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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第9話 元カレから元カノへ

 帝都の地下牢は、昼でも薄暗く、湿った空気が漂っていた。

 石造りの壁に灯る松明の炎が、揺らめく影を作る。

 その奥、鉄格子の向こうに、アマンスは静かに座っていた。

 鎖で繋がれた腕を膝に乗せ、背筋を伸ばしたまま、アマンスは目を閉じていた。

  捕虜としての態度は、驚くほど静かで、従順だった。

 だが、その沈黙の奥には、誰も踏み込めない鋼の意志が潜んでいた。


「……そなたか?」


 ラヴィーネは、ゆっくりと牢の前に立った。無表情のまま鉄格子越しにアマンスを見つめた。


「……ご機嫌は?」


 その言葉に、アマンスは目を開けた。その瞳は、変わらず冷静だった。


「処刑の日が決まったか?」


 ラヴィーネは、わずかに眉を動かした。

 だが、すぐに視線を逸らし、言葉を濁した。


「……まだ、正式には決まっていないわ」

「そうか」


 アマンスは、それ以上何も言わなかった。

 まるで、処刑が当然の結末であるかのように。

 ラヴィーネは、鉄格子に手を添えた。冷たい感触が、指先に伝わる。

 目の前の男は、日之出大翔ではない。彼女の前世の恋人ではない。帝国兵を何人も殺した、敵国の騎士。

 そして彼女自身も、彼の父を殺した。

 彼の仲間を殺した。一人や二人ではない。

 一騎打ちの誇り高き戦いさえも、部下の介入によって穢してしまった。

 それなのに、なぜ?  なぜ、彼女はまたここに来たのか。


(……ったく……私は、何をしているのかしら……?)


 その問いは、心の奥で静かに響いた。

 沈黙が続く。

 その沈黙を先に破ったのはラヴィーネ。


「そ、そういえば、その後のバニシュ王国のことなのだけれど……」


 ラヴィーネは、ふと話題を変えた。


「……バニシュ王国の各地で、反乱の兆候が出ているわ。捕らえた王族の処遇も決まらず、貴族会議は混乱している。王子の件も、そしてアリシア姫のことも」


 まるで、沈黙を誤魔化すかのように。


「そうか……」


 ラヴィーネの言葉に、アマンスも淡々と頷いて言葉を続ける。


「特にアリシア姫に関しては民たちの信が厚すぎて、処遇についてはもうしばらくかかりそうね」

「であろうな。あの御方は慈悲の姫。帝国があの御方を処刑すれば、民たちは怒り狂い、生かせば反乱の象徴にもなる。どちらにせよ、火種だ」

「王子も沈黙を貫いている。尋問にも応じない。まるで、何かを待っているように」

「待ってるんだろうな。民の蜂起か、残党の再結集か――あるいは、帝国のほころびか」


 ラヴィーネは報告書を開き、静かに息を吐いた。


「北部の山岳地帯では、村ごと逃げ出して山に籠もっている。地形に慣れた民に、帝国兵は翻弄されている。こうして報告を受けていると、帝国は戦争に勝った……でも、まだ何も終わっていないということを実感させられるわ」


 愚痴に近いラヴィーネの言葉に、アマンスは頷いた。


「……当然だろう」

「……当然?」

「戦争に勝ったからといって、心まで完全に征服できるものではないということだ」


 アマンスは冷静に淡々と言葉を続ける。


「……帝国は、力で統治しようとしている。だが、力は恐怖を生むだけだ。恐怖は、いつか怒りに変わる。怒りは、また戦を呼ぶ」

「……それでも、私たちは勝った」

「それが……民や兵たちにとって納得できる勝ち方であればな……」


 その言葉に、ラヴィーネは目を伏せた。


「痛いところを突いてくれるわね……皇帝陛下はどうしても私があなたに一騎打ちで勝ったことにしようとしているけれど……あの戦に居て取り逃がした王国の兵たちは真実を叫び続けるでしょうね」


