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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第23話 皇女の気まぐれで再戦

 石壁に囲まれた帝国の地下牢。  

 湿気と黴の匂いが染みついた空間に、静かな空気が流れていた。

 アマンスは、盤面に並べられた駒をぼんやりと見つめていた。  


(……そうやって立ち上がって、皆を率いて……帝国とラヴィーネの打倒を誓ったのに……)


 あの時、王国の広場で誓った。  

 父の死、仲間の死、民の涙。  

 そのすべてを背負って、自分が剣になると。


 そして、敵として名を挙げたのがラヴィーネ・フォン・エルステッド。


 帝国の英雄。  

 冷酷な騎士。  

 王国の仇。


 だが、彼女の真の正体を知って全てが壊れた。


(まさか、ラヴィーネの正体がカノだったなんてな)


 アマンスは、誰にも聞こえぬよう心の中で呟いた。  

 苦笑が漏れ、皮肉な運命に笑うしかなかった。


「ちょっと、何をボケっとしていますの!」


 そんな少し前のことを思い出していたアマンスに、甲高い声が牢の空気を切り裂いてぶつけられた。

 セラフィナ・アイソレイト。帝国皇女。傲慢で、気まぐれで、そしてなぜか毎日ここに来る。

 彼女は、戦紋盤の盤面を勢いよく叩いた。


「本番は始まっていますわ! あなた、また私の手を見逃したでしょう!」


 アマンスは、目を開けて彼女を見た。  

 その姿は、今日も変わらず煌びやかだった。  

 牢の空気に似つかわしくないドレス。そして、盤面に向かって鼻息を荒くする姿。


「……すまぬ、ちょっと考え事してた」

「まあいいですわ。とにかく、今日こそは勝つのですわ。昨日のは練習の練習の練習だったけど、今日は本番の本番の本番なんですから!」


 その言葉に、アマンスは苦笑しながら駒を整えた。  

 盤面の上では、セラフィナの陣形がやや前のめりになっていた。  

 攻めに転じようとしているのは分かる。だが、そこに微かな隙があることも。


(あと数手でもう俺の勝ちが確定するな……この様子だと、また練習とか言われるか? いい加減、テキトーに負けたいところだが、このお姫様は中途半端に強いから手を抜いたらバレて、余計にかったるいことになりそうだし……どうするかな……カノたちも疲れた顔してるし……)


 ふと、アマンスは視線を横に流した。  

 鉄格子の外には、ラヴィーネが立っていた。  

 その背後には、銀翼隊の面々。彼女の部下たちが控えている。


(カノ……いま何を思ってるんだろうな)


 アマンスは、盤面に視線を戻しながら、心の中で呟いた。  

 ラヴィーネの表情は、いつも通り冷静だった。  

 だが、その瞳は盤面をじっと見つめていた。

 そして……


「あ、その手は……」


 ラヴィーネが、思わず口にしてしまった。

 その声は小さかった。だが、牢の中の静けさの中では、十分に響いた。

 セラフィナの手が止まった。盤面に置こうとしていた駒が、宙で揺れる。


「……ラヴィーネ?」


 セラフィナが、ゆっくりと顔を上げた。  

 その瞳には、驚きと怒りが混ざっていた。


「この私の戦いの最中に口を出すとは……イイ度胸ですわね!」


 ラヴィーネは、はっとして口元を押さえた。だが、もう遅かった。


「い、いまがたまたま練習だったからよかったものの!」


 セラフィナは、駒を盤面に戻しながら、顔を真っ赤にして叫んだ。


「そうよ、これは練習! 練習の練習の練習の……ええと、練習ですわ! そう、練習だから気を抜いて死の手を打ってしまったとはいえ、ええ、イイ度胸ですわ!」


 その言葉に、銀翼隊の面々が目を見合わせた。  

 誰もが「またか……」という表情を浮かべていた。

 アマンスは、苦笑しながらラヴィーネの方を見た。


「今の……難しい局面だったが、よく一目で気づいたものだな」


 その言葉に、ラヴィーネは少しだけ肩をすくめた。


「ええ……まあ、人並み程度に戦紋盤には心得があるので」


 その返答は、控えめながらも確かな自信を感じさせた。

 セラフィナは、腕を組んでラヴィーネを見つめた。


「そ、そう。そうだわ……ラヴィーネ、あなたもアマンスと打ってみたらどうかしら?」


 その提案に、場がざわついた。


「えっ、隊長が……?」

「姫様と……戦紋盤を?」

「いや、でも隊長なら……」


 銀翼隊の面々がざわつく中、ラヴィーネは少しだけ目を細めた。


「私が、アマンスと?」

「ええ。あなた、私の戦いに口を出すほどの腕前なら、さぞかし自信がおありなのでしょう?」


 セラフィナの言葉には、挑発と好奇心が混ざっていた。

 だが、その奥にはほんの少しだけ、期待も見え隠れしていた。

 ラヴィーネは、静かに息を吐いた。


「……承知しました」


 その一言に、銀翼隊の面々がざわつく。

 ラヴィーネはゆっくりと鉄格子の前に歩み寄った。アマンスは、盤面の駒を整えながら、彼女の姿を見上げた。


「意外な展開だな」

「そうだな。まさかこのような形でまた戦うとはな」


 アマンスとラヴィーネが思わず苦笑し合う。

 セラフィナの我儘で妙な展開になってしまったと。

 だが、断ることも逆らうこともできないため、仕方なく二人は駒とカードに手を伸ばす。


「……お願いします」

「こちらこそ」


 互いに、静かに頭を下げた。  

 その所作は、まるで剣を交える前の騎士同士の礼儀のようだった。

 盤面に駒が並べられる。  空気が、張り詰めていく。

 銀翼隊の面々は、息を呑んで見守っていた。  

 セラフィナは、椅子に腰を下ろしながら、扇を口元に当てていた。


「ふふ……面白くなってきましたわね」


 第一手は、ラヴィーネから。 彼女は、迷いなく駒を置いた。

 その配置は、堅実でありながら、どこか鋭さを秘めていた。

 アマンスは、盤面を見つめながら、静かに応じた。

 その手は、柔らかく、しかし確実にラヴィーネの布陣に干渉していく。

 数手が進むにつれ、盤面は静かに動き始めた。

 ラヴィーネの手は、冷静でありながら、時折大胆だった。  

 アマンスの手は、柔軟でありながら、常に一手先を読んでいた。

 銀翼隊の面々は、思わず前のめりになる。


「な、なんだこの展開……」

「隊長の布陣、あんな攻め方が……」

「アマンスも、まるで舞ってるみたいに……」


 セラフィナは、扇を下ろして盤面を凝視していた。

 そして、ハッとする。


「この展開……え? そんな手が? 先ほどの攻防はここまで読んでいたんですの!?」


 と、自分では及ばない互いの深い読み合いに戦慄する。

 そんなセラフィナすら驚く手を受けて、アマンスは思わず漏らす。


「面白い。そなた……随分とやり込んでいるではないか」


 と唸る。

 すると、ラヴィーネは……



「昔……似たようなゲームを好きだった人が居たの……いつか彼と二人でやってみたいなと……コッソリ勉強したのよ」


「…………」



 その言葉の真意はアマンスに伝わるものの、ソレに対しては何も言わず、二人の戦いはより白熱になっていく。

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