第百三話 魔王の子(前編)
「みんな寝てるな。奥に向かうぞ!」
「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」
痺れ薬の散布は、『噴霧器』とオードリーの魔法のおかげで成功した。
反乱軍の将兵たちは、全員城内で麻痺している。
城内に突入したホルト王国軍の将兵たちが、動けない彼らを次々と捕縛していた。
俺たちは、この騒動の黒幕であろう魔王の隠し子を求めて城の奥へと走って行く。
するとそこには、俺の予想どおり肌の色が青い魔王に似た青年が待ち構えていた。
隣には、麻痺して動けないでいる身なりのいい若い男が倒れているが、彼が反乱の神輿にされた王子だと思う。
「この雑魚が気になるのか? 事ここに至っては使い道もないゴミだ」
「酷い言い方だな。魔王の子だから相応しい発言とも言えるのか」
「お前のようなガキに言われたくはないな。ガキたちが我が父を倒したのか……お前らが凄いのか、父が存外弱かったのか……戦えばわかるな」
実の父に随分と辛辣だと思うが、こいつは隠し子だったから当然か。
実は母親は人間であり、しかも遠縁ながら旧バルト王国の王族だった……という設定だ。
マカー大陸を奪還する正当性は……魔王の子供なのでバルト王国貴族たちに認められず、だから今転がっている王子を傀儡とした。
歪んで当然か。
次作のラスボスに相応しいんだが、売れないからゲームにはならなかったというのが世知辛い。
どちらにしても、俺たちはこの魔王の子と最後の戦いをすることに違いはなかったのだけど。
「俺は父よりも強いぞ」
「知ってる」
だが、こちらもそれに備えてレベルを上げてきたのだ。
武具も強化してある。
俺の計算では負けることはないはずなので、早速八対一でボコってしまおう。
えっ?
卑怯じゃないかって?
ゲームでも、魔王一人を四人でボコるんだ。
八人でも同じことだし、なにより遊びではないのだから。
「ガキのくせに死に急ぎたいようだな」
「こういう輩って、みんな同じようなことを言いながら死んでいくわね」
「なんだ? この生意気なクソガキは?」
「クソガキとは失礼ね! レディーに対する配慮くらいしなさいよ!」
「誰がレディーだ!」
「私よ!」
裕子姉ちゃん、そこで自分はレディーだと言い張るんだ……。
あと、ラスボスと不毛な言い争いはしないでほしいかな。
「お前らは、一人残らずバラバラに引き裂いてくれるわ!」
「とんだとばっちりだぜ」
「シリル、どうせ私が挑発してもしなくても同じ結果だったと思うわよ」
「それはそうかもしれないが、余計なことを言う奴がレディーを自称するかね?」
「いいじゃないの。うるさいわねぇ。細かいことにうるさい男なんて、女性にモテないんだから」
二人とも、今から戦いだってことを覚えているのかな?
「ちょっと面白い連中だが……死ね!」
ちょっと会話が漫才チックになったくらいで、人間と魔王の子供がそう簡単にわかり合えるわけもなく、そのまま戦闘に突入した。
足下の王子は……どうにもならないな。
「事前にレクチャーしたとおりに」
この魔王の子供に関しては、これまでの戦闘のセオリーが通用しない。
とにかく相手に攻撃を当ててHPを削っていくしかないのだ。
「まずは……」
俺が、魔王の子供を『鑑定』する。
するとその名称が、『炎の魔王』となっていた。
なぜ炎なのかというと、こいつは自分の体に魔法を纏い、攻撃力と防御力を強化していたからだ。
今、こいつは火系統の魔法を纏っている状態だ。
しかも、他の系統にチェンジできる。
便利といえば便利であるが、当然デメリットも存在する。
「オードリー! 水!」
「『アイスランス』!」
「ぐふっ!」
一つの系統を纏うと、当然弱点となる系統ができてしまう。
俺がオードリーに水魔法を命じると、『アイスランス』がその身に突き刺さって大ダメージを受けた。
だがその直後に、その巧みな回し蹴りによって俺たちも大ダメージを受けた。
「アーノルド様……これは……」
「上級魔法が飛ばないだけだと思え」
魔王の子供は魔法を飛ばさず、拳と蹴りの攻撃に載せてくる。
魔法を放つよりも、無駄なくこちらに大ダメージを与えてくるのだ。
しかも回し蹴りの攻撃範囲は広く、前衛の俺、リルル、ビックス、シリルは大ダメージを受け苦悶の表情を浮かべた。
