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第十四話 新しい環境と聞き覚えのある名前


「結! 二年目で、よくここまで来たねー。さすが、私の自慢の後輩よ!」


 大学時代からお世話になっていた二歳上の(さき)が、結を猫のように撫でくりまわす。

企画開発部の朝礼で自己紹介と挨拶をしたあと、すぐに声をかけてくれた。

 

 やはり、初めての環境は緊張する。

そして、どこから噂が流れたのか、結が秘書課に誘われていたことをヒソヒソと話す声も聞こえてきた。

 そのため、咲が親しげに声をかけてくれたことで、結はホッとした。


 咲は企画開発部でも中心的な存在のため、その咲が認めている相手を邪険にはできないのだろう。

好意的ではない視線が、少し和らいだ。


 咲自身も入社四年目、二十五歳。まだ、若いほうだ。

しかし、企画開発部は完全な実力主義。

年齢や勤務年数は関係ない。

 当然、役職も実力通り。

年下の上司が、当たり前のようにいる部署である。


 年月が経ち、人員も変わっているため、インターンの際に感じた雰囲気とは少し異なる部分もあるが、ピリッとした空気と和気あいあいと話す空気が混ざる様子は変わっていない。


 これが、アイデアを出す場やコンペになると、お互いを尊重しながらも容赦なくぶつかるようになる。

 もちろん、結はそれも承知のうえで異動願いを出した。


(先輩が相手であっても負けたくない)


 結は拳をギュッと握った。


 しかし、そうは言ってもしばらくは研修だ。

雰囲気に馴染めるように、部署内の社員の顔と名前を覚え、足手まといにならないようにすることが先である。


 説明されたこと、教わったことはできるだけ一度で覚えようと、メモと先輩の顔を交互に見ながら、結はあとを付いていった。


 そして、二週間が過ぎる頃には、「あれをそっちに」「これを向こうに」「〇〇さんに伝えて」という事務的な指示は迷いなくこなせるようになった。


 そこで、研修の次のステップとして、咲が携わっているプロジェクトに結も参加することになった。

補佐、というよりも見学の意味合いが強い。


 昼食を食べながら、雑談も兼ねてプロジェクトの現状を説明するとのことで、咲に食堂に誘われた。


「今日は、ごちそうするよー。好きなの頼んで」


 咲が財布を振りながら笑った。


「良いんですか?」

「社食の安いランチだけどね」


 咲が、ニシシと笑う。


「ありがとうございます。うちの食堂、美味しいですよね」

「ご飯、大盛り無料だしね!」


 咲は学部だけではなく、陸上部の先輩でもあった。

短距離走の選手だった咲は、一般的な女性よりも小柄だ。

 しかし、その体のどこに入るのか、というくらいの量を食べる。

二十代半ばになっても、それは変わっていないようだ。

 イメージはジャッカル――。



 結は、日替わり丼セットを頼んだ。

ご飯(普通)の上に甘辛ダレ唐揚げ、きざみ海苔が乗っている。そして、味噌汁とミニサラダ。


 咲のトレーを見ると、タルタル南蛮(サラダ付)、ご飯(大)、味噌汁、プリンが並んでいる。


(学生時代に比べれば、少なくなった……かな?)


「さっそくだけど、プロジェクトのことを先にざっと話しとくね。食べながら聞いて」


 結は、こくこくと頷いた。


「もうすぐオープンする駅ビル、分かる?」

「はい。かなり大規模な商業施設ですよね」


「そう。今、そこに入る化粧品メーカーからの依頼を受けて、向こうのチームと組んで、内装全般の調整中なの。照明や鏡なんかの小物を、全部うちの商品から選んでくれるのは、ひじょーに! ありがたいっ! でもね……」


 咲が、芝居がかったように頭を抱えて見せる。


「でも……?」

「向こうのリーダーが、すごく厄介な人。こだわりが強い。だけど、意見や指摘が的確だから、こちらも強く出られない。しかも、インテリアコーディネーターや、色彩関連の資格まで持ってる!」

「それは、また……」


 ははは、と結は苦く笑った。


「笑いごとじゃないよ? あんたもこれから一緒のチームなんだから」

「そう、ですね。どちらの化粧品メーカーですか?」

「カミツレ化粧品」

「え……?」


 結が思わず、戸惑いを含んだ声をだした。


「なに? 何かあるの?」

「ちょっと知り合いが……。いや、厳密には知り合いっていうほど、親しくはないんですが。昨年の秋にケガをした時に助けてくれた人が、カミツレ化粧品にお勤めだったんです。その時かぎりで、今は付き合いもないんですけど」


「あ、そういえば、疲労骨折したんだったね。部署が違うから、なかなか直接声かけられる機会がなかったけど。松葉杖ついてる姿、遠くから何回か見てたよ」

「お恥ずかしい」

「まぁ、お互い気をつけようねー。学生時代みたいな体力もないし」


 はい、と結はうなだれた。


「ふーん、カミツレの人だったのか。もしかして、再会したりしてね?」

「そんな、漫画やドラマみたいな。営業部の男性ですし、ご縁はないかと」

「ん? 営業部の男性? 向こうのリーダー、営業部の人だよ」

「え……?」


「私と同い年か、少し上くらい? かな。『営業部 販売企画リーダー』の橘さんっていうんだけどね。この人が、さっき話した厄介な人。でも、めっちゃ実績ある人なんだよね。閉店寸前だった店舗の内装を、橘さんがちょっと変えただけで売上が倍になったこともあるらしい」


 結は、味噌汁のお椀と箸を持ったまま固まった。

 その様子を見た咲も、真顔になって尋ねた。


「マジで?」


 結はゆっくりと頷きながら、咲のトレーに乗っているプリンに、無意識に視線を向けた。

やっっと、動き始めました。

なぜ、こんなに遠回りしたんだ!


いや、実際の恋愛のほうが、もっとややこしいですかね……?


お読みくださり、ありがとうございました。

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