第4話 英雄誕生の真実
戦場の中心で、雷と炎が収まり、静寂が訪れた。
ラヴィーネの剣が地に落ち、彼女は膝をついていた。
アマンスの剣は、彼女の眼前にあった。
それは、実戦において、ラヴィーネ生涯初の敗北だった。
しかし、不思議とラヴィーネに悔しさはなかった。互いにこれまでの憎しみや因縁はあれど、その力を認め合えた。
そして、これから殺されることに対して、もはや抵抗する気はなかった。
「ここまで……ね」
その瞬間、帝国軍の前線にいたラヴィーネ直属の部隊『銀翼隊』の面々は、息を呑んでその光景を見つめていた。
「……隊長が……負けた……」
「そんな……ラヴィーネ様が……」
「嘘だろ……あの方が……」
誰もが信じられなかった。
あの天才女竜騎士が、膝をつき、剣を落とし、敗北を受け入れようとしている。
そして今、目の前で殺されようとしている。
「……でも……」
ラヴィーネの腹心である、副隊長のレオニスが、震える声で呟いた。
「……これが騎士の誇りだ。隊長は、命を賭して一騎打ちに臨んだ。ならば、我々が手を出すのは……」
「誇り? そんなものより、隊長の命の方が重いだろ!」
若き騎士カイルが叫ぶ。
「俺は……俺は、隊長に命を救われたんだ! あの人がいなかったら、俺はとっくに死んでた! 誇りなんて、死んだら意味ねぇだろ!」
「だが……騎士としての一騎打ちを穢すことは……」
「穢してもいい! 俺は、隊長を死なせたくない! それだけだ! 副長! このまま、このままみすみす目の前で隊長を死なせていいんですか!」
「つっ……ぐぅ……そ、それは……」
その言葉に、沈黙が落ちた。
誰もが、心の中で同じ葛藤を抱えていた。
騎士としての誇りか。
忠誠心か。
正義か。
感情か。
そして……
「終わりだ、ラヴィーネよ……父の、そして友の仇……しかし最後に問う……投降せぬか?」
「私に恥をかかせないで……殺しなさい……」
ラヴィーネは全てを諦めて目を瞑った。
だが、同時に願った。
次に生まれ変わったら、今度は大翔と一緒になりたいと。
しかし、その寸前……
「ったく……めんどくせぇな……ほんと、かったるい世界だよ」
そのとき、アマンスという騎士が思わず口から漏らした言葉は、これまでのこの男からどこかかけ離れた口調だった。
「ぇ……」
しかし、その言葉を聞いた瞬間、ラヴィーネの全身が一気に覚醒し、閉じていた目を大きく見開いて口にしていた。
「……ヒロ……ト……?」
「ッッ!!??」
振り下ろされるはずだった剣は途中で止まり、騎士アマンスは大きく目を見開いて……
「……………………カノ―――――ッッッ!!???」
「ッ!?」
それは呟きとほぼ同時。
「っ……すみません、隊長……すまぬ……アマンス……ッ、全隊員! ラヴィーネ隊長を救えッ!!」
血が滲むほど唇を噛みしめながらレオニスが叫んだ。
その声に反応するように、カイルが地を蹴った。
槍を構え、アマンスの背後へと疾走する。
「たとえ卑怯と罵られようと……隊長を死なせるわけにはいかないッ!!」
槍が、アマンスの背を貫いた。
「ッ……ぐぅ……!」
アマンスの身体がよろめき、剣が落ちる。
「……ぇ……」
ラヴィーネは、呆然とその光景を見つめていた。
「すまない……隊長……俺たちは……誇りより、あなたを選んだ……」
カイルの声は震えていた。
その目には、涙が滲んでいた。
「……俺たちは、あなたに生かされた。だから、今度は俺たちが……あなたを生かす番なんだ……!」
その言葉に、ラヴィーネは何も言えなかった。
その瞬間、バニシュ王国軍が怒り狂って叫び始めた。
「ふ、ふざけるな、帝国ぅ! なんと、なんということを!」
「卑怯な、なんと卑怯な!」
「なんと腐った奴ら! 騎士としての誇りはないのか!」
「アマンス様ぁあああああ!」
「隊長! アマンス隊長ぉおおおおお!」
「アマンス! おのれぇ! 許さんぞ、貴様らぁ!」
「アマンスを救え!」
アマンスの部下たちが「卑怯者」と叫んで怒り狂って暴れようとするも、アマンスが深手を負って倒れたことで、王国軍は動揺し、帝国軍は一気に攻勢を強めた。
戦場は崩れ、勝敗は決した。
帝国軍は一気にバニシュ王国軍を飲み込んで壊滅させた。
そう、それが真実
ラヴィーネの部下が、ラヴィーネを助けるため、騎士同士の誇り高い一騎打ちを穢すことを厭わずに背後から無防備なアマンスを槍で貫いた。
一騎打ちを邪魔したなどと言った話は広められることなく、女騎士ラヴィーネがアマンスを倒して帝国軍が勝利したとだけが轟いた。
「ふぅ……まったく、私は……騎士としての誇りを穢しただけでなくいつまでもこんなことを……」
パレードの中、ラヴィーネの頭のなかで数日前のことが何度も繰り返される。
アマンスが剣を止めた瞬間。
アマンスが「カノ」と呟いた瞬間。
前世で何度も聞いた「かったるい」という言葉を聞いた瞬間。
しかし、結局自分の勘違いだったとラヴィーネは思い知らされた。
一命を取り留め、捕虜となったアマンスは自分の問いを強く否定した。そしてこれまでの戦場での皆合と違い、静かな場所で互いに二人きりで面と向かってアマンスと会話したことで、アマンスという男が自分の知っている前世の恋人の日之出大翔と似ても似つかない人物だと改めて思い知らされた。
絶望し、ありえない妄想に縋った自分の弱さに悔い、自己嫌悪に陥りながらラヴィーネは思わずつぶやいた。
「大翔……会いたい……」
今はそのことしか考えられなかった。
戦争は勝った。
帝国は栄えた。
民衆は歓喜し、彼女は英雄となった。
だが、彼女の心は、何一つ満たされていなかった。
馬の蹄が石畳を打つ音が、やけに遠くに聞こえる。
歓声が、まるで水の中の音のように、ぼんやりと響く。
ラヴィーネは、ただ進む。
誰にも心を見せず、誰にも笑顔を向けず。
鉄の女として、帝国の英雄として。
だが、その胸の奥には、誰にも知られぬ痛みがあった。




