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15.分岐点


 そう。すべての始まりは、きっとあの瞬間だったのだと思う。


「……魔王、その首、貰い受ける」


 俺は、あの時。最後の力を振り絞って、右手の剣を持ち上げて。


「……好きにしろ」


 観念したらしい魔王の首めがけて、ゆっくりと振り下ろそうとしていた。


「いやああああぁぁあああ!」


 そんな時、王座の影から何かが飛び出してきた。

 悲鳴をあげながら、俺に体当たりしてくる"何か"。

 それは子供の格好をしていた。


「やめて!おかあさんを殺さないで!」


 その時まで、俺は認識すらしていなかったんだ。

 当たり前のことだが、魔族にも子供がいるし、親だっている。

 魔王を殺すことは、その子から親を奪う事だった。

 そんな当たり前のことを今更過ぎるタイミングで思い知らされて……。

 きっと、その時から俺の中に疑問が生まれたんだと思う。

 自分達と何が違うんだって。

 それを、疑問に思ってしまったんだと思う。


 私のことはいいから早く逃げなさい。

 だめ、おかあさんをおいていけない。

 このままだとお前まで殺される。

 おかあさんが殺されるのなら、私もここで死ぬ。

 馬鹿なことをいわないで。アナタだけでも逃げて。

 いや、おかあさんを置いていけない。


 多分、そんな感じのやり取りだったんだと思う。


 ──無理だ。俺には出来ない。


 気がついた時には、俺は、諦めてしまっていた。

 剣を地面に突き立てて、大声で叫んでしまっていた。

 いい加減にしろ、殺さないから、もう黙れって。


 傷ついた魔王は「良いのか? もうすぐ回復してしまうぞ」などと抜かして挑発してくるが。


「……娘の目の前で、そんな汚い真似を出来るのか?」


 と言い返してやると、黙ってうつむいてしまった。

 ……馬鹿が。この程度のことで凹むなら最初から舐めたことを抜かすな。


「……娘を助けてくれ。

 この子さえ殺さないでいてくれるなら、私は何をされても文句はない」


 そんな魔王の台詞で、例によって娘がぎゃーぎゃー騒ぎ出す。

 それを聞いて俺は頭をぼりぼりかきむしってしまう。

 なんだよ、これ。これじゃ、まるで悪役じゃないか。


「まるで、じゃないか。俺たちが、悪役なのか」


 つまり、そういうことなんだろう。

 ……なんだ、簡単な話じゃないか。

 ……畜生、馬鹿にしやがって。

 こんなのやってられっかよ、糞が。


「……どうするの? これ」

「どうしようもないだろう」

「でも……」

「うるさい。俺は絶対に殺さないからな」

「……」

「……俺を責めるような目で見るなよ。

 流石に、この状況でこの子から母親を奪うような真似はできないだろ」


 いくらなんでも、子供の目の前で母親を殺すような真似は出来ない。

 ソレを出来るというのなら、そいつは畜生にも劣るド外道ということになる。


「勇者。……気持ちはわかる。だが……」

「わかってる。魔王はこのままにはしておけない」


 ──じゃあ、どうする?


 そんな仲間達のすがるような視線に、俺は頭痛すらも感じていたんだが、必死にひねり出したアイディアを元に屁理屈をこねくり回すことしか出来なかった。


「まずな、そうだな……。魔王。お前、魔王をやめろ」


 そんな俺の唐突な言葉を、何故か魔王はすんなりと受け入れたようだった。


「……わかった。その提案を受け入れよう」

「その子はどうするの?」

「何もしない」


 するはずないだろ。俺を誰だと思っていやがる。

 カワイコちゃんの味方、絶対正義のスーパーヒーロー、勇者様だぞ?


