348 あの日のこと
やや長めです。
――翌日。
王都守護騎士団本部前。
オズが口をへの字に曲げて、王都守護騎士団の総本山を見つめている。
「一人で行くと言ってはみたけれど、こっちは元お尋ね者の身……いやあ、緊張するぜ」
オズはブルッと身震いし、それから魔導騎士外套の襟を正して、緊張した面持ちで本部へと歩を進めた。
「こんちは~。やってますか〜……」
飲み屋に入るときのような挨拶は消え入るような声になってしまったが、それを気にかける者はいない。
本部の中は相談や陳情に来た市民が多くいて、非常に賑やかだ。
立ち番している王都守護騎士団がちらりとこちらを見たが、特に止められたりもしなかった。
「まずはピートの居場所を突き止めないとな。ミストは分所が多いし、自力で探すと日が暮れちまう。……窓口で聞くか」
オズは窓口前の市民の列の最後尾に並んだ。
列はかなりの長さだ。
前の方をたびたび覗き込みながら、自分の番はいつになるのかと待っていると。
「あれ? オズ?」
「うん?」
オズが振り向くと、書類の束を抱えた小柄な同級生――ピーター=ロスコーが立っていた。
「おおお! 渡りにピート!」
「何がだよ(笑)」
「いや、ちょうどお前を探してたんだよ!」
「そうなの?」
「マジマジ!」
「……何か嫌な予感するなあ」
「え~、そんなこと言うなよ~。ちっと話せない?」
「ん……あとニ十分で休憩なんだけど、待てる?」
「待つ待つ!」
「じゃ、そこのベンチに座ってて」
「あいよ!」
仕事に戻るピートを見送り、オズは上機嫌でベンチに座った。
そうして周囲の目も気にせず、独り言ちる。
「いやあ、奇跡だ! 日頃の行いがいいのかねえ!」
「日が暮れる前に、なんて言ってたのに向こうから来るなんて!」
「……待てよ?」
「俺にタイミングよく何かが起きるときって……」
「何か悪いことが起きる前触れじゃね?」
オズは急に不安になり、あれやこれやと自身に起こり得る、悪い展開を想像し続けた。
そして――。
「――お待たせ!」
「うおっ! ビビったあ!」
「ふふっ。オズってば、なんか物思いに耽ってたね?」
「ああ、うん。もう休憩?」
「そう。ここで話す?」
「あ~……」
オズは周囲を見回した。
市民の列は先ほどより長くなっていて、それに応対するため王都守護騎士団の制服も先ほどより目立つようになっていた。
「……外でいいか? 人がいないほうがいいんだ」
「了解。じゃあ外じゃないけど談話室でどう? ロザリーが作ってくれたんだけど、この時間は誰もいないはずだから」
「いいね。そこ行こう」
ピートに連れられ、本部の中へ歩いていく。
廊下を抜けて、訓練用の中庭に出て、また屋内へ。
やがてたどり着いた奥まった扉をピートが開ける。
「よかった、やっぱり誰もいない」
談話室はソファや椅子がいくつもあるがらんとした部屋で、中には誰もいなかった。
「コーヒーでいい?」
「うん。すまんね」
「いいえ~」
オズは適当なソファに腰かけ、コーヒーを入れるピートの背中に語りかけた。
「あの日以来、だよな?」
「そうそう! あのときは今生の別れだと思ったけどね」
「ほんとだよなあ」
あの日とは、オズがレディを殺め、王都から逃げ出した日のこと。
ピートがコーヒーカップを二つ持ってきて、一つをオズに渡す。
オズは礼を言って受け取り、立ち昇る湯気に顔を寄せ、言った。
「話って、レディのことなんだ」
対面に座ったピートが神妙な顔で聞き返す。
「……なぜ今さら?」
「ここだけの話にしてくれるか?」
「もちろん」
「俺、今吊るし人でさ。首吊り公の命で部隊率いてスパイ狩りやってるんだ」
「ブッ! ……は? ちょっ、ちょっと待って」
ピートが噴いてしまい、制服にコーヒーを零してしまった。
慌てて手巾で拭きながら、オズに問う。
「部隊長にスパイ狩り!? 思ってたより話がデカくてびっくりしたよ」
「悪い、いきなり過ぎたか。でもそうなんだ。王国内で悪さをしようって輩の気配があるから、見つけてとっちめろって命令でね。……で、スパイ狩りの目線で思い返すと、レディってなんだったんだろうって思ったわけさ」
「……なるほどね」
拭き終えた手巾をポケットにしまい、ピートはソファの背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
「レディがスパイだったかはわからない。でも、変だったと思うよ」
「だよな?」
「やり手で、若くして部隊を持ってて。将来有望を絵に描いたような人だったもん」
「……自分で斡旋した犯罪を自分で挙げて、いわゆるマッチポンプでポストを手にした、って話もあるが?」
オズの言にピートは首を捻る。
