第五十九話 プラチナナイト戦
「アーノルド様、大変申し訳ありませんが……」
「あっ」
「お気づきですか? アーノルド様も」
「うん? なに? アーノルド」
「とてつもない殺気を感じる。狙いは……」
「アーノルド様ですね。この殺気、人間では無理です」
「あんな仕事、引き受けなければよかったかな?」
今日も商売繁盛で、明日に備えて寝ていたら、真夜中にビックスに起こされた。
起きた途端、俺は自分に向けられた強烈な殺気を感じてしまう。
ここまで殺気が強いと、戦闘経験の浅い俺でも気がついてしまう。
「こういうのって、普通は気配を消さないか?」
「相当自信があるんでしょうね」
俺を確実に殺せる自信があるのか。
そんな自信、持たないで欲しいな。
「アーノルド様! ローザ様!」
続けて、リルルが俺の部屋に入ってくる。
すでに霊糸でできたメイド服を身に纏い、アルミとチタンの二重構造のトレイ(盾代わり)を腕につけ、チタンのナックルを手に嵌めていた。
戦闘準備は万端なようだ。
「逃げられるかな?」
「無理じゃない?」
「だよね」
殺気の持ち主の狙いが俺である以上、逃げてもずっと追いかけてくるだろう。
ならば……。
「リルル、レミーと一緒に助っ人を呼んできてくれ」
「私も戦います!」
「残念ながら、この殺気から察するに時間稼ぎがせいぜいだ。シリルのお姉さん、エリーさんがいればラッキーかも。リルル、一秒でも早く頼むぞ」
「わかりました!」
リルルは、駆け足で俺の部屋から出て行った。
レミーと共に、優れた助っ人を一秒でも早く頼む。
「私たちは戦いの準備ね」
「そういうこと」
俺と裕子姉ちゃんは、霊糸のローブ、チタンとアルミの二重片手盾、チタン製の武器に、それぞれ 『収納カバン』に戦闘で使えそうな錬金物を詰め込めるだけ詰め込んで、ビックスと共に外に飛び出した。
「なんだ、本当にガキなのか……」
「鎧が喋った!」
「最悪だ……」
俺のシャドウクエストの知識が正しければ、この動くプラチナ製の全身鎧は、魔王軍四天王の次席プラチナナイトであったからだ。
「アーノルド様?」
「死ぬな、とにかく時間を稼げ。攻撃なんてしようと思うな。攻撃の回避と防御に徹しろ。いらぬ欲が死を招く」
「了解です」
「(弘樹?)」
「(討伐推奨レベル三百、ゲームの後半に出てくるボスだよ)」
「(オワタねぇ……)」
まさか、やっとステータスがカンストしてレベルを上げ始めた俺の命を、ゲーム後半に出てくるはずのボスが狙いにくるとは……。
やはりゲームと現実は違うというわけだ。
「こんなガキが、敵の全軍に新装備を用意した凄腕の錬金術師なのか。いまいち信用ならないが、アンデッド公爵の情報だからな。間違いはないはず」
「死体をアンデッドにして、情報を引き出したのか?」
「お前、敏いな」
まあ、ゲームの知識だけどな。
「でも、派遣軍は勝利したのでは?」
「勝ち戦でも犠牲は出るさ。ホルト王国の貴族が討ち死にして、そこから情報が漏れたんだろうな」
「正解だ。では、死ね!」
「っ!」
駄目だ!
ほとんど攻撃が見えない。
俺が剣を構える前に、プラチナナイトのプラチナソードによって袈裟斬りにされてしまった。
「ひっ、アーノルド!」
「一撃だったな」
プラチナナイトの一撃で、俺の体は斜めから真っ二つにされてしまった。
確実にこれは死んだ……無策だったら死んでいたな。
「足りるかな?」
「なぜ普通に喋れる? 痛くないのか?」
「それはね」
『ポンッ』という音と共に俺の全身が白い煙に包まれ、それが晴れると、無傷の俺と地面に落ちた藁人形が姿を現した。
藁人形は斜めに斬られており、先ほど袈裟斬りにされた俺の体の状態とまったく同じであった。
「『身代わり藁人形』か!」
「知っているんだ。脳筋ってわけじゃないんだね」
「ふんっ、魔王軍でもそう思っている奴が多いがな」
「油断大敵だね」
「やっぱり、ガキにしては敏いな」
しめしめ。
シャドウクエストの設定を極めた俺からしたら、実はプラチナナイトが意外と頭脳派なんてことは周知の事実だ。
バカにしてみたり、そのあと少し褒めてみたり。
これも時間稼ぎの一環というわけだ。
「(困ったわ、全然動きが見えない)」
そりゃそうだ。
ちゃんとレベルを上げている俺ですら、まだレベル不足でよく見えないのに、いまだ基礎ステータス値がカンストしないからという理由でレベルを上げていない裕子姉ちゃんに見えるわけがない。
「(レベルを上げた方がいいよ)」