「……自分でゆってて恥ずかしくないのか?」


 うっせぇよ、馬鹿。


「……ちょっと恥ずかしかったな」


 そんな言葉に、俺達は二人で笑った。

 ……なんだ、お前、そんな風に笑えるんじゃないか。

 俺たちと何が違うんだ。

 ほとんど差なんてないんじゃないか。


「種族の違いは大きいと思うがな」

「心の在り様の話さ」


 流石は魔族の王というべきか。

 俺が与えた深手はすでに致命傷ではなくなっているようだった。


「ほら」


 差し出した手を大人しく掴むと、魔王は娘の肩を借りて立ち上がっていた。

 よし、これなら何とかなりそうだな。


「それで、これからどうするの?」

「魔王は、ここで死んだ。そういうことにする」

「……娘は?」

「娘なんていなかった。俺たちは何も見てない」

「……まさかこのまま二人を放り出すつもり?」


 それこそ、まさかだ。


「魔王の親子には魔族の国から離れてもらう。

 ……人間の国に来い。

 これからは、魔王と娘じゃない。

 一人の女、その娘として生きるんだ」


 別に魔族をやめろなんて言わない。

 魔族のままでいいし、人間の振りくらいはしてもらうが、人間として生きろなんて言わない。

 魔王と、魔王の娘でなく、ただの魔物と、その子供として人間の国で生きろってことだ。

 そんな俺の言葉に、魔王は呆然となった顔で見つめてきていた。


「……勇者」

「おっと、負けたんだから文句はいわせないぞ。

 それが飲めないなら、ここで二人揃って殺す。

 これが、俺の許容出来るギリギリの妥協ラインだ。

 ……文句はないな?」


 そんな俺の叩きつけるように言い放った言葉に観念してくれたのだろう。

 魔王は、ひとつため息をついてうなづいていた。


「……わかった。

 娘さえ殺さないでいてくれるなら、私としては文句はない。

 その他のことは、お前の提案を全て受け入れよう」

「よし。魔王についてはこれでいいな」


 そう一応の解決を見た俺達は、そのあとの事もついでに話しあう事になる。


「監視役がいるわね」

「俺が見張るしかないだろう」


 こいつを押さえ込めるのは同じ力を持つ俺だけだからな。


「……一人じゃ無理。さっきは4人でぎりぎりだった」

「なに、次は大丈夫さ。……な?」

「娘が側にいるときに歯向かおうとは思わん。

 私だけなら多分勝てるが、娘を殺されては元も子もない」


 つまりは、そういうことだ。


「納得したか?」

「その子を人質にして軟禁するつもり?」

「……まるで誘拐犯」

「なんだよ」


 そんな俺たちの結論……。

 これからは俺と暮らしてもらうぞという言葉に、魔王は少しだけ笑みを浮かべてうなづいた。


「まあ、正直な所、色々と文句はある。だが……私は、負けたのだ。

 お前の言うことを大人しく受け入れるとしよう。

 それに、3人での生活には、それほど問題はおきないだろう」

「そうなのか?」

「多分な」


 そう、ここまでで話が終わっていれば、多分、この話は普通にハッピーエンドだったんだ。

 だが、相手は良くも悪くも百戦錬磨の魔王だった。


「……ちなみに、勇者よ」

「なんだ?」

「まだ独身か?」


 嫌なことを聞いてくるやつだ。


「……そうだが?」

「ふむ。……まさかとは思うが、どうt」

「おいこら、子供がいるとこで何言ってる!」


 とっさに危険すぎる質問を避けてみせた俺に、奴は何を確信したのかニヤリとした笑みと供に痛恨の一激を入れてきやがった。


「よし、分かった。お前、私を嫁にもらえ」

「……はぁ?」


 きっと、俺の敗因はあの瞬間に呆けてしまたことだ。

 あの瞬間に、馬鹿なことを言うなと即座に否定できなかったことで、色々と引き返せないところまで踏み込む事になってしまったんだと思う。


「魔族の習わしだ。

 魔族は力こそ全て。

 力で負けたものは、勝った者に従う。

 私も先代の魔王に挑み、負けたことで妻となった。

 ……これが私からの条件だ」


 さあ、どうする。

 そんな風に胸を張る奴の憎たらしい顔に浮かぶ笑みのいやらしさよ。

 まあ、その笑みの下で切れ目の入った服を内側から押し上げるご立派な双丘が、ずずいっと自己主張してるのが気にならない訳ではなかったが……。


「……一応聞いておくが、断ったら?」

「お前をこれから先、ずっと付け狙う」


 即答しやがった。しかも力づくかよ。


「大人しく私を嫁にするまで狙い続けるからな。覚悟しておけ」

「おかあさん、カッコイイ……」

「……オマエラ、オカシイヨ」

「魔族だからな」


 その時には限界に近い疲労のせいもあって、色々なことがどうでもよくなってた気がする。

 それに、俺も魔王のことは正直他人とは思えなかった部分があったからな。

 奴が俺の提案を飲んだのなら、少しくらいは奴の願いを聞いてやっても良いかなと思ったんだ。


「……わかったよ。

 俺の妻と娘になってくれ。

 3人で静かに楽しく生きていこう」


 そんな観念した俺の言葉に、目の前の親子はようやく笑みを浮かべてくれた。


「……わかった、我が君よ」

「はい、おとうさん」


 うん、なんだか色々落ち着くべき所におちついて、まあまあいい結果だったんじゃないか?

 そう、俺なんかは思ってたんだがな……。


「ちょっとぉ!私達は納得してないわよ!」

「……うん!納得出来ない!」


 なぜか、こういう時に限って我が陣営の女性陣二人が騒ぎ出したんだ。


「男女が同じ家で生活するのに夫婦となるのは自然なことだろう。

 このことに、何か問題でもあるのか?」

「もっと根本的な疑問として、貴方が生きていて、魔族達が大人しくなるとは思えないの」


 そんな僧侶の言葉に魔法使いもうなずいてみせる。


「なら賭けるか?」

「え?」

「私がここで姿を消し、お前たちが魔王は死んだと喧伝する。

 そうすれば魔族は王を失ったと広がるまですぐだろう」


 魔王は言った。

 その後の世界の在り様を見てみるが良い。

 魔王の居ない世界が、今よりもよくなるかどうか。

 それを自分の目で確かめてみると良い、と。


「平和になったならお前たちの勝ち。

 私の存在が全ての元凶だと認め、この首をお前たちに差し出そう」


 たぶん、あの時の魔王には自分が死んでも何も変わらないという確信があったんだろう。


「平和にならなかったならお前たちの負け。

 魔王の存在がすべての原因だ等と抜かした事は、自らの浅慮であったことを認め、謝罪した上で私達二人のことを認め、祝福すること。……どうだ?」


 そんな言葉に、どう返事をしたらいいか迷っている素振りを見せる二人の代わりに、それまで黙って経緯を見守っていた戦士がため息混じりに答えていた。


「……いいだろう。それでいこう」


 こうして俺たちの奇妙な結婚生活は始まったのさ。

 ……まあ、数年後に僧侶と魔法使いは渋々ではあったが、俺達3人に謝罪して、嫌そうな顔で祝福の言葉を口にすることになるんだがな……。


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