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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第25話 確信

(……やっぱり、あなたは)


 ラヴィーネのその思いが、胸の奥で静かに揺れていた。

 もはやそれは確信だった。けれど、言葉にはできなかった。

 盤面の向こうに座る男、アマンス。

 帝国の捕虜であり、王国の英雄。

 そして、かつて自分がずっと好きだった男。


(大翔……)


 その名を、心の中で呼ぶだけで、指先がわずかに震えた。

 ラヴィーネは、震えを悟られぬように、そっと手を膝に置いた。

 先ほどのトリックプレー。

 かつて、大翔が受けた手。世界ランカー同士の対局で話題になった奇手。

 解説動画まで出て、戦術界隈では一時期ネット上でも大きく話題となったものだ。

 ラヴィーネの前世、花音だった頃、彼女はその動画を何度も見返した。

 大翔がその手に翻弄され、敗北した対局。彼が悔しそうにスマホを置いた瞬間を、こっそり見てしまったこともある。


(……あの時の顔、忘れられなかった)


 だからこそ、彼女は勉強した。

 その手筋を、何度も再現して、ノートに書き留めて。

 いつか、彼と一緒に遊ぶ日が来たら驚かせてやろうと思っていた。


(……でも、結局その日が来ることはなかった)


 彼に話すこともなく、ただ一人で覚えていた。

 彼がそのトリックプレーを使った世界ランカーに再戦で勝ったことも、もちろん知っていた。

 その打ち返しの一手、完璧な返し技。

 そして今、アマンスがその一手を打った。


(……間違いない)


 ラヴィーネは、静かに息を吐いた。

 その一手は、誰にも打てるものではない。あの返し技を知っているのは、あの時の大翔だけ。


(この人は……大翔よ)


 確信が、胸の奥で静かに灯った。言葉にはできない。誰にも言えない。

 でも、彼女の中では、もう疑いようがなかった。


「ふふふ、このような返し技もあるのだ。覚えておくがよい」


 少し誇らしげに微笑むアマンス。

 だが、アマンスは分かっていなかった。

 なぜ今の手をラヴィーネが打ったのかを。

 ソレは単純に勝つために打ったのではない。

 確かめるために打ったということを。


(知っているわ……ずっと、見てたのだから)


 ラヴィーネは、心の中で呟いた。 誰にも知られず、誰にも言わず。 彼の対局を、こっそり観戦していた日々。


(あなたが負けた時も、勝った時も)

 

 そのすべてを、覚えていた。

 だからこそ、今この盤面で、彼の返し技を見た瞬間に確信した。


(……やっぱり、あなたは)


 その思いが、胸の奥で静かに揺れていた。

 そして、静かに涙になりそうだった。

 だが、その前にラヴィーネは頭を下げた。


「……降参します」


 その声は、凛としていた。  

 潔く、迷いなく。敗北を認める騎士の声だった。

 その瞬間、銀翼隊の面々から、自然と拍手が漏れた。


「隊長が……負けた……」

「でも、すげえ……」

「ああ、こんな一局、見たことない……」


 誰もが興奮し、心からの敬意を込めて手を叩いていた。

 セラフィナは、目を見開いたまま、盤面を見つめていた。  

 そして、扇をぱたんと閉じると、銀翼隊に向かって声を張り上げた。


「今の一局、歴史に残すわ! 一手目から手筋を記録しなさい!」


 その声に、隊員たちは慌ててメモを取り始めた。  

 誰もが、この一局を“記録すべきもの”として認識していた。

 そしてアマンスも盤面を見つめながら、静かに呟いた。


「勝ちはしたが……心躍る一局だった」


 その言葉に、ラヴィーネはわずかに目を伏せた。


「……自信があったのだけれどね」


 その声は静かで、少しだけ寂しげだった。

 そして、ラヴィーネはゆっくりと立ち上がった。


「少し……疲れました。姫様のことは、銀翼隊に任せます」


 その言葉に、セラフィナが「え?」と声を漏らしたが、ラヴィーネはもう振り返らなかった。


 足早に、牢を出る。


 廊下を抜け、階段を駆け上がり、外の空気を吸う。


 夜風が、頬を撫でる。だが、彼女は止まらなかった。


 脇目もふらずに、駆け出す。


 帝都の石畳を踏みしめ、屋敷へと向かう。  


 誰にも声をかけられず、誰にも気づかれず。ただ、ひたすらに走る。


 門をくぐり、玄関を開け、廊下を駆け抜ける。  


 使用人たちが驚いて目を見開いたが、ラヴィーネは何も言わなかった。


 自室の扉を開け、靴を脱ぎ捨て、ベッドへと飛び込む。


 そして――



「……大翔だ……」


 

 声が漏れた。  

 枕に顔を埋めながら、震える声で。


「大翔……大翔……!」


 その名を、何度も何度も呼んだ。


「やっぱり彼は……大翔だったのよ……」


 涙が、止まらなかった。  

 嗚咽が、喉を締めつけた。  

 胸が、痛かった。


 愛した男。  

 転生したこの世界でもずっと想い続けた男。  

 幾多の告白も見合いも全てを断り続けたのも、今でもその男を愛していたからだ。

 誰にも言えなかった想い。  


「大翔……!」


 ラヴィーネは、ベッドの中で絶叫した。  

 誰にも聞かれないように。  

 誰にも見られないように。


 ただ、愛した男の名を泣きながら、叫び続けた。



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