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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第6話 幸福の記憶

――あれは、前世


 まだ「高坂花音」だった頃。




 窓際の席に座る高坂花音は、休み時間にプリントを整えながらふと隣の席に目を向けた。日之出大翔は、いつものように頬杖をついて、スマホを弄っていた。

 大翔はスマホをいじっていた。  

 画面には、魔法陣を模した盤面と、属性付きの兵カードが並んでいる。  

 世界中のプレイヤーとリアルタイムで対戦できる戦略ゲーム――『ArcSigil』。  兵種、魔紋、陣形、属性相性。すべてを読み切って勝利する、軍師型の頭脳バトル。


「……ったく、また海外勢かよ。時間差で罠張ってくるの、ほんとめんどくせぇ……」


 かったるそうに呟きながらも、指先は迷いなく動く。

 そして数秒後、画面に『Victory』の文字が浮かぶ。


「……ふーん。勝ったの?」

「まあま。今週のランキング、たぶんまた上がる」


 大翔の隣で花音は呆れながらも、どこか誇らしげに笑った。


(ほんと、めんどくさがり屋のくせにに、こういうのだけは異常に強いんだから)


 と、そんなふうにお思いながらも、花音はハッとして大翔に告げる。


「ところで……日之出くん。今日の提出物、まだ出してないでしょ」

「うわ、またかよ高坂……かったるいなぁ……」

「ったく、何度言えば……そんなめんどくさそうなゲームはやり込むくせに……」


 花音は大翔にいつものように説教していた。

 真面目で、責任感が強く、妥協を許さない。一方、大翔は「かったるい」が口癖で、何事にもやる気を見せない。そんな二人のやり取りは、もはやクラスの日常風景だった。

 だがその日、教室の空気が少し違った。


「……ねぇ、ちょっといい?」

 

 近くの席にいた女子が、我慢できなくなったように声を上げた。


「二人が……付き合い始めたって本当なの?」


 その言葉に、教室の空気が一瞬止まる。

 周囲の生徒たちが、興味津々に耳を傾ける。

 花音は一瞬言葉に詰まり、大翔は「あ~」と照れ臭さを誤魔化すかのようにめんどくさそうな顔をあえて浮かべて、少しだけ目を逸らした。


「あ~、まあ、……まぁ、うん。そういうことになった」

「ええっ、ほんとに!? すごい……!」


 その瞬間、他のクラスメートたちもザワザワと騒ぎ出した。


「マジかよ! あの高坂さんと!? すげぇな……」

「真面目で堅物で、説教魔で……でも、綺麗だしな……」

「俺も怒られたい……」

「大翔のことねらってたのにィ……」


 その騒ぎに高坂花音は普段こういった話題には無縁だっただけに、自分がその話の中心にいることに恥ずかしくなって俯いてしまう。

 ただ、そんな二人にコイバナ好きのクラスメートは目を輝かせて驚く。ただ、その時……


「でもさ、付き合ってるのに、互いに名字で呼び合ってるの?」


 その言葉に、大翔はふと考え込んだ。


「……それもそうか……」


 大翔は花音の顔をちらりと見た。

 そこで、同時に大翔はハッとした。


「なあ……そういえば、高坂って、みんな、苗字で呼ぶよな」

「……え?」

「いや、なんかさ。男子も女子も、みんな『高坂』って呼ぶ。下の名前で呼ぶやつ、いないよな。俺なんて入学初日で多くの奴らが俺のことを下の名前で呼んでたけどな」


 高坂花音。

 学校の誰もが「高坂」と呼ぶ。 教師も、クラスメートも、女子ですら。

 すると、花音は少し驚いたように、だがすぐに切なそうに目を細めた。


「……そうね……私はあなたのようにコミュ力モンスターではないから……」

「ふーん……じゃあさ」


 大翔は、少し照れ臭そうにしながら彼女の方を見た。


「俺が『花音』って呼んだら、変か?」

「え……」


 その瞬間、花音は硬直した。

 目の前で繰り広げられるそんな光景にクラスメートたちも息を呑んだ。


「……変じゃない……と……思い……ますけども……」


 花音は頬を染めながら、動揺して何故か敬語で答えてしまった。


「……いえ、やっぱり変な感じね。家族以外で、初めてかも……そう呼ばれるの」


 その言葉に、大翔はニヤリと笑った。


「じゃあ、さらにあだ名で呼んだりしたら、もはや世界で俺だけになるわけか?」

「え?」


 あだ名。それこそ花音には幼少のころからまったくの無縁のものだった。

 思わず戸惑う花音に、大翔は口にする。



「花音だから……カーちゃんでどうだ?」


「わ……私はあなたのお母さんじゃありません!」


「じゃあ、カッちゃん」


「何よその双子の甲子園を目指すお兄さんがいそうな名前は」


 

