第五十七話 バタフライ現象?
「……エステル。どう思う?」
「これは……アーノルド君の影響かな?」
「だよねぇ」
この二ヵ月で、ステータス値が6ずつ上がった。
ステータス値は二十歳前後まで成長する……正確には知力、器用などは別らしいけど……。
だから、私やアンナのステータス値が成長してもおかしなことではない。
でも、二ヵ月で6は多過ぎると思うのだ。
原因を考えてみると、すぐにアーノルド君に辿り着いてしまう。
あの子の錬金工房に入ってから、私とアンナのステータス値の上昇が急激になったのだから。
「知ってる? エステル。英雄系の特技のことを」
「聞いたことがある。でも、歴史上の偉人の話でしょう?」
歴史書によると、英雄系の特技というものが存在するようだ。
過去に偉業を成し遂げた人物の周囲には、優れた家臣や仲間が多い。
だがそれは、元々そこまで優れていたわけではない可能性が高かった。
勿論歴史上の英雄が選んだ人物なのだから、元から一角の才能はあったはず。
その英雄に従って行動を共にしている間に、特技のおかげで能力が嵩増しされていたのではないかと。
勿論異論もあるけど、今では広く信じられている説である。
以上が、アンナからの説明であった。
「アーノルド君が英雄?」
あの子、貴族だけど権力志向はなさそうな気がする。
今のところは特にそんな感じだ。
「錬金術では、歴史に名が残るんじゃないかしら?」
「ゴミの『還元』なんて、画期的な発明だものね」
どうしてそういう発想に至るのか?
私もアンナも、ただ感心してしまったのだ。
同じ錬金術師として嫉妬するとか、そういうレベルをすでに超越してしまい、今後彼がどんな偉業を成し遂げるのか気になるところであった。
「考えてみたら、ステータス値が増えて不都合なんてなにもないし、このまま卒業するまでアーノルド君の錬金工房で働けばいいのよ」
そして卒業後は、アンナと二人で錬金工房を立ち上げる。
開業資金は、アーノルド君の工房で働いていれば余裕で貯まる。
アーノルド君は売り上げに応じて報酬をくれるから、成果を上げれば上げるほど収入が増えるのがよかった。
他の錬金工房だと、報酬で揉めて学生が出て行ってしまうケースもあると聞いたので、私たちはとても運がよかったのだ。
あの年でちゃんと人を使えるのだから、さすがは子爵公子様なんだと思う。
「とてもいい男に育ちそうなんだけどね。八歳の年齢差は大きいわ」
「そうだね」
あまりそういうことは考えず、今はアーノルド君の工房で腕を磨くとしましょう。
きっとそのうち、私にもアンナにもいい人が現れるはずなのだから。
「これ、全部追加の依頼ですか?」
「この前、大量の予備の武具をチタンとアルミに『置換』してマカー大陸の前線に送り込んだであろう?」
「はい」
「交換した武具が戻ってきたのだ」
「それにしては量が多いような……見たことない紋章がついた武具も確認できます」
「そうなのだ。我が国のマカー大陸派遣軍の装備が、すべてチタンとアルミという新金属製に切り替わった噂が前線で流れてな。実際に魔王軍との小競り合いで、損害がかなり減ったという報告も上がっている。当然他国も欲しがるわけだ。共にマカー大陸において、魔王軍の攻勢を防いでる仲間なれば……という、マカー派遣軍総司令部からの依頼だ」
「『他の国に渡せるか!』とかならないんですね」
「国は違えど、共に前線で命を賭けている仲間同士というわけだ」
「わかりました」
今日錬金工房はお休みだったのだが、また先日の錬金術師たちに呼び出されてしまった。
先日作業した錬金工房に辿り着くと、そこにはまた多くの鉄、鋼、青銅製の武具が置かれていた。
これをすべてチタン、アルミ製に『置換』するのが今日の依頼であった。
今回も成果報酬なので、これだけ作業すればいいお金になるはずだ。
「早速始めましょうか」
すでにチタンやアルミはかなりの量が作ってあり、さすがは優秀な錬金術師が集まっているだけのことはある。
前回の反省を生かし、品質を維持しつつ生産量を上げたのであろう。
「ふう、終わりました」
