第四十七話 遠足
「みなさん、明日は『ドレイク湖』とそれに隣接する『バラバトイの森』、『ベクの廃坑』への遠足ですからね。準備を怠らないようにしてください。いいですか?」
「「「「「「「「「「はぁーーーい!」」」」」」」」」」
錬金学校は学校なので、決まった校内行事というものがある。
五の月には、遠足が計画されていた。
四の月の最初の課題をクリアーしたので……B組とC組の人たちはまだだけど……とにかく、みんなで遠足に出かける。
場所は王都郊外にある水源『ドレイク湖』と、それに隣接する、多くのモンスターが住むが錬金に使える素材が多い『バラバトイの森』。
そして、鉱物探しなら『ベクの廃坑』というわけだ。
ベクの廃坑は、鉱山としては採算が取れなくなったので廃坑になったが、錬金術師が錬金の素材を集める分には問題ない場所であった。
色々な鉱物が採れるそうで、同じく遠足でそこに行く二年~四年生たちも楽しみにしているそうだ。
先輩たちはすでに色々な錬金をしているので、無料で素材が集められる遠足を楽しみにしていると聞いていた。
「遠足楽しみね」
「ローザさん、遠足と言っても素材集めが目的だから」
「でも、遠足は楽しいですよ」
「教会学校の遠足とは違うと思うんだけどねぇ……」
「それでもですよ」
アンナさんは、遠足という言葉をそのままの意味に受け取って喜んでいる裕子姉ちゃんに釘を刺していた。
たまにこういう子供っぽいところもあるのが裕子姉ちゃんであり、まあ今の体だと別に違和感はないのだけど。
「小娘、遠足といっても泊まりだし、モンスターも出るんだ。ちゃんと準備をしていかないと、先生たちがいるから死ぬことはないが、無様をさらせば評価が落ちるぞ」
シリルも、遠足だと聞いて無邪気にはしゃぐ裕子姉ちゃんを、『ガキだな』といった表情を浮かべながら注意していた。
「わかっているわよ、そのくらいは」
「野営の装備とか、怠ると大変と聞くわね」
エステルさんは、ちゃんと明日に備えて準備しなければと、いつもどおりほんわかな笑顔を浮かべながら呟いていた。
「実際のところ、二人は大丈夫なの?」
いくら優れた成績で入学したとはいえ、俺と裕子姉ちゃんはまだ子供である。
泊りがけで野営となると、色々と大変なのではないかとアンナさんは心配してくれたのだ。
「大丈夫ですよ。準備は万端ですとも」
野営に必要な装備だが、これはシャドウクエストで慣れている分、集め終わるのは早かった。
ようは冒険者の装備と同じなのだから。
「ローザさんは?」
「えへん、アーノルドが用意してくれるから」
「小娘、自分の装備くらい自分で揃えろよ。一人前の錬金術師を目指すのならな」
「言葉の綾よ。自分で用意するに決まっているでしょうが」
シリルの指摘に対し、ムキになって答える裕子姉ちゃん。
この二人の相性の悪さはどうにもならないようだと思いながらも、俺たちは明日の遠足に備えて色々と準備を進めるのであった。
「A組のみなさん。同じ班のメンバーでいない人はいませんね?」
「いないです」
「この班は、アーノルド君がリーダーなのですね」
「いつの間にか、そういう流れになっていました」
「アーノルド君は主席入学なので、そう珍しい話ではありませんよ。年齢は関係ないですから」
翌日、校内行事である遠足は予定どおり始まり、俺たちは王都からドレイク湖を目指して歩いていた。
学校の全生徒たちが、無料の素材を求めてドレイク湖まで歩いていくのだ。
当然電車や車などないし、この人数だと馬車を用意するのも大変なので、全員が徒歩で移動するのが恒例となっている。
ドレイク湖までは徒歩で半日ほど。
体力を使うが、元々錬金術師という職業自体が素材集めなどがあるので体力がないとやっていけないと言われており、誰も不満を述べずに歩いていた。
