347 ブリーフィング
ベルがエドガー卿の死を知り、黄金城から逃げ出した頃。
ミュジーニャ邸の一階の居間に、第六指の面々が集まっていた。
彼らにしては妙に静かで、暖炉で薪が燃える音が部屋にこだましている。
オズが静寂を破る。
「――全員いるな。ミンツ!」
「ハッ!」
副長ミンツが立ち上がり、仲間たちに告げる。
「今日の報告を!」
「あ、じゃ、俺から」
雪かき仲間ライリーが立ち上がった。
「俺はミストの噂、評価なんかを一般人に聞いて回ったよ。みんな、特に警戒することもなく話してくれた。……っていうより、外の人に自慢したくて仕方ない感じ? まあとにかく、ミストについて口が軽かった。具体的には――」
他の面々は静かにライリーの報告を聞いている。
いつの頃からか第六指では「ブリーフィングくらいは真面目に」というのが暗黙の了解になっていた。
「――どこもそんな感じ。〝骨姫〟が団長になって以来、汚職なんかの噂はまったくないし、民のためによく動いてくれると評判だった。今や『俺たちの王都守護騎士団!』って感じ。以上でーす」
ライリーが座ると、続いて従騎士組を代表して総白髪が立ち上がった。
「俺たちは下層を回ったが、収穫はなかった」
そう言っただけで総白髪が座ってしまったので、たまらずオズが尋ねる。
「おいおい。一日回ってゼロってこたぁねえだろう?」
「いいや、ゼロだ」
総白髪はそう首を横に振りながら言った。
「王都の裏社会ってな、深いくせに間口が狭いんだ。俺たちゃハンギングツリーに長くいたからな。見ない顔には気を許してくれねえ」
「む……セーロもダメか?」
「あっしは王都にいたときの顔馴染みを当たりやしたが……まったく相手にされやせんでした。どうもレディの件で消されたと思われてて、今生きてるのが怪しいみたいで」
「あ~。なるほど、ね……」
「下層は望み薄でやすねえ」
「いやいや。そうは言っても情報出てくるなら下層だろ? レディにしろスパイにしろ、上層から有益な情報を得られるとは思えねえ」
「ま、そりゃそうですが……」
「……一応、聞いとくか。上層組!」
「はぁ~い」
気怠い声で返事して、パメラが立ち上がった。
「私とアリスは知り合いを中心にぃ、最近怪しい奴はいないかって上層で聞き込みしたよ?」
オズは鼻で笑って首を振った。
「収穫があったとは思えねえな」
「そ、れ、が! あったのよ♪」
「うえ!? マジで?」
「マジマジ。何でも、黒装束の怪しげな集団が、夜な夜な王都のどこかで集会をしているらしいの!」
それを聞いたオズはしばし固まり、やがて目を細めて首を捻った。
「……ええ?」
「何よ、そのリアクション。いかにも怪しいでしょう?」
「いや、そりゃまあ、うん」
「オズ、歯切れ悪い!」
「いや、だってさ。怪しいのを見つけろとは言ったが、さすがに怪しすぎねえ?」
「私はカルト宗教だと思ってる。こういう集団が乱を起こすことってあるでしょ?」
「カルトねぇ。ソーサリエにいた頃、聞いたことないが」
「私も。最近できたのかも?」
「それって噂レベルなのか? 信憑性は?」
するとアリスが口を挟んだ。
「あたしとパメラ、別々に聞き込みしたときにそれぞれの相手からこの話が出たの。黒装束で夜中、どこかに消える。これは共通してた」
「う~ん、なんか都市伝説みたいだな……。ま、明日王都守護騎士団にチクっとくわ。それでいいか?」
パメラがオズに問う。
「オズは乱とは関係ないと思ってるわけね?」
「うん。いや確証はないよ? でもカルトが実在しても別件だと思う」
「怪しすぎるから?」
「そう。聞いただけで怪しすぎるってことはさ、目立っちゃってるんだよ」
「あぁ……スパイっぽくはないね?」
「だろう? 万が一、カルトがスパイによる扇動策だったとしても、今目立つのは奴らからして得策だとは思えねえんだよ。……ま、王都守護騎士団にチクっとけばロザリーが何とかするだろう」
「わかった。今回は納得しとく」
「すまんね、パメラ」
二人の会話が終わったところで、ミンツがオズに尋ねる。
「チクっとく――明日、王都守護騎士団本部に直接乗り込むのですか?」
「うん。あ、俺一人でね。知り合いがいるからさ」
「ロザリーもパメラもいないよ?」
「わかってるよ、パメラ。ピートだ。ピーター=ロスコー」
「ああ、あのおチビちゃん♪」
「おいおい。同級生にそんな言い方するなよ」
「えー、むりぃ」
「ああ、そう。……で、俺以外は明日どうしようかね」
「やることは明日も情報収集ですが、収穫ほぼナシだったのですから、何か変えないと……」
「いっそ持ち場を逆にしちまうか。セーロと従騎士組は、出入り業者とか上層にいる貴族以外に聞き込み。パメアリは騎士っぽくない格好で下層をうろついて、喰いついてきた男を締め上げる」
それを聞いたパメラとアリスは揃って目を輝かせた。
「アリス、男を締め上げろって! 私、こういう命令待ってたんだ♪」
「どこまで締め上げていいのかな? あと、どんな格好で行こう?」
「肌は見せたほうがいいよね?」
「娼婦みたいな? じゃあ剣は持てないね……」
「大丈夫! 果物ナイフでも十分やれるから!」
「うん、そうよね! やれる!」
そこでオズがゴホン! と咳払いした。
「あー、あのな? お前らが言ってるのって殺れるじゃないよな? できるって意味だよな?」
