第29話 皇女の器
朝の帝都はまだ冷たい空気に包まれていた。
帝国司令部の中庭には、銀翼隊の面々が整列していた。
ラヴィーネは中央に立ち、背筋を伸ばして空を見上げている。
彼女の表情はいつも以上に硬く、そして静かだった。
その横で、レオニスが小声で尋ねる。
「……本当に、ここで待ち構えるんですか?」
「ええ。姫様は、今日も必ず来られる。昨日と同じように、アマンスとの戦紋盤の対局に」
ミリアが少し緊張した面持ちで言葉を継ぐ。
「でも……あの姫様に、真正面から……大丈夫ですか?」
カイルが苦笑しながら肩をすくめた。
「昨日みたいに『おーほっほっほ!』って来るんすよね、絶対……」
その瞬間、門兵の声が響いた。
「皇女殿下が参られました!」
そして、聞こえてきた。
「おーほっほっほっほっほ! 今日こそアマンスをぶっ倒しますわよ! さあ、ラヴィーネ、今日もお供なさい!」
(((((本当に来たよ!!??)))))
金髪のロールを揺らし、絹の扇を優雅に仰ぎながら、セラフィナが中庭へと現れた。
その姿は、まるで舞台の主役のように華やかで、朝っぱらから圧倒的だった。
銀翼隊の面々は思わず背筋を伸ばす。
そして、ラヴィーネは一歩前に出る。
「お待ちしておりました、姫様」
「……あら?」
「そして、ご多忙の姫様のお時間を割いてしまうことになり、大変無礼なことであると承知しておりますが、姫様にどうしてもお話があります」
「……………」
「どうか……何卒私のお話しをお聞きいただけないでしょうか?」
ラヴィーネの声はいつも以上に深く、重い。
セラフィナは、扇を止めてラヴィーネを見つめる。
高笑いで豪快で大胆ないつもの雰囲気を抑え……
「あら? 何のお話しですの? 私とアマンスの頂上決戦の時間を割かせようというほどなのだから、つまらない話では承知しませんわよ?」
その言葉には、確かな威圧が込められていた。
銀翼隊の面々は息を呑む。
(……重い……)
(す、すごいプレッシャー……)
(やっぱ、この方、スゲー……これが、帝国の皇女……)
この数日では威厳の見られない子供のような我儘で周囲を困らせていたセラフィナ。
しかし、やはりセラフィナはただ者ではない傑物の類だと思い知らされた銀翼隊の面々。
だが、そんなプレッシャーを受けてもラヴィーネは一歩も退かない。
「承知しております。しかし何卒……」
その瞬間、空気が変わった。
高慢な姫と、真剣な騎士。
二人の視線が交差する。
しかし、セラフィナはそれ以上はこの場では言わず、アッサリと頷いた。
「分かりましたわ。流石に帝国の英雄たる女騎士勇者のあなたにそこまで言われたら、話を全く聞かないというわけにはいきませんものね」
「ありがたく!」
その場で片膝ついて頭を下げるラヴィーネ。
銀翼隊の面々もホッとしながら、同じように片膝をつく。
そして……
「却下ですわ、おバカさん」
「ッ……」
軍指令部の応接間にて、セラフィナはソファーに足組んで座りながらラヴィーネと銀翼隊が昨晩相談した内容を聞いた。
だが、話を聞いてセラフィナは考える間もなく即否定した。
これには銀翼隊の面々も面食らう。
するとセラフィナは呆れたように鼻で笑いながら……
「一騎打ちで決着も何も、そもそもあなたは正々堂々とやっても勝てなかったのでしょう、アマンスに」
ラヴィーネが口を開きかけたが、セラフィナは手を上げて制した。
「とはいえ、戦争に勝ったのは帝国。勝負に負けて、戦争で勝ったというだけの話。今更蒸し返して『真の決着』もくそもありませんし、そもそもあなたは今やっても勝てないでしょう?」
銀翼隊の面々は息を呑む。
ミリアが思わず身を乗り出しかけるが、レオニスが静かに肩を押さえる。
「牢屋越しとはいえ、私も彼と対峙して分かりましたわ。彼はあなた以上の傑物ですわ。恥の上塗りになるだけですから、また一騎打ちだなんておやめなさい」
ラヴィーネは、拳を握りしめた。
その言葉は、痛烈だった。
だが、正論でもあった。
セラフィナは、ラヴィーネの沈黙を見て、ふと扇を止めた。
そして、何かを見透かすような目で彼女を見つめる。
「……あと、あなたは何か隠していませんの?」
その一言に、ラヴィーネの肩がわずかに揺れた。
