第五十二話 マカー大陸派遣軍
「さあて、今日も錬金するかな」
「私も!」
「俺もな」
「今日はなにを作ろうかな?」
「ベクの廃坑で大量に得た、金属を使ったものがいいと思います」
遠足が終わり、俺たちは通常の学校生活に戻った。
本格的に講義が始まり、学生たちは実践を交えて懸命に錬金を覚えていく。
俺はシャドウクエストで作れる錬金物のレシピをすべて暗記しているので、あとは自分で手を動かして錬金レシピの確認作業を続けていた。
材料の関係で作れないものもあるけど、それは錬金したアイテムを学校に売って金を貯め、材料を購入すればいいと思っている。
それはいいのだが……。
「この五人の班が、そのまま存続しているみたいね」
「別に不都合もないだろう」
「それはそうだけど……」
「なんだ? 小娘」
「なによ、とっちゃん坊や」
「はい、そこ。喧嘩はしない」
別に、自習の錬金で班を作らなければいけない決まりはないのだが、俺たちは五人で一緒に錬金をすることが多くなっていた。
「大抵の生徒は、誰かしらとグループを組んで自習するものよ」
アンナさんが、どこからか仕入れた情報を教えてくれた。
「そうなんだ。でも、そこであぶれて一人になったとしたら?」
「悲しいわね。それって……」
自習で班を作る必要などないと言いつつ、ほぼすべて生徒たちは複数人数のグループを作ってしまう。
そこからあぶれるなど、まるで『二人組を作ってください!』と先生に言われたのに、一人余ってしまった生徒みたいじゃないか。
そんな悲しいこと、もし俺なら耐えられない。
なら、最初から一人でもいいと思うんだ。
「なにをバカなことを言っているのよ」
すぐ裕子姉ちゃんにこの考えを否定されてしまったけど。
「いましたね、アーノルド君」
「シルビア先生。俺になにか用事ですか?」
そこにシルビア先生が来た。
彼女は、俺になにか用事があるようだ。
「校長がお呼びですよ」
「人気者は辛いな」
シリルが茶化してきたけど、俺はどうして自分が呼ばれたのか大体想像がつくので、シルビア先生と一緒に校長室へと向かうのであった。
「その若さで、さらに入学して二ヵ月と経たずにチタンとアルミニウムという新しい金属を錬金するとは。君は素晴らしい才能の持ち主だな」
「偶然ですよ」
本当は、ゲームの裏設定集の中の錬金レシピを暗記していたからですが正解なのだが、まさかそれをレブラント校長に教えるわけにもいかず、偶然見つけたと言って誤魔化すことにした。
「錬金レシピの公開は難しいかの?」
「ええ……」
この世界では特許制度なんてないので……似たような制度はあるにはあるのだが、守られているとは言い難い部分もある。違反者の取り締まりが難しいのだ……チタンとアルミニウムのレシピを公開すると、すぐ腕のいい錬金術師にパクられるという現実があった。
子供の頃に確認した錬金物のレシピは、デラージュ公爵の後ろ盾により、御用商人であるバレット商会がそのレシピを使って製品を製造。
売れた分だけパテント料を支払うことで俺は金を得ていた。
ところが、入学後に確認したゴミをアイテムに戻す還元は、最初だけ纏まった金額を受け取ったが、あとはすべての錬金術師たちに自由に使わせていた。
学校では、バレット商会のような真似はできないからだ。
卒業の条件はゴミの還元でクリアーしているため、俺は無理に学校にチタンとアルミニウムの錬金レシピを公表する必要がなかった。
これ以上は、大盤振る舞いしすぎというわけだ。
「とは思うのだが、鋼よりも硬いチタンと、硬さは鉄並なれど、魔法防御力に優れたアルミニウム。ミスリルには劣るが、元々ミスリル製の武具などそう簡単に入手できるものではない。欲しがる者も多いというわけだ」
ミスリルに手が届かない冒険者からすれば、チタンやアルミニウムは喉から手が出るほど欲しいというわけか。