「それはどうかな。あってもごく一部だと思うよ。それも功績のためじゃない、うまくいかなかった犯罪を消すために、自分の手で検挙してたんじゃないかな」
「ああ……なるほどな」
ピートの意見は以前、セーロら仲間と話したときに出た結論に非常に近いものだった。
これによってオズの中で、ピートの考えを聞く価値がさらに上がった。
ピートが続ける。
「俺とグレンは一年目でレディの部隊に配属になったんだけど」
「そう、それ! その話が聞きたかったんだ」
「はっきりと壁があったんだよねえ」
「壁?」
「俺とグレン。レディとその部下。この間にはっきり壁があって、初めは一年目の新卒騎士の扱いなんてそんなもんかと思ってたんだけど……今思うといろいろおかしかった」
「ほ〜ん。例えば?」
「ミストは人数いるから部隊ごとに訓練をやるんだけど、俺らはレディの部隊の訓練に参加させてもらえなかったんだよね。任務前のブリーフィングにも立ち会えなかった。任務自体には参加するんだけど、後方待機がお決まりだったね」
「一年目を戦力外として扱ったとも言えなくはないが、でも――」
「――おかしいよね? どこの部隊でも新人には経験を積ませたがるもの。早く役に立って欲しいからさ」
「うん。まるで見られたくない、聞かれたくないことがあるみたいに思える」
「実際、邪魔者だったんだと思うよ。俺とグレンが配属されたのは団長命令でね。それまでは人員補充希望を出した部隊に新卒騎士が配属されてたんだけど、ここ数年は団長が各部隊に均等に振り分けてたんだ」
「レディについて調査はやったのか?」
「やったよ。でも俺は調査結果を見てない」
「なぜだ?」
「見れないから。一応、レディ部隊の関係者なんでね」
「ああ、そうか。見る方法はないか?」
「難しい、よね。王都守護騎士団の汚点というべきものだし……でも、今だったらロザリーに言えばもしかしたら?」
「可能性はあるよな?」
「少なくとも興味は持つと思う。今は多忙で、あの事件のことに意識は向いてないけど」
「元団長が抵抗したりはしないか?」
「ドゥカス副長はロザリーの信奉者だよ。大丈夫だと思う。……ロザリーが戻ったら俺から聞いてみるよ、なんか俺も気になってきたし」
「マジで? それは助かる!」
「……もうひとつ。今話してて、思い出したことがある」
「なんだ?」
ピートは神妙な顔で一つのワードを口にした。
「〝あのお方〟」
「あん? なんだそりゃ?」
「レディの部隊にいるとき、たまに耳にしたんだ。隊員がまるで合言葉みたいに口にするから」
「あのお方……?」
「あの頃、グレンと話したのを覚えてる。いったい誰のことなんだろう、って」
「レディのことじゃなくて?」
「レディ自身も言ってたから違うね。結局俺らは陛下のことだろう、陛下と呼ぶのも憚って、そんな呼び方をしているのだろうって結論付けたんだけど。仮にレディがスパイだとしたら――」
「――上役。ミストや獅子王家とは別の主人をそう呼んでた?」
「可能性はあると思う」
「……ありがとな、ピート。やっと進展した気がするぜ」
「お役に立てたならよかったよ。レディの調査結果についてはロザリーに掛け合うけど、そのときオズの任務については話していい? 秘密にしとく?」
「ロザリーにだけなら話していい」
するとピートはスッと目を細め、言った。
「一応だけど。ロザリーは皇国の血筋だよ?」
「フ、抜け目ないな、ピート。それでもだよ。ロザリーやピートがスパイ側だったなら、それはもう俺の負けでいい」
「同級生だから信頼してる?」
「付き合い長いからだよ。それで騙されるのなら、そもそも俺にスパイ狩りの素養がねえってこった」
「……オズってさ、ロザリーに似てるよね」
「ロザリーに? そうかあ?」
「疑り深いくせに妙に情に厚いし。正義感強いけど一般的な正義感とは少し違うし」
「似てると思ったことはないなあ。でも――」
「でも?」
「――ロザリーの横に並び立ちたいとは思ってる。あいつばっかりにいいカッコはさせられねえだろ」
「……」
ピートが黙り込んだので、オズは少しキザ過ぎたかと思った。
だがピートの目は冷めているというよりも、何かオズのことを冷たく観察しているように思えて、オズは堪らず聞いた。
「なんだよ、ピート? なんか怖い顔してるぞ?」
「……決めた! 言う!」
「おお? 何だよ、まだ秘密にしてることがあったのかよ」
「レディの話じゃない。別件だ」
「別件?」
「オズ、部隊を率いてるって言ったよね? あれは本当?」
「本当だ。部隊つっても小隊規模だが」
「部下は信用できる?」
「やめてくれよ、何だよいったい」
「大事なことなんだ。答えてくれ」
ピートは真剣な様子。
オズは仕方なく、本心から答えた。
「俺は信用してる。部隊にパメラもいるんだけど」
「え? パメラって、あのパメラ?」