ドキッとする。
銀翼隊の面々も、思わずラヴィーネに視線を向ける。
セラフィナは、ゆっくりと立ち上がり、ラヴィーネに歩み寄る。
その足取りは優雅でありながら、威圧感を伴っていた。
「あなたからは、アマンスをどうにかしたいという想いは確かに伝わってきますわ。ですが……」
彼女は、ラヴィーネの目を真っ直ぐに見据えた。
「王国のためだとか、統治をうまくする云々の言葉からは、本心を感じませんの。あなた、王国のためではなく、ただアマンスに対して個人的な感情で動いていません?」
その瞬間、応接室が凍りついた。
誰もが絶句した。
銀翼隊の面々は、ラヴィーネが昨夜口にした「アマンスに惚れている」という言葉を思い出していた。
それを知らないはずのセラフィナが、すべてを見抜いていることに、驚愕するしかなかった。
「……そ、それは……ッ……」
ラヴィーネは、何も言えなかった。
銀翼隊には、正直に「好きな人を救いたい」と言えた。
だが、帝国皇女にそんな感情をぶつけるわけにはいかないという理性が働いた。
だからこそ、ラヴィーネはその話題を避けた。
だが、それが逆に、セラフィナからの信頼を得られなかった。
セラフィナは、ため息をついた。
「あなたの想いが個人的なものであること自体は否定しませんわ。人間ですもの、誰かを想うことは自然です。ですが……」
彼女は、扇を軽く振った。
「それを隠して、建前だけで動こうとする……ましてやその建前にこの私を巻き込もうとするなんて愚かですわ。私に話すべきだったのは、『民衆の納得』ではなく、『彼を救いたい』というあなたの本心だったのではなくて? それをどう政治に昇華するかは後付けで良かったのですわ」
ラヴィーネは、拳を握りしめたまま、反論できなかった。
それどころか、改めてセラフィナが自分の想像以上の存在であり器だったと思い知らされ、思わずラヴィーネはその場で頭を下げた。
「……申し訳ありません、姫様」
否定するわけにはいかず、認めるしかなかった。
ラヴィーネは、ゆっくりと顔を上げる。
銀翼隊の面々は、息を呑んで見守っていた。
ラヴィーネは深く息を吸い、静かに言葉を紡いだ。
「姫様……私は……ラヴィーネ・フォン・エルステッドは……王国の騎士アマンスに……恋慕を抱いております」
その言葉が、応接室に落ちた瞬間、誰もが言葉を失った。
セラフィナは扇を止めたまま、ラヴィーネを見つめていた。
その瞳には、驚きも、軽蔑もなかった。
「……ようやく、言いましたわね」
その声は、どこか柔らかかった。そしてセラフィナは、すぐに言葉を継いだ。
「それならば、話は変わりますわ。あなたが『好きな人を救いたい』というのなら、それはそれで構いませんわ。これでようやく私もあなたという人間の心の奥底の想いを理解することができましたわ」
「ひ、姫様……」
彼女は、扇を軽く振った。そして微笑み……
「さて、では恋する乙女の相談でも乗ってさしあげますわ~」
「ッッッ……姫様ッ!」
その瞬間、ラヴィーネは心の底から頭を下げた。
銀翼隊の面々も感激し、自分たちはセラフィナという人物そのものを大きく誤解していたことを知り、自分たちの浅さに恥て頭を下げた。
そして……
頭を下げた一同には見えなかった。
そこで、セラフィナが悪魔のような笑みを浮かべていたことを……
(い~こと聞いちゃいましたわ~! こ、れ、で、うふふふふ、いつまでも私のモノにならないセラフィナでしたが~、もう私のモノにするシナリオがデキちゃいましたわ! それに、アマンス……おほほほほ、残念でしたわね~、セラフィナ。あなたの好きな人……彼ももう私のモノにすること決定してますの~! だって、彼は私が今まで出会った全ての殿方の中で飛びぬけていることが分かった以上、もう私のモノにするしかありませんもの~! うふふふ、私の純潔をアマンスに……その立会人にラヴィーネを指名しますわ! 私のモノであるラヴィーネの愛する男を、私がラヴィーネの目の前で……こ、れ、が、最近の恋愛書物で流行っているという……寝・取・り♥ というものですわね……そして、ゆくゆくは三人で……右に最愛の女、左に最愛の男を侍らす私……ハーレムで萌えますわ~♥」




