346 王都脱出
ロイドのアパートメントを仮拠点と定めたウィニィ一行は、信用できる仲間探しを密かに行っていた。
玄関の扉がバーン! と開かれ、赤毛の女騎士が入ってきた。
「皆の衆! わ! た! し! が! 来たぞォ!!」
「シーッ! アイシャ、潜伏中なんだから静かに!」
「無理! 私今、超燃えてるから!」
「何なのよ、もう。人選間違えたかしら……」
部屋の奥からウィニィが出てきた。
「おぉ、アイシャ! すまない、恩に着る!」
「大変だったね、ウィニィ! あとは任せてよ!」
「心強いよ、頼りにしてる!」
二人が両手をがっしりと握り合う。
アイシャはキョロキョロと部屋を見回した。
「家主は?」
「スカウトに行ってる。僕が歩き回るわけにはいかないし、となると僕の名代として説得力があるのはロイドだから」
「そかそか。あ、ロロは?」
するとベルが即答した。
「王都にいない。ロザリーと皇国会議」
「ああ、ね。ウィリアスは?」
「実家」
「あ~。グレンもジュノーもいないし……残ってるの、ろくなのいないね?」
「そうなのよ、ほんとそう」
「まあでも、集めても十人程度よね? 人数多いと逆に、逃げるのに目立つから……」
アイシャの言葉に二人が頷く。
続けてアイシャが二人に問うた。
「王都出るのよね? 逃亡先に当てはあるの?」
するとウィニィが自信なさげに言った。
「……ドーフィナ領に向かおうと思う」
「ジュノーを頼るのね。いいと思うけど……ウィニィは嫌なの?」
「ん……何となく気乗りしなくてね」
「婚約者を頼るのが王子として情けないから気乗りしないってこと?」
「いや、そんなんじゃないんだ。ただ、本当に頼って大丈夫かなって」
「ええ? ドーフィナに疑いを向けてる?」
「いやいや! これは本当に何となくで直感ですらないんだ。すまない、忘れてくれ」
ベルが口を開く。
「ウィニィが気乗りしないのは少し気になるけど……でも現状選べる逃亡先ではドーフィナ領が一番だと思うのよね。街道警備隊のアイシャが来てくれたのも大きい」
するとアイシャがドンと胸を叩いた。
「任せて! ポートオルカ――ミストラル間は任地だから、庭みたいなものよ。抜け道も全部頭に入ってる。必ずジュノーの下へ送り届けて見せるわ!」
「ありがとう、アイシャ。そうだな、ジュノーは裏切ったりしない。大丈夫だ」
そのとき、玄関の扉が開いた。
部屋の主であるロイドが顔を見せる。
「ああ、アイシャ。来てたか」
「やっほー、ロイド。収穫は?」
「ああ。……入ってくれ」
するとロイドの後ろから、淡いブルーの髪をつんつん立てた女騎士が入ってきた。
「テレサ!」「テレサだ!」「久しぶり!」
テレサは思わぬ歓迎を受けて、少しはにかみながら手を挙げた。
「久しぶり。帰省して通りを歩いてたらロイドとばったり会ってさ。こいつが何か真剣に顔してたから話聞いて――来ちゃったってわけ」
ベルが問う。
「たしか――古都ロトスの銀狼騎士団だったよね? 本当に大丈夫なの?」
「平気よ、長期休暇入ったばっかだし。それにほっとけないでしょ、同級生が困ってるっていうのに。何より……」
「何より?」
ベルが問うと、テレサは瞳を輝かせて宣言した。
「こんな燃えるシチュエーション、見逃すわけにはいかないわ!」
「わかる! テレサ、私もそう!」
「だよねえ、アイシャ!」
「やったろうじゃん!」
「おう!」
熱い女騎士二人が意気投合しているのをよそに、ベルが静かにロイドに尋ねた。
「……テレサだけ?」
ロイドが渋い顔で頷く。
「信用できて、なおかつ断られたとしても王宮に届けない口が堅い同級生となると、当てがほとんどなくてな。あと一人だけ思い浮かんで誘ってみたんだが……」
「誰?」
「ピート、ピーター=ロスコー。彼は信用できるし、彼を引き込めば彼を信じる青クラス生も引き込めるかなと思ってな」
「うん。ダメだった?」
「彼が頭がキレるのを忘れてた。すぐに企みを悟られて、シリウスやデリックみたいな腕利きは王都にいないって言われてしまった。自分だけだと足手まといだから行かないって」
「そっか……」
「でも、王都の状況は可能な限り手紙鳥で伝えてくれるそうだ」
