第四十五話 アクセサリー
「弘樹、今日はレイス退治に行かないの?」
「先に新しい錬金を試すんだ」
「あんた、色々と知っていて羨ましいわね」
「でも、恋愛シミュレーションゲームの方はさっぱりわからない」
「わからなくても困らないわよ。今の時点でほとんどメインキャラが出てきていないんだから」
その前に、このまま恋愛シミュレーションゲーム的な流れになるのかが不明だ。
どちらかというと、RPGか、錬金ゲーム的なものに移行しそうであった。
完全に油断はできないけど。
それにしても、どうして二つのゲームが融合してしまったんだろう?
謎は多いが、多分俺では一生わからないんだろうな。
「なにを作るの?」
「アクセサリーを」
「アクセサリーなんて役に立たないじゃない」
裕子姉ちゃんの言いたいことはよくわかる。
実はシャドウクエストの装備品の中に、指輪、ネックレス、イヤリング、腕輪その他アクセサリー類が無駄に沢山あるのだが、これらは装備したからといってなにか効果があるわけではなかった。
ゲーム画面のキャラの見栄えが少しよくなる。
換金アイテムでもあるか。
シャドウクエストはスマホゲームなので、画面をよく見ないとわからないレベルであったが。
装備しても表示されている基礎ステータス値に変化がなく、最初は多くのプレイヤーから存在意義が不明と叩かれた。
ところが時が経つと、次第にアクセサリーの改良錬金レシピが判明してくる。
錬金で改良したアクセサリーは、ステータス値、HP、MPに補正が入るようになった。
アクセサリーを装備するだけで強くなるのだから、高性能なアクセサリーを入手できるかどうかも、厳しい後半戦を乗り切るためには必要だと言われるようになったわけだ。
「そんなに重要なの?」
「修正が、ステータス値の基礎値に入るアクセサリーもあるからね。高性能なアクセサリーは必須というわけ」
「通常のアクセサリーは、そういうアクセサリーの素材だったというオチね」
「そういうこと」
高価なアクセサリーはこの世界でも多くの女性を魅了してやまず、一般人への需要は一定数存在した。
貴族のご令嬢などは、パーティーで購入したドレスやアクセサリーを自慢するのが定番だと俺は勝手に思っている。
実際、その家の財力を周囲に誇示できるので、そう間違った考えではないはずだ。
「そういえば、裕子姉ちゃんはあまり持っていないね。アクセサリー」
「興味ないとは言わないけど、必要な数があればいいのよ」
裕子姉ちゃんはデラージュ公爵家の令嬢なので、それなりの数のアクセサリーを持っていた。
当然、それを着けたところで基礎ステータスに補正が入ったり、HPやMPが増えることはない。
どうやらあちこちで話を聞くと、この世界ではいまだに能力値に補正が入るアクセサリーの錬金方法は発見されていないようであった。
今のこの世界は、シャドウクエストゲームスタート前の時間軸なのかも。
「ステータス値に補正が入るアクセサリーって良いわね。ちょうだい」
「そんな、お菓子を貰うみたいに簡単に言わないでよ」
「私のアクセサリーを使っていいから」
「それだと駄目なんだよ」
アクセサリーはアクセサリーでも、錬金で作ったアクセサリーでなければ駄目なのだ。
裕子姉ちゃんが持っている、普通の宝飾品店に売っているアクセサリーでは、能力値の補正が入るように錬金し直せないというわけだ。
ゲームだと、デザインもよくて錬金可能なアクセサリーがお店で販売されているが、この世界では錬金に使えない普通のアクセサリーしかない。
ということは、錬金術師が自分で錬金するしかないわけだが、そのレシピも普及しておらず、俺は作れるがデザインは期待しないでくれってことだ。
「弘樹がアクセサリーを作るの? デザインとか大丈夫?」
「大丈夫というか、錬金で作るし、俺も慣れていないから、ファッション性は考えないでよ」
シャドウクエストでは、錬金でアクセサリーを作ることができる。
ただ、ゲーム画面上の表示では、ペンダントなら、どれも同じペンダントの絵しか出なかった。
それはゲームだからであろうが、では実際に錬金でアクセサリーを作るとなると、やはりどう錬金方法を解析しても洗練された独自のデザインは難しいと思う。
無理ではないと思うが、今の俺の力量だともっと研究が必要なのだと思う。
「早速作ってみます。『純化』した銀を20グラムに、小粒の水晶、純水120ccに、プリン玉3個、ロックバードの首の骨を一本鍋に入れます」
「ペンダントを作るのに、モンスターの首の骨が必要なの?」
「これって、ゲームの影響だと思うんだけどね」
