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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第12話 かったるい

 アイソレイト帝国、帝都の夜は、戦の喧騒が嘘のように静かだった。

 バニシュ王国が滅びて数日。帝国兵たちは各地で残党狩りや反乱の鎮圧に奔走していたが、ラヴィーネの隊には休養が言い渡されていた。

 戦場から戻ったばかりの彼女たちには、傷を癒す時間が必要だと。

 だが、ラヴィーネにとって、休養は安らぎではなかった。

 アマンスのこと。

 さらに、元バニシュ王国の民たちの反発。 帝国の統治は始まったばかりで、混乱は収まる気配がなかった。

 仲間たちに相談したことで多少心が軽くなったものの、それでもまだ眠れない日々が続いていた。

 その夜、ラヴィーネは気分転換に帝都の街へと足を向けていた。 鎧を脱ぎ、黒の外套を羽織り、防犯のために剣だけを腰に下げて。

 深夜の街は、人通りもなく、風だけが静かに吹いていた。 石畳を踏みしめる音が、やけに響く。


「……静かね」


 ラヴィーネは、街路の灯火を見つめながら歩いた。 戦争の後とは思えないほど、穏やかな空気。


「………………!」


 だが、その空気がふと変わった。

 風の流れが乱れ、背筋に冷たい感覚が走る。


「……妙な気配を感じるわね」


 ラヴィーネは即座に足を止め、周囲に目を走らせた。

 暗がりの路地。 屋根の影。

 そして――


「……隠密」


 動く人影。

 彼女は、剣を抜いた。 月光を受けて、刃が静かに光る。


「何者だ」


 声は低く、鋭く。

 だが、返答はなかった。

 代わりに、影が一斉に動いた。


「――ッ!」


 ラヴィーネは跳躍し、斬撃をかわす。

 刃が石畳を裂き、火花が散る。

 隠密たちは、明らかに訓練された動きだった。

 そして、その太刀筋は明らかに「騎士の剣術」とラヴィーネは察した。


「問答無用、というわけね……王国兵の残党かしら?」


 ラヴィーネは剣を構え直し、応戦する。

 彼女の剣は鋭く、隠密たちの剣は弾かれて、顔を隠しているものの明らかに狼狽えた様子が見られる。

 だが、その中の一人が、構わずラヴィーネに斬りかかる。

 鍔迫り合い。

 刃と刃がぶつかり、火花が散る。


「……やるわね」


 ラヴィーネは、相手の剣筋に驚いた。

 ただの刺客ではない。 戦場を知る者の動き。

 そのとき、目の前の黒装束が叫んだ。


「ここは私が何とかする! 今のうちに、アマンス様を!」

「――ッ!?」


 声からして、目の前の黒装束は女。

 だが、そんなことよりも、女の叫んだ言葉、いや、名前にラヴィーネの瞳が見開かれる。


「アマンス……様?」


 女は、仲間の隠密たちに目配せし、路地の奥へと走らせる。


「待ちなさい!」


 ラヴィーネは追おうとするが、女の剣がそれを阻む。


「その剣技……そちらは帝国の騎士か……ならば、ここで死んでもらう!」

「……アマンスの腹心、というわけね」


 ラヴィーネは、剣を構え直した。


「なら、ここで止めるわ!」


 二人の剣が再び交錯する。

 夜の帝都。静寂を破る刃の音が激しく鳴り響く。


「夜鴉剣・連牙!」


 黒装束の女が叫ぶと同時に、闇の魔紋が地面に広がった。

 その刹那、黒装束女の剣が独特の軌道を描きながらラヴィーネに迫る。

 斬撃、突き、跳躍からの斜め斬り。

 怒涛の連撃。

 だが――


「……ふっ」


 ラヴィーネは、剣をわずかに傾けただけだった。その動きは、まるで風の流れに身を任せるような自然さ。

 一撃目を剣の腹で受け流し、二撃目を足の踏み込みで回避。三撃目は、刃の軌道を読んで、逆手で弾いた。

 火花が散る。

 だが、ラヴィーネの表情は一切変わらない。

 冷静に無駄のない動きで、まるですべての攻撃を予知していたかのような完璧な捌き。


「……っ、なんで……!」


 女は焦りを隠せなかった。

 ラヴィーネは捌きながら目の前の女の剣技は、王国騎士でも上位に位置するものだろうと感じ取っていた。

 だから相手も自信があったのだろう。だからこそ、自分の剣を真正面から受け止め、いなし、崩されることなく立つラヴィーネに激しく動揺した。


「夜鴉剣・幻影斬!」


 女が魔力を込め、分身を生み出す。 三体の幻影が同時に斬りかかる。 だが――


「小癪!」


 ラヴィーネの剣が、蒼白い弧を描いた。その軌道は、幻影の中心を正確に貫き、魔力の残像を霧散させる。


「……ば、ばかな、私の剣が……!」


 黒装束の女は強かった。その動きは鋭く、無駄がなく、殺意に満ちていた。

 だが、ラヴィーネに及ぶものではなかった。


「こちらからもいくわ!」

「ッ!?」

 

