いを連れて愛娘の元に向かう。
「……ちょっと良い?」
「なんだ?」
「……一応、伝えておく」
俺たち3人の進む先には人垣があったが、近づくと自然と人が避けて大きく開いた。
そんな奇妙に空間の空いた道を歩く俺の横からぼそぼそ聞こえてくる魔法使い情報。
それによると、今回の一連の騒動の黒幕的な連中が狙っていたのは『俺を戦場に引っ張りだす事そのもの』だったらしい。
下克上で魔王の座を魔族の側にとりかえさせることで俺を殺すことが狙いか……?
そう思っていたんだが、どうもそうじゃないらしい。
魔族の連中を事情聴取した時に少し変に感じたんだそうだ。
魔族の集団なのに、こっちの……人間世界の事情に詳しすぎるって。
まあ、確かにな。
俺たちは魔族の軍の行軍理由も発起理由もわかってなかったのに。
そんな状況がお互い様であるはずなのにな。
それなのに、なぜ連中は俺がここに現れて人の盾になることを選ぶと分かっていた?
娘が誘拐されたのは、連中がここに現れる直前になってからだった。
状況的に切羽詰まった僧侶が、最後の手として使った非常手段だったはずなのに。
「……もう無理矢理貴方を引っ張りだすしか手が残ってなかったから」
魔法使いはボソっと俺に解答を与えていた。
「なんだと?」
「おそらく、彼女はドジを踏んだ。
自分の手に負えなくなって、貴方を頼るしか出来なくなった」
手段を選ぶ余裕すらなくして。
人と魔物の全面戦争を回避する最後の手段として。
俺が今の魔王であることを……。
魔族の指揮権すらもってる存在であることを、人々の目に知らしめてしまった。
少なくとも先ほどの経緯を見ていれば、何らかの影響力を俺が持っているのは明らかだった。
序盤に示威行為こそあったものの、最終的には対話だけで連中を追い返してしまったのだ。
その事に加えて、王に事情を説明した席には多数の見学者がいた。
俺たちのことを怖がって何も言わなかったとはいえ、俺の話も聞いていただろうし、横に座っていた女が普通でない存在であることくらいは、その禍々しい魔王の衣装を見ただけでも、ある程度は分かるだろうからな……。
「つまりは、これまで一部の権力者だけに公然の秘密だった内容が、ついに一般市民レベルにまでバレたってことか」
「……ええ」
これまでは一部の王族と教会幹部しか知らなかった事実が白日のもとに晒されてしまった。
それだけじゃない。
さっきの様子から考えるに、俺は魔王を下したことで自分の部下にしてしまっている。
そのようにしか考えられないだろう。
そう考えれば、俺の横にいる禍々しい女の正体に辻褄があうからだ。
……俺がなぜ魔物の軍に言うことを聞かせる事が出来たのかも、分かりやすいだろう。
魔王が命令しているのだから、従っても当たり前だって思うだろうな……。
「貴方の脅威は、これで衆目の目に晒されてしまった」
前魔王を妻として、今は自分が魔族の軍を指揮できる魔王の立場にある人間。
これがバレた以上、俺はいずれは人類の敵にまわる可能性が否定できなくなる。
少なくとも、人間よりも魔族よりの存在であるように見られることは確実だろう。
……なぜなら、魔王を嫁にして、子供まで作っている様に見えるからだ。
「……これで、いつか必ず……大魔王として認知されることは確実になった。
あとは早いか遅いかの話だけ。
……アナタの懸念が、ついに現実のものになってしまった」
つまり、そういうことだ。
分かっていたことだったが、いざ指摘されると辛いな。
ましてや、アイツのせいでこうなったのかと思うと……ほんとに辛い。
「勘違いしないで。こんなことが彼女の本意であるはずがない」
そんな俺の考えを読んだのか、魔法使いは怒ったような声で即座に否定を入れてきた。
「彼女は敵の策にはまっているのを自覚した上で、それでも行動せざる得なかった。
全面戦争を回避するために。……貴方を生贄に捧げることしか出来なかった」
立ち止まって、俺のことを見上げながら。
「……どれだけ辛い決断だったか、少しは察してあげて。
大事な幼馴染で、誰よりも大切に想っていた人を……。
昔からずっと大好きだった人を裏切ってしまっただけじゃない。
こうやって死地に追いやっただけですらない。
生き残っても、人類の敵として、魔王を超える大魔王として……。
人類の敵対者として、人でありながら人でない立場においやられてしまう。
そんな立場の存在だと認識される状態に貴方をおいやってしまった。
それを、選ばされたことを。
人類全員と貴方一人を天秤にかけさせられて、貴方を選ぶことを許されなかった。
本音の部分では貴方を選びたかったのに、それが出来なかった。
……その辛さを、悲しさを、悔しさを。
少しでもいいから、分かってあげて欲しい。
そうじゃないと、あの子が、あまりに不憫すぎる……」
俺の脳裏に、うつむいて泣いているアイツの姿が浮かんでいた。
後悔と懺悔の涙を溢れさせて、床の上に崩れ落ちている姿が。
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返し謝るアイツの姿が。
ザワッ。
……血液が、沸騰したかと思った。
頭髪が逆立ったような錯覚を覚えた。
ここまで意識が泡立ったのは久しぶりだ。
「……何処の阿呆だ。誰が、アイツを泣かせた。誰が、こんな酷い真似を……」
あふれだす殺気は、俺の雰囲気を一気に刺々しいものに変えてしまっていたのかもしれない。
周囲の人垣が一気に倍くらいに広がった気がしていた。
「……アナタが王都側についたら致命的な敗北を喫することになる連中」
教会の馬鹿どもか!?
「……くだらない。こんな連中のために私達は血を流してきたの?」
「怒るな」
「怒る。アナタを窮地に追いやっただけでも許せないのに。
……奴らは彼女を泣かせた!私の親友を泣かせた!」
「……泣くな」
「無理!こんな時に泣けないほど、私はまだ人をやめていない!
友達のために怒れないほど、私はまだ人生に絶望していない!」
目の前で涙を流しながら吠える魔法使いのお陰だったのかもしれない。
かえって冷静になれた俺は、慰めるように苦笑を浮かべる事が出来ていた。
ぽんぽん。
掌の下で、魔法使いの髪は柔らかい弾力を伝えてきた。
「……ゆうしゃ」
怒りも、悲しみも、憤りも、全部、ここで吐き出して行け。
それは、俺が背負っていってやる。
「まあ、事情はわかった。任せとけよ。なんとかしてやる。
……流石に、みんな笑ってって訳にはいかんだろうがな。
だが……まあ、悪いようにはしないさ。任せとけ」
そんな俺のウィンク混じりの言葉に何か感じたのかもな。
魔法使いは、俺のことを見上げて泣いていた。
「……勇者ぁ」
「そんな目で見るなよ。
ていうか、お前、俺様を何だと思ってんだ。
正義のスーパーヒーロー、伝説の勇者様だぜ!?
俺様に解決できない問題は、あんまりない!」
そう大見得きった俺に、泣き顔のままに魔法使いは笑みを返した。
「……カッコワルイ」
うるせぇ。
「……アナタ」
「ああ、わかってる」
向こうからやってきてくれたらしいな。
俺たちの正面側の人垣が大きく割れる。
人垣の割れた先には、うつむいて立つ一人の女と、そんな女に付き従う一人の男。
僧侶と、戦士だった。