するとパメラとアリスは見つめ合い、それから同時に首を捻った。
「殺しはナシだ。頼むぜ?」
「「はぁ~い」」
「不安だぜ、まったく。……じゃ、明日はそんな感じで。出発時間は各々決めてくれ。じゃ、かいさ――」
「――ちょっと待って」
解散宣言を止めたのはライリーだった。
「オズと副長の今日の報告は? ただここでお留守番してたわけ?」
他の面々が「確かにそうだ」といった様子でオズに目を向ける。
オズはミンツに目配せし、それから口を開いた。
「あとで個人的に言うつもりだったが――まあ、いいや。隠しとく話でもないし、皆にも聞いてもらおう」
そう言ってオズは立ちあがった。
「俺とパイセンは黄金城に行ってきた。王宮審問官のとこだ。うちの書架にあった本、持って行かれてそのままだったから」
「ああ、言ってたね。返してもらえた?」
「もう処分したって。美品は古本屋に売って、残りは燃やしたとさ」
「あらら。かわいそう」
「本の件は本題じゃないんだ、取っ掛かり。オスカル卿に会うための口実だ」
「オスカル卿? 誰それ?」
「オスカル=ウォチドー。王宮審問官を仕切るウォチドー家の次男。パメラにはジーナの兄ちゃんと言ったほうがわかるかな?」
「ああ! あの高慢ヤロウの!」
「……お前はほんと口悪いな。で、そのオスカル卿って俺がレディ殺ったときに駆けつけた王宮審問官側の頭でさ、顔見知りだったんだ」
面々がハッと息を飲む。
ライリーが問う。
「……事件後、レディを調査したはずだね。何か聞けたの?」
オズは首を横に振った。
「な~んにも。調査したはずだが、俺には毛ほども漏らす気がなかった。まあ、王宮審問官ならそうだよねって感じ」
「なんだ、結局収穫ナシか」
「ところがそうでもなくてな。俺とパイセンの目的はこれともまた別だったのさ」
「んん? どういうこと?」
するとオズは黙ってパメラを指差した。
彼女に視線が集まり、パメラも自分の顔を指差す。
「えっ。私ぃ? 何がぁ?」
「パイセンから相談されてさ。俺はパメラにも普通に情報収集活動させる気だったけど、パイセン的には不安だったんだ。公開手配はされてないみたいだが、それでも王都をうろつかせて襲撃されたりしたらどうするんだ、守れるのかって、ね」
パメラは小さく頷きながらミンツを見、それからオズに視線を戻した。
オズが続ける。
「だからオスカル卿にそれとなく聞いたのさ。同級生にパメラ=コルヌってのがいるんだが、彼女は今どんな状況なのかってね。高位貴族を殺って公開手配されていないなら、王宮審問官が秘密裏に追ってる可能性が高いから」
「っ! ……それで?」
「結論から言うと――パメラ、お前は誰にも追われていない」
「!!」
パメラが大きな瞳をますます大きく見開いた。
「ええ!? どういう、こと?」
「お前が婚約したのはシャハルミドの六男。王宮では〝ろくでなしの六男〟として有名だったらしくてな。何でも若い令嬢を見初めては、シャハルミドの権勢を笠に着て無理やりに結婚し、美味しく食べて飽きたら離縁してまた次……ってのを繰り返していたそうだ。ソーサリエ出てすぐの、見た目の良い娘が好みだったようだな」
「……っ」
「ただ、今回は相手が悪かった。六男はパメラの逆襲に遭い、パメラは逃亡。コルヌ伯爵は真っ青な顔でシャハルミドに詫びに行ったそうだ。王宮審問官も捜査に入り、さあパメラを手配するか――となったとき、シャハルミドの下へ何人もの貴族がパメラを許すよう陳情に訪れたそうだ」
パメラが怪訝そうに尋ねる。
「何人も? 父上でさえシャハルミドに謝ってるのに? いったい誰が?」
「今まで六男に苦渋を飲まされた令嬢たちだよ」
「!」
「シャハルミドは六男の所業を把握できていなかったようだ。飽きっぽい息子と、自分の権力にすがって娘を差し出す貴族家たち――そんなふうに捉えていたから、まさか欲深い息子が自分の名を使って無理やりに娘を差し出していたとは思っていなかった」
「……」
「シャハルミドはコルヌ家や他の貴族家に賠償金を払い、六男の骸は墓に入れないと約束したそうだ。それで被害者たちも納得し、パメラの手配もなくなったわけ」
「……それってほんと? 嘘じゃないよね?」
「王宮審問官から直接聞いたんだ、間違いない。ですよね、パイセン?」
ミンツは黙ったまま力強く頷いた。
パメラが俯いて呟く。
「私……一人で逃げて、何してたんだろ……バカみたい」
「……抜けるか?」
「え?」
「追われてない以上、パメラは元通りだ。コルヌ家は高位貴族。お前はそこの令嬢。俺なんかの下にいる必要はもう無いんだよ。こんなケチな部隊、いつ抜けたっていいんだ」
面々の視線がパメラに集まる。
パメラは俯いたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
「ここにいる」
「いいのか?」
パメラは顔を上げた。
「家に戻る気はない。娘を差し出した父親の下へ帰るなんてまっぴら。何より、私にはここは居心地がいいの」
隣に座っていたアリスがパメラの肩に腕を回す。
パメラはアリスに首をもたれ、アリスはパメラの髪を優しく撫でた。
「……よし。じゃあパメラはこのまま。異論はないな?」
オズが面々に問いかけるが異論などあろうはずもなく、拍手が返ってきた。
オズは満足げに微笑み、元気よく宣言した。
「よーし。じゃあ今度こそ解散!」





