349 骨姫と黒獅子
これもやや長め。
――ミュジーニャ邸。
まだ午前中だというのに多くの部隊員が帰っていて、オズの姿もそこにある。
また玄関の扉が開き、セーロが入ってくる。
「ただいま戻りやした~」
「遅えぞ、セーロ!」
すかさず飛んできたオズの怒声に、セーロはムッと顔を顰めて言い返した。
「何です、親分。朝出たばっかりなのに非常招集とかかけるからでしょう? いったい何事なんです?」
「バカか? 非常招集なんだから非常事態に決まってるだろ!」
「だから何事かって――」
「――話はあとだ! 揃ったな? 行くぞ、てめえら!」
「「おう!」」
セーロ以外の面々は吊るし人の魔導騎士外套を着用し、しっかりと武具まで装備している。
「ええ……非常事態って何……?」
オズ率いる第六指は王都西門で厩から馬を出し、大街道を北上し始めた。
馬に鞭を入れたりはしないが、かなり急いでいる。
「……本当に何事なんです?」
最後尾を行くセーロが、一つ前を行く赤入れ墨に尋ねる。
赤入れ墨はニヤッと笑って答えた。
「ボスが言うには、ある王族が暗殺者に追われて逃げているんだと。それを追っかけて保護するんだとさ」
「へえ……なんか皆さん、ワクワクしてやすね?」
「そりゃあ、これから下手人を追っかけて討ち取ることになる。つまり、激しい戦闘になるからさ」
それを聞いたセーロはあんぐりと口を開け、それから大声で前に呼びかけた。
「親分!!」
「なんだ、セーロ!」
「あっし! 荒事は参加しなくていい約束でしたぜ!」
「……あー、そうだったかも」
「かもじゃねえです!」
「悪い、そうだったな。……そもそもセーロは待たなくてよかったのか。ミスったわ」
「帰りますね?」
「バカ言え、もう遅え」
「まだ、すぐにミストラルに戻れやす!」
「よく考えろ! 装備整えて慌てて出ていく俺たちを何人が見てると思う?」
「あ……」
「下手人の仲間が城門を監視していた可能性だってある。魔導のないお前一人、戻すことはできねえ」
「じゃあ、あっし、どうすれば……」
「……戦闘になったらしれっと離れろ。通りがかりの商人ヅラして」
「ええ……」
「とにかく急ぐぞ! 王族は少数で追跡困難だが、それを追う下手人は部隊規模! それも探索のために隊形を広げているはず! 必ず痕跡がある、見逃すな!」
「「おう!!」」
第六指の面々が、街道の脇の茂みや林、放置された廃屋などに目を光らせながら馬を飛ばす。
そんな中、セーロが馬を押してオズの隣までやってきた。
「……なんだ。もう不平は聞きたくないぞ?」
「それはもう、あきらめやした」
「じゃあ何だ?」
「……王族暗殺。乱に関係してるとお考えで?」
「そうだな、可能性はある」
「今日から皇国との会議が始まりやす」
「ああ、今日だったか」
「会議にはロザリーの姉御が行ってる。あっし、姉御のことを親分と同じくらい評価してるんです」
「フ、あっちは大魔導だぞ? ゴマ擂ってんじゃねえよ」
「いや、そういうことじゃなく。何て言うんですかね……何か大きなことを成し遂げる? 世の中に大穴開けちまうような存在だと思ってんでさ」
「……それで?」
「今回の会議で、姉御がうまいことやるかもしれない。それでもし、両国がこれ以上ないくらい仲良くなったら、乱は起こらねえんでは? 親分の見立て通りスパイが皇国騎士なら、そういうことになりませんかね?」
オズはしばらく考え、それから言った。
「……そうは思わんね。むしろ加速する可能性すらある」
「へえ? 何でです?」
「俺さ、この任に就いてから、スパイについて考えるんだ。もし俺がスパイとして異国に潜り込むことになったら、って」
「ほう」
「スパイってさ、何年も何十年も異国に潜るんだよ。国を捨て、故郷を捨て、家族も捨てて――おそらく名前すらも捨てて、だ」
「そう、でしょうね」
「そんな犠牲を払ってきた奴らがさ。外交がちっとうまくいったくらいで足を止めるかね?」
「……そうか。それでむしろ早まる。完全に仲良くなる前に事を起こしちまおうって考える?」
「その一手がウィニィ暗殺なのかもしれねえ」
「……っ。姉御のためにも止めなきゃいけやせんね!」
「ああ!」
――その頃。レオニードの門。
〝バルコニー〟と称される高層のテラスに一人、皇国を睨むように立つ大男がいる。
要塞の主たる〝黒獅子〟ニド=ユーネリオンである。
ハイランドにできた谷間――飛竜回廊を抜けてくる強い風に漆黒の魔導騎士外套を靡かせながら、微動だにせず敵国側を見つめている。
と、そこにもう一人。
