第五十八話 プラチナナイト
「酷いあり様だな。プラチナナイトよ」
「ああ、別世界から次元の穴経由でマカー大陸に侵攻して以降、我ら魔王軍初の大敗というやつだ。聞いたか? ブラックドラゴンが倒されたそうではないか。何名か、目障りな冒険者たちも道連れにしたそうだが、戦力比から考えるとまったく割に合わん」
「まさか、マカー大陸侵攻開始より、一人も欠けなかった四天王が倒されるとはな」
「他にも、幹部クラスに犠牲者が多い。以前人間より奪った城塞都市が取り戻され、守将であったギガロックゴーレムも倒された。一時撤退をして、戦力を立て直す必要がある。戦力再編は年単位でかかろう」
「仕方あるまい。これまでが上手くいきすぎたのだ」
一気にマカー大陸の人間を駆逐する予定だったが、思わぬ大敗を喫してしまった。
戦力再編のために大分戦線を後退させたため、かなりの領域を人間に奪い返されてしまった。
城塞都市は拠点になるので惜しかったが、他の拠点は人間など皆殺しにしていたのでさほど問題はあるまい。
一番深刻なのは、戦力を失い過ぎたことだ。
四天王が一人に、幹部クラスが数十名も討たれたという報告を受けた。
しかも、人間側の被害が思った以上に少ない。
我々より奪還した城塞都市を早急に修復し、そこを拠点にさらに圧力をかけてくるはずだ。
人間も愚かではないので、再び城塞都市を落とすには大変な労力と犠牲が必要であろう。
魔王様に追加の戦力を出してもらうとしても、それには時間がかかる。
その間に、我らは戦力を再編する必要があった。
「どうしてこんなことになったのだ?」
私は、プラチナナイトに我が軍の敗因を訪ねた。
「前線で戦っていた連中の報告によると、人間どもの装備が変わったそうだ。物理、魔法の両方の攻撃が利きにくくなった。人間を倒しきれないうちに、こちらが反撃を食らってしまった」
人間全員の装備が、一気によくなったのか。
集団行動が得意な人間たちの防御力が上がれば、個々は強いが、数が少なく、集団戦が苦手な我々が負けるリスクが上がる。
多分、武器も新しくなっているはずだ。
撤退戦で討たれた者が多過ぎる。
「今は守勢でいくしかないな。どうせ人間も攻め切れまい」
国土が荒廃しているので、人間たちは補給が続かないだろうからな。
「しかし、よくそんなに大量の新しい武具を一度に揃えられたな」
「なんでも、ホルト王国に優れた錬金術師が現れたそうだ。そいつが、新しい金属でできた武具を大量に製造する中心的な役割を果たしたとか」
「詳しいな。プラチナナイトよ」
「簡単なことさ。アンデッド公爵から聞いた。向こうの勝ち戦とはいえ、人間に犠牲がないわけではない。偉そうな貴族の死体をアンデッドにして支配下に置いて情報を吐かせるのは、奴の得意技ではないか」
「そうだったな」
怖い怖い。
アンデッド公爵によってアンデッドにされてしまうと、生前の情報はすべて奴に筒抜けなのだから。
おかげで、これまで何度人間との戦いに勝利してきたことか。
「今の魔王軍は動けないが、個々で動くことに問題はない。その錬金術師、俺が討とう」
「四天王であるお前がか?」
作戦を止めはしないが、部下にやらせてもいいのでは?
思わず私は、彼に意見してしまった。
「今後、そいつがまた派遣軍に補給を開始したらどうする? ただ強いだけの冒険者よりも脅威ではないか」
「それは理解できるが……」
実はもう一つ懸念があった。
それは、プラチナナイトがその錬金術師に倒される危険だ。
その錬金術師が住むホルト王国に潜入する時、大人数で入ればすぐに見つかってしまうだろう。
どうしても、少人数で潜入するしかないのだから。
「少人数? 俺は元より一人で潜入するぞ」
「いくらなんでも、それは危険だろう」
いかにプラチナナイトが魔王軍四天王の一人でも、敵地に一人で潜入するのは危険だ。
人間の数の暴力に晒されてしまう危険があるからだ。
「見つからなければいいのだ。アンデッド公爵に『冥府の門』の使用許可を貰う」
「それはやめておけ」
ほんの二~三ヵ月前だ。
あいつの部下が勝手に『冥府の門』を使い、そのまま戻って来なかった。
なんとか狼という奴で死んだ……アンデッドだから退治されたか……そのあと、アンデッド公爵の機嫌が悪くて難儀した。
『冥府の門』を使うには膨大な魔力が必要で、つい先週ようやく魔力が貯まって使用できるようになったと聞いたのだから。
「俺はアンデッドではないが、肉体のない無機生物だ。アンデッドしか使えないと言われている『冥府の門』を潜れる。まさかアンデッド公爵も、このまま無策というわけにはいくまい。奴は頭脳派なので、俺の作戦を認めるはずだ」
斬首戦術かぁ……。
確かに、成功率は高そうなんだよなぁ……。
反対し続けるのもいいが、代案がなければ反対のための反対と言われかねない。
「よかろう。私も賛成しよう」
「すまんな」
その後、アンデッド公爵からも錬金術師暗殺作戦の許可が出たようで、プラチナナイトは真夜中に『冥府の門』を潜っていった。
プラチナナイトほどの実力者が密かに襲えば、いかにその錬金術師が凄腕とてどうにもできまい。
そういえば、そいつの特徴を聞いていなかったな。
あとで、アンデッド公爵に聞いてみるか。