ゲーム画面では、ペンダントのデザインなんてできないし、鍛冶の作業をせずにペンダントの形を錬金するので、ペンダントは首にかけるから、モンスターの首の骨が必要。
という、謎理論を基にしたレシピというわけだ。
「ロックバードっていうモンスターがいるのね」
「いるけど、もっと人里離れた岩場とかじゃないと見つけられないよ」
シャドウクエストでは、ワーバードの上位種みたいな扱いで、当然ワーバードよりも強かった。
とはいえ、序盤に出てくるので弱い部類のモンスターだったけど。
これが、レアアイテムとして首の骨をドロップするのだ。
ただ、使い道がアクセサリーの材料のみであり、現時点ではロックバードの首の骨でアクセサリーを錬金するという情報を知っているのは俺だけであった。
結果、使い道のない首の骨は、学校の購買で一個10シグで売られていた。
用途不明な研究素材扱いなのだと思う。
「成功だね」
アクセサリーの錬金は無事成功し、水晶のペンダントが完成した。
「よく言えばシンプル、悪く言えば、素っ気ないデザインね」
「錬金のみで作ったから、こんなものだと思う」
店舗で売っているアクセサリーでは錬金できないので仕方がない。
「これに特殊効果をつけるってことよね?」
「そういうこと。一番簡単なのをやって見るよ」
俺は、完成したばかりの水晶のペンダント、純水、プリン玉、毒消し薬を鍋に入れ、これを再び錬金した。
「滅多なことでは失敗しないはずだけど、いつも緊張するな。成功だ」
鍋から取り出した水晶のペンダントは、錬金前に比べると水晶の色に変化があった。
透明から、薄い緑色に変わっていたのだ。
「これは、毒攻撃を無効化するペンダント」
「弘樹、さらっとゲームバランスを崩壊させるようなものを作るわね」
「そう? そこまでのものじゃないよ」
「だって、そのペンダントをしていたら、毒攻撃は無効ってことでしょう?」
「永遠に効果があるわけじゃないから」
せいぜい、効果は二十回くらいだと思う。
毒無効の効果が切れると水晶が透明色に戻るので、そうなったらまた水晶のペンダントと毒消し薬を錬金し直すしかないというわけだ。
ただ、水晶のペンダントは再利用できるのが救いかな。
「限度があるにしても、毒消し薬を何十個も持ち歩くより便利じゃない」
「ちょっと便利くらいじゃないかな?」
モンスターの特殊攻撃には他にも、麻痺、石化、暗転(一時的に視力を奪われる)、寄生(虫や植物に体を蝕まれる)、感染(病原菌や細菌など)、各種ステータスの低下と。
その他にも色々とあるので、毒だけ何回か無効になっても、圧倒的に有利というわけではないのだから。
と思うのは、俺がクソゲーすぎるシャドウクエストのプレイに慣れすぎたからなのであろうか?
「まあいいわ。毒消し薬を沢山持ち歩かなくて済むのは便利よ。私が貰ってあげる」
そう言うと、裕子姉ちゃんは俺が作った毒無効の水晶のペンダントを首からぶら下げた。
「……『それは俺のだ!』とか言わないの?」
「別にいいけど」
試作品だし、錬金で作るアクセサリーにはデザインが単調という弱点もある。
なにより、デラージュ公爵の令嬢には似合わない野暮ったいペンダントなので、デラージュ公爵家の傍にいる大貴族の令嬢たちから、裕子姉ちゃんが陰口叩かれそうな予感がしたのだ。
「陰口なんて、好きに言わせておけばいいのよ。それに弘樹、この世の中の流行というものは、たとえ一見ダサくても、偉い人がそれを用いれば真似をする人たちが出て流行するという側面もあるのよ」
「そんなものなんだ」
「日本でも、ファッション雑誌で一流モデルがその服を着て写っていれば、みんなその服が流行していると思って買うじゃない。流行なんて、案外そんなあやふやなものなんだから」
「なるほどね」
さすがは裕子姉ちゃん。
ちょっと賢くなったような気がする。
「それに、今の私たちは錬金術師で冒険者見習いでもあるの。アクセサリーでも実用性重視よ。前みたいに、いきなりモンスターのボスと戦闘になるかもしれないじゃない。だから弘樹も、毒消しのペンダントを作って首に下げておきなさい」
「そうか。注意することに越したことはないよね」
俺も裕子姉ちゃんの忠告に従い、毒無効のペンダントをもう一つ錬金して自分の首に下げたのであった。
「アーノルド君、ローザさん。同じペンダントをするなんて、二人は仲良しさんなのね」
「おはようございます、エステルさん。私たちは仲良しなんですよ」
「ほほう。アーノルドは十歳にして、銀の鎖で嫁に縛られているわけだな」
翌日、そのまま毒消しのペンダントして登校したら、エステルさんとシリルからペアグッズ扱いされて難儀した。
同じ装備をしているからという理由で、そういう風に思われるのはおかしいと俺は思う。