「どういうわけか、すでに王家が嗅ぎつけてな。マカー大陸派遣軍の関係もある」
現在、各国から送られているマカー大陸救援軍。
これに参加している貴族や兵士たち、さらに魔王軍配下のモンスターから出る貴重なドロップアイテム目当ての冒険者たちなど。
マカー大陸で死闘を繰り広げている彼らからすれば、チタン・アルミニウム製の武具がすぐにでもほしいというわけだ。
「王国軍の装備を強化したい思惑もあるため、特に軍系貴族からの突き上げが多い。中には強引にレシピを公表させようという声もある。なんとか止めているが……」
どこの世にも、血の気の多い人間はいるものだ。
しかも彼らには、この世界を悩ます魔族の脅威と戦っているという大義名分があり、こうして強気の要求をしてくるのであろう。
「わかりました。一定額で売却するということにしましょう」
「すまないな、アーノルド君」
レブラント校長が、本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
確かに錬金術師に身分など関係ないのであろうが、まったく軋轢がないわけでもないはず。
圧力をかけてくる貴族もいるのであろう。
「アルミとチタンで十億シグ出そう。もっとも、レシピが公開されても暫くは生産量には期待できまいて……」
レシピどおりに錬金しても、失敗が多いのが難易度の高い錬金なので仕方がない。
慣れない錬金は、いくら優秀な錬金術師でも失敗する確率が上がるからだ。
材料費はさほどでもないので、問題は時間。
マカー大陸へ送る増援の装備品や、派遣軍への補給が間に合うかどうかが重要だと思う。
「報酬は、銀行の口座に振り込んでおこう」
「あの……」
「アーノルド君が自ら錬金までする必要はない。軍人に近しい錬金術師は多いのだから彼らにやらせればいいのだ。わざわざ呼び出して済まなかったな」
レブラント校長の話はこれで終わり、俺は校長室を出て錬金を再開することにした。
「アーノルド、なにかあったの?」
「うん? 大人の事情かな?」
俺は、校長室での話をみんなに話した。
「派遣軍かぁ……あれも大変みたいね」
相変わらずというか、アンナさんは情報を掴んでいるようだ。
「魔王とその軍勢によりマカー大陸全土が失陥したら、次は自分の大陸や国かもしれない。だから援軍をやめられないけど、結構な負担みたいね。ただ、マカー大陸に軍を派遣して新しい武器、魔法、戦法を試し、実戦を経験させ、レベルを上げているから一方的な損とも言えない。冒険者たちが持ち帰るドロップアイテムと魔石はモンスターたちが強い分、これも高値で取引きされるわ」
国家予算的に見ると大赤字だが、現在国家の存続をかけて魔王軍の侵攻に抗っているドルト王国に経費の請求などしたら、途端に国家財政が破綻してしまうであろう。
それでもしドルト王国が滅んでしまったら、次はホルト王国が魔王の標的にされるかもしれず。
仕方がないので、派遣軍と有志貴族、冒険者たちの成果は、所属国で換金、利益の中から納税してもいいという条件で、各国は援軍を出していた。
ただ、それでも魔王軍をまったく押し返せていないようで、今は一進一退の攻防を繰り広げていた。
そんな中で、魔王軍が新たな大攻勢を仕掛ける可能性が高いらしく、焦った軍部は同じ兵数でも物理、魔法防御力を増やせるチタンとアルミに拘ったわけだ。
しかも、国家の危機だという大義名分を振りかざし、最初は無料でレシピを差し出せと言ってきた。
さすがにレブラント校長が怒って、軍部に金を出させたみたいだけど。
「マカー大陸ねぇ……姉貴が言ってたな。自分には無理だって」
「シリルのお姉さんでも駄目なの?」
「あそこは、ガチの冒険者じゃないとすぐに死ぬんだと。冒険者には行動の自由がある分、個々で強くなければ生き残れないのさ」