「そう、あのパメラ。あいつ、婚約相手のシャハルミドの息子を殺しちゃってさ」
「あ! そういえば聞いたことある! 手配がミストに下りてこないから、てっきりガセネタかと」
「西に逃げてたのを見つけて部隊に入れてさ。昨日、王宮審問官に確かめて、無罪放免になったってわかった」
「そうなんだ!?」
「でもパメラは部隊に残るって言ってくれて。他の奴もそれを祝福してくれてさ。俺はいい部隊になってると思ってる」
「……そうか。わかった、俺も信用することにする」
オズは苦笑した。
「話が見えねえって、ピート」
「話も同級生のことなんだ。――ウィニィ。黄のクラスの代表。獅子王国の第二王子」
「なんだよ、改まった言い方して。忘れちゃいねえよ。ウィニィがどうした?」
「命を狙われてる」
「!」
「初めは出所も怪しい話でね。命を狙われてる証拠がウィニィの恩寵だっていうもんだからさ」
「っ! あいつ、恩寵持ちなの?」
「そうだって話。で、ウィニィの身を守ろうって面々がロイドとかベルとか同級生なんだよ。俺のところにもロイドが誘いに来たんだけど……俺は荒事からっきしだし、あんまり信憑性ないな、ノリで加担すると逆に厄介なことになりそうだなって思っちゃって。それで誘いを断っちゃったんだ」
「ああね。俺でもそうすると思う」
「でも……昨日、ウィニィのお付きのエドガー卿が遺体で見つかったんだ」
「!!」
「それも黄金城内、王族の居住エリアでのこと。これはマズいかもと思って、すぐにロイドに会いに行ったんだけど、家はもぬけの殻だった。たぶん彼らもエドガー卿の死を知って、危機感を覚えて王都を出たんだと思う」
「ちょっ、ちょっと待て。王都を出たら余計に危なくないか?」
「恩寵だよ。ウィニィの恩寵が予知系統らしくて。死ぬ未来に逆らうように動いてると言ってた」
「王都にいたら殺される……ってこと?」
「詳しくはわからない。でも俺は、オズと同じでやっぱり王都の外のほうが危険だと感じてて。昨夜、ロイドの家に誰もいないとわかったあと、ミストの報告書を徹夜で洗ったんだ。王都近辺、ここ三日、外道騎士や所属不明騎士の集団の目撃情報って条件で」
「刺客は黄金城の中にいるんじゃないのか? そのエドガー卿はそいつに殺られたんだろう?」
「ウィニィは皇国との会議に行く予定だったけどドタキャンしてるんだ。彼の恩寵が予知系統だって前提で考えると――」
「――会議に行ったら殺されると予知してドタキャンしたわけか!」
「会議に行くウィニィを狙うなら移動中だ。手勢を率いて襲撃をかけるはず」
「それで集団か。使節団には護衛もいるし、ウィニィを取り逃がしたら多数で追う必要がある」
「そう。だからさっきの条件で報告書を調べたんだけど……二日前、王都南西、山間で野営中の騎士団の目撃情報があった。報告書では百人以上の規模だと。裏騎士団疑いがあるから即刻、所属を確かめる【手紙鳥】が近辺の騎士団に出されたようだけど、自分のところの所属だと認める返事は来ていない」
「待ってくれ……ロイドとベルと、あと何人一緒にいるんだ?」
「ロイドは言わなかった。でもあの感じだと、数人だと思う」
「……チッ!」
「俺、もっと真剣に受け止めるべきだった。でも、もうその後悔は遅い。ロザリーはいない。ウィニィたちは百人規模の騎士団に追われるとは思っていないはず。……どうにか逃亡を助ける方法はないかって考えてるときに、オズが来たんだ」
「……何かピート感じいいな、とは思ったよ。俺に期待してたんだな?」
ピートは面目なさそうに頭を掻いた。
「顔見た瞬間、協力を頼みたかったよ。でも、信用していいのかわかんなくて悩んでたんだ」
「ウィニィは王都を出てどこへ向かった?」
「わからない。でも、おそらくポートオルカ方面だと思う」
「ポートオルカ……ジュノーか!」
「大街道を通って逃げてたりしてたらと思うと……怖くてたまんないよ」
「そこまでバカじゃねえと思いたいが……ベルもテンパるとわけわかんなくなるからな」
「王都の情報は伝えるってロイドに言ったけど、もうそれじゃぜんぜん足りない。オズ、助けに行ってくれないか?」
「……今から大街道ぶっ飛ばしてポートオルカ方面に向かう。道中で痕跡見つけて首尾よく合流できたらよし。空振りだったら俺には打つ手なしだ」
「それでいい!」
「本当に? ウィニィはジュノーを頼る。その推測に自信あるんだな?」
オズの問いにピートは歯を喰いしばり、凄まじい速度で思考を巡らせた。
「それしか、ない! ウィニィはドーフィナしか頼る先はない!」
「よし。わかった」
オズは立ち上がり、部屋の扉へ向かった。
その背中にピートが叫ぶ。
「頼む、オズ!」
オズは振り返らずに言った。
「おう。あとは任せろ」





