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13.決断


 あの子のいない家が、こんなに静かで寂しいものだとは知らなかった。

 もしかするとあの子が嫁にいったら、こんな夜が当たり前になるのかもしれないが。


 ──いやいや、まだ早すぎる。あの子はまだまだ嫁にはやらんぞ。それに、万が一、やるとしても若いの(あいつ)くらいの出来た男でないと駄目だ。


 そんな下らない事を考えながらも、俺はそっと納屋の扉を開ける。

 そこには、俺が引退したときにしまいこんだかつての愛用の武具がしまわれていた。


 ──まさか、こんなヘンピな場所に伝説級の武具が眠ってるなんて誰も思わないだろうなぁ。


 慣れた手順で鎧を身つけ、埃をかぶっていた剣を鞘から引き抜いてみる。

 ……流石は、伝説級の武具だった。

 何年も放置していたからといっても、刃に曇りすらも浮かんではいない。

 濡れたように青白く輝く刃が、屋根の隙間から差し込んでくる月明かりを反射して。

 鈍く、鋭く、輝いていた。

 それは鎧にしても同じ事だった。

 うっすらと埃をかぶってはいても、その中身については何ら変化していない。

 数年前に、ここにしまった時から何ら変わっていなかった。


 ──変わった(おとろえた)のは、持ち主だけか。


 果たして、俺は全盛期の頃ような力を振るうことが出来るのか。

 いや。……不安は決断を鈍らせるだけだ。

 邪念を払うようにして、愛剣を鞘に戻すと、納屋を後にする。


()かれるのですね」


 その背後から聞こえる言葉に、俺は苦笑を浮かべていた。


「やはり、見逃してはくれんか」


 自分でも馬鹿な真似をしようとしているのは、よく分かっている。


「ここでアナタが下手に手を出せば……」


 分かっている。

 下手に手を出せば、後には引けなくなる事も。

 にっちもさっちもいかない状態に追い込まれる事も分かってる。

 それらすべてを分かっている上で、なお俺は動こうとしている。


「俺は奴らに命じるつもりだ。……自分達の世界(くに)に帰れって」


 奴らの前に立ちふさがって。

 新しい、魔王として命じる。

 それを聞き入れてくれるなら俺の勝ち。

 聞き入れてくれないなら……。まあ、必死になってみるさ。

 どれだけ今の魔王が厄介なバケモノなのかを、連中には思い知ってもらおう。


「そこまでしてやらなければならないほど、彼らに恩義でもあったのですか?」


 そうじゃない。連中のためにやるわけじゃない。


「……では、彼女のために?」


 僧侶のためってのは、まあ、ちょっとはあるかもな。でも……。


「我が子のためなら、親は必死になるものだろ?」


 振り返った先には、なんだか随分と久しぶりになる格好をした"()"がいて。


「お前……その格好……」

「我が子のためなら、親は必死になって、どんな危険でも冒すものですわ」


 そんな妻の言葉に頬が笑みの形に歪むのを自覚する。


「なるほどな。たしかに、これしかないのかもしれない」


 苦笑を浮かべて、妻に腕を差し伸べる。


「あの子のために、手を貸してくれるか?」

「家族のためなら、いつだって力を貸しますわ」


 頼もしい妻を抱き寄せて、俺は月を見上げた。


 ──勝っても負けても、これがきっと最後の戦いになるだろう。


 もしかすると、こんな時のために俺は武具を処分していなかったのかもしれない。


「いくぞ」

「はい、アナタ」


 そんな予感さえ感じながら、俺は妻を抱えたまま"国境付近の戦場(最後の大舞台)"に向かって跳躍していた。


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