第十話 入院生活と、私のポジション
結局、結は優太から一万円札を借りて売店に向かった。
入院中に必要な生活用品と、ゼリー飲料とプリン、スポーツドリンクとお茶を膝に乗せた買い物カゴに入れた。
個室の病室は冷蔵庫があるため便利だ。
結の様子を見た売店の店員が、お釣りとレシートを小さな買い物袋に入れて手渡した。
「あ、ありがとうございます。助かります」
(親切で丁寧な接客……)
何気なく生活している中で、営業職として必要な気配りや対応で吸収できることが多くある。
優太ではないが、これも職業病なのかもしれない、と結は気付き始めた。
売店から出た結は、優太と連絡先を交換した。
「何から何までお世話になってしまって申し訳ありません。本当に助かりました。また、後日にお借りしたお金はお返ししますので……」
「はい。急ぎませんので、ゆっくり養生してください。何かあれば僕に直接でも透経由でも良いので、気軽に連絡してくださいね。では、今日はこれで。お大事に」
「ありがとうございます。橘さんも帰り道、お気をつけて」
結の言葉に、ニカッと優太が笑う。
それは少し、プライベートの笑顔のようにも感じた。
「佐倉さん、病棟に上がりましょうか」
「はい、お願いします」
ゆっくりと進む車椅子でエレベーターに乗り、隅に避けてくれた数名の方に軽く会釈する。
病棟に到着すると、車椅子を押していた看護師がナースステーションに二言、三言、声を掛ける。
病室へ向かうだけでも一苦労だ。
看護師に介助されながらベッドに上がった頃に、数名の看護師がやって来て挨拶をする。
そして、血圧や体温を測りながら、入院のしおりで簡単に説明を受けて、寝間着のサイズや食材のアレルギーなどを改めて書類に記入し、一人になった頃には昼を過ぎていた。
夕食からは病院食が出るらしい。
遅い昼食の代わりにゼリー飲料を少しだけ胃に入れて、スマホを取り出した。
「しまった、充電器……」
どうしようかと考えたが、バッテリーが保つうちに、まずは直属の上司である清水のプライベートの連絡先に電話をかけてみる。
清水の意見を聞いてから、部長への報告内容を決めることにした。
(休日だけど、出てくださるかな……)
長めのコール音を聞きながら、やはり駄目かと、留守電に入れる用件を頭の中でまとめた。
コール音が途切れ、機械的なアナウンスが流れるかと思ったが、聞こえたきたのは聞き馴染みのある清水の声だった。
『もしもし』
「清水先輩のお電話でしょうか」
『はい。佐倉? どうしたの?』
「あの……実は今朝、骨折して入院しまして、今後のご相談でご連絡しました。今、お時間大丈夫ですか?」
仕事中は、まったく生活感を感じないが、清水は既婚者で三歳の子どもがいる。
家族団らんの時間かもしれない、と結は恐縮した。
しかし、清水は時間など構わないとばかりに話し続けた。
『え?! 骨折? しかも、入院って……。ひどい状態なの?』
「いえ、学生時代の時と同じようなパターンなので、慣れてはいます。ただ、今は一人暮らしなので、転倒の危険がある時期だけは入院して安静にするようにとのことで……」
『当たり前でしょ?! もしかして、早めに退院して、出勤しようなんて考えてたんじゃないでしょうね?』
「え? あ、えっと……。はい」
なぜ、ばれたのか。そして、清水の言葉の調子から、呆れられたと気付いた結の声はしぼんでんでいった。
『もー、本当にあんたは……』
「すみません」
『別に怒ってるんじゃないのよ。で、治療はどれくらいかかりそうなの?』
「入院は一週間ほどで、その後しばらくは松葉杖での生活なります。期間は状況によって変化しますが、だいたい一ヶ月から四ヶ月ほどです」
『そう、分かった。佐倉、病休使ってニ週間は休みなさい』
「え?!」
『ちょうど佐倉が退院する頃に、私は九州に出張中なのよ。だから、フォローしてあげられない。年末の部署内の動き、知ってるよね? 部長には話を通しておくから』
「わ、かりました……」
(やっぱりお荷物だった)
『それで? 復帰後はどうするの?』
「あ、先方にご迷惑やご心配をかけるかもしれないので、松葉杖のうちは内勤に替えていただこうかと」
『お、偉い。よく考えついたね』
「アドバイスをいただいたんです。道で動けなくなったところを助けてくださった方も営業職で……」
『へー、どこの会社の人だろうね』
「あ、えっと名刺が」
『あぁ、良い良い。むやみに動かないの。また、落ち着いたら話聞かせて。まだ一週間は私も東京にいるから。入院中に困ったことがあったら、いつでも連絡してくるのよ? あ、部長には私がちゃんと報告しておくから、佐倉は連絡しなくても大丈夫よ。気を揉まずにゆっくり休みなさい』
「はい、ありがとうございます」
『うん。じゃあ、お大事にね』
プツリと通話が切れたあと、上半分を直角より緩めに起こしていたベッドに背中を預けた。
スマホを握りしめながら、目を閉じると清水先輩の言葉が再現される。
『フォローしてあげられない。年末の部署内の動き、知ってるよね?』
『お、偉い。よく考えついたね』
「やっぱり、橘さんはすごい人だった……」
結はポツリと呟いて、買ったばかりのボックスティッシュに手を伸ばした。
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