 騎士同士の誇り高い一騎打ちを穢した。それは、たかが一騎打ちと言えぬほど、国や民の心を大いに左右させるものであることを改めてラヴィーネに実感させた。

 そして、アマンスは淡々とし続けるアマンスに心が揺れた。


「……あなたは、どうしてそんなに冷静でいられるの?」


 アマンスは、少しだけ目を細めた。


「自分は、もう失うものがない。国も、仲間も、すべて……もう今の自分にはどうすることもできぬものだ」

「……それでも、生きている」

「生きているのは、罰だ。自分が斬れなかったから、王国は滅亡した。だから、生きて公の場で罰を受ける。それだけだ」


 ラヴィーネは、拳を握りしめた。


「……あなたが私を斬らなかったのは……私の所為……」

「違う。あの瞬間、自分は迷った。自分の弱さだ」

「違う……私が弱かったから……」


 沈黙が落ちる。

 アマンスの言葉に、ラヴィーネは深く息を吐いた。


(……カノ……)


 一方で、鉄格子の向こうで、アマンスは静かにラヴィーネを見つめていた。

  彼女は報告書を閉じたまま、言葉を探しているようだった。眉間に皺を寄せ、視線はどこか遠くを見ている。


(……随分しんどそうだな、カノ)


 アマンスは、心の中でそう呟いた。


(もう、俺のことを日之出大翔とは思ってないっぽいけど……)


 彼女の態度は、前回で解決したように前世の記憶を否定し、今の自分を「アマンス」として見ている。

 それでも、彼女の表情には、確かに苦悩が滲んでいた。


(前世の頃から変わらない真面目ぶりなのか、戦争に勝利して英雄になったらなったで、かったるいことを思い悩んでるみたいだな)


 アマンスは、わずかに目を細めた。


(だけど、今の俺には何もできない……)


 彼は、捕虜だった。牢の中に囚われ、鎖に繋がれた身。

 彼女に寄り添うことも、支えることもできない。


(もう自分はカノに寄り添えない。カノを支えてやれない。それこそ、こいつを困らせ苦しめるだけだ)


 それでも―― せめて、言葉だけでも。


(でも、せめてこれぐらいは……)


 アマンスは、静かに口を開いた。


「……愚痴を聞かされても困るが――――」


 ラヴィーネは、はっとして彼を見た。


「自分のことはもうどうでもよかろう。それよりも、今は王国民のことを考えていただけたらと思う」

「……え?」

「統治が簡単ではないのは、当たり前のこと。民がすぐに従うわけではない。むしろ、勝者の傲慢さに反発するのが普通だ」


 ラヴィーネは、言葉を失ったままアマンスを見つめていた。



「それをどうすればよいのか、っと悩む前に……そもそも、バニシュ王国の民や兵たちだった者たちと、今後そなたや帝国はどういう関係になりたいのか。そこから考えたらどうだ?」


「……どういう関係に……」


「敵として、永遠に睨み合うのか。支配者として、恐怖で縛るのか。奴隷として虐げるのか、それとも同じ国と大地に生きる者として、共に歩むのか」



 ラヴィーネは、拳を握りしめた。


「……そんなこと、簡単に決められるわけがない」

「悩めばよい。悩むということはそれだけ王国民のことを考えてくれているという証でもある。そして……一人で悩んで答えが出ぬのなら、一人で勝手に苦しむぐらいなら……もっと、一緒に命を預けて戦っている者たちに、悩みを打ち明けたらどうだ」

「……!」

「騎士としてはどうかと思うが、それを無視しても……何が何でもそなたに生きて欲しいと思った者たちだ……それほどまでそなたを大事に思う者たちがいるのだろう」


 ラヴィーネは、目を伏せた。

 その言葉が、胸に深く刺さった。


「……私は、ずっと……一人でやってきた」

「知っている。だから、今も一人で背負おうとしてる。だが、それで解決できるような簡単は話ではなく、そもそも答えなど簡単に出せぬであろう。この問題に一人で悩んでいたところで、かったるいことになる」