「おはようございます、殿下」
「!」
ニドは驚きをもって背後を振り返った。
「……脅かしてくれるな、〝骨姫〟よ」
ロザリーはクスッと笑い、ニドの下へと歩いた。
「すいません。物思いに耽っておいででしたね?」
「ん、む」
やがて隣に来たロザリーに、ニドが問う。
「昨晩はよく眠れたか?」
「はい、とても。よくしてくださり、ありがとうございます」
「ならばよい。すまぬな、晩餐にも顔を出さず」
「いえ、滅相も。……お加減でも?」
「違う」
「そうですか」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
ニドがちらりと横目で見ると、ロザリーは風を受けて心地よさそうに飛竜回廊の先を見つめている。
「……ウィニィが使節団団長の役目を辞退した、というのは本当のようだな?」
「はい。もしや、彼から事情をお聞きに?」
「いや。ウィニィが私に何かを相談することなどない」
「一度も? 今まで助言を求められたりしたことはないのですか?」
ニドは少し考え、それから口を開いた。
「……昔、馬の乗り方は教えたな。あと、矢のつがえ方を聞かれたこともあった気がする」
ロザリーはおかしそうに笑った。
「あるではないですか」
「奴が子供の頃の話だ」
「で、あってもです。羨ましく思います、私は兄弟がいないので」
「兄弟、か……」
「何です?」
「……いや。ウィニィのことだ、会議直前になって臆病風に吹かれたのだろうと思うてな」
「それは……どうでしょう」
「違うのか?」
「ウィニィが恩寵を持っていることはご存じで?」
「! ……本人から聞いたのか?」
「はい」
「驚いたな。陛下と私、それに王妃殿下しか知らぬことだ」
「ええと、ソーサリエの秘密の儀式です」
「おお、あれか! なるほどな」
「彼はたしかに臆病ではありますが、その本質は敏感さと先見性にあるように私は考えます」
「……会議に出席するとよくないことが起こると予見した、と?」
「あるいは優先すべき事柄が他にあったのかも。ともかく、単に臆病風に吹かれたわけではないのかと。それを裏付けるような恩寵を彼は持っていますので」
ニドは眉を寄せ、小さく囁いた。
「……甘かったか?」
「はい? すいません、聞き取れず……」
「いや、独り言だ。会議は明日からだな?」
「ええ、明日午前から。今日のうちにリメスへ出立します」
「準備のほうは? あちらは宰相ウィズベリアが来ると聞いたが」
「私には細かい話は難しくて……コクトー宮中伯と秘書官に任せっきりです。今も部屋に籠って難しい顔を突き合わせていることでしょう」
「それでよい。人には得手不得手というものがある」
「ニド殿下も?」
「得意ではないな」
「フフッ」
「笑うでない。ところで……ミルザは来るか?」
「ミルザ――〝風のミルザ〟ですか?」
「他におるまい。王前会議においてミルザの名が出たと聞いたが」
「たしかに。しかし、ミルザが来る可能性は魔導皇帝が来る以上に低いだろうとの結論であったかと思います」
「……」
ニドは黙し、飛竜回廊の先を睨んだ。
わずかながら彼の肉体の内に魔導の高まりを感じ、ロザリーが尋ねる。
「……殿下はミルザが来ると?」
「可能性は低い。十に一つだ」
「それは! ……私にはむしろ高いように思えます。なぜそのようにお考えに?」
するとニドは横目でロザリーの紫眸を見下ろし、やがて深く息をつきながら彼女に身体を向けた。
「……やはり、言わざるを得んな」
「私に? 何をでしょう?」
「ホストが晩餐に顔を出さず、ゲストを放ったらかした理由。できるなら、卿と顔を合わせずに終わらせようとした理由だ」
「あ……私、避けられていたのですね」
「卿のせいではない」
「は……ではなぜ?」
「フ。私はウィニィのことを言えんな」
「?」
「怖かったのだよ、卿と会うのが」
ロザリーは唖然としてニドを見上げ、それから言った。
「〝黒獅子〟ニドが? こんな小娘を?」
「フッ! 言うてくれるわ」
「ですが、理由がわかりません」
「卿の母君のことだよ。〝白薔薇〟を討ったのは私だ」
「!!」
「知らぬ……ということはあるまい?」
「ええ……しかし、殿下がそのようにお考えになっているとは思いもしませんでした」
「母の仇が目の前にいる。娘として聞くことはないのか?」
「……」
黙っているロザリーにニドが続ける。
「私はたしかに白薔薇に勝った。だが、勝った実感はなかった。それほどに白薔薇は弱っていた。戦う前からな」
ロザリーが眉を潜めて言った。