「ああそれ、助かるかも」
「だよな。初めからピートだけをスカウトするつもりで行けば、結果は違ったかもなあ……」
「後の祭りよ。後方支援に期待しましょう」
ここに集まったのはウィニィ、ベル、ロイド、アイシャ、テレサの五人。
五人はこれからのことを話し合った。
結果、これ以上の実りは期待できないスカウト行動をあきらめ、日を繰り上げて明日の日中に王都ミストラルを脱出することとなった。
「アイシャ、ほんとに日中でいいの?」
「日中がいいのよ、テレサ。それも馬車の出入りが多い正午前がいい。指名手配犯を追うにも、この時間に出入りされると本当に苦労するもの」
「なるほど……偽装はどうする?」
脱出の細かい打ち合わせに話が移る中、ウィニィがこっそりとベルに言った。
「ベル。頼みたいことがあるんだが」
「なに?」
「確かめたいんだ」
「……王妃様のことね?」
「じいからミーネに伝わったかどうか、それだけでいいんだが……」
「そうね、近衛騎士団の私なら、エドガー卿に接触できるかも」
「頼めるか?」
「……王族の住まいは持ち場の外だから、シフトの入れ替わりで紛れ込んでみる。今夜、行くわ」
「すまない。恩に着る」
「ええ、着てちょうだい」
――その夜。
ベルはエドガー卿に会いに黄金城へ向かった。
何食わぬ顔で王宮に入り、いつもの廊下を進んでいく。
会えなかった場合は王妃側仕えのほうに接触すべきか――などと行動予定を考えていると、周囲の様子がどこかおかしいことに気づいた。
(何なの? 人手がおかしい……)
(立哨が多い。近衛騎士団も……あの人、今日は非番じゃ?)
(何かあったのは間違いないわ)
(う……王族の居住区に近づくにつれ、増えていく……!)
ベルが鼓動を高鳴らせながら進んでいくと、ふいに後ろから声をかけられた。
「ベル!」
ベルがハッと振り返る。
「ッ! 団長殿!」
呼び止めたのは近衛騎士団団長エスメラルダだった。
「どこへ行っていた? 非常招集がかかっているぞ?」
「所用で外へ……申し訳ありません」
「ベルらしくもない。次からは事前に届けを出しておきなさい」
「はっ」
「それで、ベル。ウィニィ殿下の行方に心当たりはないか?」
思わぬ質問に、鼓動が早鐘を打つ。
「行方……お部屋では?」
「聞いていないのか」
「は……」
「自室には誰もいない。殿下は行方不明だ」
「あ……踏み込んだ、のですか?」
「やむを得ず、な」
「陛下のご命令で?」
「違う。先ほど、エドガー卿の遺体が見つかった」
「!!」
「殺されたのは昨夜から早朝にかけての間。斬殺だ。殿下は何かご存じではないかと」
「~~っ!」
(ウィニィが部屋を出た直後? それとも私とウィニィが話しているとき? ひょっとして私たちも危なかった?)
顔を青ざめさせるベル。
その様子を窺うエスメラルダが再度、尋ねる。
「知らないのだな?」
ベルは口を押さえてコクコクと頷き、次の瞬間、ふいに駆けだした。
「どこへ行く!」
ベルは青い顔で振り返り、とっさに嘘をついた。
「私! 王都の同級生たちを当たってみます!」
「……たしかに必要だ。行ってこい」
「ハッ!」
黄金城を走るベル。
頭の中でグルグルと不安が巡る。
(迂闊だった……)
(ウィニィの予知があることで、どこか油断してた!)
(予知があっても先回りできるとは限らない……?)
(そうよ! 予知のあとも状況は動いてる! アドバンテージなんてすぐに失われるんだわ!)
黄金城を出ると、夜の時間帯ながらまだ人影が多くある。
今のベルには、その人影のどれもが怪しく見えてくる。
(見られてるかもしれない……!)
そう思ったベルは走るのをやめ、できるだけ石垣や並木の陰に隠れるようにして歩き出した。
ロイドの家へ急ぐ間にも、様々な考えが彼女の脳漿を巡る。
(状況から、ウィニィはエドガー卿殺害の最重要人物になってる)
(今は近衛騎士団が黄金城を捜索中)
(黄金城にいないとなれば、すぐに城下も捜索対象になる)
(王都守護騎士団も駆り出される?)
(そうなると王都で潜伏を続けるのは不可能……)
(抜け出すなら――今夜しかない!)