 クラスメートたちの前で、まるで他が目に入っていないかのように二人だけの漫才のようなやり取りをする花音と大翔。



「じゃあ……カノ」


「……一文字減らしただけじゃない」



 花音は呆れたように言ったが、その声はどこか柔らかかった。


「でも……『カノ』って、あだ名……世界でただ一人……」


 彼女は、ふと目を伏せて、微笑んだ。


「ええ、カノでいいわ」


 その笑顔は、どこまでも可愛らしかった。

 大翔は、少し照れくさそうに頭をかいた。


「じゃあ、今日から『カノ』な。よろしく、カノ」

「……よろしくね、日之……大翔!」

「……お、おお………………お前はあだ名で呼んでくれないのか? 大翔ってみんなが言ってるんだけど」

「そ、それは、私にはまだレベルが高すぎて……」


 その瞬間、教室の空気が一変した。

 

「きゃー! ちょっとちょっと~、なんなのよ~」

「ちょ、し、信じられない、高坂さん、か、可愛すぎ!」

「意外……高坂さんって、あんな風に笑うんだ……」

「か、かわ……い……」

「美人なのは知ってたけど……大翔、うらやま」


 甘々な青春ラブコメをする二人に、クラスメートたちから歓声が起こる。


「ねえ、私も花音ちゃんって……ううん、カノちゃんって呼んでいい?」


 そのとき、一人のクラス女子が身を乗り出した。

 だが、


「ちょっと待って、それは俺の特権なんだけど」

「え、特権?」


 女生徒の言葉に大翔がすかさず割り込む。


「そう。『カノ』って呼べるのは、世界で俺だけって決まってるから」

「か……勝手に決めないでよ!」


 花音が慌ててツッコミを入れる。

 だが、そんな花音に大翔はワザとらしくガッカリした顔をして……


「じゃあ……カノは、俺以外の奴がみんなしてカノって呼んでもいいんだ……俺だけ特別じゃないのか……」

「え……え、そ、それは……」

「そうか……俺は特別じゃないのかぁ……」


 それは、大翔のほんの冗談だった。ただ、花音を照れさせて反応を見て楽しむだけだった。

 しかし、ここまで追い込まれたことで、花音は顔が真っ赤になり、言葉が止まらなくなる。



「と、特別に決まってるでしょ! だって……だって私の彼氏なんだから……!」



 教室が一瞬、静まり返った。


「……え?」


 大翔が固まる。


「お、おおう……」

「は、はうう、あ、あ、い、いえ、い、今のは、い、今のは……」


 まさかそこまで断言されるとは思っていなかったらしく、彼の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。耳まで染まり、視線を泳がせながら、机の端をぎゅっと握る。

 花音もまた大慌てでアタフタする。


「え、ちょ、今の……カノ……それ、そ、そこまで言っていいやつだった……?」

「う、うるさい! 忘れて! 今のはナシ! ナシだから!」

「いやいや、今のはナシにできないやつだって……!」


 そのやり取りに、教室が爆発した。


「きゃーーーーーー!!!」

「ちょっと! 高坂さん、爆弾投下しすぎ!」

「『特別に決まってるでしょ!』って何!? 告白の上位互換じゃん!」

「大翔くん、顔真っ赤すぎて湯気出てる!」

「ねえ、誰かこの二人にラブコメ大賞あげて!」

「『私の彼氏なんだから』って、尊すぎて無理……!」


  教室は歓声と爆笑、そして拍手まで巻き起こる。

 大翔は耳まで真っ赤に染めて、机に突っ伏したまま動けない。

  花音は顔を覆って「言っちゃった……」と小さく震えている。

 そして、クラスメートたちの冷やかしは止まらない。


「ねえねえ、『特別彼氏』って肩書きつけて名札に書こうよ!」

「大翔くん、今どんな気持ち~? ねえねえ、今どんな気持ち~?」


 そのとき――


「か…………かったる……」


 大翔が、机に顔を埋めたまま、ぼそっと呟いた。


「うわっ! 出た! 『かったる』いただきましたー!!」

「はい、今日の『かったる』は照れ隠しバージョンです!」

「尊い! 尊い『かったる』!」


 花音もまた顔を真っ赤にしたまま、机に突っ伏して小さく叫んだ。


「もう……ほんとに……バカ……!」


 そして教室は、笑いと歓声と、ちょっとだけ羨望に包まれていた。

 青春の午後。 『カノ』と『かったるい彼氏』の、騒がしくて甘い日常――



 ―――それは、死んで転生して第二の人生を過ごすことになったラヴィーネに今でもずっと残り続ける、幸福の記憶だった。




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