第八十四話 双方の誤解
「すまない……もう一度言ってくれないか?」
「はい……魔猿ウィッキー子爵様たちですが、全員が倒されたようです」
「本当なのか? それは? 一人も残さずにか?」
「はい……現時点で一人も戻って来ないということは、ほぼ間違いなく……」
「そんなバカな……」
魔王軍のテリトリーに侵入して弱い者イジメをしていた人間の冒険者たちを駆除するため、私は実力者四名を送り出した。
負けるなんて可能性はまったく考慮しておらず……もしかして、その冒険者たちは凄腕なのか?
「とんでもない連中が、我らの縄張りで暴れているようだな」
いや、それにしては変だ。
各地に配置している幹部連中に、一人も犠牲者が出ていないのだから。
連中が弱いモンスターたちばかり倒していたにしても、運悪く幹部たちに遭遇してしまうこともあるはず。
魔猿ウィッキー子爵たちを倒せるのなら、幹部たちはもっと簡単に倒せるはず。
それなのに、幹部たちを倒していないということは……。
「そうか! あの時の人間側の突出作戦か!」
あれは人間側が、我ら魔王軍による城塞都市攻撃を防ぐため、こちらの戦力を釘付けにするために行われたと理解していた。
奇襲に成功した少人数編成の冒険者たちは城塞都市に戻ったはず……という判断が誤りだったのだ。
「どういうことでしょうか?」
「実は、かなりの数の冒険者グループが、魔王軍のテリトリーに入り込んでいるのだと思う」
彼らはわざと弱いモンスターたちばかり倒してこちらの気を引き、私が送り出した魔猿ウィッキー子爵たちを大勢で囲み込んで倒した。
それなら、魔猿ウィッキー子爵たちもひとたまりもないであろう。
「なんと卑怯な、人間め!」
「仕方があるまい」
我ら魔王軍と人間は、お互いに種族の存亡をかけて戦っているのだ。
軍事作戦に卑怯もクソもない。
「ならば、領内に討伐部隊を送り込みますか?」
「無駄だろうな」
人間の冒険者たちの数が不明だし、こちらが討伐軍を送り出せば、彼らのその性質上隠れてしまうはずだ。
それに我ら魔王軍の連中は、人間のような作戦行動ができる奴が少ない。
本能に逆らわずに動く奴が多いから仕方がないのだ。
「では、いかがなさいますか?」
「『策士、策に溺れる』。どこか別の世界の言葉だそうだが……」
魔猿ウィッキー子爵たちを数で囲んでとはいえ、倒せる人間。
となれば、あの城塞都市でも主力級の戦力のはず。
そんな連中が多数抜けている城塞都市は、かなり防御力が低下しているはず。
なので今、我らが手薄な城塞都市を襲えば、陥落は難しくても人間に大きな損害を与えられるはずだ。
「私が兵を率いて、城塞都市に攻撃する」
「しかし、魔王軍はいまだ戦力再編が終っておりません……」
「あくまでもフリだけだ」
魔王軍の大軍が城塞都市に迫れば、我らの勢力圏でコソコソしている連中は急ぎ戻るはずだ。
なにしろ連中は主力で、いなければ城塞都市を守れないかもしれないのだから。
「なるほど。手薄な城塞都市が攻撃されると困る人間たちは、こちらに放っている冒険者たちを呼び戻すでしょうな」
「そういうことだ」
城塞都市は落とさない。
もし落とせても犠牲が多ければ、再び放棄しなければいけないので意味がないからだ。
あくまでも、我らの勢力圏で好き勝手している冒険者たちを呼び戻させる。
人間たちも、そう余裕があるわけではないからな。
「暗黒魔導師様が自ら出陣するのは、やはり言うことを聞かない元他の四天王の配下たちが暴走しないようにですか?」
「そういうことだ」
逆らったら魔法で焼き払う。
そのくらい脅さないと、あの脳筋どもは命令を聞かないからな。
モンスターの宿命と言われればそれだけだがな。
「というわけで、私は出陣する。留守を任せるぞ」
「はっ! かしこまりました」
これでどうにか、我が領内で暴れている連中が撤退してくれればいいのだが……。
今は出陣の準備を進めよう。
「ロッテ伯爵、貴殿の指揮するホルト王国軍のみが反対というわけだな?」
「ようやく防衛体制が整ったのだ。どうしてわざわざ外に出て魔王軍と野戦をしなければならない? この城塞都市に籠って防衛すれば、犠牲も少なくて済むではないか」
「しかしながら、貴国の若い将兵たちは出陣をしたがっていると聞くぞ」
