第28話 脳筋案
応接間の空気は、ラヴィーネの告白によって一度凍りついた。
だが、彼女の真剣な想いが静かに場を溶かし、仲間たちは少しずつ言葉を取り戻していた。
その中で、副官レオニスが、冷静な口調で話を切り出した。
「……王国の統治が進まず、アマンスの忠臣たちの抵抗が続いているのは、やはりすべて『納得がいっていない』からというものでしょう」
ラヴィーネたちは、彼の言葉に目を向けた。
「戦争で普通、敗れてしまえばどこか『敗者として仕方ない』という想いが芽生えるものです。だが、旧・王国の民や兵たちが未だにそうならないのは、戦争の決着に納得がいかないからです」
その言葉に、ミリアが眉をひそめた。
「……でも、今さらそんなこと言われても、どうしようもないじゃないですか。戦争は終わったんです。決着はついたはずです」
老兵の一人も、腕を組んでうなった。
「納得がいかないって言われてもな……帝国が勝ったのは事実だ。それを覆すわけにはいかん」
空気が重くなりかけたそのとき、カイルが言いづらそうに口を開いた。
「……俺、バカだから分かんねーっすけど……それなら……今度こそ隊長とアマンスが、誰の邪魔も入らない一騎打ちを、公衆の面前で行って……今度こそ隊長が実力で勝つ……てのはダメっすよね?」
その言葉に、応接間に一瞬呆れた雰囲気が広がった。
「「「「いやいやいや、それは…………それは………」」」」」
誰もが「何をバカなことを」と思った。
ミリアは目を丸くし、レオニスは口元を押さえ、老兵たちは苦笑を浮かべた。
だが――
「……意外と、悪くないかもしれない」
誰かが、ぽつりと呟いた。
その言葉に、皆が一斉にカイルを見た。
カイルは「えっ?」と目を見開いた。
ラヴィーネも、驚いたように彼を見つめた。
「……公衆の面前での一騎打ち……」
レオニスが、腕を組みながら言った。
「確かに、戦争の決着に納得がいかないというなら、象徴的な『決着』を見せるしかない。民衆が目撃する形で、帝国と王国の象徴が剣を交える。しかも、今度こそ邪魔の入らない、真正面からの一騎打ち」
ミリアが、少しずつ表情を変えていく。
「それなら……アマンスの忠臣たちも、納得するかもしれない。『あの時の決着は不完全だった』という想いが、今度こそ晴れるなら」
老兵の一人が、静かに頷いた。
「……確かに、あの一騎打ちは噂だけが広がり、真実は曖昧なままだ。だが、今度こそ、誰もが目撃する形で決着がつけば……」
ラヴィーネは、黙って皆の言葉を聞いていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……あまりにも脳筋すぎる話だが、否定はせぬ。考えてみると、確かに悪くないかもしれぬ」
その言葉に、カイルが「マジっすか!?」と目を輝かせたが、ラヴィーネはすぐに続けた。
「だが、問題がある。三つだ」
応接間の空気が再び引き締まる。
「一つ目は……アマンスがそのような戯れに応じぬだろう。もう一度一騎打ちを、今度はもっと大勢の前でなど……それこそあやつは、では前の戦は何だったのか、あの戦で散った者たちの命はなんだったのかと激昂するだろう」
確かに言いそうだと面々が頷いた。
そしてラヴィーネは、窓の外に目を向けながら、静かに言葉を続けた。
「それに……もはや、あやつも私と全力で戦う気はないだろう」
その言葉に、誰もが黙った。
ラヴィーネは、心の中でそっと呟いた。
(大翔はもう、私を殺すつもりで戦わない。私も、同じだ)
あの一騎打ち。
剣を交え、互いに命を懸けた。
だが、最後の一太刀を彼は振るえなかった。
それは自分が花音であることを気づいたからだ。
そしてソレは自分も同じ。
だから、もう殺し合いはできない。
「二つ目の問題は……そもそも、私は前回の戦いでアマンスに実力で負けている。今回も私が負けたら、それはあやつにとって何の得がある?」
その言葉に、応接間の空気が再び沈んだ。
そう、あの場であの戦いを見ていた者たちにとっては、それは真実。
二人の戦いはまさに騎士同士の頂上決戦と言えるものだったが、最後に制したのはアマンスの方だった。
それなのに、今回ラヴィーネが勝たなければいけない。しかし、負けたらどうなる?
「そ、それは……放免とか……?」
その言葉に、レオニスが眉をひそめ、老兵たちも顔をしかめた。
ラヴィーネは、少しだけ笑った。
「それが三つ目の問題。そのような戯れを、皇帝陛下がお許しになるはずがあるまい」
その瞬間、応接間の全員が一斉に項垂れた。
「「「「そりゃそうだ」」」」」
空気が、重く沈んだ。
ラヴィーネは、椅子に深く座り直し、拳を握りしめた。
「帝国の騎士が、王国の英雄と『見世物』のような一騎打ちをするなど、前代未聞だ。しかも、敗北すれば放免などという条件付きで。そんな茶番を、陛下が認めるはずがない」
その瞬間、空気がしぼんだように沈黙が広がった。
「……やっぱりだめか~」
「振り出しに戻ったな……」
「はは……」
誰からともなく苦笑が漏れ、全員が項垂れる。
カイルは椅子に背を預けて天井を仰ぎ、ミリアは頬を指でつつきながらため息をついた。老兵も腕を組み、無言で首を振る。
その空気の中で、ミリアがぽつりと呟いた。
「確かに……陛下が一番の障壁かもしれませんね。というか、全てにおいてやはりそこが付きまといますね~」
誰もが静かに頷いた。
帝国の絶対権力者。
その意向がすべてを左右する。
ミリアは、少しだけ笑いながら続けた。
「陛下以外でも、同等の権力があって、ノリが良くて、そういうのをどんどんやろうぜ~、みたいな戯れ好きなメチャクチャな人でもいれば……」
その瞬間、全員が一斉にツッコミを入れた。
「そんなのありえるわけないだろ!」
「どこの夢物語だよ!」
「この帝国にそんな人材がいたら逆に怖いわ!」
「大臣もみんな真面目だし、最終的には陛下の意向に従うしな~」
「いやでも、そういう方がいたら面白いっすよね」
「でしょ~?」
だが、そのときだった。
「ん?」
ラヴィーネがふと、目を細めた。
「「「「んん??」」」」
そして、銀翼隊の面々も、次第に同じ方向に思考が向かっていく。
「権力があって」
「ノリがよくて」
「そういうのをどんどんやろうぜ~、みたいな」
「戯れ好きなメチャクチャな人物」
その条件が揃った人物一人だけ、思い当たる。
―――おほほほほ、ですわ~~
そして、全員の脳裏に、同時に同じ人物が浮かんだ。