「一対多数なら勝てると思ったか?」
「……」
「随分と大人しいではないか」
それもそのはず。
俺は再び『鑑定』で、魔王の子供を見ていたからだ。
やはり魔法の系統を切り替えていた。
今は、『吹雪の魔王』となっている。
「火だ」
「わかりました」
オードリーが、ブリザードの魔法で魔王の子供を攻撃する。
系統を水に切り替えていた魔王の子供は、大ダメージを受けてしまった。
「ガキぃーーー!」
今度は拳に込められた連続パンチにより、俺たちは再び大ダメージを受けてしまう。
パンチは乱れ打ちのため、後衛の女性陣も大ダメージを受けてしまった。
「うぐっ、口ばかりでなくて強いのね」
「俺は魔王の子供だからな」
裕子姉ちゃんに対しそう言い放つが、彼は父親である魔王に対し隔意があった。
だが、自分の強さが魔王の血筋から来ていることも理解している。
なかなかに複雑な心境にある奴なのだ。
だからといって、別に手加減をするつもりはないが。
「……」
「俺の系統チェンジを見破っている? まさかな。三度も偶然などあり得ない」
魔王の息子は、系統を変えても見た目が変わるわけではない。
俺が勘で、系統チェンジを当てていると思ったようだ。
そう思ってしまうほど、『鑑定』はレアスキルなので仕方がない。
ただ、『人物鑑定』ではないので、魔王の子供の基礎スタータスや特技は見破れなかった。
あくまでも、魔物の名前として表示されるから、俺は魔王が纏った系統を見破れているのだから。
「……また水だ」
「『アイスランス』!」
「また当てただと!」
火から水へ。
次は風か土か。
といった流れを変えて火に戻る。
魔王の子供は引っかけを仕組んだようだが、俺には通用しない。
オードリーに弱点となる系統を伝えると、彼はまたも弱点となる水魔法で大ダメージを食らった。
ただ、その反撃も非常に強烈で、俺たちも相応にダメージを受けた。 魔王の子供は、多数に大ダメージを与えるのが得意なのだ。
「エステルさん!」
「任せて『ヒール』!」
「俺も一応ね」
『治癒魔法(中)』の俺と、『治癒魔法(大)』のエステルさんが、みんなに『ヒール』をかけていく。
これまで受けたダメージが一気に回復した。
「……オードリー、風だ!」
「『ウィンドカッター』!」
「またか!」
今度は、『岩の魔王』と化した魔王の子供。
防御力が高い系統になったのは、ダメージ過多で苦戦しているからかもしれない。
だが当然俺の『鑑定』で見破られ、オードリーの風魔法で切り裂かれていく。
反撃でまた全員に大ダメージがくるが、これもエステルさんと俺、さらにみんなが傷薬を交互に使って治していく。
一方、魔王の子供は回復手段がなかった。
この特殊な攻撃方法に能力を全振りし、どんな敵でも大ダメージを全員に一斉に与えられる戦闘特性から、あまりダメージを受けたことがないため、回復手段の確保に手を抜いていたから……WEB版外伝小説の記述からだけど。
ただ回復手段がないとはいえ、レベルやHPも父親である魔王譲りで非常に数値が高く、何度大ダメージを与えてもなかなか倒れなかった。
「頑丈だな」
「お前らこそな!」
レベル上げに時間をかけただけあって、俺たちと魔王の子供との実力差は歴然であった。
彼は健闘はできるが、俺たちには絶対に勝てない。
一方俺たちも、これまでのように弱点を利用してハメ技に持っていくことができなかった。
魔王の子供は魔王よりも強く、どういうわけか『ウィークン』などの『補助魔法』がまったく通じなかったからだ。
こうなると、徐々にHPを削って倒していくしかない。
こちらを『補助魔法』で強化しつつ、次々と攻撃を繰り出していく。
ビックスの剣、シリルの槍、リルルの拳と蹴り、アンナさんの弓、オードリーの魔法、裕子姉ちゃんの鞭が魔王の子供のHPを順調に削っていく。
こちらがダメージを受けても、エステルさんと俺が『治癒魔法』を使ってすぐに回復。
人数と行動回数の差は、魔王の子供を不利から敗北必至の状況へと追いやっていく。
「俺は魔王の子供だぞ! しかも奴よりも強いのだ! どうしてお前らのようなガキどもなどに!」
どうしてと言われても、そういう設定だと知っていたから、対策して勝てるように強くなっただけだ。
ゲームとは違って、負けるとやり直しが効かないので、対策したから当然であろう。
先に情報を知っていて狡い?
