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転生女騎士と前世を知らぬふりする元カレ~二度目の人生で、愛する君は敵だった  作者: アニッキーブラッザー


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第11話 お悩み相談隊

 夕刻の軍司令部。

 作戦室の窓から差し込む光が、地図と報告書の束を淡く照らしていた。

 ラヴィーネは、部下たちの前に立っていた。

 その表情は、いつもの冷徹な指揮官のものではなかった。少しだけ、迷いを含んだ瞳。

 そして、言葉を選びながら、静かに口を開いた。


「……私は、今、悩んでいる」


 その一言に、部屋の空気が変わった。

 部下たちは一斉に顔を上げ、驚いたように彼女を見つめた。


「……隊長が、悩みを?」

「マジで?」

「いやいや、冗談でしょ……?」


 ラヴィーネは、少しだけ苦笑した。


「ほ、本当よ。だ……だから……だからね、その……そ、相談に乗って欲しいの」


 その瞬間――


「「「「「ええええええええええええええええええええええええっ!?」」」」」


 作戦室が爆発したかのような驚愕の声が響き渡り、椅子が倒れ、書類が舞い、騎士たちが一斉にひっくり返った。


「隊長が……相談……!?」

「誰か、記録係呼んで! これは歴史的瞬間だ!」

「いやいやいや、何かの冗談だろ!? 幻聴!? 俺、幻聴聞いてる!?」

「ミリア、叩いてくれ! 夢なら覚めたい!」

「え、いいの? 遠慮なく!」

「痛っ! ……夢じゃない……!」


 騎士たちはざわざわと小さな輪を作り、顔を寄せ合って騒ぎ始めた。


「どーしちまったんだよ、隊長! いや、今日の隊長は本当にどうしたんだ!?」

「やっぱり俺の所為で……! 俺が余計なことして、隊長がアマンスに償いを――」

「カイルしつこい! いや、でもほんとに……そこまでアマンス絡みでショックが?」

「だって、あの一騎打ちのあとから、隊長の様子変わったじゃん」

「皇帝に進言した時も変だったし……」

「でも、相談って……何を? 戦略? 統治? それとも……恋?」

「恋はない! ……たぶん!」

「いや、でも『悩んでる』って言ったんだぞ? 隊長が! あの鉄の女が!」

「俺、ちょっと泣きそう……」

「泣くな! まだ何も始まってない!」


 その騒ぎの中、ラヴィーネは少しだけ目を伏せていた。頬が、ほんのわずかに赤く染まっていた。


(……こんな反応になるとは思ってなかったわ)


 だが、彼女の胸の奥には、確かにあった。誰かに頼りたいという気持ち。誰かと、共に悩み、考えたいという願い。

 そして今それを、初めて口にした。

 騎士たちは、ようやく騒ぎを落ち着けながら、ラヴィーネの前に整列した。 誰もが、真剣な顔に戻っていた。


「……隊長。俺たちでよければ、全力で相談に乗ります」

「はい。どんなことでも、聞かせてください」

「……ただし、恋の悩みだったら、ちょっと覚悟が必要ですけど」

「ミリア、黙って」


 ラヴィーネは、少しだけ笑った。


「……ありがとう。じゃあ、少しだけ話すわね」


 その声は、静かで、でも確かに温かかった。

 そして、夕刻の作戦室には、これまでにない空気が流れていた。それは、鉄の女が見せた『人間らしさ』に、皆が触れた瞬間だった。


「私は、帝国の勝利の先にある統治について、どう向き合えばいいのか……分からなくなっている」


 そして、ラヴィーネは語り出す。

  騎士たちは、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返り、彼女の言葉を聞いた。


「私は……今、帝国がどうあるべきかを考えている。戦争には勝った。でも、統治はまだ始まっていない。王国民の心は、剣では縛れない。それは、アマンスとの会話で痛感したことよ」


 その名が出た瞬間、空気が少しだけ揺れた。カイルが小さく肩をすくめ、ミリアがちらりと彼の顔を見た。


「……彼に言われたの。『王国民とどういう関係になりたいのか』って。敵として、憎しみ合うのか。支配者として、恐怖で縛るのか。それとも、同じ大地に生きる者として、共に歩むのか……って」


 ラヴィーネは、少しだけ目を伏せた。


「私は、正直……まだ答えを持っていない。一人で考えても答えを出せそうにない。だから、皆と一緒に考えたい。帝国の未来を、どう築くべきか。私たちは、王国民とどういう関係を望むのか……それを、聞かせてほしい」


 その言葉に、騎士たちは真面目な顔で黙り込んだ。

 だが、心の中では全員が叫んでいた。


(重てえええええええええええええええええええええええええっ!)

(いやいやいやいや、隊長!? 急にそんな哲学みたいなこと言われても!?)

(関係って何!? 外交!? 恋愛!? どのジャンル!?)

(俺、剣の使い方しか習ってないんだけど!?)

(それって俺らが考えることですか?)