「(今、運が98で、あと能力値のタネが二つあれば基礎値が100になるのに!)」
「(そこまで上げたら、もう100とそんなに変わらないよ。レベルを上げないと死ぬって!)」
「(でも……)」
「なんだ? コソコソと! 小娘は邪魔だ! 死ね!」
プラチナナイトは、先に邪魔な裕子姉ちゃんを倒そうと斬りかかった。
あまりのレベル差に、裕子姉ちゃんは成す術がないようだ。
「危ない!」
慌てて俺が身代わりとなり、またも身代わり藁人形が袈裟斬りにされた。
これで二個目……。
さて、足りればいいが……。
「(ごめんなさい、弘樹)」
「(いいって。それよりもよくプラチナナイトを見て、攻撃を回避できるようにして)」
「(わかったわ。でもその前に……)」
やっとこさ、レベルを上げてくれたか。
でも、俺も裕子姉ちゃんもこれまで貯めた経験値だと、レベル五十を少し超えたくらい。
ほぼ基礎ステータスがカンストしているとはいえ、討伐推奨レベル三百を相手するのは辛かった。
だが俺のように、基礎ステータスを全部100にしてからレベルを300に上げなければ勝てないというわけではないので、そこまで絶望的というわけでもないか……。
「次はお前だ!」
「ビックス! 防げ!」
「はいっ!」
プラチナナイトは、標的をビックスに変えた。
三人中で一番レベルが高く、ここ二ヵ月はステータス万能薬で数字を底上げしてきたにも関わらず、プラチナナイトの一撃で肩をバックリと斬られて血を流していた。
「ビックス!」
「はいっ!」
俺は、急ぎ傷薬(小)をビックスの傷口に振りかける。
同時に、裕子姉ちゃんが『ウィークン』を発動した。
何度も重ねがけし、プラチナナイトの能力を落としていく。
「小娘がぁーーー!」
やはりシャドウクエストは、攻撃魔法よりも『補助魔法』だな。
プラチナナイトは、プラチナの鎧に命が篭った無機生物である。
デュラハンのように『治癒魔法』は効かないし、攻撃魔法もプラチナでできているので、あまり効果はなかった。
だが、『補助魔法』なら効果があるのだ。
しかも、ゲームと違ってターン制ではない。
裕子姉ちゃんの『ウィークン』重ね掛けで、みるみる速度が落ちていった。
ビックスも負傷する頻度が下がっていく。
彼は、俺に身代わり藁人形を消費させないよう、常に前に立つようになっていた。
「魔力が……」
「はい、魔力回復ポーション」
「ありがとう」
裕子姉ちゃんは魔力回復ポーション片手に、ただひたすら『ウィークン』をかけてプラチナナイトの能力を落としていく。
「なんとか見える!」
敏捷が落ちたので、ビックスはプラチナナイトの攻撃を大分防げるようになった。
負傷はするが、それなら傷薬で十分に対応可能だ。
攻撃力が落ちた分、大ダメージを受けなくなったというのもある。
「ビックス、いくぞ」
「はいっ!」
わざと隙を作り、それに便乗したプラチナナイトが俺を剣で袈裟斬りにした。
身代わり藁人形が代わりに破壊され……そこに仕込んであった『対人地雷』が炸裂。
破片でプラチナナイトの体に傷がいくつもついた。
「やりましたね、アーノルド様」
「ああ。だが余計な欲をかくな」
俺は、ゲームの知識を用いてプラチナナイトを翻弄はしている。
だがやはり、俺たちではプラチナナイトを倒すのは不可能であった。
『対人地雷』程度では、プラチナナイトの体というか鎧に傷をつけるのがせいぜいだからだ。
プラチナの鎧に傷をつけたのでダメージは与えているが、圧倒的に攻撃力が足りていないため、致命傷にはほど遠かった。
俺はビックスに対し、余計な攻撃を改めて禁止した。
「アーノルド様、こいつは滅茶滅茶強いですね」
「魔王軍の中でも、かなり上位の幹部なんだろうな」
俺は、プラチナナイトの正体を知っている。
だが、それをプラチナナイト及び魔王軍に知られたら、魔王に目を……プラチナナイトに襲撃された時点でそれは今さらかなぁ……。
「知恵を振り絞っているようだが、その程度の攻撃力では俺に致命傷を与えるのは不可能だな」
「だろうな。だが……」
俺は、ただの『炸裂弾』をプラチナナイトに投げつける。
弱いモンスターをようやく倒せる威力しかない錬金物だ。
プラチナナイトにダメージを与えられるわけがなかった。
それでも、プラチナナイトの攻撃を一回阻止できた。
繰り返せば、時間を稼ぐ手段としてはコスパがいいな。
「お腹がタプンタプンしてきたわ」
裕子姉ちゃんは、ただひたすらプラチナナイトに対し『ウィークン』をかけ続けていた。
