第十一話 減っていくHPとスマホの電池
「失礼します。佐倉さん、調子はいかがですか?」
昼前に、担当医の相良が、結の病室に顔を出した。
「あ、えーっと。足は痛いです」
結は苦笑いで、そう答えた。
「かなり痛みますか? 『昨夜の夕食と今朝の食事が、半分ほど残っている』と看護師から報告がありましたが……。吐き気や頭痛などは無いですか?」
「吐き気や頭痛は大丈夫です。足の痛みも……我慢できないほどではないです」
「そうですか。元々、食が細いほうですか?」
「あぁ、いえ。いつも、これくらいの量なら食べられます。今は、少しだけ食欲が落ちてるみたいです」
(清水先輩と電話で話してから……とは言えないな)
「んー、食事と併せて点滴もしましょうか? 痛み止めも一緒に流せますよ」
「いえ、今日のところは、まだ大丈夫です。水分は摂れていますし、売店で買ったプリンやゼリーを間で食べたので」
「そうですか。今日の昼食や夕食も、無理のない程度に召し上がってくださいね。もし、食欲が戻らなかったり、痛みが強くなったら看護師に伝えてください。他に何かお困りのことは無いですか?」
「あ、えーっと。体調ではないんですけど……。スマホの電池が切れそうで、どうしようなぁ、と……」
「へぇ。やっぱり、あいつの観察力すごいな……」
「え?」
相良の話し方が突然、プライベートのものに変わった。
そして、小さな紙袋を手渡される。
「これ、優太からのお見舞い品です。先ほど、一階で預かってきました」
紙袋の中には有名店のプリンが一つとウエットティッシュ、百円均一のUSBコードとACアダプターが入っていた。
「え?!」
必要としていた物がすでに用意され、手の中に現れたことに、手品や魔法でも見たかのように結は驚いた。
「スマホの電池が切れるんじゃないかって。あと、プリンなら食べられるみたいだから、と」
「え? え……?」
「ケーブルとアダプターは百均で買って、自分も試しに使ってみたら問題なく使えた、とのことで。不要になったら処分してください、と言付かってます」
相良から流れてくる情報の量を、結は処理しきれない。
単純な内容なのだが、驚くことが多すぎて理解が追いつかないのだ。
まるで、オペの前の説明でも聞いているような気分にさえなってくる。
「これくらいのお節介はアイツにとっては日常茶飯事なので、あまり引かないでやってください」
感謝や感動よりも、動揺のほうが強い様子の結に向かって相良は、『不思議の国のアリス』に出てくるチェシャ猫のような笑みを浮かべた。
そして、「もし良かったら、メッセージでも送ってやってください」と笑顔で言い残して、颯爽と病室から出ていった。
去り際まで、チェシャ猫のようだ。
「メッセージ……」
(そうだ……。お礼を言わないと……)
優太とは、昨日の別れ際に連絡先を交換していた。
まだ上手く頭が回らない状態で、のろのろとスマホを手にする。
電池の残量は十五パーセントを切っていた。未だ混乱している結と同じく動作が遅い。
のろのろ、かくかくと動くメッセージアプリを立ち上げて、何とかお礼を伝えた。
『佐倉です。昨日は本当にお世話になり、ありがとうございました。今日はお見舞いまでいただき、ありがとうございます。先ほど、相良先生から受け取りました。スマホの電池が切れそうで困っていたので、助かりました。あと、プリンも嬉しいです。有名なお店ですよね。色々とお気遣いくださって、ありがとうございます』
このメッセージで大丈夫だっただろうか? 失礼はないか? 馴れ馴れしくはないか? と読み直していると、既読マークが付いた。
既読が付いたことに、ドキッとしている間に返信が届いた。
(早っ)
『お加減はいかがですか? 女性の病室に伺うのは気が引けたので、相良に言伝てを頼みました。わざわざご連絡くださり、ありがとうございます。お見舞いも、食物アレルギーなどが分からなかったので、プリンにしてしまいました。昨日、購入されていたので大丈夫かな、と。変化が無くて、すみません。ケーブルやアダプターは百均のものなので、不要になったら遠慮なく処分してください。では、ゆっくり療養なさってくださいね。失礼します』
たくさんの気遣いが溢れたメッセージ。
結が返信しなくても良いように締められた文末。
改めて紙袋の中のコードを見ると、三種類のUSBが三叉に分かれ、マルチに対応できるものだった。
スマホの種類によって、適応するコードは異なる。
しかし、このコードであれば、スマホやワイヤレスイヤホンなど、だいたいの物は充電できる。
(これくらいのお節介が日常茶飯事……)
「あー、負けた負けた」
結は色々と悩むことが、馬鹿らしくなってきた。
優太の気遣い、営業職としての嫉妬。それら全てを素直に認めるしかない。
一つだけ入っていたプリンは、結も得意先に持って行ったことがある。
いつか、自分も食べてみたいと思っていた有名店。
結の心が、無意識に浮上する。
あとでゆっくり食べようと、プリンを冷蔵庫に入れて、丁寧にドアを閉めた。
お読みくださり、ありがとうございました。