 今度はラヴィーネが小細工なしの力押しの剣を繰り出す。

 それだけで女の剣が弾かれ、体勢が崩れる。

 ラヴィーネの剣技は、まさに帝国の英雄と呼ばれるにふさわしいものだった。

 一撃一撃が重く、速く、正確だった。


「この女……強すぎる……!」


 隠密の女は、息を荒げながら後退した。

 暗がりでよく見えなかったラヴィーネの顔が、月光に照らされてはっきりと見える。

 その瞬間、覆面越しに女の瞳が見開かれた。


「……まさか……貴様……!」


 ラヴィーネは、剣を構えたまま無言で相手を見据える。


「貴様……アマンス様と戦場で一騎打ちをした女か!」

「……!」

「ッ! あの卑劣な……卑怯者の女騎士か! 貴様が、貴様らが、貴様らぁあああああ!」


 黒装束の女は激昂した。

 その叫びは、怒りと憎しみに満ちていた。

 ラヴィーネはその言葉にハッとした。一瞬、剣を構える手が止まる。

 その隙を、女は見逃さなかった。


「コロス!」


 鋭い斬撃が、ラヴィーネの胸元を狙って走る。

 だが、その瞬間。


「――ッ!」


 空気を裂いて、一本の槍が飛来した。

 鋭く、正確に、女の剣の軌道を遮る。


「っ……!」


 隠密の女は気配を察し、瞬時に飛び退いて槍を回避。

  二人の距離が一気に開く。

 女が槍の飛んできた方を睨むと――


「隊長、なにやってんですか?」

「……え?」


 ラヴィーネが驚いて振り返ると、そこにはレオニスやカイル、ミリアたちが、少し酔っぱらった顔で立っていた。


「いやぁ、まさかこんな場面に遭遇するとは……」

「俺ら、今夜は『隊長のお悩み対策会議』してたんすよ」

「飲みながら、隊長のこと語ってたら……なんか気になって、外に出てみたら……」

「まさか、隊長が夜の路地で斬り合ってるとは思わなかったっす」

「……隊長、休養中ですよ?」

「隊長ったら、いーけないんだーいけないんだー♪」


 ラヴィーネは、呆れながらも少しだけ笑みを浮かべた。


「……そうね。私も、まさかこんな展開になるとは思わなかったわ」


 そのとき――

 路地裏に走ったはずの他の隠密たちが、血相を変えて戻ってきた。


「ぐっ、こっちの道はダメだ!」

「手練れに塞がれている!」


 彼らの視線の先、 路地の奥からも、ラヴィーネの部下たちが現れた。


「ここからは行かせぬよ……」

「ジルジ! あなたまで……」

「ふぉふぉふぉ、……ジジイにも、道の通せんぼぐらいはできるからのぉ」


 隊の顧問の老兵ジルジを中心に剣を構え、静かに周囲を包囲していた。

 そして、ラヴィーネの部下たちはそのまま配置に付き、隠密たちは完全に囲まれていた。

 その状況下でラヴィーネは、剣を下ろしながら言った。


「……さて、話を聞かせてもらうわよ。アマンスの腹心たち」


 夜の帝都。 静寂を破る戦いは、仲間の登場によって終息へと向かっていた。


「……くっ……!」


 隠密たちは歯ぎしりしながら、周囲を見渡した。

 路地の奥も、建物の上も、すでに帝国兵たちに包囲されていた。

 酔いが残るとはいえ、ラヴィーネの部下たちは剣を構え、完全に退路を塞いでいる。


「ここは一旦引くぞ!」


 隠密の一人が、黒装束の女に向かって叫んだ。


「このままでは全滅する! 撤退だ!」

「な、ふ、ふざけるな! なぜ撤退する!」


 だが、黒装束の女は怒鳴りながら拒否し、ラヴィーネを睨みつけたまま。


