Icarus
数十年前に起きた大天災で、世界の殆どは水の中に沈んだ。
その新たな世界で”離島”育ちのボクは一つの計画を立てた。
それは『本土で打ち上げられる天空都市を見に行く』という一つの冒険だ。
親友と二人きりで最後の夏休みを謳歌しよう。
いつか大人になるボクたちが、そんなこともあったと笑えるように。
これは、冒険譚。少年が大人になる物語。
少年たちは夢を見る。
小さな世界で大きな夢を。
春うららかなる最中にて。
「ねえ、聞いてる?」
「なんだっけ」
「だから、これからどうするかって話」
仄かな潮騒と木々の囁きが聞こえてくる。
防風林にぶつかって散り散りになる海風が悲しげに鳴く。
この隠れ家は海からそう遠くない。
地上の建物は吹き曝しだけど、ここは地下だ。
風もないし、聞こえる音も小さい。
津波が来たら真っ先に逃げ遅れるところだけど、最近の予報では何も問題はない。
この場所で、ボクたちは計画を立てていた。
大人にも、友達にもバレてはいけない、最後の夏休みを満喫するための計画。
ボクたちは海を越えようとしていた。
それは言葉の通りで、そのための手段は明確だった。
――『イカロス』を使えばいい。
『イカロス』というのは、空を飛ぶための機械だ。
外見は靴だけど、宙に浮ける。
靴底からエネルギーを放出して宙に浮く。前後左右などの移動は滑るように出来るし、上手い人だと空中を泳ぐように移動できる。パフォーマーだっている。
昔は創作世界の話だったんだろうけど、今じゃマストアイテムだ。
デザインはスタイリッシュで、起動させるとくるぶしのところに羽根が浮かび上がる。それも電子的な三角形の羽根が三本。色も変えられる。どういう原理かはよくわからないけど、オシャレとしても使われるぐらいには、イカしてた。
「イカロスでいいんじゃねえの」
「だから、バッテリーが足りないんだって」
イカロスは魔法の道具じゃない。機械でしかない。
「そんなこと言っても他にどうするよ」
軋む椅子に背を預けて、ぶつくさと文句を言ってくるが、エリックは冷静で現実的だ。
エリック・アイオライト。ボクの幼馴染。
小麦色の肌に黒の短髪で、機械いじりが大好きだ。
ボクとは正反対な性格で、彼がいるからボクは普段の自分でいられる。
「わかんない」
「だろ? だから大人しく次の機会を待つべきだって」
この世界は、数十年前にあった天災で地表の殆どが水没してしまった。
人々の移動は船になり、土はとても貴重なものになった。
今でこそ、食糧は自給自足と統合政府からの配給で成り立っているけど、当初の大都市部ではかなりの打撃を受けたらしい。二次被害でかなりの人が亡くなった。
学校で聞いた話では、世界人口は半数以下になったらしい。
それから時が流れて、大都市部近郊までの人たちは本来の都市機能を取り戻しつつあるらしいけど、ボクたちのような”離島”の人間は学び舎と最低限の行政機関しか知らない。
本土に行ってきた人から聞いた話だと、今度、天空都市を打ち上げるそうだ。
その催しに参加するために多くの人が高いお金を払って船に乗ろうとしている。
でも、ボクたちにそんなお金はない。
それなら、冒険をしようということになった。
「でもさ、やっぱり行きたいじゃん」
「気持ちはわかるけどさ、海に落ちたら最後だぞ」
そうだ。この世界じゃ海に落ちたが最後、誰も助けてくれない。
誰も水中で生きてはいけないし、そもそも広大すぎて見つけるのは不可能だ。
別に、海中を行く方法がないわけじゃない。
ただ、海中には前時代の産物が眠っている。潜水艇で行くにしても操縦は困難を極める。それに潜水艇は貴重だった。ボクたちに扱える代物でもない。だから却下された。
「じゃあどうすれば……あ」
「今度は何をひらめいたんだ」
「アレを使おうよ、”エフェクト”」
「嘘だろ、やめてくれよ」
エリックは辟易したように頭を抱える。
彼がそんなことになる理由もわかる。
”エフェクト”とは、例の天災後から爆発的に発生した超能力の総称だ。
青年期にのみ使うことのできる能力だけど、全員が使えるわけじゃない。
系統は、大きく分けて「物質系・空間系・精神系」の三種類。
モノに干渉する能力、空間や時間に干渉する能力、人間や動物に干渉する能力だ。でも、これらは固有の能力じゃない。学校でも”エフェクト”についての授業があって、そこで聞いた話では、”エフェクト”は想像力や空想力に比例して強力なものになるらしい。系統といってもどれか一つしか使えないというわけじゃない。でも、複合で使うことは基本出来ない。各系統の得手不得手でしかないし、複合で使えないのは人間の脳に問題があるらしい。