シルビア先生も見た目以上に体力があるようで、歩きながらA組の点呼を取っていた。
A組のクラスメイトたちは四~五人で班を作っていたが、俺の班は、裕子姉ちゃん、シリル、アンナさん、エステルさんの五名。
A組の成績上位五名で編成した、四の月の後半、この五人が一番よく顔を合わせていたので自然と班ができあがった形だ。
班長も、一番成績がいいからという理由で、なぜか一番年下の俺がやっているという。
ただ、シルビア先生の態度を見ていると、単純に面倒だから俺に押しつけられたってわけでもないようだ。
シリルなどは、間違いなく自分がやりたくないから俺に押しつけたのだろうけど。
「シリルは、ハーレム要員たちと班を作らなかったのね」
「うるさい、小娘。そんな邪な班で錬金ができるか」
裕子姉ちゃんの嫌味に対し、シリルは素早く応対した。
彼は成績優秀ながらも子供で守備範囲外の俺とは違って、女子たちにえらくモテていたが、シリル本人は鬱陶しいと思っているようだ。
結構粗雑な対応をするのだが、それがまた『ワイルドで格好いい!』と女子たちにウケ、彼による女子にわざと嫌われる作戦は失敗に終わっていた。
遠足の班作りでも、自分に言い寄ってくる女子たちと組まず、俺たちの班に加わっていた。
アンナさんとエステルさんはシリルに言い寄らないので、この班に所属した方が楽だと思ったのであろう。
「往復で丸一日以上かかるから、泊まりがけなのね」
「移動は面倒ですけど、いい素材が手に入りますからね。特に、ドレイク湖の水は綺麗なので錬金を成功させやすいのです」
「それは、エステルさんが普段使っている井戸の水よりも綺麗なのかな?」
「無視できないレベルで錬金の成功率が違いますね。ドレイク湖の水は、ホルト王国の錬金術師にとって必要不可欠なものなのです」
この日のためにみんな『収納カバン』を作成し、これに大量の樽を詰め込んできている。
この樽にドレイク湖の水を入れて持ち帰れるだけ持ち帰るのだ。
ドレイク湖の水は商人に頼めば購入できるけど、手間賃分値段は高めである。
入学したばかりの見習い錬金術師では定期購入も難しく、この遠足でできるかぎりドレイク湖の水を確保するわけだ。
「俺は入手しないけど」
「私も」
「俺もいいかな」
俺、裕子姉ちゃん、シリルは『純化』を持っているので、ドレイク湖の水は必要ないんだよな。
純水の方が、さらに錬金の成功率が上がるからだ。
錬金術師で『純化』を持っている人は少ないので、ドレイク湖の水の需要が落ちるってことはないのだけど。
「そのせいで、ドレイク湖の周辺は人が住めないくらいだから。ホルト王国が法律で禁止しているのよ」
「人が住むと水が汚れるから?」
「アーノルド君は理解が早いわね」
前世というか、日本で得た知識のおかげだけど。
人が住んでゴミや生活排水を捨てるとドレイク湖の水が汚れるので、誰も人は住んでいないそうだ。
違反すると重罪らしい。
あと、ドレイク湖に水や素材を採りに来る者たちも、ゴミを捨てたら莫大な額の罰金を取られるそうだ。
ドレイク湖の水が汚れたせいで錬金の成功率が下がれば、それは回りまわってホルト王国の経済にダメージを与えるからであろう。
「それよりも、森の素材と廃坑の鉱物がメインだよな」
俺たちと同じく『純化』が使えるシリルからすれば、ドレイク湖の水よりも素材や鉱物を優先するというわけだ。
「特に、廃坑の鉱物が沢山採れればいいわね」
アンナさんの言うとおり、鉱物は価格が高いものが多い。
沢山採りたいのが心情というわけだ。
「単価が高いし、物々交換にも使えるからね」
エステルさんによると、錬金術者、特に学生は素材の交換をするケースが多いらしい。
