第八十一話 新しい仲間
「……モンスターがいないですね、アーノルド様」
「大半が、城塞都市に釘付けなのかもしれないな(これはちょっと想定外だったかも。ゲームでモンスターが出なくなるなんてことはないし)」
「アーノルド様、どうかされましたか?」
「なんでもないよ、リルル」
「それで、アーノルドはどこに向かっているの?」
「ちょっと寄り道だよ、ローザ」
「寄り道?」
「新しい仲間を迎えに行くのさ!」
無事、城塞都市への物資供給を終えた俺たちは、彼らの奇襲作戦に合わせて魔王軍の包囲網を突破し、そのまま北上を続けていた。
裕子姉ちゃんが次になにをするのかと聞いてくるが、それはずばり、新しい仲間を手に入れるのである。
攻撃魔法が冷遇されているシャドウクエストにおいて、唯一といっていいほど攻撃魔法能力に長けた天才がいる。
その人物を、仲間兼我がホッフェンハイム子爵家の家臣にするのが狙いだ。
その人物は、すべての攻撃魔法の上級を習得できる才能を持ち、基礎ステータスも高かった。
だが、ゲームだと隠しキャラ的な存在で、かなりあとになってやっとその存在が知られるようになっている。
その人物を仲間にすると、大火力でモンスターを薙ぎ払えるようになるというわけだ。
大半のプレイヤーは二周目以降にならないと気がつかず、だが大半のプレイヤーはシャドウクエストを二周もしない。
まさに幻の仲間というわけだ。
「(それは、弘樹のゲーム知識なの?)」
「(イエス!)」
「(じゃあ、間違ってはいないのね)」
裕子姉ちゃんに信じてもらえたようだけど、ゲームの設定だから信じてもらえるというのは微妙だな。
「あの村ですか?」
「そうだね」
ヒンブルクから北に徒歩で丸一日ほど。
山の上に、その小さな村はあった。
よく魔王軍に襲撃されないなと思ったが、ゲームでもそうだったからなぁ……。
高地にある小さな村なので、攻め落とす価値がないと魔王軍に思われたのかも。
村に入ると、外の人間が珍しいのか。
俺たちは、多くの村人たちの注目を集めてしまった。
「さっさと目的を達成しよう」
ぶっちゃけ。
ゲームだとそのキャラを得られる以外、他になにもない村だからなぁ……。
そのキャラを仲間にできることが判明するまで、村の存在意義が不明だったくらいだから。
地元の住民向けの雑貨店くらいしかお店もなく、ここでなにかいい武器やアイテム、素材が買えるわけでもない。
本当になにもない村なのだ。
「それで、どんな人なの?」
「ちょっと待ってね」
小さく人口も少ない村なので、目的の人物を探すのに苦労はしないはずだ。
というか、すでに村人のほぼ全員が外の人間珍しさに集まっていた。
俺はその中から、目的の人物を探せばいいのだ。
「いた!」
「どの人?」
俺は裕子姉ちゃんの疑問の声を無視して、その人物の下に駆け寄る。
そうすれば目的の人物が誰なのか、おのずとわかるからだ。
「君! 我がホッフェンハイム子爵家に仕官しないか?」
「えっ? ボクがですか?」
「そうだ! 君だ! 君は類まれなる才能に恵まれているのだ」
「ボクが才能……ですか?」
俺から才能があると言われても、いまいちピンときていない線の細い美少年……。
いや、俺は知っている。
実は彼が女性であることを。
彼……いや、彼女の名はオードリーといい、病死した両親の家と畑を守りながら、村の猟師としてモンスターも狩る少女であった。
そんな彼女が、どうして男装をしているのか。
それには深い理由があった。
同じ村に住む彼女の父方の叔父が最低な人物で、隙あらば彼女から家と畑を奪おうとしていたのだ。
彼女が生まれてからずっと体調を崩していた父親は、オードリーが女性であることが弟に知れた場合、自分の死後に家と畑を奪われると思い、彼女を男子として育てた。
ゆえに、彼女の村での名前はダストンだったりする。
彼女の父親は、死ぬまでに狩りを教えた。
弓の特技は中級止まりであったが、村では優れた猟師兼冒険者なので、最低な叔父が彼女の家と畑に手を出すことはなかった。
そして実は、本人すら気がついていない才能があったのだ。
『オールハイマジック』。
彼女のみが特技の書を使えば手に入れられる非常に特殊な特技であり、これはすべての『攻撃魔法』の系統が上級という、確率でいえば神のイタズラに等しいと言われているものであった。
「そうだ。うちに来れば我がホッフェンハイム子爵家の家臣になれるぞ」
「ボクが貴族様の家臣……」
オードリーは、自分が貴族の家臣になれるなんて信じられないといった表情を浮かべていた。
