352 幼き皇帝
会議部分は1話あたりをやや長めにとって、できるだけ暗殺部分に短い話数で到達できたらと考えております。
おりますが、また長くなっちゃいそうな予感……。
王国使節団の一行が会談の場へと到着した。
ロロが馬車の窓から顔を出す。
「あれがリメスの古祭壇……!」
隣に座るコクトーが姿勢よく座ったままで言う。
「ロクサーヌ卿。観光気分では困るぞ?」
「別に浮かれてなんか! コクトー様こそ、実は浮かれ気分なんじゃないですか?」
「真面目な話だ。この会議、昨夜に卿と話したようにはいかぬだろう」
「……宮中伯。なぜ急に弱気に?」
「皇国旗に交じってナイトジャー家の旗がある」
「っ!! ナイトジャー……ウィズベリア!」
「本当に来たようだ……!」
一行が馬や馬車から降りて、リメスの古祭壇の上絵と繋がる階段へ向かう。
階段の両脇に皇国騎士が整列していて、階段の終わりには黒と紫のロングドレスの女性が待っている。
「あれが?」
ロザリーが囁くと、コクトーが頷いた。
「間違いない。宰相ウィズベリアだ」
「……」
「卿が先に行くか?」
「いえ。団長であられるコクトー様がお先に」
「……わかった」
コクトーを先頭に、王国使節団が階段をゆっくりと上がる。
両国の騎士たちは互いに視線を合わせぬようにしているが、彼らの緊張は場の空気を支配し、息苦しい静寂を生んでいた。
その空気を打ち破ったのはウィズベリアであった。
「おお、コクトー殿!」
両腕を広げて王国使節団の団長を柔和な笑顔をもって迎え入れる。
対するコクトーは、ややぎこちない笑顔で彼女に応対する。
「これは皇国宰相殿。お目にかかれて光栄の至り……」
「直前まではウィニィ殿下が団長を務めると伺っていたが……?」
「実は、出発当日になってご体調を崩され……代表は僭越ながらこのコクトーが務めまする」
「なんと! ご加減は?」
「決して重いものではなく。念のためでありまして、ご心配には及びませぬ」
「念のため……さもあらん、獅子王国の冬は厳しい。大事な御身に何かあってはいかぬ」
「は……」
「当方の団長はこのウィズベリアが務める。双方一人ずつと人数合わせした大魔導もこの私。そちらは――」
ウィズベリアが目で探すと、ロザリーがコクトーの横へ歩み出た。
「――お初にお目にかかります、宰相殿。ロザリー=スノウオウルにございます。ウィズベリア様のご高名はかねてより伺っております。このたびはお手柔らかにお願い申し上げまする」
ロザリーが名乗ると、周囲の皇国騎士たちが一斉にどよめいた。
ウィズベリアも目を剥いて驚いてみせる。
「卿が、あの!? 〝骨姫〟ロザリーの勇名こそ、バビロンに轟いておるぞ!」
「まあ! お世辞でも嬉しいですわ」
「何が世辞か、まことよ! ガーガリアンの王を退けた武名。そして――白薔薇ルイーズの忘れ形見」
母の名が出て、目を伏せるロザリー。
ウィズベリアはそんなロザリーの肩に手を置き、優しく言った。
「すまぬ、悲しませてしまったか。だが、白薔薇の名は今もって、卿はもちろんこの私よりも名高いと言える。卿の母はそれほどの大人物であったのだ」
ロザリーは目を伏せたまま、言った。
「嬉しい……のですかね、この気持ち」
「ふむ?」
「私は……弱った母しか見ておりませぬ。私の愛する母が、どうしても皆様の語られる白薔薇の人物像と合わず……何だか奇妙な心地です」
「なるほどのう。私にも娘がおるが――」
ウィズベリアは背後にある大天幕のほうへチラリと目をやった。
「――母が娘のことを何でもわかっているなどというのは幻想に過ぎぬし、逆もまた然り。ただ、皇国において名高いのは事実であるし、卿が幼き頃に見た母の姿もまた事実である。そうであろう?」
「……はい。きっと、母には私には見せなかった顔があるのですね」