「悪いが、まだ終わっていないんだ。ここに入りきらなくてな……なにしろ、大半の国の派遣軍装備一式なのでな。今にも魔王軍の大攻勢が始まるやもしれず、我々は不眠不休でこの依頼を……」
僕、子供なので夜更かしはともかく徹夜は……。
「じゃあ、そういうことで……」
「レブラント校長からの伝言だ。君は公休扱いにするそうだ」
「わーーーい、嬉しいなぁ……」
どおりでよく見ると、他の錬金術師たちは全員死んだ目をしているはずだ。
これから続くデスマーチどころか、徹夜のことを考えたら、そういう目になってしまっても当然というか。
「頑張ります」
「お礼に、ワシの孫娘と結婚する権利を……「ご遠慮させていただきます」」
人のメンタルが落ち込んでいる時に、そんな話題を持ち込むなんて……。
まあいい。
覚悟を決めて作業に取り掛かることとしよう。
「ああ、眠いなぁ……」
「アーノルド、昨日はちゃんと寝ていたじゃないの」
「三日間徹夜のあとだよ。回復にはもう一日くらいは必要だよ」
無事依頼は終わり、俺は学校に登校した。
三日間徹夜してやっと作業が終わったあとなので、とにかく眠い。
机に突っ伏しながら、裕子姉ちゃんたちと話をしていた。
「派遣軍の武具の強化。間に合ったのかな?」
「間に合ったみたいね。今のところ、大集結した魔王軍の大軍団はいまだ本格的な攻勢に出ていないそうだから」
いつも思うのだけど、実はアンナさんかその家族って諜報関係者とか?
そうでなければ、説明がつかない部分が多い。
「アーノルド君、女は秘密が多い方が魅力的なのよ」
「はあ……」
「魔王軍が動き出す前に高性能な新しい武具が間に合った。これは大きいと思うわ」
マカー大陸派遣軍のほぼ全軍が、チタン製とアルミ製の武具に切り替わった。
元々実力者はもっといい武具を用いているわけで、上手くすれば大攻勢を阻止できるわけか。
「勝てるといいけど」
俺の願いが通じるほど世の中は甘くはないと思うけど、適切な処置に成功したのは確かだと思う。
さらに数日後。
校内にマカー大陸の情勢が伝わってきた。
「えっ? 魔王軍の大攻勢が失敗したの?」
「みたいね。派遣軍の大半にチタンとアルミ製の武具が支給されて、想定よりも大分犠牲も少なかったみたい。攻めあぐねて疲弊して撤退した魔王軍に追撃をかけて、四天王で討たれた者もいるとか。幹部クラスも大分討たれたみたい」
「大勝利だな。アーノルド様様じゃないか」
「派遣軍が健闘した結果さ。あとは、冒険者の中に凄く活躍した人がいるとか?」
そんなねぇ……。
武器が変わったくらいで、あのシャドウクエストの魔王軍なら、簡単に倒れるわけがないのだから。
「謙遜にも程があるだろう。派遣軍の数や質が劇的に変わったわけではないんだから、やはりチタンとアルミの武具のおかげだろう。ほぼ全員に行き渡っていたし、鋼よりも高性能なんだ。ホルト王国は鉄製が最低だったが、他の国では青銅製や木製の武具を使っていたところまであった。魔王軍にも油断はあったと思うし、大勝利できても不思議ではないな」
シリルも、俺の貢献度が大だと思っているのか。
「以前魔王軍に取られた城塞都市を奪還して、そこを強固な防衛拠点にするみたい」
「以前から思っていたんだが、アンナってそういうのに詳しいよな?」
「親戚にそういうお仕事の人がいるとだけ。このくらいなら、話しても大丈夫という線しか話していないから安心して」
それでも、かなり精度が高い情報だ。
アンナさんの親戚は、諜報関係の仕事をしているのだろう。
「でも、いまだマカー大陸の五分の三の領域が魔王軍の占領下にあるけど」
一度大勝したくらいでは、そう簡単に魔王軍を全滅させることはできないか。
しかしこの世界の魔王って、シャドウクエストのエンディングのように滅ぶのかね?
俺はプレイヤーではないし、まだ子供なので、自ら魔王退治をしようなんて微塵も思わないけど。
それに、マカー大陸派遣軍の連中は本気で魔王を倒そうとしている。
子供が余計なことをすれば、いい顔をされないだろう。
錬金を極めて、もし将来ローザが運命に逆らえずに没落したら、俺がなんとかしないとな。
だから、マカー大陸と魔王軍のことは知らん。