「僕は、ホルト王国のホッフェンハイム子爵家公子アーノルド。これがその証拠だ」
田舎だとたまに騙りの偽貴族が出現するそうなので、俺は貴族の証明である家紋入りのナイフを村人たちに見せた。
家紋の偽物もあるらしいが、そこまでやって捕まると確実に死刑なので、偽物は口と豪華な服装だけでどうにかする者が多いと聞く。
だから俺が偽物とは思われないはずだ。
「ダストン、素晴らしいじゃないか!」
村人の中から一人中年男性が出てきて、俺から仕官の誘いを受けたオードリーを賞賛し始めた。
間違いなく、彼はオードリーの叔父だ。
彼からすれば、俺が本物でも偽物でもどちらでもいいのだ。
オードリーが村を出ることになれば、彼女の家と屋敷が手に入ると思っているのだから。
こんな田舎の家と畑……と思わなくもないけど、この村においてはひと財産だ。
喉から手が出るほど欲しいのであろう。
「本当にボクに才能があるのですか?」
「ああ、僕は知っているよ(オードリーに才能があることを)」
意地が悪いと思ったが、実はこれがゲームにおけるオードリーを仲間に加える条件なのだ。
実はゲームだと、一度クリアーしないとオードリーが女性であることと真の名前が判明するイベントが発動しないのだが、俺は元から彼女の本名を知っている。
それを囁けば、彼女は仲間になってくれるのだ。
「……あなたは、ボクの両親と知り合いなのですか?」
「いや、会ったことも名前も知らないな。ただ、ホッフェンハイム子爵家の跡継ぎである僕が君の才能を感じただけだ。このまま村に居続けるか、それとも新しい世界に乗り出すか、それは君自身が決めることだ」
「……」
オードリーは悩んでいた。
それもそのはず。
彼女は別に、そこまで家と畑に拘っていないからだ。
亡くなったご両親からも、無理に村に留まって不幸になるくらいなら、家と畑を捨てて外の世界に飛び出せと言われていた。
だからオードリーからすれば、俺の提案は渡りに船なのだ。
「ダストン、素晴らしいではないか。お前は若いのだから、新しい世界に飛び出した方がいいぞ」
「……」
オードリーからすれば、叔父の魂胆など見え見えであった。
彼女が村を出ていけば、自然と残された家と畑が自分のものになると思っているからだ。
ゲームのシナリオどおり、セコくて性格の悪い男だな。
「本当に、ボクに才能があるのですか?」
「100パーセント間違いない。僕が、ホッフェンハイム子爵家公子であるアーノルドが保証する」
それは保証できるさ。
実際に才能があるのだし。
「わかりました。お世話になります」
「よかった。これより君は、ホッフェンハイム子爵家の家臣だ」
無事、シャドウクエストにおける数少ない攻撃魔法の名人オードリーを仲間にすることに成功した。
あとは、特技の書と各種基礎ステータスを上げるアイテムで強化すれば、残り一人の四天王暗黒魔導師を比較的簡単に倒せるのだから。
「よかったな、ダストン」
オードリーの叔父も喜んでいるが、お前の魂胆はとっくにお見通しというのもあるが、田舎者で世間知らずなのかな?
お前の思う通りにはならないと思うけど。
まあいいか。
すぐにわかる話だからな。
「ダストン、村を出るにあたって家と畑だが……」
「あっはい」
俺がなにを提案するのか。
多分自分の都合のいい風にしか受け取っていない叔父は、自分が貰えるものだと勝手に勘違いしているようだ。
そこまで自分がオードリーから好かれていると思っていたら、これはある種の才能であろう。
「村長さんに売ればいいのでは?」
「そうですね。村長さん、いかがですか?」
「そうだな。ダストンの大切な人生の船出だ。その資金で色々と準備すればいいさ」
「ありがとうございます、村長さん」
「思い立ったら吉日とも言う。すぐに荷物を纏めた方がいい」
「わかりました」
どういう根拠なのか。
オードリーの持つ家と田畑が自分のものになると勘違いしていた叔父は、一人唖然としていた。
正気に戻るとバカみたいなことを言い出しそうなので、俺たちはすぐに村を出る準備を始める。
正直にいうと、オードリー以外この村に用事なんてないからな。
「ではこれを」
「村長さん、かなり多いのでは?」
「祝儀も含めてだ。ちゃんとホッフェンハイム子爵家にお仕えするのだよ」
「元気でな、ダストン」
「出世しろよ」
村人たちの見送りを受け、俺たちとオードリーは村をあとにする。
唯一、例の叔父だけは、依然として呆けたままであった。
どうして自分が無料で貰えると思ったんだか……。