(俺ら兵隊っすよ? 為政者でもないのに、国の統治とか……)


 全員が真面目な顔を保ったまま、内心では大混乱。

 目線を泳がせ、誰かが先に口を開いてくれるのを待っていた。

 そのとき――


「……私はね」


 いつも軽口ばかり叩いているミリアが、ぽつりと口を開いた。その声は、いつになく静かで、真剣だった。


「今すぐは無理だと思うけど……せっかく戦争が終わったんだから、歳の近い人たちと、友達になれたらいいなって思うの。王国の人たちって、敵だったけど……同じくらいの歳の子もいっぱいいるでしょ? 話してみたら、意外と普通だったりするかもしれないし……」


 彼女は、少し照れくさそうに笑った。


「……なんか、仲良くなれたらいいなって。戦うだけじゃなくて、遊んだり、笑ったりできたらいいなって。それって、ダメかな?」


 その言葉に、騎士たちは一斉にミリアを見た。

 ミリアの言葉は、いつになく真剣だった。その声には、子供っぽい素直さと、未来への希望が込められていた。

 作戦室に沈黙が落ちる。

 誰もが驚いていた。あのミリアが、そんなことを考えていたなんて――


「……意外だな」


 副長レオニスが、ぽつりと呟いた。


「いつも軽口ばっかり叩いてるくせに、こんな時だけ真面目なこと言いやがって……」


 そして、レオニスは苦笑しながらも自分も自分なりの意見を口にする。


「でも、俺は……隊長には申し訳ないが、すぐには無理だと思う」

「レオニス……」

「王国の兵に、仲間を殺された。あいつの顔、今でも夢に出る。『お互いさま』って言われても……それでも、あいつは帰ってこない」

 

 真剣だからこそ、たとえそれがラヴィーネの望まぬ意見だったとしても、正直な言葉を口にした。

 すると、レオニスに同意する者たちも頷いた。


「……俺もだ。戦場で、王国兵に囲まれて、仲間が一人ずつ斬られていった。あの時の叫び声、今でも耳に残ってる。だから、ミリアの言うことが間違ってるとは思わないけど……すぐに笑って話せるほど、心は整理できてない」


  別の騎士が頷く。


「俺は、そもそも考えたこともなかった。隊長の命令に応えたくて、仲間を守りたくて、ただ必死だった。王国の兵が敵だってこと以外、何も考えてなかった。だから、急にそんなことを言われても……」


 カイルが、ぽつりと呟いた。


「ワシは、昔から王国の兵は『殺すべき敵』としか考えていない。そう教えられてきたし、そうやって生きてきた。王国の兵を斬るのは任務だった。感情なんて持ってはいけないと思ってた。じゃから戦場で、迷いなく斬った。それが正しいと思っていた。それを戦争が終わったからといってひっくり返せぬよ」

「ジルジ……そうね」


 隊の顧問的な立ち位置でもある 年配の老兵ジルジもしみじみと呟く。

 各々の意見や想いを口にする。

 気づけば、作戦室は活発な議論の場になっていた。


「でもさ、ミリアの言うことって、ちょっと夢見すぎじゃない?」

「夢でも、誰かが見なきゃ始まらないでしょ」

「それはそうだけど……現実は、そんなに甘くない」

「でも、現実を変えるのって、こういう話からじゃない?」

「確かに。でも、俺らはこれからは、あいつら……元バニシュ王国の兵たちと一緒に戦うわけだよな」

「そうだよな。捕虜の中から再編成される部隊もあるって話だし」

「一緒に戦うってことは、信頼が必要になる」

「でもさ、俺らも家族や仲間を殺されたんだぜ? 簡単に割り切れるかよ」

「それでも、隊長が言ってたじゃん。『どういう関係になりたいのか』って」

「……隊長、どう思います?」


 その問いに、ラヴィーネはしばらく黙っていた。

 まとまらないバラバラな意見。

 答えなんて出そうにない。

 しかし、ラヴィーネは思った。


(答えなんて、すぐに出ないのは当たり前よ。でも、今こうして皆の意見を一つ聞いただけで……たったこれだけの人数でも、こんなに違う考え方がある。それなのに、私一人の想いや判断で、どうにか答えを出そうとしていた……アマンスの言う通り、一人でどうにかできる話ではなかったのに……)


 そしてラヴィーネは、少しだけ目を伏せてから顔を上げ、ふっと笑った。


「もっと話し合いましょう。皆で」


 それは、ほんの一瞬の微笑だった。

 けれど、確かに柔らかく、温かく、彼女の表情を変えた。


(((((ッッッ!!!!???? か、……かわい―――)))))


 誰も声を出さなかった。誰も騒がなかった。けれど、隊員たちの心の中は、確実にざわついていた。


(……え、今……隊長、笑った……?)

(まじか……あの鉄の女が……)

(いや、かわいすぎるだろ……)

(ちょっと待って、今の笑顔、反則じゃない?)

(俺、今ならどんな命令でも従える気がする……)

(隊長が笑っただけで、なんか全部うまくいく気がしてきた……)

(……好きかもしれない)

(す、好きじゃ、この歳になってオナゴに惚れた!)


 それは、奇しくもバラバラだった隊員たちの想いが一致した瞬間でもあった。


(私は、一人ではない……この世界でも、もう一人じゃない……)


 その思いが、胸の奥で確かに灯っていた。

 そして今、帝国の未来は少しだけ柔らかく、少しだけ優しく動き始めていた。


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