「不思議な話ですな。ホルト王国軍の総司令官は私なのに、貴殿らは若い将兵の意見がホルト王国軍の総意であると? では私はなんのためにいるのですか? それとも貴殿らは、ホルト王国軍の若い将兵たちに命令違反をするよう唆している、という事実を認めるわけですか?」
「そこまでは言っていない」
「せっかく外に出て戦うのだから、バルト王国軍と派遣軍全軍でやった方がいいであろうと思ったのだ」
「我らは城塞都市の防衛を担当します」
「そうですか……」
作戦会議の空気は最悪だ。
なぜなら、どういう理由なのかは不明だが、かなりの数の魔王軍がこの城塞都市を目指しているという報告が入ってきたからだ。
魔王軍には余裕がなく、先日の攻防戦でも大きな損害を受けたはず。
つまり、あの軍勢を殲滅すればマカー大陸解放の日は近いはず。
そう考えた、バルト王国軍とホルト王国軍以外の派遣軍は城塞都市を出ての決戦を主張した。
城塞都市に籠っての防衛戦闘だと、魔王軍に大打撃を与えることが難しいと判断したのであろう。
ロッテ伯爵の副官でしかない私だが、この作戦は無謀としか思えなかった。
せっかくアーノルド殿たちの協力で、城塞都市の増改築や修理、新しい武器や補給物資の確保にも目途がついたというのに、それを無駄にする行為だからだ。
第一、その野戦で勝てる保証がない。
軍官僚であるロッテ伯爵は冒険を嫌って作戦に反対したようだが、今回はその判断は正解であろう。
「ならば、我らが大功をあげるところを大人しく見ているがいい!」
ロッテ伯爵は、他国の司令官に嫌味を言われても表情一つ変えなかった。
会議が終わり、私たちも会議室をあとにする。
「デルクス、なぜ魔王軍は再び城塞都市に押し寄せたのだ? いまだ戦力の再編も補充も終わっていないだろうに」
「ブラフ……でしょうか?」
魔王軍の戦力再編が終わるまで、しばらく我らをこの城塞都市に閉じ込めるため。
つまり、本当に戦うつもりがないのだと考えれば、今回の出兵も理解できる。
補充したばかりのモンスターたちを、行軍や集団戦闘に慣れさせるためというのもあるのか。
「しかしながら、我らを除けば味方は全力出陣だ。魔王軍側も想定外の事態であろうに」
「確かに……。魔王軍も、まさか人間がほぼ全力で出陣してくるとは思わなかったはずです」
「だろうな。まったくどいつもこいつも……戦には物資が必要だというのに……ホッフェンハイム子爵公子殿たちの努力が、また水の泡だな」
これは意外だった。
最初、この城塞都市に入って来たアーノルド殿たちを邪魔者扱いしていたロッテ伯爵が、彼らを評価していたなんて。
まああれだけ補給に協力してくれたのだ。
軍政畑のロッテ伯爵なら、彼らを評価してもおかしくはないか。
「ただ守ればいいものを……人間の欲とは浅ましいものだな」
魔王軍との戦いで大きな功績をあげ、それを利用して本国で栄転する。
さらにこのところ魔王軍の活動が弱まっていたので、彼らは余計に野心を抱いてしまったのであろう。
今全力で戦えば、魔王軍に壊滅的な打撃を与えられると思っているのだ。
「魔王軍に大きなダメージは与えられるかもな。その分、こちらも相応にダメージを受けるが……」
共に大きく戦力を失うかぁ……。
ここで戦力を失ってしまうと、また再建するのに多くの時間と物資と資金が……。
ロッテ伯爵は軍官僚なので、その犠牲を容認できないのであろう。
なによりここは、完全な補給が約束できないマカー大陸という外地なのだから。
「しかしながら、我らでは止めようがありません」
「指揮権がないからな。それにしても、他国の派遣軍はともかくバルト王国軍まで冒険に走るとは……」
確かに、いまだ大半の領地を魔王軍に占領され、なかなか戦力の補充もできないバルト王国軍までもが勇んで出兵してしまうとは……。
大方、ここで活躍しなければ戦後他国に舐められるとか、借金を返せない代わりに領土の割譲を求められるかもしれないとか。
そんな理由からであろうが……。
魔王軍に蹂躙され、ほぼ無人になった飛び地など、末端の貴族は知らないが、どこの国も欲しがらないと思うのは私だけか?
「もしかしたら、大決戦の隙にこの城塞都市を狙う別動隊がいるかもしれない。守りを固めよう。あとは……」
「負けた時に、なるべく味方を収容できるようにですね」
「そういうことだ」
さて、人間の欲から飛び出した無謀な大決戦。
これがどんな結果をもたらすことやら……。
兵たちの犠牲を減らすため、アーノルド殿たちとも連絡を取った方がいいのであろうか?




