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第十三話 次の春のために

やっと、少し進み始めます。


 十一月末にケガをしてから、約一ヶ月が過ぎようとしている。

松葉杖を使わずに歩けるようになり、痛みもずいぶんと和らいだ。


 病院で会う予定だった日の夜に、優太から丁寧なメッセージが届いた。

待ち合わせの約束を反故にしたお詫びと、結が渡した『お礼のお菓子』へのお礼。


 それに対して、結も当たり障りのない返信をして、それっきりだ。

 連絡先を消したわけではないため、いつでも連絡は取れるが、それっきりだ。

お互いに、それ以上は踏み込まなかった。




 年末、面談の時期がやってきた。

一月から年度末までの考えや目標を伝える。

場合によっては困り事の相談や、新年度の希望についても話す。


 小会議室で部長と、一対一で向かい合った。


 足のケガも含めた体調面や、仕事上で不安なことはないかと尋ねられ、差し当たって問題はないと答える。


 しかし、次に部長の口から出た言葉によって、まるで時間が止まったように感じた。


「実は、総務部の秘書課から、佐倉さんに来てほしいとの声がかかってる」

「え?」


 驚きと混乱で、言葉がすぐに見つからない。


「……私が秘書課に? 入社してから一年も経っていない新人がどうして。何かの間違いじゃ――」


「普通は、そう思うよね。私も最初は早すぎると思った。でも、君の仕事ぶりを見ていると、不思議ではないと感じたよ」


(十分、不思議ですけど)


 結の感情を読み取ったように、部長は苦笑いしながら続けた。


「まずは、君のスケジュール管理の能力。そして、先方のデータを把握する能力が、ずば抜けていた。訪問前に企業のホームページに掲載されている社長の経営理念や、新規事業の動向も読み込んでるよね? 一般的な外回りの方法だけでは、知り得ない情報を持ってる」


「確かに、朝と夜の経済番組ほチェックしています。先方のホームページや、関わりのある会社についても。商談の糸口になるものが、何かあるのではないかと思いまして。実際に、その話題をきっかけに商談が成立したことがありました。それ以降は、ほぼ欠かさずチェックするようにしています」


「そして、聞くところによると……。君が選ぶ手土産は、ハズレが無いらしい」


「あぁ……。いくら好物といっても、いつも同じようなものでは飽きてしまうのではないかと、お好きな物の傾向から新しいものを選ぶようになりました。そう考えるようになったきっかけは、プライベートなことからでしたが……。先方の好みを把握できたのは、先輩方が丁寧に教えてくださっていたおかげです。新規開拓したものが外れていなかったのであれば、嬉しいです」


 結の言葉の、ひとつひとつに頷いていた部長が破顔した。


「それらを分かってはいてもね、実行できる人は少ないんだよ。はは、君は仕事のスタイルが清水さんによく似ているとは思っていたけど、まさか、さらに上だったとは」


 清水の名前に、結が一瞬反応した。

ケガのことで、復帰後もずいぶんとお世話になったが、クリスマスから年末年始に向けた仕事で慌ただしく、すれ違うことも多い。


「その能力や取引先からの噂が、総務部や秘書課に届いたらしい。君が認められていると聞いた時、私も誇らしかった。でも……。佐倉さんは、商品企画部を希望してるんだったね」


「はい、入社前からの夢でした」

「大学の時の先輩がいるんだっけ」

「はい。インターンの時にもお世話になりました。こちらの会社にエントリーした理由のひとつは、先輩の働く姿を見て感動したことでした」

「じゃあ、入社後に営業部配属が決まって、がっかりした?」

「初めは……、そうですね。がっかりしなかった、というと嘘になります。しかし、今は営業部に配属されて良かったと思っています。それに、まだ営業部で勉強したい、とも思い始めました。それでも……。やはり企画開発部で自分のアイデアを形にしたい、という気持ちは強くあります」