「うん。ま、ともかく。そなたが本当に来てくれるとは思わなんだから、とても嬉しい。見てくれ、このドレスは卿に会えることを祈願して仕立てたものだ」
「まあ! ウィズベリア様のお姿を見たときから、私の色だって思っていたんです!」
「フフ……それは仕立てた甲斐があるというものだ」
すると突然、二人の会話にコクトーが割り込んできた。
「宰相様こそ――」
「ん?」
「――まさか、巨塔を離れてご出席なさるとは。私はあり得ぬと思っておりましたぞ?」
「フフ。巨塔ではなく、皇帝を離れて……であろう?」
「……」
「コクトー殿の疑念もわかる。が、実に単純なことでね」
と、そのとき。
「ウィズベリア様!」
ウィズベリア側近の一人アラドが、慌てた様子でやってきた。
不愉快そうに部下を見据えるウィズベリア。
「何だ。場違いぞ?」
「失礼を! ただ、剣王の配下共が……!」
「!」
ウィズベリアを先頭に、ロザリーやコクトーも一緒になった一団が、大天幕へと向かう。
事態は一目瞭然。
大天幕の周囲を剣王配下の騎士たちが占拠していたのだ。
ウィズベリアが騎士たちに問う。
「卿ら、何のつもりだ?」
すると右の眉にかかる大きな傷のある中年の騎士が言った。
「宰相閣下。ロザリー卿をお引き渡しくだされ」
「ハッ! 何を言うかと思えば……引き渡せ? まるで無力な人質に対するかのように言うが、彼女は大魔導ぞ?」
「先刻承知。あなたがそうであるように」
「ではなぜ引き渡せなどと言う。渡したところで卿らに御せるわけがなかろうが」
「たしかに。ですが、この会議を台無しにすることは我々でもできますぞ?」
「!」
「あなたが我らを鏖殺しようと。それを〝骨姫〟がやろうと。皇国騎士二百人が殺されたその場で両国が誼を結ぶなど、できましょうや?」
「なるほどのう……そうしてロザリー卿がバビロンに至るまで、卿らはここを占拠し続けるというわけか。ロデリックの手下にしてはよく考えたものだ」
眉傷の騎士はフン! と鼻で笑い、勝ち誇った顔をした。
「ココララ!」
ウィズベリアが叫ぶと、占拠する騎士たちの中から彼女が進み出てきた。
まるで一人で敵軍の真ん中に放り出されたような、引きつった顔をしている。
「これが筆頭として下した結論か?」
「……っ」
「ココララッ!」
「~~っ、ええ! そうです! ここで〝骨姫〟ロザリーを皇国へ引き込むことができれば国益にかなうことは必定! 一時的な休戦協定など結ぶよりも大きな成果と言えましょう!」
ウィズベリアは心底落胆した様子で、ぼそりと呟いた。
「ただ現状を正当化するための言い訳。意志の欠片もない……情けない」
「っ! 加えて! あなたがほしいままにするバベルの権力! 剣王ロデリックが〝骨姫〟ロザリーの後見となれば、我々はあなたへの大きな抵抗勢力となります!」
この言に眉傷の騎士たちも満足そうに頷いた。
対してウィズベリアは大きなため息をつき、それからロザリーを振り返った。
「ロザリー卿。あなたのお気持ちはいかがか?」
「ッ! 宰相殿!」
「待て、コクトー殿。……ロザリー卿、この場の判断のすべてを、私はあなたに預けようと思う。あなたがバビロンに赴きたいというのなら邪魔せぬし、この者共を許さぬと仰るなら、私がこの手で皆殺しにしよう。我が娘ごと、な」
そう言ってウィズベリアがココララに目を向けた。
その視線には母親としてあったささやかな温度は消え失せていて、ココララは初めて母に対し底知れぬ恐怖を感じていた。
「一つだけ――」
ロザリーが口を開き、ウィズベリアが尋ね返す。
「うん?」
「――一つだけ、彼らに尋ねてもいいでしょうか?」
ウィズベリアは無言で「どうぞ」とばかりに手を差し向けた。
ロザリーが一団から離れて剣王配下たちのほうへ向かう。
ザアッと風が吹き抜け、ロザリーの黒髪を靡かせた。
ロザリーは眉傷の騎士の目の前で立ち止まり、彼に問うた。
「なぜです?」
