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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第27話 もう隠さない

 書斎の灯は弱く、ラヴィーネは窓辺に腰掛けていた。  

 夜はすっかり更け、庭の灯火が風に揺れている。  

 机の上には帝国軍の報告書と王国残党の動向を記した地図が広がっていたが、彼女の視線はそこには向いていなかった。


「どうにかする……とはいえ、さてどうするのかというところなのだが……」


 アマンスの処刑は避けられた。

 だが、彼は帝国に利用される気など毛頭ない。王国の残党兵を罪に問わないという裏取引も、彼にとっては苦しみでしかなかった。


(……どうすれば、大翔を自由にできるの)


 彼を救いたい。それは、ラヴィーネとしてではなく、花音としての願いだった。  

 彼の誇りを守りたい。彼の心を壊したくない。

 かつて自分がアマンスから全てを奪った元凶だったとしてもだ。  

 でも、帝国を裏切るわけにはいかない。  

 銀翼隊の仲間たちを見捨てることもできない。

 その矛盾が、彼女の胸を締めつけていた。

 そのとき、扉の外から控えめなノックが響いた。


「ラヴィーネお嬢様、失礼いたします。銀翼隊の皆様が訪ねてこられました」


 侍女の声に、ラヴィーネは少し驚いて振り返った。


「……こんな夜更けにか?」


 何か緊急の報せかと身構えたが、侍女は少し困ったように言葉を濁した。


「いえ……その……お嬢様の様子が気になって、とのことで……」


 ラヴィーネは、思わずため息を漏らした。


「……心配で、ね……」


 呆れたように肩を落とし、視線を窓に戻す。


「大丈夫だ。そう伝えてくれ」


 そう言いかけて、ふと彼女の脳裏に、ある言葉がよぎった。

 以前、アマンスに言われた言葉。


――仲間を頼ったらどうだ?


 そして、かつて銀翼隊に相談したとき、心が少しだけ軽くなったことを思い出す。

 あのとき、彼らはただ、黙って話を聞いてくれた。  

 そのうえで各々の意見を活発に口にして議論した。

 当然答えが出たわけではない。しかし、それだけれラヴィーネの心は軽くなり、救われた気がした。

 そのことを思い出しながらラヴィーネは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと立ち上がり、侍女に向き直った。


「……いや、せっかくだ。少し上がって話を聞いてもらえぬだろうか?」


 侍女は、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで頷いた。


「かしこまりました。皆様をお通しします」


 ラヴィーネは、深く息を吐いた。そして、書斎の灯を少しだけ明るくした。


(……頼ってみよう。今だけは)


 そう心に決めて、ラヴィーネは静かに立ち上がった。  

 書斎の扉を開け、廊下を歩いて応接間へと向かう。  


「皆様を応接間にお通ししております」

「ありがとう。少し、時間をもらう」


 ラヴィーネは深く息を吸い、扉を押し開けた。

 そこには、銀翼隊の面々が揃っていた。  

 副官のレオニスが立ち上がり、カイル、ミリア、他の隊員たちも一斉に視線を向ける。  

 誰もが、どこか心配そうな顔をしていた。


「……隊長」


 レオニスが口を開きかけたが、ラヴィーネは手を軽く上げて制した。


「すまない。心配をかけた。急に姿を消してしまったのは、私の落ち度だ」


 その言葉に、カイルが少し照れくさそうに笑った。


「いや……隊長があんな顔で出ていったの、初めてだったから……つい、気になって」


 ミリアも頷いた。


「何かあったなら、話してください」


 ラヴィーネは、しばらく黙っていた。  

 そして、ゆっくりと応接間の中央に歩み寄り、椅子に腰を下ろした。


「……個人的な理由なのだが、前のように……いや、前以上に踏み込んだ相談をしたい」


 その言葉に、隊員たちは目を見合わせた。誰も驚いた様子はなかった。ただ、静かに頷いた。

 ラヴィーネは、視線を落としながら言葉を紡いだ。

 もう遠回しに話すつもりはなかった。

 もう、嘘も、婉曲も、騎士らしい体裁もいらない。


「私は……アマンスの父を殺した」


 その言葉に、空気が一瞬で張り詰めた。


「王国の誇りとして称えられた将軍。私の剣が、その命を奪った」


 誰もが息を呑んだ。  

 だが、ラヴィーネは止まらなかった。


「アマンスの友人たちも、次々と戦場で命を落とした。私と銀翼隊が、彼の仲間を斬った。彼が守ろうとしたものを、私は壊した」


 ミリアが小さく目を伏せた。  

 レオニスは黙って拳を握った。


「そして、アマンス自身を捕らえたのも私だ。あの誇りを穢す一騎打ちの後で」


 カイルが、いつものように口を開きかけた。


「やはり俺があんなことを……」


 だが、ラヴィーネはすぐに制した。


「カイル。そうせざるを得ないほど弱かった私がまた悪いということだ」


 その言葉に、カイルは口を閉じた。


「とにかく全部、私が悪い。私はアマンスたちから大いに嫌われて当然の存在」


 レオニスが、静かに言った。


「……それは、戦争だったし」


 ミリアも、続けようとした。


「隊長が命令に従っただけで――」


 だが、ラヴィーネは首を振った。


「違う。私は、それを言い訳にしたくない。戦争だったから、命令だったから、仕方なかった……そんな言葉で、彼の痛みを軽くしたくない」


 そして、ラヴィーネは深く息を吸い、顔を上げた。


「私は、こんなに嫌われて当然の存在なのだが――」


 その声が、少しだけ震えた。


「実は……アマンスに惚れているのだ」


 沈黙。


「騎士として尊敬とか、そういう類ではない。一人の男性として、好きなのだ!」


 その瞬間、応接間が凍りついた。

 レオニスが目を見開き、ミリアが口を半開きにしたまま固まり、カイルは椅子からずり落ちかけた。

 誰もが耳を疑い、目を見開き、絶句していた。

 ラヴィーネは、顔を赤らめることもなく、ただ真っ直ぐに前を見ていた。


「……だが、一つ勘違いしてほしくない」


 その声は、感情に揺れながらも、芯のある響きを持っていた。


「別に私は、惚れているから彼と恋人になりたいとか、イチャイチャしたいとか、そういうことをしたいからどうすればいいのかという相談をしているわけではない」


 レオニスが眉を寄せ、ミリアがそっと息を飲む。カイルは椅子に戻りながら、まだ目をぱちぱちと瞬かせていた。


「ただ……王国も帝国も、そして彼自身も納得する形で、今の関係性をどうにか良くしたい。それだけなのだ」


 その言葉には、切実さが滲んでいた。ラヴィーネは、誰にも目を逸らさず、真正面から仲間たちを見据えていた。



「そしてその果てで……私は嫌われたままでも構わない……だが彼には……笑顔で新しい時代を生きて欲しい……そう思っている」



 沈黙が、応接間を包んだ。

 誰もが、言葉を探していた。  

 だが、ラヴィーネはもう隠すつもりはなかった。

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