そして、二十歳から徐々に力を失っていく。
強く思い描けば思い描くほどより強大な能力にはなるけど、とても不安定なものだった。現実的なエリックは”エフェクト”を使えないし、そんなものに頼るのは嫌なんだろう。
ましてやボクたちは十八歳だ。あと少しで力を失い始める。なら、やるのは今だ。
「じゃあどうするの」
「……一つ、一つだけだが策はある」
背もたれに預けた身体を起こしてエリックが小声になる。
「いいか。一度、船が出るのを待つんだ」
「なんで? そのまま乗り込んじゃえば」
「陸が傍にある以上、降ろされるだけだ」
「あ、海の途中で乗り込めば」
「そう。せめて次の陸地まで運んでくれる」
整頓された机にエリックが地図を広げる。
学校で配布された世界地図だった。
こうなった時の彼は良い。こうなるまで長いのが玉に瑕だけど。
「ここが本土だろ? そして、ここが俺たちの島」
「で、ここが一番近い島だね」
「そうだ。そして、本土との間には中規模な都市も含めて八つぐらいしかない」
それに、と机の引き出しから件の船のチラシを取り出した。
「船の動きとしては、島を一つ飛ばしでいってる」
「どこかで停泊したりは?」
「中規模な都市では二日ほど停泊するらしい」
「イカロスの充電が満タンになるのも、ちょうど二日だね」
「ただな、どこまでイカロスで飛ぶかが問題だ」
「イカロスが飛べるのってどれくらい?」
「フルパワーで四十八時間。でも俺たちの睡眠が必要だから精々三十時間ぐらいだ」
「間に合うの?」
「乗り方を練習して、スピードさえ出せるようになれば、船より早い」
エリックなら、ここで問題点を挙げるはずだから、先に聞く。
「でも?」
「お前が言った”エフェクト”も使うことになる」
「それってつまり」
「そうだ。お前のエフェクトを使う」
「なるほど」
「お前はエフェクトを使って、俺はイカロスの調整をやる」
「ボクが集中している間、エリックが引っ張ってくれるってことでしょ?」
「そういうこと。だからそっちの練習もしないとな」
「そうだね」
つまりはこうだ。
”エフェクト”を持っている僕が空間系を使って、前方に見えない壁をつくる。
そうすれば、身体にかかる負荷も少なく、熟練していなくても滑るように進める。
”エフェクト”は同時多発で使えないから、エリックとボクは一塊になって飛ぶ。
船に追いついたら中に隠れて、本土まで運んでもらう。
タイムリミットは三十時間。そして、ボクの”エフェクト”次第。
正直、無茶な計画だと思う。
でも、エリックを誘ったのはボクで、エリックはそれに乗ってくれた。
だったら挑戦したい。それに、無茶のない冒険なんて、ただの旅と変わらない。
ボクたちは冒険しに行くんだ。
「よし、話は決まったな」
「うん、それじゃ明日から準備だね」
「だな。バレるなよ?」
「大丈夫だって。誰も気づかないから」
その日はそこで別れる。
ボクたちの秘密の作戦が始まった。
表情の読めない白い空、白々しい明るさに風が冷たい。
こんな帰り道を一人で歩いていると、ほんの少し不安になる。
エリックを誘ったのはボクだ。
他の友達を誘わなかったのは、危険だからだ。どんなことがあっても、最後まで信頼できる人間は、エリック一人しかいなかった。ボクたちは昔からずっと冒険をしてきた。
だから、他の誰よりもお互いをよく知っていて、隠し事もなかった。
絶対に彼の前では嘘をつかなかったし、彼もボクに対して嘘をつくことはなかった。この関係はボクたちがお互いを信じているから成り立つものだった。
そんなボクたちの関係がありながらこんなに不安になるのは、本当の理由を話していないからだ。
ボクは彼に初めて嘘をついた。
天空都市なんてホントはどうでもよかった。
ボクはこの島が嫌いだったし、本土に行くことが出来たなら、そこで生きていこうと考えていた。そこに、エリックもいてほしかったから。彼がいるならボクは生きていける。本気でそう思っていたから彼を誘った。
何よりも大事なのはエリックで、ボクの大切な時間をエリックで埋め尽くしたい。
ボクの大切な時間を使って、エリックに大きな世界を見せてあげたい。
たとえどんな結末でも、忘れられない傷跡を残したい。
――ボクは、男の子を好きになったんだ。