 その言葉に、ラヴィーネは思わず笑ってしまった。


「……かったるい、って……あなた、やっぱり……」

「っ……な、何だ?」

「……いえ、何でもない」


 ラヴィーネは、少しだけ肩の力を抜いた。


「……あなたの言う通りかもしれない。私は、誰にも頼らずに、全部自分で背負おうとしていたわ」

「それが、そなたの強さでもある。だが、それゆえに一人で解決できぬものに直面すると脆い」

「……そうね」


 沈黙が落ちる。 だが、その沈黙は、先ほどまでの重苦しいものではなかった。

 ラヴィーネは、鉄格子に手を添えた。


「……ありがとう」

「礼を言われる筋合いはない。自分は、ただの捕虜だ」

「それでも、あなたの言葉は……私の心に届いた」


 アマンスは、目を逸らした。


(……しっかりやれよ……カノ)


 アマンスはそう思いながら、再び目を閉じた。

 ラヴィーネは、しばらくその場に立ち尽くしていた。 そして、静かに踵を返した。

 その背中は、少しだけ軽くなっていた。

 だが……


「……あなたへの感謝と同時に……もう一つ聞いても……いえ……お願いを聞いてもらうことはできないかしら?」

「……なんだ?」


 ラヴィーネは一度立ち止まり、アマンスに改めて問う。いや請う。 

 それは……



「……もし、あなたが受け入れてくれるのであれば……元王国兵たちの道標となるべく……これからは、あなたも帝国兵として―――」


「そこまで自分を甘くみないでもらいたい」


「ッ……」


 

 それは、全てをラヴィーネが言い終わる前に、その全てを察したアマンスが遮った。


「できるわけがなかろう……自分もそなたも……互いに殺し過ぎた。多くの命を背負い、多くの命を懸け、そして託されて……だからもうそれは、自分とそなた、当人同士が納得さえしていれば……などという軽いものでは済まない」


 ラヴィーネは甘くみたわけではない。ただ、甘えてしまった。そのことを突き付けられて己を恥じた。

 そう、自分たちは当人同士の心が整理できているならば手を取り合えるのではと、軽く言えるような立場ではない。



「そうね……それに、私はあなたの父を……友を殺した」


「ああ。お互い様かもしれぬが、ここで軽々しく手を取り合っては、父も友も、そしてこれまで死んだ者たちが決して浮かばれぬ。今更ではあるが、あの決着の仕方は、王国兵は微塵も納得できぬものであっただろうからな」


「……ええ。当然ね。」


「民や、投降した兵は、新たにそなたたちと手を取り合うことは許されるかもしれぬが……自分だけは立場的に難しいのだよ」



 当たり前のことだ。ラヴィーネはそう言ってその場から立ち去った。

 一方で、後に残されたアマンスは……


「ごめんな……カノ……それができりゃどれだけ楽だったか……」


 振り向かなかったラヴィーネは気づかなかった。

 ラヴィーネに手を取り合うことができないかと提案されたとき、本当はその手をすぐに掴みたかった。

 アマンスとしてではなく、日之出大翔として、全てを明かしてもう一度やり直したいと思った。

 だが、それはできなかった。


「父さん……みんな……そう……だよなぁ?」


 自分はもう日之出大翔ではなく、アマンスだから。 

 そして、アマンスとしての人生を過ごし、多くの出会いや別れ、そして受け継ぎ、託され、背負い、その上で多くの屍の上を踏みつけて前へ進んできた。

 皆の想いや無念を晴らそうと思ったけど、相手が元カノだったからできませんでした。それと、元カノと仲直りして手を取り合うようになりました。なんて、そんなことを言えるはずがなかった。


「かったるいけど……もう俺は……自分はアマンスだからな」


 そう自分に言い聞かせながら、握り締めた拳からが血が流れ落ちた。


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