「私たちがこんなことをしている間にも、アマンス様は……!」


 その声は、怒りと焦燥に満ちていた。


「何よりも、こいつらは……!」


 女の瞳が、憎悪に染まる。


「こいつらは、アマンス様を卑怯な手で……!」


 ラヴィーネの眉がわずかに動く。

 いや、ラヴィーネの部下たち銀翼隊全員がだ。


「戦場で、誇り高き一騎打ちを穢した! 仲間の槍で背後から……!」

「……!」


 その言葉に、ラヴィーネの動きが一瞬止まった。

 張本人であるカイルや、レオニスはハッとする。


「許せるものか……! 絶対に……!」


 黒装束の女は、怒りのままに剣を振り上げた。

 だが――


「いい加減にしろ、冷静になれ! アマのあんちゃんを助けるんだろ!」


 隠密の男が、焦りと怒りを滲ませて叫んだ。


「……でも!」


 女の声は震えていた。

 剣を握る手は、まだ戦意を失っていない。


「私たちがアマンスを助けるために、ここは引くの!」

「無理をするな。まだチャンスはあるはずだ!」

「今ここで捕まったら、全部終わる!」

「アマくんを助けるんだろ!」


 仲間たちの声が重なる。それは命令ではなく切実な想いだった。

 すると、黒装束の女は、ふと小さく笑った。


「……無理はするな、か」


 その声は、どこか懐かしさを含んでいた。


「……あの方も、こういうとき、きっと言うんだろうな。『かったるいから無理するな』って」

「ッ!?」


 その言葉に、ラヴィーネの瞳が揺れた。

 女は、剣を見つめながら続けた。


「それなのに……あの方は、誰よりも無理をして、誰よりも優しくて……!」


 その叫びは、怒りではなかった。それは、深い敬意と、愛情に近い感情だった。

 ラヴィーネは、はっとした。


 『かったるい』と口にして、誰よりも優しい。


 その言葉が、胸の奥に突き刺さる。


「……あの方は、必ずお救いする。国が滅びようとも、関係ない!」


 女は、剣を握り直し、隠密たちと共に一斉に一点に向かって駆け出した。


「ッ、カイル! そっちに行ったわ!」

「え……あっ、し、しまっ!」


 その瞬間、隠密たちは動揺するカイルたちの僅かな揺らぎを見逃さず、包囲網の隙を突いて、疾風のように駆け出した。


「く、くそ、逃げられ……何やってんだよ、俺ぇ!」

「やれやれじゃのぉ……」

「もぉ、何やってんのよ、カイル!」

「やられた……隊長、追いますか!」


 部下たちが剣を構える。

 だが、ラヴィーネはすぐに制した。


「待って。あれは……かなりの手練れ。深追いしても返り討ちに遭う」

「……では、どうします?」

「守備兵たちへ急いで通達を。帝都の出入り口を封鎖させて。逃げ道を塞ぐのが先」

「了解!」


 部下の一人がすぐに走り出す。

 残された者たちは、剣を下ろし、静かに息を吐いた。

 ラヴィーネは、ふと夜空を見上げた。

 

「かったるいと口にして、誰よりも優しい……そして、人気者……」


 その言葉が、再び胸に響く。


「キャラは似ても似つかないくせに、そういうところは……大翔と同じだなんて」


 ラヴィーネは、ふっと笑った。


「……まさに、かったるいわね」


 その笑みは、誰にも見られないように、夜の闇に溶けていった。



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