そんな戯言は聞けないなぁ。
どうせ向こうも真相に気がついていないだろう。
「ガキは、僕とローザだけなのにね」
「そうよね。シリルなんておっさんじゃないの」
「誰がオッサンだ!」
さすがにオッサンは酷いのでは?
二十歳すぎに見えるだけなんだから。
「ふざけやがって! もう許さん!」
「(きた!)」
ダメージの蓄積と、挑発が功を奏したのであろう。
魔王の子供が……とは言っても成人だけど……ぶち切れてリミッターが外れた感覚を俺は感じた。
WEB外伝小説でも、この描写は存在する。
そしてその直後、魔王の子供による渾身の連続攻撃が始まるのだ。
この連続攻撃はガチでヤバイ。
小説の描写では、主人公たちはそれによって大怪我をしてしまうくらいなのだから。
「プランBだ!」
俺の一言に、全員が軽く頷く。
プランBとは、ようはもの凄い攻撃が連続でくるので、防御と回復に集中してね、というものであった。
ここで変に攻撃してしまうと、行動回数が足りなくて回復できずに死んでしまう可能性がある。
だから攻撃は禁止なのだ。
俺が声をかけた直後、全身が黒いオーラに包まれた魔王の子供による連続攻撃が次々とヒットした。
先ほどよりもさらに重たい攻撃だ。
レベルを上げておいてよかった。
完全防御姿勢でも、大きなダメージを連続して食らってしまう。
「こんなの反則よ!」
裕子姉ちゃんの気持ちはわかる。
『これまでのステータスとかレベルってなに?』ってくらい、俺たちは魔王の子供に対して成す術がなかったのだから。
「『ハイヒール』!」
エステルさんが連続して全員を大幅に回復させる『治癒魔法』を使いながら、魔力回復ポーションを飲んでいた。
それを飲みながら魔力量が多い『治癒魔法』を連発しなければ死んでしまうような攻撃が続いているのだ。
「(もしかしてこいつ、敵のレベルに比例して強くなるってことはないよな?)」
まさかな。
きっと、魔王が倒れるまで日陰の存在だったから、懸命にレベルを上げていたのであろう。
「アーノルド君、これはキツイわよ」
「もう少しの我慢です」
「アーノルド君がそう言うのなら」
アンナさんは、俺の返答に納得してくれたようだ。
確かに反則に近い連続全体攻撃だが、さすがに無茶を重ねればすぐに破綻はやってくる。
「アーノルド!」
「もう少し耐えてくれ!」
これだけの連続攻撃を、体のリミッターを外して攻撃しているのだ。
続ければ続けるほど、向こうの体に大きな負担がかかる。
そのデメリットを甘受できるほど、攻撃力に自信があるというわけだ。
「耐えきれば、もう策はない!」
「耐えられると思うか? 人間のガキども!」
魔王の子供はさらに攻撃の強さと回数を上げてきたが、もうこれが限界であろう。
俺たちも大ダメージを連続して受けていたが、回復できる範囲内なので問題ない。
体中が痛いけど、こればかりはいくら強くなっても慣れようがないな。
「まだですか? アーノルド様」
「もう少し……ほらな」
こんな無茶な攻撃。
いつまでも続くわけがないのだ。
ついに、魔王の子供の攻撃が弱くなり、回数も減ってきた。
よく見ると、その体のあちこちから出血していた。
無理に体を動かしたので、自身も大きなダメージを食らったのだ。
「賭けには失敗したな」
「俺が人間になど!」
「お前も半分人間だろうが」
「どうしてそれを、お前が知っている?」
なぜって……WEB外伝小説で読んだからだ。
でも、反乱に参加した貴族たちは知っているはずで……今は痺れてホルト王国軍に捕らえられたので、真相は聞けなかったけど。
とにかく、相手が動揺して動きが止まったので、これで終わりとしよう。