「……何がでございましょう」
「私がまるで皇国へ帰りたがっているかのように考えておられます。それはなぜです?」
傷のある眉がへの字に曲がった。
「あなたはあの白薔薇の娘! そして我が主、剣王ロデリックが求める騎士! 帰りたいと思われないのですか!?」
「私は王国生まれ。皇国の地を踏んだのは今が初めてです。母の故郷をこの目で見たいと思うことはあれど、帰りたいと思ったことはありません。そも、帰る場所は王国ですので」
「ッッ!! バカな! ご自分に流れる鳥の血がわからぬか!? 偉大なる母から生まれ、強大な力を手にしながら!? 何と嘆かわしい!」
「そうおっしゃいますが……私は母を失ってからこの年まで、鳥の血の人に助けられた覚えはありませぬ」
「!」
「助けてくれた人はいます。かけがえのない友人たち。教えを授けてくれた教官。みんな獅子の血の人ばかりです。これで今、私が血だけを根拠に皇国へ帰る? あり得ない、私はそんな人間ではないし、そんな薄情な行為を亡き母が喜ぶとは思えない」
「……どうやら、母御から気高さは受け継がれなかったようですな」
この眉傷の騎士の言葉に、ロザリーは身を引いた。
「直情的な方……。今のあなたの一言で、私のバビロン行きは万に一つもなくなりましたよ?」
「ッ!」
「ココララ殿!」
ロザリーがココララに向かって叫ぶ。
「宰相殿がおっしゃる通りなら、あなたが筆頭――この者らを統率する立場にあるはず!」
ココララは周囲にいる年嵩の剣王配下たちの顔色を疑いながら、ゆっくり頷いた。
「ええ、そうです」
「では、ここからはあなたが指揮を。直情的な者に二百の騎士の統率は務まりませぬ!」
「っ、それは――」
「――小娘がッ! 言わせておけばッ!」
ココララが口ごもり、コケにされた眉傷の騎士が腰の剣に手を伸ばした瞬間。
剣王配下の占拠する大天幕の入り口の垂れ幕が開き、そこから声がした。
「まだか? まっているのだが」
それは子どもの声。
背が低いからか、剣王配下が目隠しになってロザリーからは姿は見えない。
しかし、その目隠しになっていた騎士たちに変化が起きた。
「っ、何?」
ロザリーが変化を目にし、困惑する。
子どもの声は騎士たちに見えない衝撃を与え、それが波のように広がっていく。
衝撃を受けた騎士たちは腰を抜かしたように跪き、無防備に地面に目を伏せた。
目隠しが無くなり、ロザリーからも大天幕の入り口が見えた。
やはり子ども。
豪奢なローブを着た、位の高そうな少年だった。
「……大鷲の意匠?」
ココララと眉傷の騎士は衝撃を受けても立ち尽くしていた。
しかしロザリーが意匠について口に出した瞬間、二人とも膝を折り、地に首を垂れた。
ロザリーは子どもと目が合った。
子どもは母親を見つけたかのように顔をほころばせ、ロザリーのほうへ歩き出した。
剣王配下たちは跪いたまま退き、子どもの前に道ができる。
「ロザリー卿……!」
呼ばれて振り返ると、コクトーも跪いていた。
「魔導皇帝陛下だ。宰相殿は皇帝から離れてなどいなかった……!」
ウィズベリアは立ったまま頭だけを下げてていて、コクトーの言葉を受けて彼女の口角が上がる。
ロザリーはこちらへ来る幼き皇帝へ目を戻した。
大した魔導者には見えない。
むしろ、魔導者であるかすら怪しく見える。
それほどの小さき魔導。
しかし、騎士らがひれ伏さざるをえないのもわかる。
剣王の強さを信奉する騎士たちに、膝を折ることを強制する存在感。
「あの子が魔導皇帝……!」
幼き皇帝は数メートル手前までやって来ると、ロザリーに向けて駆け出した。
「ロザリー!」
「あっ!」
どうしていいかわからず戸惑うロザリーの胸に、幼き皇帝が飛び込んできた。
咄嗟に抱きかかえると、彼はロザリーの両頬に手を当てて、彼女の紫の瞳をじいっと覗き込んだ。
「やっぱり。ロザリーは余と同じだ!」
「!!」





