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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第21話 矛盾の想い

「……君たちは」


 アマンスが銀翼隊の存在に気づいた瞬間、部屋の空気が変わった。

 彼の声は静かだったが、確かに重みがあった。

 部下たちは反射的に背筋を伸ばした。  

 誰もが、アマンスの顔を見て、言葉を失っていた。  

 その瞳に怒りはなかった。だが、忘れていないことだけは、誰の目にも明らかだった。


「戦場以来、だな」


 その一言で、場の空気が凍りついた。  

 誰もが、あの日の記憶を思い出していた。


 ラヴィーネとアマンス


 騎士としての誇りをかけ、国の行く末を背負って剣を交えた。  

 剣と剣、技と技、精神と精神のぶつかり合い。  

 互いに一歩も引かず、観戦していた兵たちすら息を呑むほどの一騎打ちだった。


 だが、終盤。 ラヴィーネは耐えきれずに押され、そして敗北必至まで追い詰められ、の勝負は決した。  

 その瞬間、銀翼隊の一人、カイルが後ろからアマンスに槍を突き立てた。


 騎士同士の誇り高い戦いを、卑怯な一撃で穢した。  

 だが、全員がその場にいた。全員が、止めなかった。全員が、黙認した。


 アマンスは、彼らの顔を一人ずつ見ていく。その瞳に、怒りはない。


 銀翼隊の面々は、誰も目を合わせられなかった。肩をすくめ、視線を逸らし、足を動かせずにいた。


「……あの時は……」


 誰かが口を開きかけて、すぐに閉じた。  

 言い訳も、謝罪も、今さら口にできるものではなかった。

 壁際でその様子を見ていたラヴィーネは、静かに目を伏せた。  

 彼女の表情には、痛みと困惑が混ざっていた。  

 あの一騎打ちは、彼女にとっても誇りであり、傷でもあった。

 そして――


「……ああ! そういえばあなたたちはそういう『アレ』でしたわね~」


 半泣きだったはずのセラフィナが、ふいにニヤニヤと笑みを浮かべた。その笑みは、どこか意地の悪さを含んでいた。  

 駒を並べながら、わざとらしく肩をすくめる。


「まったく、まいったものだわ。戦紋盤だけではなく、戦場においても、誰も正々堂々の戦いであなたに勝てないのだから」


 その言葉は、アマンスに向けられたものだった。だが、同時に銀翼隊への皮肉でもあった。

 部屋の空気が、さらに重くなる。  

 銀翼隊の面々は、顔をこわばらせ、誰ともなく視線を床に落とした。

 カイルは、わずかに唇を噛んだ。  

 彼が槍を突いた瞬間の記憶は、今も鮮明に残っている。  

 あのとき、ラヴィーネが振り返った顔――驚きと怒りと、何より悔しさが混ざった表情を、忘れられなかった。


「姫様、それは……」


 ミリアが小声で抗議しかけるが、セラフィナは手をひらひらと振って遮った。


「事実を言っただけですわ。ねえ、アマンス?」


 アマンスは、盤の駒に触れたまま、ゆっくりと答えた。


「同時に、戦場では綺麗ごとは通じないということを、分からされもしたがな」


 その言葉に、誰もが息を呑んだ。  

 ミリアは何か言いかけたが、アマンスの視線に遮られ、口を閉じた。

 謝罪の言葉は、誰の喉にも引っかかっていた。  

 だが、アマンスはそれを許さなかった。  

 許さないというより、言わせることすら望んでいなかった。

 今さら謝ってどうなるものでもない。  

 それを口にした瞬間、場はさらに壊れる。  

 だからこそ、アマンスはその一線を引いた。


(今更謝られても歴史は変わらない……もう、バニシュ王国は滅んだ……アレがなければ……それは間違いない。だけど……)


 一方でアマンスの胸の奥では、別の感情が静かに揺れていた。


(もし、アレがなければ……自分は……俺はあいつを―――)


 銀翼隊の面々が沈黙する中、セラフィナは盤の駒を指先でつまみながら、ふとカイルの方へ視線を向けた。  

 その目は、どこか楽しげで、意地の悪い光を帯びていた。


「あら、あなた……ずいぶん青い顔をしてますけど」


 カイルはびくりと肩を震わせる。  

 セラフィナの声は、柔らかく、しかし確実に狙いを定めていた。


「ひょっとして……あなたなのかしら? その張本人は」


「ッ……!」


 カイルの顔が、みるみるうちに強張る。喉が詰まり、言葉が出ない。目の奥が熱くなり、泣きそうになるのを必死で堪えた。

 その様子を見て、セラフィナは口元に意地悪な笑みを浮かべた。  

 だが、次の瞬間、少しだけ表情を緩める。


「でも、まあ……あなたが『余計なこと』をしたおかげで、私の可愛いラヴィーネが死なずに済んだのだから」


 カイルは目を見開いた。  

 セラフィナは、駒を盤に置きながら続ける。


「それは……褒めて差し上げますわ」


 言葉の端々に、確かに感謝の意は含まれていた。  

 だが、どうしても嫌味っぽく聞こえる。  

 その声音には、皮肉と軽蔑と、ほんの少しの本音が混ざっていた。

 カイルは、俯いたまま拳を握りしめた。褒められたはずなのに、胸が痛かった。  

 あの一撃が、誇りを汚したことは、誰よりも自分が知っている。

 そのやり取りを、アマンスは黙って見ていた。  

 盤の向こうから、セラフィナの言葉を聞きながら、彼の瞳は、静かにラヴィーネへと向けられていた。


(……ラヴィーネが死なずに済んだ……そう……そうなんだよな……)


 その事実に、彼は心の奥で静かに同意していた。  

 カイルが槍を突いたあの瞬間。もし、あれがなければ―― アマンスは、ラヴィーネを殺していた。


 あの一騎打ちは、互いの技量と精神を尽くした、誇り高い戦いだった。  

 だが、勝敗は明白だった。  

 ラヴィーネは、最後の一手を受けきれなかった。  

 アマンスの剣は、彼女の命を奪う寸前だった。


 もし、カイルが手を出さなければ自分は、ラヴィーネを確実に殺していた。  


 しかしそれは、日之出大翔が、高坂花音を殺していたことになる。


 その事実が、今も胸を締めつける。


 だから、口には出せない。  

 絶対に言えない。  

 だが、心の奥では――


(カノを殺すようなことにならなくてよかった……)


 そう、思っていた。

 その安堵は、苦悩と背中合わせだった。  

 アマンスの全てを失った痛みと、カノの命を奪わずに済んだ安堵。  

 その矛盾が、胸の奥で絡まり続けていた。


(まったく……異世界転生してから、かったるいことばかりだよ……本当ならチートスキルで楽勝人生とか、そういうものならよかったのにな……)


 そして、アマンスはふと、この世界に転生してからの人生を振り返った。


(ほんと、第二の人生はハードモードにもほどがあるぜ……)


 彼は、駒を指先で整えながら、静かに息を吐いた。  

 その音は、誰にも届かない。

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