第百五話 出世
「……反乱は、我が軍が一兵も損なうことなく解決したのか。それはよかった」
「ええ、ホッフェンハイム伯爵の功績は大きいです」
「ホッフェンハイム伯爵……あの子はやるな。仲間たちとそなたの娘とで、反乱を主導した元王子を捕らえたのだったな」
「その黒幕であった魔王の子供も倒しております。その事実は伏せられておりますが……」
「また彼に褒美をやらなければな。彼の妻は、ローザで決まりだな」
「あの二人の絆に勝る婚約者同士はいませんからな」
「我が姪とその婿殿が、この国の躍進を支えてくれる。実に素晴らしいではないか。侯爵の爵位を与えねばな。ローザの婿に相応しいではないか」
「今や、アーノルド君にうちの娘を貰ってくれと頼むくらいでしょう」
「『回避の水晶』。あれのおかげで、とんだ負債だと思っていたマカー大陸領地化の目途が立った。他の国はアレが錬金できぬので、我が国から買うしかない。狂暴化したモンスターたちをどうにかしなければ、他国への出兵も儘ならないであろう」
「反乱も、忠誠心が怪しい旧バルト王国貴族たちの排除に役立ったと思えば……」
「長い目で見れば得であったな。加増、移封、昇爵の条件でマカー大陸に行ってくれる貴族を見繕うかな」
「それがよろしいかと」
魔王の討伐に続き、反乱の鎮圧と。
黒幕であった魔王の子供を討ち取ったアーノルド君たちの功績は大きい。
ここはドンと領地を……としてしまうと、逆に彼への嫌がらせになってしまうか。
実家であるホッフェンハイム子爵家も法衣貴族なので家臣が少なく、ようやく復興の途についたマカー大陸に広大な領地を与えても負担に感じるだけか。
彼ならばなんとかするだろうが、それだと錬金術師としての活動を阻害することになってしまう。
法衣貴族とするのがいいだろう。
『マカー大陸副総督』の名誉職も一代限りで与え、どうせ仕事なんてないので給金で報いる。
王都で大規模な錬金工房の運営許可……ここは景気よく土地と建物、必要な設備や道具も褒美としてあげてしまおう。
彼ならばすぐに、それ以上の利益をホルト王国にもたらしてくれるはずなのだから。
頭はいいが、腕っ節はそうでもないと思っていたローザも、対魔王戦で活躍してくれた。
父である私も鼻が高いし、これでアーノルド君と結婚しようとしても誰にも邪魔できない。
実に都合のいいことばかりだ。
アーノルド君が大規模な錬金工房を開けば、ホルト王国が必要な錬金物を沢山仕入れられる。
多少報酬に色をつけて褒美とすれば、マカー大陸の復興も早まるはずだ。
反乱などというバカなことをしてくれたおかげで、旧バルト王国貴族たちの力は大幅に落ちた。
『こんな時に、彼らはバカなのか?』と旧バルト王国民たちにも呆れられたので、今後彼らがなにかを企んでも誰も賛同しないであろう。
領地と爵位を失った者たちも多く、多少ホルト王国貴族たちに移封に応じた褒美を奮発しても、ホルト王国の力は増すはずだ。
「では、王城の近くに大規模な錬金工房を用意しようではないか」
「それがよろしゅうございますな。仕事も途切れることがないでしょう」
アーノルド君もその仲間たちも、腕がいい錬金術師たちだ。
さぞや多くの成果を出してくれるであろう。
「では、早速錬金工房を用意させましょう。さほど時間もかかりません」
「そうなのか?」
「断絶してしまったグリュネル伯爵邸。彼は大変優れた錬金術師でしたが、同時にかなりの変わり者だったとか。我らが生まれる前ですがね。その屋敷なら、すぐに錬金工房に改良できます。実質、錬金工房兼屋敷なのですが、普通の貴族なら持て余すほどです」
「であろうな。だから王国で管理だけして放置されていたのだったな」
「簡単な補修と内部の改装、錬金工房棟の設備の交換……機材が古いので、これは絶対に必要でしょう。それでもすぐに終わりますが」
「では、我が弟に頼むとしようかな」
「ええ、任されました」
グリュネル伯爵は我らが生まれる前の偉大な錬金術師であり、その屋敷も錬金工房もかなり巨大で豪華なものであった。