「それを娘に言ってどうするのです。お前の母はたいしたことなかった、きっとお前もそうだろうと?」
「違う」
ニドは大きくため息をついた。
「口下手なのだ、許せ」
「はあ」
ニドが小さく頭を下げたので、ロザリーはキョトンとしつつ彼の次の言葉を待った。
「……これは言い訳だ。卿に恨まれたくはないからこうしている。勝つ前も、勝った後も彼女があっけなく死ぬなんて露ほども思わなかった」
「……フフッ。おかしな方ですね?」
「娘の卿が笑うのか?」
「だって。母が死んだのは私が五才のときですよ? 獅子侵攻の五年後。殿下によって殺されたわけではありません。だから殿下を仇と思ったこともありません」
「……命こそ奪わなかったが、重い傷は負わせた」
「それが死因ではありません。……ただ、弱ってはいたと思います。それも手傷のせいか産後の肥立ちのせいかわかりません」
「……」
「納得しておられないお顔ですね?」
「腑に落ちぬ。私は白薔薇を倒した直後、恐怖を感じていた」
「恐怖?」
「回復した白薔薇に復讐されるのではないか。そのときには楽には勝てぬ、ならば弱っている今、殺しておくべきではないか、とな」
「……今、ちょっとだけ殿下を恨みました」
「私が殺したわけではないのだろう?」
「ええ。だからちょっとだけ」
「……ともかく。私が恐怖を抱いた騎士があっけなく死んだことが腑に落ちぬのだ。〝骨姫〟、卿の母君は本当に死んだのか?」
「母が死ぬところをこの目で見たわけではありません。亡骸を見たわけでも。……ただ、これは先王弟殿下に言われたのですが――」
「――大叔父殿が?」
「はい。ドロス殿下曰く、白薔薇が生きているなら必ず噂が聞こえてくる。白薔薇とはそういう存在であると」
「それは……たしかにそうだ」
「私もそのように思っております。ですから……あれっ? ミルザの話のはずが、母の話になってますね?」
「私がそう話したからな」
「?」
「白薔薇ルイーズと風のミルザ。二人には何らかの縁がある」
「縁? まさか家族とか、そういう?」
「いや。調べたが血縁関係はない。ミルザが卿の父ということもない」
「!! ……そんなことまでお疑いになるほど、深い関係性がある、と?」
「繰り返しになるが――白薔薇は弱っていた。身重で魔導が巡らず、しかしそんなことは百も承知とでもいうふうに、私の前に立ち塞がった。そして彼女を討った翌日にミルザの到来。聞けば、その前日まではミルザは並の魔導者であったという。であれば、白薔薇が敗北した直後にミルザは覚醒したことになる。……これが無関係? 私にはそうは思えぬのだ」
「……それが、ミルザが来るかもとお考えになる理由なのですね」
「そうだ。私ですら疑い続ける白薔薇の行方。ミルザは私よりも気になるのではないか? もしそうならば、娘の卿をその目で確かめに来るのではないのか? と、な」
「それが十に一つ……」
「そうだ。……どうやら話し過ぎたようだな」
「え? あっ」
ロザリーが振り返ると、バルコニー入り口にいるロロがロザリーを呼びたいが割って入れず、右往左往していた。
「どうやら出発の時間のようです」
「うむ。行くがいい。帰りも寄るか?」
「ぜひ! ハイランド山羊の毛皮のベッドがとてもよくって……あ、でも、殿下が顔を合わせづらいならやめておきますが……?」
「意地の悪いことを申すな。次は晩餐にも顔を出そう」
「よかった。ではそのときに!」
「ああ。気をつけて行け」
「失礼いたします!」
ロザリーが流れるようにカーテシーをして、それからロロの下へ歩いていく。
ニドは彼女を笑顔をもって見送った。
――そして。
ロザリーとロロの姿が消えると、近くの騎士を目で呼んだ。
騎士は素早く動き、ニドの影のように静かにそばに立った。
「【手紙鳥】の準備を」
小声の指示に、騎士も小声で返す。
「ハッ。宛先はどちらへ?」
「ローレライへ。至急、黄金城のフォメン卿から情報を取れと」
「ハッ。では――」
「――待て。やはりもう一通」
「ハ。宛先は……?」
「〝首吊り公〟ヴラドへ。ニドに貸しを作れと」
「!?」
「至急だ、急げ!」
「ひ……ハッ!!」
騎士が屋内に走り去るのを見届けると、ニドは再び飛竜回廊の先を睨みつけるのだった。
さあオズが合流か?ってとこでロザリー視点になりましたが、ここからしばらく会議です。
引き伸ばしたいわけではなく、こうしないと会議側と暗殺側を行ったり来たりすることになるのですよね。
あまりにも読みにくくなりそうなので……ご容赦ください。