その時、価格が高い鉱物を沢山持っていた方が有利というわけだ。
「それはわかったけど、バラバトイの森とベクの廃坑はモンスターが出るのよね?」
「そんなに強い奴は出ない。唯一厄介なのは、廃坑のロックスライムだな」
ロックスライムは、シャドウクエストで岩場や洞窟によく出るモンスターであった。
強さはそれほどでもないが、このモンスターは一度に複数体出て、さらに仲間を呼ぶ性質がある。
倒しても倒してもキリがないと、ゲーム中では言われていた。
ただ、倒すとメリットも存在した。
ロックスライムは岩のスライムなので、倒すと石がドロップアイテムとして出現するのだ。
大半がただの石だけど、一定の割合で鉱物も混じる。
鉱物が混じる確率は運に比例するので、俺と裕子姉ちゃんは鉱物が混じる確率が大分上がるはず。
つまり、美味しいモンスターというわけだ。
「ロックスライムは、武器が傷みやすいのよね」
アンナさんが、ロックスライム討伐におけるデメリットを口にした。
ロックスライムは、液体と岩の性質を兼ね備えた不思議なモンスターであり、それほど強くないので簡単に倒せるが、倒し続けると武器が痛むというデメリットがある。
価値のある鉱物がドロップする確率が低いと、武器の修繕や交換の費用で損をする可能性が高いのだ。
経験値目的と考えると、そんなに効率がいいモンスターというわけでもない。
なにより、ロックスライムは攻撃魔法が効きにくいという特性もあった。
「あと、剣で戦うと不利だよな」
もう一つ、ロックスライムは岩の特性も持つモンスターなので、刃物を振り下ろす武器で攻撃すると攻撃力低下の補正が入ってしまうのだ。
武器の刃も欠けやすく、普通に戦えば決して美味しいモンスターというわけでもなかった。
「廃坑の入り口付近で鉱物を探して、ロックスライムが出たら逃げるでいいんじゃないか? アーノルドはどう思う?」
シリルは、班のリーダーである俺にベクの廃坑でどう動くべきか聞いていた。
「廃坑の奥まで行こうよ」
「だが、ロックスライムに囲まれた状態で武器が壊れたら危ないぞ」
「対策はある! ドレイク湖の水や、ヒール草が採集物の大半のバラバトイの森は無視だ! ベクの廃坑で時間ギリギリまで粘るんだ」
シャドウクエストではベクの廃坑に似たダンジョンがあり、そこでは鉱物が採取できたし、ロックスライムを効率よく倒して鉱物を集める方法もネットで広く普及していた。
これを応用して、遠足では鉱物を集めまくるわけだ。
「モンスターと戦うための装備は準備してあるけどな」
行事名は遠足だけど、生徒たちと引率の先生たちは全員が武装している。
シリルはローブの下に鋼の鎖帷子を装着し、鋼の剣を持っていた。
素材集めでモンスターと戦うことも多いため、錬金術師は冒険者並の装備を整える必要があった。
特に駆け出しの錬金術師は、自分で素材を集めないと生計が成り立たないから余計にそうなのだ。
売れっ子になれば、また話は別である。
懇意の商人に素材を注文して錬金しても、十分に採算は取れるからだ。
「鋼の装備なんて凄いわね」
「姉貴のお下がりをサイズ調整したんだけどな。ただ、鋼でもロックスライム相手だと剣の刃がかけるな」
「シリルは鋼だからまだいいわよ。私とエステルなんて、装備が鉄の鎖帷子と短槍だからもっと耐久性が低いもの。アーノルド君は?」
「ロックスライムには効果的な武器を用意したよ」
「そんなものあるんだ。どんな武器なの?」
「それは、実際に見てからのお楽しみ」
途中休憩を取りながら、俺たちはドレイク湖に到着した。
だがすでに夜なので、湖の水面を見ても水が綺麗なのかはわからなかった。
まずは、ここで野営をして明日の朝から採集の開始というわけだ。




