第六十三話 報告
「裕子姉ちゃん、アイアンクローは駄目! 顔がぁーーー!」
「シナリオの修正力舐めんなよ! おらぁ!」
「痛いーーー!」
帰省を終えて家に戻った俺は、すでに同じベットで寝ることに違和感を抱かなくなった裕子姉ちゃんに、ホッフェンハイム子爵家がゲームの主人公セーラを養女にしたこと。
俺が義兄になったこと。
彼女はいい子なので、きっと裕子姉ちゃんの心配は杞憂であると。
そう報告した途端、俺の顔面に裕子姉ちゃんのアイアンクローが炸裂した。
共に力の基礎ステータスが100なので、本気を出せば握力で小石を粉々にできるため、裕子姉ちゃんは力をかなり抜いていた。
それでも痛いものは痛いのだけど。
「甘い! 弘樹は甘すぎるわ! まるでハチミツに砂糖を混ぜたかのように!」
「それは甘いな!」
裕子姉ちゃんからしたら用心に越したことはないのだろうけど、現時点のセーラは父親を亡くしたばかりだというのに周囲に悲しい素振りを見せず、懸命に生きようとする健気な少女だ。
それに加えてとても可愛い。
変に裕子姉ちゃんが警戒して先走ると、それこそ悪役令嬢化して自滅するだけだと思うけど……。
「今は様子見でいいんじゃないの? セーラはうちの母も気に入ったし」
セーラは物心つく頃から、父一人娘一人だったそうだ。
母親の記憶はあまりないようで、うちの母を慕っているそうだ。
母も、セーラを実の娘のように可愛がっていると聞く。
「将来の嫁姑問題を考えるに、先に手は打てないかぁ……。冷静に考えてみれば、セーラがどんな人か会ってみないとなんとも言えないわね。そのうちこっちに遊びに来るんでしょう?」
「そうなると思う」
「なら、その時にセーラを見極めればいいわ」
俺もそれでいいんじゃないかと思う。
なんの咎もないセーラをローザが責め立てたら、それこそ悪役令嬢じゃないか。
世界観的に、裕子姉ちゃんが不幸に陥りそうな予感がする。
「それよりも、今は錬金工房が忙しい。急に忙しくなったね」
「王国軍の注文が多過ぎるのよ」
そういえば、魔王軍との大会戦で勝利して重要拠点である城塞都市を取り戻したとか。
その城塞都市ってシャドウクエストだとずっと廃墟だったはずで、ゲームとは歴史の流れが変わってしまったのか。
当然バルト王国と派遣軍はここに一大防衛拠点を再構築して、これ以上の魔王軍の侵攻を阻止しようとするはずだ。
大都市の維持には多くの物資が必要なわけで、だから注文が多いんだろう。
「弘樹の作る、AとSの傷薬(小)が人気みたい。これなら、傷薬(中)はいらないって」
「確かに」
シャドウクエストあるある。
ある程度錬金を極めると、傷薬(中)がいらなくなるのだ。
A、Sの傷薬(小)なら中程度の負傷に十分対応でき、それこそ大怪我や致命傷寸前の傷なら傷薬(大)がある。
中途半端でいらない子扱いされるのが、傷薬(中)というわけだ。
作る方としては、材料費の関係でありがたい話ではある。
勿論、品質A、Sを安定して錬金できる腕があっての話だけど。
「仕事するかな」
「私も! セーラが出てきてしまったし、没落に備えないと」
「あのさぁ、裕子姉ちゃん」
「なによ?」
「セーラが、ラーベ子爵家の娘なら気がつかなかったの?」
先に教えてくれれば、俺もそれなりの対応が……。
無理か!
裕子姉ちゃんには言わないけど。
「それがね。ゲームの作り込みが足りなかったのか、意図的にそうしたのか。セーラの実家が改易された事実のみしか情報がないのよ。ゲーム中にも彼女の家名が出てこないから、気がつくこともできなかったわけ」
ゲームだと、セーラは姓がなかったってこと?
さすがにそれは……。
「それって、絶対にゲーム会社が手を抜いたんだと思うよ……」
普通、そのくらいの設定は考えているはずなのだから。
というか、裕子姉ちゃんはよくそんなゲームが好きだよな。
やっぱり、綿密に設定が練り込まれたシャドウクエストだよ。
「ノンノン、セーラは実家を改易されたから、実家の名を名乗るのも憚られるって設定なの。だからローザが意地悪をするわけ。元の家名も名乗れないような娘が、自分の婚約者や名だたるイケメンたちと仲良くなってしまう。これはもう排除するしかないと。それに、細かな設定が沢山あればいいってものじゃないわよ。シャドウクエストなんて死に設定ばかりじゃない」
「そこがいいんだよ!」
残念ながら俺と裕子姉ちゃんは、ゲームの好みだけは折り合えないようだ。
別になにか問題があるってわけでもないけどね。
さて、明日からも錬金に勤しむか。