「なるほどね」
裕子姉ちゃんが妙に納得しているなぁ。
軍勢は集団行動が基本だし、支援体制も整っているので、多少弱くても……派遣軍は精鋭ばかりが送り込まれる……無謀な功名狙いの貴族もいて、たまに無茶してモンスターに殺されるらしいけど。
あとは、定期的に大攻勢などがあって、その時には高名な貴族や軍人が戦死してしまうこともあるそうだ。
「錬金術師には関係ないけどな」
確かに、武具や魔法薬の製造等で後方支援が得意な錬金術師が、前線に出ても意味はないか。
間違って戦死でもしたら、必要な物資が作れる人員が減ってしまうのだから。
「噂では、錬金学校で作られる傷薬の一部も、マカー大陸派遣軍への補給物資になるとか」
「そのせいで傷薬が不足しているのは確かで、だからこうして毎日作らされていると」
「みたいだね」
エプロン姿でルンルンな感じで傷薬を錬金しているエステルさんを見ると、彼女の傷薬なら飲んでみたいかもと思ってしまう。
この場合、品質はあまり関係ないよな。
「アーノルド君、ちょっといいかしら?」
「はい?」
「ごめんなさい、また校長室にお願い」
「わかりました」
そして数日後、再びシルビア先生の呼び出しで校長室へと向かう。
すると、校長室には数名の錬金術師らしい人たちがいた。
全員、レブラント校長とそんなに年齢が違わないはずだ。
「この子が、噂の天才錬金術師か」
「本当に若いんだな」
錬金術師たちは、俺を興味深そうに観察していた。
俺はパンダじゃないんだけどなぁ……。
「レブラント校長?」
「またすまぬな。実は、仕事を依頼したい。時間がないので、報酬はとてもいいそうだよ」
「そこからは、私が説明しよう」
錬金術師の一人が、俺に詳しい仕事の内容と俺に頼む経緯を説明してくれた。
「君が作り出し、レシピを売ってくれたチタンとアルミだが、製造がまったく追いついていない。マカー大陸で、魔王軍が大規模な攻勢を計画しているという噂は知っているかな?」
「はい」
アンナさんの情報って、本当だったんだ。
どうやって調べるんだろう?
「できれば、我がホルト軍の全装備品をチタンとアルミに『置換』したいのだが、まったく生産量が足りていないのだ」
派遣軍が何人なのか知らないけど、そんな急には無理だよな。
全装備品をアルミとチタンにするなんて。
確か、王国軍の装備は鉄か鋼だったはず。
さすがに、青銅製の武器や防具はなかったはずだ。
「出来高払い、原料はすべてこちら持ちで、失敗してもペナルティーはない」
「先日の話と比べると、随分と気前がいいですね」
「ああ、それはだな……」
頭に血が昇ったイケイケな軍人たちは、錬金に詳しいわけではない。
頼めばすぐに錬金物が出てくると思っていて、錬金には時間がかかると説明しても、まったく理解してもらえないのだそうだ。
「軍人たちは、アーノルド君からレシピを買い取ったので、すぐにチタンとアルミが揃うと思っていたんだろうが……」
いくら優秀な錬金術師でも、初めての錬金では成功率もスピードも高くはない。
慣れるのに時間がかかるわけで、数日もすれば大量のチタンとアルミが出来上がると思った軍人たちが焦り出し、大金を支払うので是非にと頼まれてしまったそうだ。
「腹の立つ連中だが、今回起こるであろう大攻勢で全滅でもされると、我々はこの国でおちおち錬金もできなくなってしまうかもしれない。金払いはよくなったので是非頼むよ」
「わかりました」
まだ魔力は残っているし、錬金して大量に所持している魔力回復ポーションで魔力を回復する手もある。
派遣軍が全滅した結果、俺たちに影響があると困るので、ちゃんと報酬が出るのであれば、依頼を引き受けても構わないであろう。
「では、早速頼む」
俺は、錬金術師たちの案内で王都にあるとある巨大な錬金工房に向かうのであった。