それを、侯爵になるアーノルド君に与えるのに分不相応という批判は出ないはずだ。
家臣は……ホッフェンハイム子爵が出すであろう。
うちからも、ローザ付き扱いで必要な数を出せばいい。
「アーノルド君の父親であるホッフェンハイム子爵ですが、不満はないのでしょうか?」
「跡継ぎを取り上げられたようなものだからな。どうせホッフェンハイム侯爵の子供の一人が継ぐであろうが……」
もしかしたら、アーノルド君に男子が二人以上できない可能性もある。
そうなると、彼の娘に婿を取るとか、そういう事態もあり得る。
ホッフェンハイム子爵としても、気が気でないかもしれない。
「マカー大陸行きを志願しただけで、陞爵される貴族たちがいます。ついでにホッフェンハイム子爵も伯爵にして、出世させてしまいましょう。彼自身は真面目で優秀な文官ですし、元々ホッフェンハイム子爵家は庶子である王子が興した家。不思議に思う者もおりません」
「それもそうだな。魔王の子供の件など、功績にできない事案もある。代わりに彼を陞爵させておけば、彼の子供は侯爵と伯爵になれる。彼への褒美になるな」
「それがいいですね」
「ではそうしよう」
今回の反乱鎮圧に関する褒賞はこんなものかな。
あとは、私と兄が頑張って二つの大陸を上手く統治していくだけだ。
「アーノルド! 俺を家臣にしてくれ!」
「なんでわざわざ不自由な道を選ぶかな? シリルは錬金術師として一人立ちできるのに」
「それどころじゃないんだよ! すげえ仕官の誘いが来て、家族も不安がって」
「アーノルド君、せめて雇って」
「私もお願い」
マカー大陸から帰還し、俺たちは新学期まで錬金工房で錬金三昧の日々を送る予定であった。
だって、復興や開発に必要だからって、もの凄い注文が来ていたからだ。
魔王軍の壊滅で、傷薬、毒消し薬、魔力回復ポーションなどの注文は減ったけど、代わりに回避の水晶、コンクリート、アルミ、チタン製品などの注文が激増していた。
他の錬金工房でもフル稼働で生産しているそうだが、全然足りないらしい。
それに、品質と生産量、効率で言えば、うちほど優れた錬金工房はないそうだ。
シリル、アンナさん、エステルさんは俺が基礎ステータスとレベルを強化してしまったので、もう超一流の錬金術師……その前に魔王を倒しているので冒険者でもあるけど。
そんな三人から、朝、いきなり雇ってくれと頼まれてしまった。
なんでも、多くの貴族や商人から仕官してくれと大攻勢を受けているらしい。
「姉貴も、急にお見合いの話とか来て辟易しているんだよ。妹にもお見合いの話がなぁ……貴族令嬢でもないってのに……」
魔王を倒した有名税ってやつだな。
三人とも、錬金術師としても優れているので、貴族も大商人たちもみんな欲しがっているんだ。
お見合いの件は、優秀な錬金術師と親戚になれば、これから始まるマカー大陸復興特需のお零れに預かれるかもしれないと。
「別にいいけど、錬金術師が好き好んで雇われる必要があるのかな?」
「誰かが庇護しないと、変なことを目論む貴族が出てくるかもしれないわ。家族ごと抱えてしまいなさい」
「そういうものなんだ」
「アーノルドは、そういうのは疎いよね」
俺に、そこを期待されてもなと思う。
こういう時、裕子姉ちゃんがいてくれてよかった。
「お父様から聞いたけど、アーノルドは侯爵になるのよ。相応の家臣は必要よ。今はたった二人じゃないの」
「そうなんだよねぇ……」
ビックスは、俺の警備隊長兼従士長になった。
そして、リルルは侍女長に。
残りはというと、レミーは父が伯爵になって人手が不足するとかで、実家に戻ってしまったのだ。
「だから、シリルとアンナさんとエステルさんを家族ごと雇ってしまう。あとは、デラージュ公爵家からと、紹介で人員を揃えるわ」
「なるほど」
「それでいい? 三人とも」
「いいぜ」
「私も」
「こういう時は、ローザちゃんがしっかりさんだから安心だね」
「……」
エステルさん。
それはつまり、俺が全然しっかりしていないということで?
自覚はあったけど……心の中でちょっと泣きそうになってしまう俺であった。