魔力が尽きると、魔力回復ポーションを飲んで回復。
ゲームとは違って、『ウィークン』他補助魔法の有効回数は多いようだが、一回ごとの効果は低いようだ。
何度も『ウィークン』をかけて能力を落としているのに、相変わらずかなり強い。
特に防御力が隔絶していて、俺たちではあまりダメージを与えられないのだ。
リルルとレミーが呼びに行った助っ人が来るまで、とにかく時間を稼ぐしかない。
「今なら大丈夫かな?」
収納カバンに入れておいた『捕縛ロープ』を、プラチナナイトに向けて放り投げた。
これはモンスターを生け捕りにできるアイテムで、錬金で作れた。
標的に投げつけると、勝手に縛り上げてくれたのだ。
ゲーム制作者の、特殊な性癖が見え隠れするアイテムだな。
ただし、ゲームでは使用する機会がまったくなかったので、完全に死にアイテムだけど。
こういうただ錬金できて売却も可能だが、『だからなに?』というアイテムが多いのは、シャドウクエストの業なのだと思う。
「クソッ!」
あまり使われないアイテムだからであろう。
プラチナナイトほどの実力者が、知識がない捕縛ロープに対応できなかった。
縛られて動きを止められてしまう。
「こんな子供騙しが通用するか!」
とはいえ能力が高いので、プラチナナイトはすぐに自分を縛ったロープを引き千切った。
「死なぬよう、時間稼ぎに懸命だな」
「悪いか?」
「いや、俺は無から生まれた魔物だからか、色々な事象をドライに受け取る傾向がある。生ある者の懸命なあがきは嫌いではないさ」
なるほど。
無機生命体だからこそ、生き物の生への執着に興味があるわけか。
この手のゲームでよくある、幹部クラス自己語りというやつだな。
気持ちはわからんでもないが、上手く利用させてもらったよ。
「目的は達した」
「一秒でも長く生き残ることか?」
「違うさ。包囲攻撃の準備だよ」
「包囲攻撃だと? なっ!」
「俺たちに集中し過ぎたようだな」
いつの間にか、プラチナナイトを包囲しているいかにも凄腕な冒険者たち。
リルルとレミーが、俺の指示を忠実にこなしてくれた結果だ。
顔も名前も知らないが、見れば凄腕とわかる冒険者が十数名。
プラチナナイトは裕子姉ちゃんの『ウィークン』重ね掛けで弱体化しているので、これなら勝てるはずだ。
「アーノルド様、ご無事で」
「アーノルド様、ご無事でよかったです」
「心配かけてすまない。時間稼ぎしかしなかったから、生き残れたさ」
心配そうに俺の元に駆け寄ってくるレミーとリルルに対し、俺は笑顔を向けた。
「アーノルド、大物は大変だな」
「よかったわ、無事で」
「とんでもないのに狙われて災難だったね」
シリル、アンナさん、エステルさんも駆けつけ、俺を守る体制に入った。
俺が死ぬと、三人とも失業してしまうからであろう。
どうせこの三人なら、どこの学生錬金工房にでも入れるけどね。
「まだまだ! 『ウィークン』! 『ウィークン』! 『ウィークン』! 『ウィークン』! 『ウィークン』! 」
「やめろぉーーー!」
今度は自分が狩られる立場となったことを知り、プラチナナイトはまだ『ウィークン』をかけ続ける裕子姉ちゃんに激高するが、すでにホルト王国でもトップクラスの冒険者たちに囲まれていたので、手は出せなかった。
いくら魔王軍の幹部でも、単身敵地に乗り込んで見つかればこうなるに決まっている。
「クソッ! こうなれば!」
「させるか!」
「なっ!」
「どうだ? 『瞬間接着剤』は? もう逃げられないぞ」
実はこの瞬間接着剤。
ゲームだと、経験値が沢山入るが逃げやすい、希少なアイテムを落とすけど逃げやすい。
そんなモンスターたちの逃走防止用アイテムであった。
拾ったり、購入したりはできず、錬金で作るしかない。
ボスの中にもこれを使う奴がいて、そのボスとの戦闘は、たとえプレイヤーが不利になっても逃げられなくなってしまうのだ。
ということは、これをプラチナナイトに使えば、奴はもう逃げられないということになる。
「足が……ガキィーーー!」
「素直に殺されてあげるほど、僕は殊勝な性格をしていないのでね。我武者羅に僕だけを狙って殺せばよかったのに。色々と気を取られるから」
「ちくしょうーーー!」
プラチナナイトが悔しさのあまり絶叫するが、彼?は死の運命から逃れられなかった。
レミーとリルルが呼んできた凄腕冒険者たちに袋叩きにされ、ただの傷だらけのプラチナ製の全身鎧に戻ってしまったのであった。