「うん、分かった。じゃあ、企画開発部に異動するのが第一希望。引き続き営業部に、というのが第二希望ということで良いかな?」

「はい、それでお願いいたします」


 部長は今まで話した内容を結のシートに、さらさらと書き込んでいく。

そして、チラッと結の顔を見て、何とも言えない顔で笑う。

 結が首を傾げると、「秘書課の話は断っておいたら良いかな? 残念だけど……」と部長は苦笑しながら問いかけた。


「はい。私にはもったいないお話ですが、そちらもお願いいたします」


 結も小さく笑いながら、頭を下げた。


 広報部や秘書課は、会社の顔として表に出ることも多い。それこそ、経済番組やインテリア特集などで、テレビに出演することもある。

目指している女性社員も多い。

そこから声をかけられるということは、とてもありがたいことで、その誘いを蹴るのはもったいない、と部長も思ったのだろう。


 しかし、現在のところ、結がしたい業務内容とは異なる。

「そうか……」と残念そうに笑いながらも、部長は絶対に無理強いはしない。

そのため、結もざっくばらんに本音で話ができる。


 結は、この部長の人柄がわりと好きだ。

優しすぎず、厳しすぎず。部下のことをよく見ている。

そして、相手が読み取れるかどうか境目の言葉遊びをする癖がある。


 以前、取引したことがない会社から、営業部の社員が侮辱されたことがあった。

言いがかりのようなもので、こちらの社員には非がなかった。

 その際に、対応したのが部長だ。

表面的には相手の思いを汲み取って敬うように聞こえるが、部長の言葉には半分以上、皮肉や嫌味が隠されていた。

 営業部内では、大半の人が気づいたのではないだろうか。

しかし、相手はその真意に気づかず、機嫌を直して帰っていった。


「じゃあ、この内容で会議に出しておくね。結果は、また内示で……」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 立ち上がった結は、一礼してから廊下に出た。

 

 伝えたいことは伝えられた、とホッとする。

企画開発部に行きたいことも、営業部でまだ学びたい、挑戦したいことも本音だ。


(もし第一希望が通ったら、部長の下じゃなくなるんだな……)


 先輩の清水にも、復帰後もずいぶんとお世話になったが、クリスマスから年末年始に向けた仕事で慌ただしく、すれ違うことも多い。

 そのため最近は、あまりゆっくり顔を合わせて話す機会がなかった。

 結が異動すれば、さらに機会は減るだろう。


 まだ決まってもいないのに、感傷的になってしまい、結は頭を振った。


 

 どの道に進んでも悔いがないようにと、年明けからは、営業部内で挑戦できることは、さらに力を入れて取り組んだ。



 そして、三月。

 新年度から、結は企画開発部に異動になることが決まった。


 しかし、驚いたことに籍は企画開発部になるが、営業部との中継も業務のひとつとして頼みたい、と伝えられた。

 そのうえで、どのような商品に需要があるのか、改善点などを含めた意見、アイデアが欲しいとのこと。

 今までも合同会議で企画開発部へのフィードバックは行われていたが、もっと顧客に近い生の声が聞きたいらしい。

そのため今後も、営業とは違う形で取引先に訪問することになりそうだ。


(それって、けっこう責任重大なんじゃ……。でも、相手にとって不足なし!!)


 陸上部時代にライバルを見つけた時のような、懐かしい気分を覚えた。



 そして、四月。

 企画開発部の研修も兼ねて参加することになったプロジェクトで、結はさらに驚くことになる。

お読みくださり、ありがとうございました。


朝の経済番組で、色々な会社の秘書の方が「おすすめの手土産」を紹介するコーナーが好きです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結すごーい!! 認められてるねー。 [気になる点] そっかー、秘書課ってやっぱり出世なんだ。 でも、好きな業種に入ったら、やっぱりなんであろうと、その商品を扱って見たいよねー。 [一言] …
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